第五章 疑念
「おっかえり~♪」
「……」
「あっれ?カザミネちゃんじゃん」
頼まれていたものを石田さんに渡し、桜の部屋に戻ると出迎えたのは桜ではなくカザミネであった。
「なんでお前がここにいるんだ?」
「何を言ってるっさ!友達の家に遊びに来ることの何がいけないんだい?」
「む……それもそうか……」
カザミネは自信たっぷりにそう言い放つと。
「というわけでシンくんも遊ぶっさ!!」
いきなり抱きついてきた。
「おっわ!?おいカザミネ!」
「むふふふ~ありゃりゃ?シンくん君思ったよりもいい匂いがするっさ!」
「するか、邪魔だから離れろ!?というか桜はどうした!?」
「なんかお菓子を取ってくるって言ってたさ♪それよりも冷たくしないでほしいっさ~。私は君の友達なんだから。もう少しあそばせてよ~」
そういってカザミネは今度は俺にぶら下がるように抱き着いてくる。
「あ~もう。もう満足だろ?ほら、早く降りろ」
「いや~だ~」
子供の様に駄々をこねるカザミネは、どうやら頑として動くつもりはないらしく、俺は振り払おうとカザミネを揺さぶるが。
「うわっ!?」
逆に落ちていたジェンガを踏みつけてその場に倒れてしまった。
「いっつつ!?」
「あたた~」
「怪我はないか?」
「う~なんとか」
盛大に受け身もなしに倒れた割には怪我はなかったらしく、俺は安堵のため息を漏らすが。
「お待たせ~。カザミネ、炭酸飲めるか分からなかったから一応両方持って来たけど……て、え?」
「ありゃ?」
「…………泣けるぜ」
どうしてこのタイミングで入ってくるのか……桜が扉を開けて中に入ってきて固まっている。
よくよく自分の体制を見てみると、カザミネに押し倒されているように見えなくもない。
まぁ、冷静に見れば違うことは良くわかるのだが。
「……あ……えと」
あの様子では前者の方向に理解をしてしまっているようだ。
「な……何してるの?シンくん?」
「あ~……えと、そうだなこのバカが……」
「そうさぁ!私とシンくんはラブラブっさ!」
「っはぁ!?」
このあほ娘は、何言ってくれやがるんですか!?
「ほ……本当なの?」
「桜、落ち着け。そんな事あるわけないだろ!?」
「別に構わないはずっさね桜ちゃん。だってシンくんは桜ちゃんのものってわけじゃないんだから」
「おい、頼むから状況をかき回すようなことを面白半分で言うなって!?」
「なんで?だってさっきまで私たちハグしてたじゃないかい?」
「お前が勝手に飛びついて来たんだろうが!?」
「へぇ……したんだ」
「え!?いや、だから!それはそういう意味じゃなくてだな!?おい、桜?桜ぁ!?なんで開眼しちゃってんの!?おい!まさか……おいいいいい!」
「シンくんの!ばかあああああああああああああああああああああああああああああ!」
◆
「で、ここに逃げてきたってわけか?」
「あぁ」
全身の傷口を術式でまた塞ぎ直しながら、俺は長山の隣で小さくうなだれる
ここに来てからもう三度傷口を開かれた……多分そろそろ死ぬんじゃないだろうか。
「はっはっは、まったく。お前も本当についてないなぁ」
「笑い事じゃない……ったく。カザミネの奴、冗談にも限度があるぞ」
治癒術式を再度かけ直して、俺は長山の隣に立って雪の森を見つめる。
「もしかしたら、冗談じゃないのかもしれないぜ?」
「ふん。こんな殺人鬼を好きになる物好きがいるか」
「……朴念仁」
「ん?なんか言ったか?長山」
「別に~。それよか深紅、お前腕大丈夫なのかよ?」
「何がだ?」
「右手だよ、昨日使った形跡があったからよ」
「あぁ……」
袖をまくって、俺は右腕を出す。
一見、何も変わったところの見受けられない腕だが……。
「アクト」
始動キーを入れると同時に、その腕が少しずつ黒くなっていき、肘辺りで止まる。
