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第五章 深紅と桜

12月7日

「ここは?」

眼を開けると、そこには一面に広がる天井。

うっすらと光るランプは電球がチカチカト点滅し、暗転と点灯を繰り返していく。

どうやら俺が目を覚ました原因はこれの様で、目を細めて顔をそらす。

「夜?」

窓の外は一面の雪と闇。

部屋の中もうっすらと周りが見渡せる程度まで光が抑えられている。

相変わらずの雪景色が続くロシアの景色。

まだ頭がうまく動かず、俺はもうろうとする意識の中、ゆっくりと体を起こし、足にたまった血液を頭に走らせる。

「……あぁ……ジェルバニスが倒れた後、俺も落ちたんだっけ」

ゆっくりと思い出すのと同時に襲い掛かる痛み。

それが収まると俺はやっとジェルバニスとの戦いを思い出す。

「……ここは、俺の部屋?」

見回すとそこはあてがわれはしたが、一度しか使うことのなかった俺の部屋があり、隣のベッドには長山の私物が散乱している。

「……」

部屋の時計を見ると、やはり時刻は四時十二分。

時差を含めてもまだ真夜中である。

「やれやれ」

自分の習性に少しばかりため息が漏れる。

この分だと、どんなことがあっても脳死することはなさそうだ。

「ふん」

くだらない冗談を心の中で呟き、俺は起きるかもう一度寝るかを悩む。

二度寝など初めてだが、あの戦いの後ならだれも文句を言わないだろうが……


「桜はどうしただろう」

先の戦いで、桜は傷ついていないだろうか?俺はそれが急に不安になる。

ジェルバニスが倒れた後すぐ失血で倒れたから、彼女の無事を俺はまだきちんと確認していない。

いや、気絶前一瞬の記憶をたどると彼女に怪我はなかったはずだが、それでも万が一と言うこともある。

「……桜」

何故ここまで桜が心配になるかは分からないが、それでも俺は胸にたまっていく不安を拭い去ることが出来ず、ベッドから立ち上がろうとする……と

「……ガチャ」

扉が音を立てて開き、隙間から光が差し込む。

「……あ、シンくん!!」

中から顔を出したのは、手に包帯を持った桜だった。

「……桜」

見たところ彼女に外傷は無く、いたって健康そのもの。

そして何よりも、桜のいつもと同じ優しく明るい声が、不安を一気に取り除いていく。

「……目が覚めたんだ!よかった~。あのまま起きないんじゃないかって心配したんだよ?」

「あぁ……石田さんがこのスタンドライトの電球を取り換え忘れてくれたおかげで、目が覚めたよ……っと。桜……いきなり明かりを強くしないでくれ」

桜は部屋の明かりを離しながらつけ、急に差し込む光に一瞬目を細める。

「あ、ごめん……」

桜は謝り、部屋の明るさを一段階下げて、ベッドの脇に置いてある椅子に腰を掛ける。

「……無事そうだな桜、どこも怪我してないか?」

見た目から大丈夫だと分かったが、俺は一応桜に触れて安否を確認する。

「ちょちょ!?シンくん!く……くすぐったいよ!?大丈夫だから!」

「…………安心した。どこにも外傷はないみたいだな」

「も~!いきなり変なとこ触んないでよね!シンくんのエッチ!」

「ぇ!?い……す……すまん。心配でつい」

「まったく、そっちはすごい重傷なのに、君は人より自分の心配をしなさい!」

呆れたように桜はわざと大きなため息を披露する。

「あぁ……それもそうか。ごめん」

うん……どうやらどこも心配はないようだ。

「……包帯交換するから、シンくんちょっと上脱いで」

「ん?ああ」

来ていた上着の前を外し、俺は切られた肩を見せる。

「……術式ってやっぱりすごいね。傷がもう塞がってる」

「でもちゃんと治ったわけじゃない。術式が代わりをしているだけで、体本体へのダメージはしっかりと残っている」

……桜の眼は術式を切る能力を備えている。

だから、桜が見ようとすれば俺の死にかけた体が見えるはずだ。

「うん、なんか血は止まってるみたいだから、術式を解除するね」

