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第五章 吹雪の中の町

日が暮れていくにつれて、晴れていた天気は一気に吹雪になった。

放浪の森を北に進み、村へと進むルートを少し外れた場所は、誰も近づくことのない木々が隙間なく生い茂る場所へと出る。

「こっちさこっち」

雪化粧をした木々の間をすり抜けながら、カザミネは慣れたもんだと言わんばかりにサクサクと森を進んでいく。

「桜、寒くないか?」

「大丈夫だよ♪龍人くんがくれた術式のおかげで全然平気」

「そうか、間違って切らないようにな?」

「そこまでドジじゃありませんよ~だ!ってきゃあ!?」

「っと」

転びそうになった桜の手を引いてとどまらせる。

やっぱり不安だ。

「っしかし、こりゃ中立の森が木だらけなんて言ってらんない量だな」

「ツンドラ地帯が近いからね~。これ以上進むともう帰ってこれなくなるから、誰もここら辺の木まで木材として使用しようとは思わないんだよ」

本当に木の幹と幹までの感覚が狭い。もちろん、日の光が木々の葉全体にいきわたるようにある程度の隙間は存在しているが、所狭しと木々が立ち並んでいるせいで、人一人がやっと通れる程度の隙間しか空いていない。ジャングルのように草が生い茂っていないことと、害になる生物がいないことがせめてもの救いだが。

「確かに、こりゃ誰も近づかねえわけだわな」

それでも、これだけの寒さはそれだけで脅威であった。

全てが白色に塗りつぶされた銀世界は、完全にすべてを拒絶している。

他に干渉をされることなく、近寄る者すべてを凍結させる氷は、ジェルバニスが用いた氷狼結界に似たものを覚える。

術式を起動していなければ、恐らく俺と長山は数秒であの世行き。

まさに不動の要塞が、この森には出来上がっている……。

「なるほど……こりゃ見つからねぇわけだ」

長山は何かに気が付いたらしく、ひょこひょこと俺達から離れて何かを拾いあげて戻ってくる。

「みてこれ、かっちかち」

長山の掌のものを確認すると、そこには凍りついたゴーレムが数体転がっていた。

「……うわ、本当だ」

「文字通り冷たくなって動かない……て奴だな。だがなんで気が付かなかったんだ長山。

ゴーレムに異常があれば分かるって言ってたじゃないか」

「こいつはまだ死んでねぇからな。駆動部分が凍りついて動けなくなっただけ。レンジでチンの三分クッキングでまた動き出すよ。俺に情報が来るのは破壊された時だけ。

木にぶつかった程度で情報が来たら、俺の頭がパンクしちまうよ!?」

あぁ、だからペイント弾でゴーレム狙撃しても長山気づかなかったのか。

「へ~すごいんだね、レンジって」

「……あれ~?」

「桜~、突っ込むところ違うっさ」

「……視界を共有してるんじゃなかったのか?」

「言っただろ?二百四十六個の視界でFPSなんてできるかよ。 対象となる人物が視界に入った時だけ、俺に情報が行くってシステムだ。凍るなんてことは想定してなかったし、この付近の気候には対応できるようにはしてあったはずだぜ?」

