第五章 お嬢様の射撃訓練
12月9日
朝、俺はかすかな物音を感じ取りすぐさま浅い眠りから覚醒状態へと移行する。
時刻は四時十五分。
いつもより早い時間の起床であり俺は何らかの外的要因により目を覚ましたことを悟る。
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
それを悟ったこととほぼ同時。
冬月の城屋上と屋内を隔てる重厚な鉄扉がゆっくりと音を立てて開き、桜が申し訳なさそうに顔をのぞかせる。
いつもなら十時くらいまで寝ているはずなのに、一体どうしたのだろう。
「何かあったのか?というか長山は?」
「えと、龍人君は昨日ゲームのやりすぎでまだ寝てる……いびきかいてたよ?」
「あぁ……そうかい」
もはや怒る気力もわかねーよ。
「で?何か様か?」
長山のアホについてはとりあえず不問にするとして、俺は話を戻すことにする。
「約束してたでしょ?射撃教えてくれるって」
「……あぁ」
そういえばそんな約束もしていたな。
「忘れてた?」
「いや、覚えていたが、まさかこんなに早く申し出てくるとは思ってなかったかな」
「早めにやらないと、私うまくなる前にいなくなっちゃうから」
あははーなんて気楽にそんな思い話を桜は語り、俺はどう反応したらいいのか分からずに少し硬直した後。
「まあいい。 とりあえず、最初は動かない的を狙うんだ……大したもんも必要じゃないし、手伝おう」
「やったー!!シンくんありがとう!」
桜は本当に子どものように手放しで喜び、俺はなんだか心が温まる気分がする。
なぜだか桜の笑顔は見ていて落ち着くし……もっと見ていたいという衝動に駆られる。
理由は分からないが、どうやら俺は桜に笑っていて欲しいようだ。
まぁ誰だって泣きっ面よりも笑顔を見ていたほうが心安らぐのは当たり前だろうが……。
「さて、移動するぞ……その格好で寒くないか?」
「うん!」
桜は元気良くうなずき、俺は石田さんに見つからないうちに外へと桜を連れ出し、密かにボディーガードたちの宿舎兼武器庫へと桜の手を引きながら向かうのであった。
■
「良い天気だなー」
珍しく晴れた雪月花村、そんな村を買い物と称してのこのこと散歩をする昼下がり。
相棒は珍しく桜ちゃんとどこかに出かけており、俺は怖い鬼がいない間洗濯ではなく羽を伸ばすことにする。
「はーいいなーこういうのって、平和だなー」
桜ちゃんと深紅は朝っぱらからどっかに出かけてしまったようで、暇な一日が続く。
敵が襲ってくる気配はないし、ファントムたちもおとなしい。
このままあと二週間過ぎてくれりゃ楽なんだがなぁ……。
そうも行かない現実とはこうもままならないものなのかと、くだらないことを考えながら、勝手気ままに歩いていく……。と
聞きなれない銃声が響き渡り、俺は一瞬身構える。
また深紅のやろうが俺のゴーレムをペイント弾まみれにして遊んでやがるのか?
いや、そうだったら俺の視界が一瞬だけピンク色に染まるはずだ……深紅のやろうが的をはずすとは思えないし、よくよく思えば今の銃声はクローバーじゃないな。
遠くてそこまではっきりと聞こえたわけじゃないが、クローバーの特殊弾丸なら術式を起動しない状態で放ってももっとマグナムぶっ放したような重い音が響くはず……この音はハンドガン、それも45口径だ。
「……変だな?誰だ一体?」
ゴーレムが認識していないためひとまず敵襲ではないようだが……はて。
とりあえず気になったから行って見るか……。
方向はボディーガードたちが使用している宿舎兼武器格納庫の方角。
ボディーガードたちが射撃訓練をしているのかもといったらまぁ自然っちゃ自然だが……どうにも腑に落ちない。
先ほどから続くこの銃声……一定の間隔で連続で弾を放っていることから、動かない的を狙っているというのは分かる。
だが、言っちゃ悪いがへたくそなのだ。
ボディーガードたちなら、もっとリズム良く警戒に弾丸をコンスタントに放っているはず……だというのにこの音は、一発毎に照準を合わせなおしているのか、やけに打ち切るのが遅い。
おそらく的にも当たっていないだろう。
となると……。
いや……まさかな……。
そんないやな予感を胸に抱きつつ、俺はそっと見えてきた宿舎兼武器格納庫をちらりとのぞいてみる。
やはり、人だかりが出来ている。何かやっているようだ。
と。
「当たんない!」
聞きなれた高い鈴を転がしたような声……。
あぁ、やっぱり。
銃をぶっ放していた人間は、桜ちゃんだった。
「桜様、やはり銃はやめたほうがいいのでは?桜様のお体では45口径は負担がかかりすぎるかと」
「あきらめないわよ!!今日中にぜーーーったいヘッドショット決めてやるんだから!」
「桜様!危険ですって!?」
「大丈夫よ、危険なことしてるわけじゃないし、ここはれっきとした射撃訓練場。 万が一の危険も無いわ」
「いやいや……桜様、先ほど一発村の方角にぶっ放してたでしょ!?深紅様が打ち抜いてなかったら危なかったですよあれ!?」
「少しずつ!少しずつだけどさまになってるよ」
