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第五章 冬月桜の3分デストロイクッキング

こち こち こち こち こち こち こち こち こち こち こち こち こち こち。

食堂に響き渡る時計の秒針の音。

俺と石田さんは、白いテーブルクロスがかかった長テーブルにに座り、お互い血の気が引いた顔を静かに見つめ合っていた。

会話がなくても分かる。 双方に漂う死の気配……目前の執事は何を考えいるかまでは伺い知ることは出来ないが……きっと俺の不幸を半分請け負ってしまったことを後悔しているに違いない……。

「……」

長テーブルに置かれた燭台は、今見直すとこんなにきれいに見えるんだ……。

夢にも思わなかった……なるほど、これだけ世界が綺麗に見えるから、辞世の句には名言が多いのか……。

役に立つことも認められることもない勝手な冗談を脳裏に走らせても、笑みを零せそうにはなく、俺は地獄よりも恐ろしい結末を想像して長テーブルの前に突っ伏す。

「長山様、震えてらっしゃるのですか?」

「あんたの方こそ」

がたがたと震えながら、俺達は二人の処刑台に立たされた死刑囚のように、冷や汗を垂らしながらその時を待つ。

「私今……この燭台が聖母の像に見えてました」

石田さんは冗談っぽさもない冗談をも裸子、俺はもう一度燭台を視る。

銀色の燭台は、ろうそくこそ灯ってはいないが、シャンデリアの光に照らされて、淡いオレンジ色をし、掘り込まれたマリアの柄は、確かに今の俺達には教会のマリア像並みに尊く見える。

そうさ、断頭台に立った奴らはマリア像を拝むなんてことはできないが

俺達はこうやってマリア像を拝んでいる。

そう思うと俺は幾分か気が楽になった。

「って、何を考えているんだ俺は、今回は深紅がいるんだから大丈夫だって!なぁ?石田さん」

「……そ。そうですよね長山様。それに、カザミネ様もついているのですから、何も問題はないはずです。」

「そ、そうだよなぁ、た…たかが料理位で」

桜ちゃんが提案したのは、みんなに私の料理を食べてもらいたいと言う提案。

これから一緒に過ごす友達として、自分自らが料理を振舞うことで、結束を強めたいと言う意思だったのだろうが。


前回の惨劇を思い出し、俺はインフルエンザにかかった病人がなんの計画もなしにテレビゲームをしてしまったときに感じる、体が本格的に救難信号を出しているときの悪寒を背中に覚える。


体の拒絶がやまない。それほどおぞましいものを、俺と石田さんは一度食してしまったのだ。あぁ、今ほど石田さんが己をのろったことはないだろう。

当主として桜ちゃんに女の子らしいことをさせてこなかった過保護の代償が、まさかめぐりめぐって己の命にかかわる自称まで昇華してしまうとはいかなこの老人でさえも予想などできなかっただろう。

「ははは、深紅様……頼みましたよ」

乾いた笑いをこぼす石田の爺さんに、俺は一度ちらりと厨房へ視線を移す……。

深紅、死ぬなよ。                      

                   ■

「はっくち!」

「うわっシンクンばっちーさ!?」

「???」

なんだ?寒気もないのにくしゃみが出たぞ?

「もう、これから料理を作るって自覚はあるのかな?シンクンは!」

「あぁ、すまん」

謎の体の生理現象に俺は首を一度かしげるも、たいしたことはないので無視をし、本来の目的へと向き合うことにする。

「さて、前回なんかとんでもないことになったらしいから監督することになったが、まずは戦力分析と行こう。俺は基本料理全般をこなすことができるが、他人に教えたことはない。それに、残念ながらロシア料理とインド、フランス料理は作ることはできない……」

