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第五章 カレーからの逃走

深夜テンションでお楽しみください。

「に……にがっぐおおおおおおおおおおおおおがふっ」


絶叫が響く冬月家の森。割と平静を保ちながらのんきをしていた石田さんと俺であったが、その絶叫にはさすがにびびった。

「深紅の声だ」

その絶叫のが意味するもの、そしてそこまでに至った経緯を俺は瞬時に把握し、戦友の大いなる犠牲に感謝をする。

だが、悲しんでいる場合ではない。 

敵の次なる標的は俺と石田さんである。

「長山様……」

「うろたえるな石田さん!深紅が、あのやろうが俺たちに残してくれた決死の覚悟を無駄にしちゃならねえ!」

「はい……しかしどうすれば」

「逃げるしかねえだろう!大丈夫だ!俺たちの脚に桜ちゃんたちが追いついてこれるわけがねえ」

「し……しかし、ここで逃走を図れば、桜様の機嫌を損ねることになりますし……何よりも深紅様の無念を晴らすことができないはず」

「っちい!?」

そうであった、これは桜ちゃんのための企画。ここで桜ちゃんの料理が怖くて逃げ出したとあっちゃ、桜ちゃんを痛く傷つけることになっちまう。

それはだめだ! この長山龍人、むやみに女の子を傷つけるようなことは絶対にあっちゃならねえ。 

でも、あの深紅があそこまで絶叫するようなカレーだぞ……食ったら確実に胃が溶ける!?


「お待たせー、龍人君 石田ー」

深紅の惨劇を見てもまだ己の料理が行き着いた領域について理解していないことが一瞬で分かるその快活とした声。

その声はまるで銃殺を命令する指揮官の声にも等しく、その足音はまるで天国へのカウントダウンのように俺たちに響き渡る。

ああもうどうするんだよ畜生! どうすればいいってんだ!!



そのとき、絶対的危機感から生み出された異常な発想が、俺こと長山龍人の中に舞い降りる。

「そ……そうだ!」


扉を開く音

「できたよーカレー!」


な……なんだあれは、カレーって普通茶色いよな……なんであれあんな黒いんだ!?イカ墨でも入ってんのか? いやいやいや、常識にとらわれるな……普通にまずいだけの料理で、あそこまでの異臭を食べ物が放てるわけがねえ……あれは……ただの漕げだ……素材でも何でもねえ、あれはただ単に圧力鍋の時間設定を間違えたために生み出された発がん性物質の塊……そして、そんな超高圧かつ高熱で熱されたというのにいまだに蠢いているあの素材は……

素材は……


なんだあれええええええええええええええええええええええええええ!?

おかしい!?絶対おかしい!?あんなに焦げ付くまで熱されたのに生きてるあの生物何!?生きてる、絶対生きてるよね!?あんなもの深紅食わされたの!?

そうだ、桜ちゃんと長年一緒に暮らしてきた石田さんなら何か分かるかも。


だめだあああああ完全に戦意喪失してやがる!? 気づいちゃったんだ!?あの蠢く何かの正体に気づいちゃったんだ!!


「あー、石田ったら私が全部やるからいいっていったのに、ちゃんと食事の準備しちゃってる! もー。本当に世話やきなんだから」


まずい、石田さんはもう声が出なくなるくらい戦意喪失しているし、桜ちゃんにいたっては俺の席にだけ特盛りのカレーを乗せてやがる。


あんなの全部食ったら、ミンチよりもひでぇ状態へと長山龍人が変貌することがは火を見るよりも明らか!


だが落ち着け、俺にはまだ一つだけ策がある!