そう言いながら長山は自分の手に息を吹きかける。

……確かに、雪月花村付近ではゴーレムは正常に駆動していた。

「みんなストップ!」

「!?」

不意に、桜がそう大声を出して俺達を静止させる。

「どうした?」

「……ここから先に、術式が張ってある。多分術式の種類は冷却……多分龍人君のゴーレムが凍ったのはこの術式のせいだね」

「ファントムが張ったのか?」

「ううん、多分結構昔にここに住んでいた人が作ったんだと思う」

桜は始祖の眼を開眼して、術式が張ってあるのだろう虚空を凝視してそう判断をする。

「ここに住んでたやつ、よっぽど暑いのが苦手だったんさね?」

「あぁ、きっとここはビッグフットの集落だったんだよ!」

「マジでか!?」

そうなるとここに住んでいた連中は全員太平洋を横断してきたことになるぞ。

ビッグフットの生息地はカナダのロッキー山脈だ。

「ったく……どうして昔の術式だと分かるんだ?桜?」

「うん。なんか目の奥をどんどん開いてくと、さらにいろんな情報が入ってくる……。

もう少し開けば、誰が張ったのか分かるかも」

眼の奥を開いて行くという感覚は特別な目を持たない俺には分からなかったが、見えるものが増えていっていることは理解できた。

「今見るね」

そういって桜は、目を細めると。

「あつっ!?」

「桜!?」

瞬間頭を押さえてその場にうずくまる。

「桜ちゃん!?」

「いったたた……だ大丈夫」

「……桜ちゃん、目に負荷をかけ過ぎだ。桜ちゃんの能力は自身の能力の損失によって得られているわけだから、通常状態で見られるもの以上のもんを望むと、さらに大きな欠損を代償にしちまうおそれがある……これからは必要以上に見ないようにしてくれよ?」

「う……うん。ごめんなさい」

長山の諭すような言葉に桜は一度頷き、俺は桜の手を引いて立ち上がらせる。

「まだ痛むか?」

「ううん、大丈夫。 誰が作った術式かは分からなかったけど、とりあえずはこの術式を切っちゃうね?」

良かった、いつもの桜の笑顔だ……。

どうやらさっきのは一時的な脳の処理落ちのようなものだったらしく、何事もなかったかのように雪を払い、桜はまたその術式を視る。

「……」

斬。

桜の指が虚空を切り、同時に束ねたロープを一太刀で両断する様な音が響き。


「あ~だめだ」

そんなセリフが桜からこぼれる。

「中に入れないのか?」

「入れることには入れるんだけど。完全に意味を剥奪することは無理みたい」

どういうことかよくわからない。

「この術式、連動式自動修正機能が付与されてる」

「なるほど、それじゃあ完全な破壊は無理だな。だけどそれならお前がいれば行きも帰りも自由だろ」

「うん。まぁね」

桜は任せなさいと言わんばかりに鼻高々に胸を叩く。

これはカザミネのマネだろうか……。

「あの~」

申し訳なさそうにカザミネがそろそろと片手を上げている……。

「どうした?」

「話が難しすぎて全然分からなかったんだけど……」

そういえば、カザミネは今日初めて術式と言うものを知ったのだ。分からないのは当然だ。

「あ~……俺は説明が下手だからな。長山、説明してやってくれ」

「え!?」

「……」

今明らかにギクっていう音が聞こえたぞ。

「お前、まさか」

「いやいや!?知ってるから!遠藤式児童公正機構だろ!?」

「桜、長山のコートの術式を切れ」

「は~い」

「いやいやいや!?死ぬから!?死んじゃうから!!」

「ったくいいか?連動式自動修正機能ってのは、一つの術式が破損したら、他の術式がその文字を修正するってプログラムだ」

「というと?」

「たとえば今の術式みたいに、何かが原因でその範囲一帯に効果を発揮している術式が破損して機能を失った場合、他の場所に設置してある術式が新しくその破損した術式を修正して起動させるシステムだよ」