「しかし……あっリュート!いいところに!」
あ、見つかった。
一発打つごとにまるで子どもの始めてのお使いを見る父親のように慌てふためくボディーガードたちのうち一人が、なにやらあわてた様子で俺を発見してやってくる。
極寒のロシアだってのにその顔からは冷や汗がたれており、サングラスの上だってのにその表情から困っている様子がお湯につけた鰹節のダシみたいににじみ出ている。
ご苦労様だこった。
「どうしたの、あれ」
「それが、今朝方いきなり桜様がシンクと一緒に現れて射撃訓練をしたいって言い出したんですよ……桜様がミリタリーに関して興味があるのは知っていましたゆえシンク様の訓練を見学するのかと思い、快くお貸ししたのですが……いきなり桜さまがMKー23を取りだして……」
現在ああなったと……深紅の奴、いつか桜ちゃんを戦場に連れてくとか言い出すんじゃないだろうな……。
「なんとかいってやってくださいよリュート!」
「なんとかって言われてもなぁ、射撃訓練場で桜ちゃんが射撃訓練してるのって何かまずいことあるの?楽しんでんなら……別に問題は」
「石田様に殺されてしまうんですよこのままだと!?」
「あぁ……なるほどね」
納得。石田さんのあの過保護ぶりなら確かにやりかねねえな。
「何とかしてくださいお願いします!」
「何とかしてくれって言われてもよ、ああなった桜ちゃんは誰にも止められねーよ……無理にとめようとしたらそれこそ今度は射撃の的にされかねねえ」
ちらりと桜ちゃんの方を見ると、そこにいる少女の瞳はあどけなさも消えうせた真剣そのもの……いつも自分の部屋で当主としての仕事に従事しているときの、完全にのめりこんでいる瞳だ……。
「分かってますよそんなこと!?分かってるからリュートにお願いしてるんでしょ!うわーーん」
「ななな、泣くなよ大の大人が!?っていうか深紅はどうした?」
「うええええ、深紅様はさっきやれやれって二回言った後どっか行っちゃいましたー!?」
「あのやろう、あんたらに任せてどっかいっちまったのか?」
「私たちみすてられちゃったんだーーーーー!?」
「だああああ泣くなってのだから!?あんた本当にボディーガードか!?むしろあんたのほうが必要だよ守ってくれる人!?」
「何女を泣かしてるんだ長山……」
「俺がいけないの?俺が泣かしたのこれって俺が悪いの!?……て、深紅」
振り返ると、そこには心底下種を見るような目でこちらを見下している深紅の姿があった。
ちょっとまて、誰のせいでこうなってると思ってんだこいつ!?
「シンクーー!どこ行ってたんですかああああ!」
「桜がこのままでは埒が明かないと思ってな……」
そういうと、深紅は手に持っていたものを取り出す。
それは。
「あれ?それって」
「これか、武器庫で見つけてきた」
深紅のやつが持ってきたのは、桜ちゃんが現在必死に打ち抜こうとしているものと同じ的を持ってきていた。
「それ探してたのか?」
「ん……まぁな、あとそれとちょっと小細工を入れてきた」
「小細工?」
「ああ」
深紅はそれだけ言うと、ボディーガードたちの間をとおり、桜ちゃんの所へ向かっていく。
的を変えただけでそんなうまくいくもんなのかね?
俺は銃はからっきしだから良く分からんが……。
「桜、調子はどうだ?」
「あと少し!あと少しで当たりそうなの!?」
「ふむ、ちょっとやってみてくれ」
「うん……」
瞬間、深紅の目の色が変わる
まるで獲物を見つめる猛獣のような鋭い目つきは、桜ちゃんの体を嘗め回すように一挙一動側を確実に捉えていく。
それだけ、桜ちゃんに射撃を真剣に教えているということだが……どこと無くその姿は楽しそうにも見える。
……はじめてあったときは、あんなに嫌悪していたのに、まったく桜ちゃんって奴は本当に誰の心だって開いちまう。
ここにいるボディーガードたちも、桜ちゃんを本当の娘のように心配したりあわてたりしている。
明るくて、やさしくて人々をひきつけて和ませる……まるで太陽のような女の子だ……この俺も、気がつけば桜ちゃんにしっかりと惹かれて守りたいと思うようになっている。それが、冬月家当主の血なのか、それとも桜ちゃんだけが有する力なのかは分からないが……。
「当たらないな」
「もうちょっと!もうちょっとだから!」
「いや、この調子じゃ弾を無駄にするだけだ……」
「ひどい!私だってがんばってるのに」
「おそらく、ゲームや映画のキャラクターの射撃姿勢を模倣しているようだが、
完全に意味がない……お前が扱っているのは45口径。ストッピングパワーは優秀だが、反動は大きい。それに加え扱っているのは一キロを超える重量を有するMK23。お前がいくら怪獣並みの力を持っていたとしても、衝撃を筋肉だけで吸収するのは難しい」
「桜は怪獣じゃない!」
桜はほほを膨らませて抗議をするが、45口径のハンドガンを何時間も打ち続けて疲労の色一つ見せない桜ちゃんは、とてもじゃないが普通の女の子では出来ない所業だ。
確か桜ちゃんって、余命一ヶ月の病弱な少女だったよな?