「な!?ちょ!?待て!」

「えい」

「っっっっっーーーーーー!?」

桜は優しく俺の手をなぞり、同時に傷口が一斉に開く。

術式をかけた状態でもそこそこ痛みが残っていたというのに……。

しかも、一斉に開くものだから全身を刻まれた感覚がする。

「お……まえなぁ……全部まとめて解除するやつがあるかぁ」

また意識が切れるところだったぞ。

「あ……ごめん。……でもシンくん。怪我したところを気にしてないと、治る物も分からないよ」

「そんなことは分かっている、これからは戦闘以外では解除するように心がける」

「約束だよ?」

「あぁ……だからお前も傷口を一気に開くのはやめてくれ……多分次は死ぬ」

「うん。約束する」

本当に分かっているのかは疑問だが、まぁいいか。

桜に包帯を巻かれながら俺は傷む全身を左腕でさする。

爆風でおられたアバラはなにやら青く変色しており、術式を外されてずきずきと痛む

下手すりゃ心臓に刺さってたなこれは。

「……練習したのか?包帯」

「え?あ、うん。 私にできることってこれぐらいだから。石田に教わったの」

桜の手つきは丁寧かつ迅速であり、俺は桜に声をかけることが出来なかった。

……しばしの沈黙が続く。

聞こえるのは桜の包帯を取り換える音のみ。

……桜の白い髪は、降り注ぐオレンジ色の明かりを受けて黄金に輝いて見える。

それはまるで、患者を優しく開放する天使の様で……。そのはにかんだような顔を見ていると、何故だかとても安心できる。

「っ!?」

その顔を見つめているうちに、俺は何故か心臓の鼓動が早くなり、視線を外す。

まるで、処刑台に立たされた囚人のように緊張している。

いや、それならもっと冷や汗や色々な思い出が頭を巡るはずだ……だけど、これは違う。

極度の緊張状態なのに、それでいてどこか温かい。

そして、頭は思い出を巡らすどころか……何も考えられずに混乱してしまっている。

「終わったよ」

「あ……あぁ」

桜は依然笑顔のまま、ポンッと背中を叩き、俺の寝ているベッドの端っこに座る。

「なんだ?」

「ん?ほら、いつもと逆だね」

「逆?」

「いつもはシンくんがここにいて、私がベッドの上だもんね」

「む……そうだが、俺はそんなところに座った覚えはないんだが」

「細かいことはいいの」

「そうなのか?」

「そうなの!」

それがどうしたというのか?桜は隣で嬉しそうに笑っている。

「シンくん」

「な……なんだ?」

その表情は雪のように柔らかく。 微笑みながら俺に顔を近づけてくる。

真紅色の瞳に、白金色に輝く純白の髪は絹のように美しく……俺はさらに心拍数が上がる。

「眠る前に、少しだけ話を聞いてくれるかな?」

「?……あぁ、それなら場所を移そうか」

「だ……駄目だよシンくん!絶対安静!?」

「いや、ここは長山と相部屋だ……入ってこられたらどんなこと言われるか」

「それなら大丈夫。ちょっと待ってて」

「?」

桜は立ち上がって入口まで走っていき。

カチリ。

「おい、お前鍵かけたのか?」

「えへへ。いいの、龍人君には悪いけど今日は私と君二人っきりでお話ししよ」

この様子だと長山は元気のようだ……。

桜は悪戯っぽく笑顔を作り、また俺の寝ているベッドの端っこに腰を下ろす。

「ふふ、この前まではすぐに逃げちゃったのに……うれしいかな」

「今だってこの怪我がなければ逃げ出すさ」

「も~」

そう言いながらも、桜は俺に背を向けるように話をしている。

顔はこちらを向いているが……何か、話したくないことを話そうとしているような感じがする。

「桜?……どうかしたのか?」

そう……今日の桜は積極的すぎるし、明るすぎる。

俺の意識が戻って安心したからだと思いもしたが……そうではない。

「私ね、あと少ししか生きられないって知る前は、死ぬことはもっと怖いことだって思ってた。だけどね、石田と君の会話を聞いたとき、怖いって感情よりもすぐに桜並木を歩いている姿が思い浮かんだんだ」