「……やっぱり、そろそろ手放し時じゃないか?もしくは桜ちゃんに斬ってもらうか」
「……そうだな。でも、後二週間で必ず必要になるものだ。まだ手放せないよ」
「そりゃそうだけどよ……。お前、これ以上使ったらマジで死ぬぞ?」
「理解してる」
長山は頑固者、と一言だけ俺を毒づき、俺は長山が視線を外したのを確認して、ゆっくりと術式を解除して袖を元に戻す。
「もうお前は一人じゃねえんだからよ。 あんまり無理すんじゃねえぞ?お前が死んだら、桜ちゃんが悲しむだろ?」
「……あぁ、多分俺かお前。どちらかが死んでも、桜にとっては最悪の幕引きになる」
余命は後二週間……今は元気な姿を振りまいているが、本当ならいつ倒れてもおかしくないはずだ……。
「……なぁ」
しかし、疑問がある。
「なんだ?」
「本当に桜は……あと二週間しか生きられないのか?」
「どういうことだ?」
「……具合が悪くなってほしいと思うわけじゃないが……、余命が二週間しかない少女にしては……桜は元気すぎる気がする」
「……さぁ、そういうことは専門外だから分からねえけどさ。いきなり病状が悪化するタイプの病気なんじゃないの?」
「……考えたくはないが、何かあるんじゃないか?」
「え?」
「いや、石田さんが言っていたんだが、桜を一秒でもいいから頭首にしてやりたいって」
「んあ?それなら俺も言われたけど」
「だが、言い方を変えれば……それは桜が、十六歳になるまでは死なないって分かってるということじゃないか?」
「……おいおい、考え過ぎじゃ」
「だが、遺産相続権を手に入れる前に桜が死ぬって可能性を、石田は最初から考慮していなかった……普通だったら、少しでも長生きできるように桜も薬とかを服用するはずだし、専属の医者もいるはず……」
「もしかしたら、石田さんが医師免許も持ってるのかもしれないぜ?」
「確かにそれも考えられるが……だとしても桜の生活は、村に閉じ込められていること以外は全くの普通の女の子の生活だ……」
「……というと?」
「本当に桜は……病に侵されてるのか?」
「……石田さんが裏で糸引いてるってのか?何のために?金は俺達のところに入る契約だぜ?」
「分からない……多分石田さんが桜を頭首にしたいというのは本当だ……だが、何かを俺達に隠しているのは確かだ……」
……………沈黙が流れ、俺と長山は互いに森の方向を見つめながら思考を巡らせる。
「だめだ……なんもうかばねぇよ……。だってさ、桜ちゃんを殺して、石田さんにメリットになるような事一つも……ん?」
「……どうした?」
その言葉に長山は何かを思いついたらしく、頭を掻く手を止めてこちらに向き直る。
「もし、石田さんだけじゃなくて……俺達に利益があるとしたら?」
「どういうことだ?」
「俺達に下された命令ってさ、桜ちゃんを死ぬまで守りきれって言ってなかったよな」
「……」
そうだ……ジューダスから渡された任務は、桜の一ヶ月の護衛、または死亡確認……。
それはつまり、一か月後に殺せという指示なのではないだろうか?
「……ってことはよ、一か月後に病死するのを看取れってんじゃなくて……石田さんが一か月後に桜ちゃんを殺すのを黙認しろってことか?」
「……変な仮説はよせ長山……石田さんと桜の関係を見れば分かるだろう」
「あ……あぁ、そうだけどよ」
長山は落ち着きを取り戻したらしく、咳払いをして屋上の中をうろうろし始める。
「……どうにも落ち着かねぇな……」
「悪い……俺にしてはくだらないことをお前に吹き込んでしまった」
「ああ、まったくだよ本当に桜ちゃんが死んだら、お前とのコンビを解消してやる」
「……心得た。とりあえず、石田さんを問いただしてみる」
「大丈夫か?」
「……俺はあの人を信じてる。」
勝手な仮説を立てたのは自分であるが、それでもあのときの表情を、俺は偽者であるとは到底考えにくかった。




