第五章 カザミネの危険な狩猟祭 ~祭壇編~
「うえーー腕いたーい」
時刻は夕方になり、射撃訓練を終えて俺は桜と二人で城へと戻る。
昼ごろまで長山の奴は桜の射撃訓練を見守っていたのだが、その性分故かずっと座っているのも面倒くさくなったようで、そそくさと先に帰っていった。
「……撃ちすぎだ」
桜はどうやら発砲のしすぎで筋肉痛になってしまったらしく、両腕と肩を力なくたらしながらのんびりと雪道を歩いている。
それにしても……あたりが薬莢まみれになるほど45口径を打ち続けて、筋肉痛ですむとは……。本当にこいつの超人的体力には恐れ入る。
「―――――さまーーーー!」
と、そんな桜の体の神秘にあきれていると。
「???」
なにやら遠くのほうで誰かが叫ぶ声が聞こえてくる。
「―――ら さまーーーー!」
どうやらその声はこちらに向かっているようでだんだんと大きくなってきており、そしてなにやら聞き覚えのある声だ。
「……あぁ、きたよ」
その声にうんざりするような桜の表情……その表情で、大体誰がこちらに向かっているのかは予想でき。
「桜様ぁ!ってどわぁ!?」
イノシシのように猛進してきた老体を、桜は問答無用に条件反射で巴投げをして投げ飛ばす。
本当に……石田さんには容赦ないな、桜の奴。
「……さ、帰りましょ。シンクン」
「いや、でも石田さん」
「大丈夫よ、殺しても死なないから」
「……桜さまぁ!」
「ほらね」
「ああ……うん」
もうどうでもいいや。
「……あれほど銃器に触れてはいけないとおっしゃったのに!!」
「いいじゃないの別にー!後二週間くらいしかないのよ二週間!!」
「それとこれとは話が違います桜様!?いいですか、あなたは雪月花村の当主なのですよ! そのようなお方が射撃など」
「日本の外務大臣さんだって、高貴な家庭の生まれなのにクレーン射撃銀メダリストじゃないの!」
「外は外!うちはうちでございます!」
「だったら私が当主なんだから私が射撃をしてもいいはずでしょーはい論破!」
「違いますー!初代当主源之助様は冬月家は常に当主らしく振舞うようにとおっしゃっておりましたー!拳銃を振り回す当主のどこが当主らしいのでしょうか?つまり、射撃などもってのほかでございます!」
「このわからずや!そんなのただの解釈の問題でしょ!ね、シンクン!」
「解釈も何も、銃器などという凶器は桜様が持つべきではありません!ですよね、深紅様!」
「俺に振らないでくれ……」
どちらの味方をしても何らかの恨みを買う選択だろそれ。
「ほら見なさい石田!あんたが変なこと言うからシンクンが困っちゃったじゃないの!」
「なぬ!?それは桜様のほうでしょ!」
「やれやれ」
なんだかどんどんとけんかの内容が子供じみて来たため、俺は巻き込まれる前にそそくさと退散させてもらう。
どうせすぐ仲直りして帰ってくるだろうし、石田さんがついているならば護衛は必要ないだろう。
■
さて、独り身になったところで行く先は決まっており、俺は村を抜けてまっすぐ冬月家の城に戻ることにする。
雪月花村は今日も雪の中活気付いており、俺は挨拶をしてくるおばさんや、お姉さんたちに挨拶を返しながら、ちょくちょく店を診て回るなどをしながらふらふらと道草を楽しむ。
「む……これは何だ?」
「お、お兄ちゃんなかなかお目が高いわね。それは鹿肉を照り焼きソースにつけてターキー風にしたものなんだけど、お値段一つ100ルーブル。どう?」
「ほう、それは旨そうだ。一つ頼む」
「毎度アリー!ふふふ、お兄さん初めてでイケメンだから、もう一つおまけしちゃおうかなー隣のお友達と食べてね。それじゃあ、これからもごひいきに」
「?おともだち……」
「いただきまーす」
ガブリ
「っておわぁ!?」
何者かによって、俺の腕が噛み付かれ、俺は冗談抜きで痛みに悲鳴を上げる。
俺の腕にさめのように喰らい尽き、肉をむさぼる猛獣は紛れも無くカザミネであった。