「桜並木?」

「おかしいよね。死ぬってわかったら、どうせ死ぬならもう何もかも全部捨てちゃえって思ったの。……そう思ったらなんだかうれしくなって、気が付いたらペンを持ってあれを書いてた」

「……死ぬ前にやることリストか」

「そ、本とか石田から聞いた話からいっぱい想像して……思いつく限りやりたいことをぜーんぶ書き連ねて……それでね、気が付いたんだ」

桜はここで言葉を止める。

まるで

「何に気が付いたんだ?」

その一言を待ってるかのようだった。

「……私はまるで、用済みに……なったみたいだなぁって」

いつか石田さんが話した、遺産相続のつなぎの為の存在だという言葉が脳裏をよぎる。

「……」

「そう思ったら、なんだか自分の書いてることがバカバカしくなってさ。もう用済みだって言われて、ハイそーですかって言ってるみたいで。気が付いたら、紙を丸めて仕事してた」

……彼女は泣いている。

後ろを向いていて、明るく振る舞っているが。

その悲しみは、俺を穿つように流れ込む。

決して表には出さないが、ずっとわかっていたのだ。自分が父親に必要とされていなかったことも、何もかも。

それを知ったうえで、彼女はそれを隠していたのだ。一番の理解者であった石田にも悟らせないように、慎重に、何重にも仮面を重ねて。

「私は普通の女の子になったら、誰にも知られないまま、記憶されないまま、本当の使い捨ての人形になっちゃう。 だから、それなら冬月家の頭首として死にたい。

私が生きた証を残して……冬月桜と言う人間は、決して使い捨ての人形なんかじゃないって証明して……そして……そして笑って……」

桜の声は震えている。

……今まで押し殺してきたものがあふれ出しているかのように。

「シンくん……やっぱり……やっぱり私死にたくないよ」

桜の頬に伝うしずくが、点滅するランプに反射し、俺の眼に映る。

「……」

相変わらず俺は……そんな桜に何も声をかけてやることは出来ない。

本当に俺はバカだ……桜がこんなにも辛そうにしてるのに、やっと。ずっと自分にも隠してきた本当の気持ちを打ち明けているというのに……。

出来るなら、彼女が死ぬという未来を変えてやりたかった。

だけど……そんなこ人の命を奪うことしかできない俺にはできるわけがなくて、

ひたすらに自分を呪う。

自分は、多くの命を救えるのに……たった一人の大切な人の運命を変えることすらできない。

そう……俺にできるのは、たった一つだけ。

「!?シン……」

「何も言わなくていい」

ただ力の限り、桜を後ろから抱きしめるということだけ。

「……俺は忘れない」

ドクンと、桜の心臓が撥ねるのが分かる。

桜の手が、弱々しく苦しそうにもがくが、俺は構わずさらに強く抱きしめる。

「……ん」

「……俺は、冬月桜と言う人間を決して忘れない。お前が生きた時間を、お前が生きた証を……絶対に忘れない」

「……本当?」

桜は小さく着物を濡らしながらつぶやき……俺の腕に、温かいしずくが落ちる。

「あぁ……だから今は好きなだけ泣け。 お前の悲しみは、俺が預かる」

「……うん……」

桜は泣いた……。

「私……私本当は普通の女の子になりたかった……」

「あぁ」

今までの強さをすべて投げ捨てて。

「もっともっと遊びたいよ!」

「あぁ」

仮面をすべて脱ぎ去って。

「おしゃれして、恋して……世界中を旅して!」

彼女はこの瞬間だけ、普通の女の子として。

「……分かってる。分かってるよ桜」

俺は唯、それを受け止めることしかできず。

彼女を救えない自分をひたすらに呪うことしかできない。


だから俺は決めた。せめて彼女を冬月家当主のまま、死ぬ前にやることリストを完遂させようと。

普通の女の子の、普通のリストではなく、雪月花村領主の最初で最後の我がままとして……桜が最後の笑って眠れるような……最高の幕引きを用意しようと。


もう一度俺は……そう固く決意した。


だが、その時の俺は忘れていたんだ。

いや、桜を救いたいと願うあまりに、目をそらせてしまっていた。

誰か一人を守るということは、正義にはなりえない。

そんな当然の前提を忘れて俺は、いつしか危険な綱の上を……ゆっくりと歩くようになっていた。


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