「こっちを使ってみろ」
「え、これって」
懐から取り出したのは、深紅が使用している二兆拳銃……クローバーの片割れだった。
「お前……それ他人には絶対触らせないとか言ってなかったっけ?」
「別に、貸すだけだ」
どういう心境の変化か……以前俺がそれに触ろうとして、割とがちで銃殺されかけた記憶があったが、それはただ単に深紅の機嫌が悪かっただけなのか?
いやそんなはずは無い、少なくともそれは深紅の親父さんの形見だ……そうおいそれと深紅のケチが貸すわけねーんだが。
……こりゃあもしかして……。冗談が冗談じゃなくなってきてるのかもしんねえなぁ。
「持ってみろ……頼むから目で切らないでくれよ?」
「うん……」
「え……軽い」
「チタン合金を術式で強化したものだ……反動も吸収するように出来ている。これで少しはまともな射撃が出来るだろう。いいか桜。先ほどからお前は、銃の反動で体が後方にそれて弾丸が上に外れている。 要するに体重を均等にしているからそうなる。
銃の発射は後ろに対して向く。 だから少し体重を前方に傾けるんだ……ただし、傾けすぎると足が浮いてバランスが悪くなるから気をつけろ」
「……こう?」
「そうだな……それで打ってみろ。出来るだけ心臓を狙え」
「……」
深紅の説明にその場にいた者たちは全員息を呑み、桜ちゃんの射撃を見守る。
銃弾が放たれる音が響き、そして同時に乾いた音が響く。
「あ」
「……うん」
桜ちゃんの打った弾丸は、見事に的に命中していた……しかも、ぴったり中心に。
「あたった……」
「お前の言うとおり、エイムはなかなかだ……」
深紅はそれに対して素直に賞賛の言葉を送り。
「ばんざーーい!ばんざーーい!」
ボディーガードたちはまるで自分のことのように互いに手と手を取り合って喜び合う。
……石田さんに怒られるからさっさとやめさせたかったんじゃないのか?こいつら。
「コツをつかむまでもう少しやってみろ」
「う……うん」
それから、桜ちゃんは中心とまでは行かないものの、5回に1回は必ず的を捕らえるようになり……ボディーガードたちはそのたびに歓声をあげたり、桜にお茶を用意したりとすっかり接待の取り巻きと化していた。
「ところで、なんでお前がここにいるんだ?長山」
桜ちゃんの射撃が安定してきたのを見て余裕が出てきたのか、深紅はそうふと俺に話しかける。
「いや、散歩をしてたらなんか銃声が聞こえるからよ……気になってきてみたらこいつらが騒いでたから」
「……なるほどな」
「しかしなんでお前、桜ちゃんに射撃なんて教える気になったんだ?」
「む?」
俺の質問に、深紅はどういう意味だといわんばかりにいぶかしげな顔を向けてくるが、こっちからしてみたらお前のほうこそどうしたんだっていいたいよ。
「少し前なら、そんな無駄なことをする意味は無いとか言って突っぱねてただろうに?」
「そう……か?」
「そうだよ。それで桜ちゃんにひっぱたかれたの忘れたのか?」
「別にそれが原因で叩かれたわけじゃないが……確かに、そうかもな……」
深紅は困ったように歯切れ悪くそう言葉をつむぎ、首をかしげたり考え込むような動作をする。
特に意識をしていなかったようだが、こいつはどうやら今やっと自分が最近変わったことに気づいたらしい。
まったく、人には鈍感とか鈍いとか散々言っておいて、こいつのほうがよっぽどじゃねーか。
「まったく。まさかお前、桜ちゃんにも戦わせるなんていわねーよな?」
「言わないさ、あくまでこれはお遊びだ……桜がやりたいと言ったからな……」
あーあ、まったく。お前まで過保護な目を桜ちゃんに向けちゃって……。
本当、たまには俺だってそうやって心配して欲しいもんだよ。
「ところで、桜ちゃん随分と射撃安定してきてるみたいだぜ?」
「……あぁ、もともと照準を合わせるのは得意なようだ……さすがはゲーマー……というべきか、それとも才能か」
「ゲームじゃ実際のエイムは鍛えられねーと思うけど……」
「確かにな……しかしまあ、おそらく十発中十発的を捕らえるのに、2日かからないだろう」
「ほう……そうなったら、あの的を使うのか?」
そういって、後ろの壁に立てかけてある持ってきたのにもかかわらず使おうとしない的を指差すと。
「ん? ああ、まぁ……な」
深紅は何か考え込むように小さく返答をする。
それは何か確信は得られていないような……そんな返事であり。
俺はまた何か深紅がとんでもないことを考えているような……そんな不安に駆られた。
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