「お前……一体何してやがる!?俺の腕はぺろぺろキャンディーじゃないぞ離れろ!?」
「むむむ、この肉、圧力鍋で処理してあるからとても柔らかし……骨までしゃべりつくせるっサー!」
「俺の骨までしゃぶりつくすつもりかこの阿呆が!?」
腕の欠損の危険に俺はもう片方の腕で鉄拳制裁を食らわせる。
「あいたー!なにするっさシンクン」
「それはこっちの台詞だ……いきなり人の手に噛み付くなんて、どこの猛獣だお前は」
「どもども、呼ばれて飛び出てカザミネっすが、なにかようさね?」
「呼んでない、そして肉返せ」
「いやー狩人たるもの、目前においしそうな肉があれば食べちゃうのは自然の摂理ってもんしょー。しょうがないさね、あきらめんしゃい」
「……このやろう」
人の腕に歯形残すまで噛み付いておいて言うことがそれか……。
「仕方ない……もう一個買うか。すまない店員。もう一つ頼む」
「あらうれしい♪ ありがとうねー」
「すかさず奪ーーー取」
「あっ」
「甘いっさねシンクン!この私が二人分なんかで我慢できると思ったのかい?二つ食べたなら三つ目は大丈夫、そんな固定概念に縛られた君のまけっさ、このカザミネにそんな甘い作戦は通用しないよい!というわけでこれは私のものさ!指をくわえて見ているといいっさ……」
そういうとカザミネはこれ見よがしに肉汁をたらす肉にかぶりつき、わざと見せ付けるように肉を咀嚼する……。
しかし。
「やれやれ、では言わせてもらうが。この不知火深紅には同じ手は通用しない。
もし、二度目同じ手が通用したと喜べたとしたならば、そのときにはすでにそいつは引き返せないドツボにはまっている……」
「え……って あ……ああぁ辛い!?辛いぃぃいぃ」
「ふん、唐辛子の暴君ハバネロだ……」
「ひどい!?ひどいっさシンクン!?よりにもよって私の苦手な辛いものを!?」
「下剤じゃないだけましだと思え」
「鬼ー悪魔ー!」
半べそをかきながらカザミネはそう訴え、俺はそれにあきれながらため息を一つ漏らす。
「で?なんでここにいるんだカザミネ」
「うえー?そんなの決まってるっさ……この前のお祭りの手伝いがまだ残ってるんよ」
「狩猟祭って奴か……あんまり桜たちも騒いでないからいつやるのかと思ってたが、まだ始まらないのか?」
「そうさね、クリスマスと年明けをはさんでしまうからねい……実は再来月なんさよ、やるのは」
「随分と気の長い話だことで」
まさか二ヶ月先の行事の手伝いのために一トンの重さの荷物を運ばされていたとは……。
「あの荷物相当邪魔なんじゃないか?」
「まぁ、広場は狩人たちの私有地だからおきっぱなしでも問題ないさね」
そうなのか……。
「まぁ、お疲れさん。じゃあな」
「ちょっと待つっさ!」
「……今度はなんだ?」
「こんなか弱い乙女が? この雪の中!?なんととんでもなく重い荷物を運ばされそうになっているっさ!」
「はぁ」
「こんなに、か弱い!乙女が」
「分かった分かった!手伝えばいいんだろ?」
そんなホラー映画の主役みたいな顔で迫る乙女がどこにいるんだってんだまったく。
「さすがシンクン。話が分かる男はちがうっさ」
「……やれやれ」
俺はそんなカザミネにあきれながらも、しぶしぶと後についていき仕事を手伝う羽目になるのであった。
■
「これは」
久しぶりに訪れた雪月花村広場……前回と同じようにカザミネの奇怪なダンスと重さ一トンにも及ぶふざけた量の荷物を運んだ俺は、その疲労なんて吹っ飛ぶほどの光景を目の当たりにし、驚愕に言葉を漏らす。
確か数日前は俺が運び込んだわけの分からない大荷物だけだったはずなのだが。
今ではまるで建築家が集まって作り上げたたのではないかと思うほど完成度の高い祭壇と会場、そして最奥には祠までもが建てられている。
……まるで、神社のお祭りのようだ……。
「えへへ、私たちでここまで頑張ったんさよ。祭壇とかおったててなかなかさまになってるっしょ?」