「……あ~、自動で術式を治すお医者さんロボットって奴っさ!」

……カザミネすまん。よくわかんない。

「つまりは、少し経ったらまた術式が再起動するってことか?」

「まぁ、そういうことだな」

「完全に壊す方法はないっさ?」

「ほぼ同時に各場所に設置された術式を破壊するしかないな……」

「つまり無理ってことだよ♪」

なんで嬉しそうなのかは分からないが、とりあえず桜が無理というのなら無理なのだろう。

「……まぁ、どちらにせよ桜がいれば行き来は自由なんだ。気にせずに進めばいい」

「それもそうっさね」

「っつーか、どうやってカザミネちゃんはこの場所を見つけたんだ?」

「ふっふ~ん。狩人を舐めてはいけないよ赤い人! 私にかかればマイナス何度だろうと気合でカバーできるっさ!!」

できません。

「た……多分。広範囲の術式だから、どこか隙間があってたまたまそこをカザミネは見つけたんじゃないかな?」

「なるほどね……」

桜の耳打ちに俺は納得して、自慢げに胸をはるカザミネを放ってそのまま先に進むことにした。


猛吹雪が叩きつけるように吹き荒れる中を、桜の様子に気を付けながら進むこと数分。

まるで白昼夢でも見ているのではないかと思ってしまうほど急に、吹雪は粉雪へと変わる。

頬を叩きつける雪は、優しくなでるように落ち着き俺は顔にかけていた術式を解除する。

「どうしたってんだ?気が変わりやすいのは山の天気だけだと思ってたんだが……」

「ん~、快晴とまではいかないけど、粉雪がひんやりして涼しいっさね」

「まじでか、術式解いて肌で自然を感じてみようかなぁ」

「死にたかったらな」

ここにずっと住んでいるカザミネはどうかしらないが、先ほどの猛吹雪に比べればまだましかもしれないが、ここの気温は雪月花村付近と変わらない。ただ違うところは、雪の量が明らかに村の周りとは違うという一点のみ。つまり、防護術式を解いたら一瞬で骨まで凍りつく。

「術式はどうやら、中への侵入を防ぐために張ったみたいだね」

桜は赤い瞳で村を見回しながらそう呟き、始祖の眼を解除する。

「……となると、ここは籠城にはもってこいだな」

誰にも気づかれることなく、近づくものは例外なく凍結させる。

こりゃジューダスが作ったオハンよりも守りが固そうだ。

「ねぇねぇ!シンくん、だんだん木の数が減って来てるっさ!」

「ふむふむ。この先に出るのは蛇か……それともヘビかね?」

「赤い人、それどっちもへびっさ」

「しっ」

すこし騒がしいカザミネ達を黙らせ、俺は森が薄れた森を一歩ふみ、道を塞ぐ木の枝を払いのける。

「抜けるぞ」

ひんやりとした細かい雪が、粉のように手の上を滑って行き、それを軽く振り落して俺達は完全に森を抜ける。

「わぉ……なんつーか……こりゃ確かに廃墟だ」

あの口先だけが取り柄の長山でさえも、驚愕でそんな陳腐な感想しか思いつかない。

確か冬月家の屋敷を見たときも似たリアクションを取っていたが……。

今回は完全に違うベクトルの驚愕だった。

「……死んじまってやがる」

そう、それは本当に死んだ場所だった。

「前来た時と何も変わらないっさね」

建物は全て崩れ落ち、朽ち果てている。

捨てられ、風化し、壊れた村。

誰の心にも残らず、誰の記憶にもない……だからこそ誰しもが、この村の形容に~死~という単語しか見つからない。

「……みろ、この木屑」

壊れた家の跡地に散乱している木屑を拾い上げて雪を払う。

現れたのは黒い焦げ跡……。

「なるほど、火事で全部燃え尽きたってわけか……悲しい話だなぁ深紅」

長山は軽い口調ながらも表情は変えずに、淡々と背後からそう問いかける。

「俺達には関係ない……。それに、風化具合から見るにもう何十年も昔にこの村は村としての機能を失っている」

「そういう話じゃね~っての」

あきれた様子で長山が肩をすくめるが、無視だ無視。

「……」

その様子を見ていた桜は、目を伏せて俺達から離れ、俺はゆっくりと後を追いかける。

彼女が向かった先は、焼け落ち朽ちて、雪に埋もれた家の跡の前。

雪の上に足跡をわざと残すように桜は歩き、そして家の跡の前にゆっくりとしゃがみこむ。

「ここにいた人……死んじゃったのかな」

一言つぶやく桜はどこか寂しそうで。

その姿がどこか……この村と重なった。


……昔、この場所は雪月花村と同じように静かで美しかったのだろう。

もちろん近代化され、コンクリート詰めにされた灰色の便利な世界ではなく……自然と調和した、あくまで森の一部のように振る舞う笑顔に満ち、子供達が道を走り回るようなそんな村がここにはあったはずだ。