 それは……。

「!まずいぞ石田さん 森の奥に敵だ!それも量が半端じゃねえ!武装もだ!えーと……えーと ネオウルバリンバルカーンも投入して桜ちゃんの命を狙ってきやがったあああ!こうしちゃいられねーよ!すぐに迎撃態勢とるしかねーよ昼飯は残念だけど後回しにするしかねーよ!来ちゃってるもん!だって近くまでネオウルバリンバルカーン来ちゃってるもん!」


「それはマジですか長山様! 来ちゃってるんですか! ネオマキシマムボルケーノ来ちゃってるんですかあああ!あの歴戦の裏に隠れていたと言われる大軍兵器来ちゃってるんですかー!?」

石田さんも俺の作戦に気付いたようで、片言の演技で乗ってくる。

よし。

後はノリでごまかせばいける!!


「というわけで桜ちゃん!カザミネ!俺は森まで敵を迎撃してくるから!」

「長山様だけでは手に余る兵力!この石田 扇弦助太刀にはせ参じたいと存じ上げます故!」

「……そんなすごい兵力が来てるの!?どうしよう、シンくんは食べた後寝ちゃって、起こしても起きないの!」

「安心してくれ桜ちゃん! 俺達だけで大丈夫だから、ここで待っていてくれ」

「え、でも」

「話している時間はねえ!行くぞ石田さん!」

「分かりました長山様!」


言うなり、俺達は窓から飛び降りるように脱走する。


空を舞う感覚と解放感はとてつもなく、俺達は放たれた子羊のように野へと放たれ。


「とーう」

続けて飛び降りてきた二人の少女に目を見張る。

なんと、桜とカザミネも付いてきやがった。

「ななななな!? なんで桜ちゃんこんなことが!?カザミネも」

「狩人の底力なめちゃあかんさ! これぐらいできて当り前さね!」

「シンくんがもしもの為にって術式作ってくれたの、私も行くわ。当主として、あなた達だけを戦わせるなんてことは出来ないわ」

あのバカかああああ!余計なことしやがってえええ、どこの世界に護衛対象を守るために護衛対象をキャプテンアメリカにする馬鹿がいるんだ畜生が!発想の転換か!?発想の転換なのか!?どんな事態想定してんだよあいつは!一体桜ちゃんを何物にするつもりなんだよあのバカは!

「長山様、このままだと嘘を付き続けるのは無理があるかと」

「いや、大丈夫。まだ大丈夫だいけるいける平気平気、本気で走れば追いつけるわけないって」

「いや……しかし桜様は……脚が」

「よーいどん!!」

ひそひそ声が終わるよりも早く、俺は術式をフル回転させてもてる最高速を持ってその場所から逃げる。

いくら深紅の野郎が身体強化の術式をかけようがこちとら本業の軍人の脚についてこれるわけが。

「ところで、ネオウルバリンバルカーンってどんな兵器なの」

「はえええええええええええええええええええええええええええ!」

さらっとついてきちまってるよ!俺の全力疾走にまるでジョギング並みの労力で付いてきちまってるよ!?おかしいおかしい絶対おかしいってこれ!

「桜様は元々足が御速いお方でして……恐らく足でごまかすのは不可能かと」

「どういうことなの!?あの子余命一ヶ月の病弱な女の子じゃなかったの!?」

「何だか急いでるみたいだけど、こっちの森はシンくんがたくさん罠を仕掛けたところっさよ!?大丈夫なんさ?」

ってかカザミネもいるのかよ!?こいつに至っては術式保護の恩恵も受けていないだろうに!?どういうことなの、俺が襲いの?俺の脚が遅いの……って、そういう事言ってる場合じゃねえ。こうなったら。