「むしろそのほかは何でも作れるってことさね……」

「得意料理は少量で大量のカロリーを摂取できるもの中心だ。味もレストランのようにとは行かない」

「へぇ、やっぱりなんだかんだで軍人何さねえ」

「まぁな、いくら術式があっても、飢えだけはしのげないからな……砂漠で食料が尽きたときは、さそりが高級料理に見えたな」

懐かしい思い出を振り返ると、背後の人間が後ろに後ずさる音が聞こえた。

「ん?どうした?」

「さ……さそり!?さそりなんてくうっさ!?」

「まぁな、意外とうまいぞ?」

「おいしいの!?味は!?」

意外も意外、こういうものに食いつくのは狩人のカザミネだと思ったが、桜は目を輝かせている。

そういえば、初めて一緒に食事をしたときも食べ物の話には食いついてきた……あの時は俺の食事の珍しさに惹かれたのかと思ったが、案外食いしん坊なのかもしれない。

「味か、肉だけならシャコガイに似てるが……甲羅ごといくと苦いな、ただ元気が出る。中国では精力剤としても使われている」

「シャコガイ……かぁ」

「まさか桜!?食べるとか言わないさね?」

「なんで?」

「だってさそりっさよ!?」

「でも、味はシャコガイなんでしょ?」

「あぁ、あくまで似た……だが」

「貝はおいしいじゃない!」

目を輝かせる桜の口元からはうっすらと涎がたれている。

このままだと、明日は食卓にサソリが並びかねない勢いの好奇心だ。

「いやっさ!絶対にいやっ!!サソリって、サソリってなんさね!?そんなもん人間の食べ物じゃぁないっさ!」

だったら俺はいったいどうなる。

「そんな人間に料理は任せられないっさ!今日の食卓にはサソリも蛇も蛙もぜえったい並べさせはしないっさよ!私の目の黒いうちはそんなもの絶対に認めないっさ!よって、シンクンは今日は厨房にたつの禁止!私が面倒みるっさ!」

「え!蛇と蛙も食べられるの!味は!?」

「そうだな、蛙は食感こそ独特だが、味は鶏肉に似てうまいぞ。 日本のアマガエル以外。 あと蛇は、栄養価もたかくてうまいから好きだ。天敵が少ない動物だから捕まえやすい」

「ふえええ!」

「ええい!もう黙ってなさいシンクンは!これ以上桜に変なことを教えるんじゃないっさ!黙ってそこで指をくわえて、いや、外で大人しく待ってなさい!」

そういうとカザミネは、憤慨しながら俺を追い出すように扉まで背中を押してくる。

そこまで拒絶されると、俺の食生活が全否定されているような気もして悲しくなってくる……。

「……むぅ、そこまで言うなら俺は身を引くが、そういうお前の得意料理は何なんだ?」

「もちろん、狩人流伝統調理法の、 丸焼きっさ」

……不安だ。

                    ■

「さて、邪魔者は消えたことだしさっさと料理をはじめるっさ」

「うん!」

すがすがしい表情を浮かべるカザミネに、私は新たな食事への好奇心を一時胸にしまいこみ、本来の目的を遂行することにする。

「ところで、桜はなーにを作る予定だったのかね?」

「カレーかなー。この前は失敗しちゃったから」

必要なものを出しながら、私はそういうと、カザミネはカレーねと一つつぶやいて冷蔵庫の中から材料を引っ張り出してくる。

「ふむ………ねえ桜ん」

「なぁに?」


「……カレーに唐辛子って、入れるよね確か」

                    ■



外で待たされること五分。:

なにやらわいわいと楽しそうに談義をしながら調理をする音を廊下で待ちながら、漂ってくる香りを嗅ぐ。

……なんか、唐辛子のにおいがするけど気のせいかな?

「大丈夫か……」

俺は一瞬この扉を開けて、確認をしようとノブに手をかけるが、一つため息をついてそれをやめる。


やめておこう。考えても見れば、戦場にいた俺の食生活よりも、この場所に住み続けていた人間の食事のほうが桜にはあっているに決まっている。

何より、あまり気にしてはいなかったが、俺の食事はどうやら普通とは言いがたいものであったらしい。

ここはおとなしくカザミネに任せたほうがいい。


きっと、使用する肉の下ごしらえでもしているのだ。 

そう自分に言い聞かせて、俺はゆっくりと壁に背中を預けて物思いにふける。


「そういや……始めはこんなことするなんて夢にも思わなかったな……」

思えば随分と俺は変わった。

長山も驚いたといっていたが、その変化に一番驚いているのはおれ自身だ。

桜を守る。

始めはそれに絶望をしていた。 

正義とは、多くの人の命を分け隔てなく救うこと。

単一の命を救うために多くのものを犠牲にする守ることは悪でしかない……。

それは変わらない、俺の中でのルールはたった二週間で変わったりはしない。

そのときが来たら、俺は桜の命でさえも糧に正義を実行するだろう。

だからこそ、他人との接触は極力避けてきた……自分を慕ってくれた人間、自分を愛してくれた人間……友達や家族……それらすべてを自分の手で殺すかもしれないから……。殺した人間の怨嗟の声に、聞きなれた音がなじむのは……とてもつらい……。 

だからできるだけ接触は避けてきた。聞きなれない人間の声ならまだ、自分を保っていられるから……。

でもきっと俺は、桜の怨嗟には耐えられないだろう。

そんな崩壊しそうな綱渡りみたいな現状が、今の俺が置かれている立場だった。

だというのに、どこかにこの現状に満足してしまっている自分がここにいる。


馬鹿な話だが、俺はここが気に入ってしまったのだ。


「おかしな話だ」

自分が壊れそうなのに。それでも俺は桜を守ることが楽しくて仕方ない。

……そう、正義を実行することよりも俺は桜を守ることが楽しいのだ。


だから、俺はこうして口元をにやけさせながら桜の料理を楽しみにしている。

俺が欲しかったのは、きっとこんな幻想的な普通の日常なのだ。

「あぁ」

この関係がずっと続けばいいのに。

桜を守り 石田がいて どうでもいいが長山もついでにいて……静かにこの何も無いが穏やかな村で一生を閉じる。

世界の美しさも、汚さもたくさん見てきた。

だから、ここに根を下ろすのも悪くないんじゃないだろうか?