だが、今あるのは焼けた廃墟。 降りしきる粉雪に埋もれ、残ったものは焼けた家の焦げた板のみ……。

それさえも触れればぱらぱらと崩れて砂に変わってしまう。

そんな光景が目前を覆っている。

広いためすべてを見回すことは出来ないが、恐らくこの先ずっと白い世界が広がっているはずだ。

「死んで、壊れて……そして忘れられていく」

桜はしゃがみこんだまま、誰に言うでもなく、そう言葉を零す。

「昔、誰かが言ってた。人が死ぬのは、心臓が止まった時でも、呼吸が止まった時でもない。忘れられたときだって」

そんな事を呟いて桜はしゃがんだまま、雪の中からのぞいていた板を優しくなでる。

「……あ」

桜の指から砂になった木の板がこぼれ落ちる。

黒い砂は雪の上に落ちて、また白で塗りつぶされる。

「……こうやって忘れられていくんだよね」

桜は自分とこの村を重ねている。

誰も近づくことのない森の中一人消えていく。

そして忘れられ、死んでいく。

そんな人生を背負った少女だからこそ……この村に対してあんなに悲しそうな顔をしているのだろう。

だが……。

「死んでなんかいない」

桜は少し間違っている。

「ふえ?」

「お前の説明だと、この村は死んでなんかいない……俺達がこの村を見つけた。ということは今この村は俺達に記憶された……だからまだ生きている」

「……シンくん……うん。そだね」

桜に笑顔が戻る。 まだ少しだけ硬さが残るが……それでもやはり彼女が笑顔でいてくれるとホッとする。

「俺達はファントムを探しに来たんだ。廃墟を探検に来たわけじゃない。さっさと行くぞ」

「うん……ありがとう。やっぱり君は優しいね♪」

桜は立ち上がり、笑顔のまま笑いかけてくる……。

その言葉は、どうにも胸の中に鉛を流し込まれたような違和感がある……。

「そこに座られていると、ファントムの捜索が遅れるから当たり障りのないセリフを吐いただけだ」

「ふふっ……はいはい。分かってるって」

「……ったく」

「おやおやぁ?ずいぶんと楽しそうですねぇお二人さん。ピンク色の空気が漏れてるぜ~」

気が付けば背後で長山がいつも通りのにやけ顔で立っていた。

「りゅ!?りゅーとくん!?」

「い……いつからそこにいた!?」

「ん~、深紅がとっても優しいってところからかな~」

また都合よく誤解を生むところから話を聞きやがって……。

「何々!?シンくんが桜ちゃんにとっても甘い一言を囁いたのかい?私にも詳しく教えてほしいっさ!?」

「だあああ!!お前らの耳には呪われた言語変換機でもついてんのか!」

そして頭の中そういうことばっかりか!?

「だってよ~。最近夜はいっつもお前ら二人きりじゃん~……変なことを考えるなって方が無理だぜ~」

「ほうほう」

「いい加減にしろ、俺はあくまで唯の護衛だ。どうしてお前らはそう俺と桜を恋人同士に仕立て上げたがる?俺達はまだ、出会って二週間しかたっていないんだぞ?」

「恋するのに時間なんて関係ないっさ、初めてであったその日から、恋は始まるかもしれないんさよ?」

「あ~はいはい。世の中にはそんな奴もいるかもしれないが、俺と桜は違う。分かったか?」

「本当か?俺の眼力によるとお前らは相当……」


そう長山がにやけ顔をすると同時に。

「!」

鋭い殺気がその空間全体を泳ぎ……。一点に絞られて停止する。

「っ!桜!?」

「ふえぇ!?」

殺気が飛ぶ瞬間よりも早く、俺は片手で桜を抱きかかえて渾身の力で後ろへ飛ぶ。

「お……おいおい深紅……わざわざギャグに本気で答えなくても……」

長山はあほのようなコメントを残しているが、今はそれに突っ込んでいる余裕はない……。

「下だ長山!!」

叫ぶと同時に、足元の雪が煙のように吹き飛び桜がしゃがんでいた建物跡を吹き飛ばした。

                      ◆


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