「作るぞ、石田さん」

「え?」

「俺達の手で作り上げるんだよ!ネオウルバリンバルカーンをな!」

「えええええええ!?どどどど、どうやって!」

「それはだな……」

「おや?皆さまおそろいでどうしたんですか?こんな森にようが……」

「ってきいいいいいいいいい!」


「ごぶはああああああああああああああああ!」

渾身の一撃はジハードの頬を突き抜け、回転しながら雪の上へと沈んでいく。

「ジハーーーーーーーード様ああああああ!?ちょっあんた何やってんの!いま、ジハード様がぼきって!?ぼきってなったよ!?」

「ちょっ龍人君何やってんの!?ジハードさんぼろ雑巾みたいになってたよ!?」

「何言ってんのー!?あれがネオウルバリンバルカーンだってば!あいつらは常に俺達の記憶に共通する人間に化けて俺達を襲ってくるんだよ!」

「そうなの!?それじゃ、誰が本物で誰が偽者か分からないんじゃ!?」

「大丈夫だ、奴らは常に不自然な状態で俺達の前に現れる。考えても見ろ、こんなに全力で人気のいない方向に走っているのに、ジハードが都合よく俺達の前に現れるわけがないだろ!」

「た……確かに、成程、だからこうやって走り続けているんだね龍人君」

「そ。そういうことだぜ!」

よしよし、桜ちゃんは疑っていない。あとはこのまま道行く人間二 三人ぶん殴れば……」

カチ……。

「ん? カチ?」

「龍人君危ない!?」

「いけない!桜様、カザミネ様止まって!」

瞬間、 目前に爆風が現れ、俺は石田さんに抱かれて前に跳躍し、すんでのところで爆死を回避する。

「なななな!?」

手……手榴弾!?なんでこんなものがこんなところに。

「龍人君石田!後ろ!」

「赤い人!石田さん後ろっさ!」


「どわわわわ!」

今度は投げナイフ!?

ってか、このトラップたちまさか。

「今度は右から来ますぞ!」

「避ければ避けるだけ連動して自動発動するように組み込まれてやがる!?」

こんな森の中にこんなもの仕掛けるような奴は一人しかいねえ!?


「ぎゃわああああ!?」

殺される!冗談抜きで深紅に殺される!!あの野郎味しめちゃったんだな!?

ゼペットにトラップが通用したから味をしめてとんでもないピタゴラスイッチならぬヒトコロスイッチ作り上げちゃったんだな!?

「長山様」

「なんだ石田さん」

「こんなことになるなら、大人しく桜様の料理を」

「それ以上言うんじゃねえええ!!今それを認めちまったら死ぬぞ!!深紅に殺されちまうぞおおお」

「しかし……」


瞬間。 俺の全身が浮遊感を感じ、落下する感覚に身をゆだねる。

「お……」

「落とし穴ですとオオオオオオ!?」

「ふんぬうぬぬぬぬぬぬ落ちてたまるかあああ!」

両手両足をふんばじって、落とし穴の側面に捕まる。

目前には剣山、落ちたら間違いなく即死である。

「はぁ……はぁ……はぁ……。あ……あいつは一体何と戦っているんだ」

「と……とりあえず、ここから出ないと。い……石田さん桜ちゃんたちがどうなったかも気になりますし……」

「そ、そうですね。ですがさすがの桜様もこのトラップの中を来れはしない……」

「大丈夫っさ?石田さん、赤い人」

「怪我はない?」


なんでいるの?

「え。桜ちゃん罠は?」

「罠?ああ、カザミネが全部位置把握してるから、引っかからないよ」

「シンくんが丁寧に獣の匂いをつけてくれてたからねん、どこにあるかはしっかり分かるよん」


「……」

「……」

「じゃあ、先に進もう。 ネオウルバリンバルカーンを倒さなきゃ!」


「……」

「……」




拝啓。ジューダスキアリー様。 

お元気ですか。 私たちは今日も元気です。


いろんなハプニングや、いろんな問題もありますが、私たちは元気でやっています。

それよりも……今日、世界の不思議を知りました。

世の中には、軍人よりも身体能力の高い余命一ヶ月の少女がいること……そして、食べられることの幸せを学びました。

……ジューダス様へ……一つだけ、聞きたいことがあります。



桜ちゃんって、守る必要……あるのかな?


「にっにっがうぐおおおおおおおおおお」


                 ◆


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