そうすればもう……誰も傷つけなくてすむ。

ジェルバニスの奴がそうだったように……人を救う道は何も戦い続けることではないのだから……。

「ま……それはできないんだけどな」

桜はあと一週間で死ぬ。

そうなれば俺はお役ごめん……はかない休日の白昼夢は終わりを告げて、俺は戦場でいつものように正義を振りかざす。

きっと、こんな楽しさも、人を守るなんてことも忘れて死を迎えるその日まで正義を実行し続けるだろう。


「……ん?」

考えていて、俺は一つ疑問を抱く。

どうして守ることを忘れるんだ?

確かに守ることは悪だが、俺は現在その守ることに充足を感じているんじゃないのか?

それなのになんで俺は……桜以外の人間を守る気がしないのだろうか?

なんで俺は……こんなにも危ない綱渡りを楽しんでいるのだろうか?


ふと自分の矛盾に気づき、俺はまた考えをめぐらせる。


いや、答えはもう最初から出ていたのかもしれない。

ただ気づかないふりをしていただけで……本当は分かっているのかも……。

「俺は……」



「!!ななっ!?」

爆発音!? そして同時に流れ出るこの異臭はなんだ!? カレーを作るといっていたよな確か!?いくら狩人だからって料理に爆発を使うなんてありえないし、なにより これは明らかにカレーの匂いではない。

「っく」

俺としたことが、なんでカザミネなんかを信用してしまったんだ。

あわてて扉を開こうとノブに手をかけるが。

「っくそ!?」

扉に鍵はかかっていないはずなのに、溶接されたかのようにびくともしない。

なんだこれは……いったい中で何がおこっているというのか?

「っくそったれ!」

考えている場合ではない、今は桜とカザミネを救出することが最重要目的である。

銃弾でぶっ放してもよかったが、下手をすると桜を傷つける恐れがあるため、俺は仕方なく扉に体当たりをする。


 

 壊れる

三度目のタックルで扉は思い出したかのように開き、桜たちの元気な姿を映し出す。

「……あれ?シンクンどうしたの?そんなにあわてて」

「さては私たちの料理が食べたくって我慢できなくなっちゃったっさね?」

「……なん、だと」

あれだけの爆発があったというのに、二人とも平然とした顔をしている。

まさかあの爆発は俺の聞き間違いだったというのか?いや、そんなはずはない、現に桜たちの背後には見るも無残な形に変形した鍋や、腐食してさび付いている包丁などが死屍累々としている。

だというのにこの二人はなぜこうも当たり前というような表情をしているのだ?


「……え、えと」

「大丈夫、シンクンに一番最初に食べさせてあげるから。みて、カレーできたんだよ?」



衝撃が走る。 触れないようにしていた。

見えていたが絶対に触れてはいけないと体が拒絶反応を起こして見えないふりを突き通していたものを桜の一言によって認識してしまった。

桜は言った。

これはカレーだと。

おかしい。 カレーは黒くないはずだ……そして、明らかに異臭がする。

カレーの匂いは知っている。 さすがに長らく戦場にいたからと言って、カレーの味を忘れるほど味覚音痴にはなっていない。


……そう、カレーはこんなゴムを溶かしたような匂いはしないと俺は自信を持って主張できる。

これは料理じゃない。 だって後ろのなべとか溶けてるんだもん。


兵器だ……。

「どうぞ、召し上がれー」

悲鳴を上げるスプーンが、早く楽にしてくれと俺に訴えかける。

塩酸をかけられたかのように溶けていくスプーンに盛られた殺人兵器。

俺はそれを食べるように進められている。


あ、死んだ。

死を覚悟する。 クライアントの命令は絶対……というわけでもないが、後続の二人を死なせるよりは……ここで俺が人柱になり桜にこの物体がいかに危険かを教えざるを得ないだろう。


覚悟を決める。


黒きもの 雪ちりぬるを 良しとして 厚く華麗に  葬られけり。


「いただきます!」

辞世の句を読み、俺は自ら毒を受け入れ……。

「に……にがっぐおもおおおおおおおおおおおがふっ」

俺の意識はそこで終了した。


                 ■


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