あとは備品をあそこの物置にしまって、祭りのその日までほほほほーいと楽しみで眠れない毎日を過ごせばいいだけさよ」
カザミネの言っていることは良く分からなかったが。
「正直驚いている。 すごいなカザミネ」
俺が正直な感想を漏らすと、カザミネはまるで狐につままれたような表情をして俺の顔を見つめる。
「……なんだ?その顔は」
「いや、まさか君が素直にほめてくれるとは思わなくて驚いているっさ」
「むっ……俺は素直な感想を述べただけだ……この祭壇はお前が作ったのか?」
広場の中でも一際異彩を放っている細かな装飾が掘り込まれた祭壇。
よくよく見ると、まるで職人が丹精こめて掘り込んだような竜や虎の絵が帯状に引かれている。
「お、どうして分かったんだい?」
それにカザミネは驚いたように俺の顔を見ながら聞いてくる。
「なんとなくだが、この竜とか虎とか、強そうなイメージを前面に主張しているところがお前っぽい……それに、安易な考えだがこれだけのものを掘れるだけ手先が器用なのもそうそういるわけじゃないからな……だからお前だと思ったんだ」
「へー、すごっさね守護者さんは。 それだけで分かるなんて」
「今回はかなりあてずっぽうだがな……しかし、この祭壇は嘘偽りぬきで素晴らしい出来栄えだ……苦労して作られたのがわかる」
「ななな、なんだか気持ち悪いさね、君がそんなに私のことをほめると」
「そうか?俺は本当に」
「ああもう分かった分かったっさ!?気持ち悪いからやめてくれい。いいから早く荷物を祠にはこぶっさ!?」
「……やれやれ、了解」
恥ずかしがっているのか?カザミネはやけに顔を真っ赤にしてそっぽを向き、俺はそれにあきれながら祠の屋根の下に荷物を置く。
「……しかしでかい祠だな」
「そうさね、基本狩人は一つの神様を信仰しているわけじゃないから、祠なんていらないんだけど、この荷物をここに入れとけば雪に埋もれる心配は無いからね」
唯の物置なのか、これ。
「本番の日まで使えないから、これはこの祠にふういーーん」
荷物を中に押し込み、扉を閉め、カザミネは満足そうに二三度うなずいてから。
「さてさて、これで祭りの準備は完全に終わったさ。ありがとうねシンクン」
満面の笑顔でそうお礼を言ってくる。
まったく。いつもそう素直ならばまだ可愛げがあるのだがな……。
「ところでカザミネ、これだけ大層なもの作って、狩猟際って何をするんだ?」
「えー?始めはばばばばーっとみんなでわいわいやって、ボコスカドンドコ男が大騒ぎやらパンパカ騒ぎをドギャーんってやった後、女狩人達がうへへで男とピーヒャラしたあと、最後に爆弾でどがががががーんってやるんだよ!」
「それはその……なんていうか、アグレッシブな祭りだな」
「でしょー!?」
なるほど、町の人間がどうしてこの狩猟際をまったく楽しみにしていない理由が分かった気がする。
「……今回は桜も誘ったし、張り切って狩猟際を完成させなきゃねー」
「何?桜も来るのか?」
「うん、昨日誘ったら、死ぬ前には一度お祭りに言ってみたかったなんて大げさなこと言って喜んでたっさ」
「そうか」
確かに、桜の死ぬ前にやることリストには祭りに行くことが載っていた……となるとこれは丁度良かったかもしれない。
危険からは俺が守れば良いし、何よりも桜が楽しみにしているなら俺が止める理由は無い。
「……せめて危なくないのに桜を参加させてくれよ」
俺はそうカザミネに一つ無駄な頼みごとをする。
カザミネは当然任せなさいと無い胸を叩いて乾いた音を響かせ、俺はそれに苦笑をもらす。
「最高の祭りで、桜の奴を楽しませてやってくれ」
「うん。まっかせなさーい」
どこか祭りで大はしゃぎをしながら子どものように笑顔を振りまいている桜を想像しながら、俺は雪月花村の大広場から、帰路へとつく。
カザミネの奴も着物を着たりするのだろうか……なんてくだらないことを考えながら。
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