第五章 覇王 動く
12月6日
「ふむぅ」
ソファに座るゼペットは、暇そうにそううなり声を鳴らして教会の椅子に座って新聞を読む。
書いてあるのは先日発生したアメリカでのテロ事件。
難攻不落の米軍基地 オハンが陥落したテロ事件は、どうやらここロシアでも相当の話題になっているようで、ゼペットはその新聞を畳んで脇に置く。
黒き仮身の行方を追って早6日、依然消息はつかめず、ゼペットは半ばあきらめていた。
「雪月花の森付近は全部調べたというのにのぉ」
あの手傷ではそう遠くへは逃れられないと踏んで先に一番厄介そうなのを排除したかったのだが、かえって時間がかかりすぎてしまった。
名医についていれば、半分ほどは回復している頃合い。
攻めても損か。
そんな計算を内心でゼペットは行い、一つため息を漏らして、町で購入したワインを口に運ぶ。
「主」
「むぅ?」
不意に背後から声が聞こえ、振り返ると、そこには探索に向かった謝鈴がいた。
「ただ今帰還いたしました」
「うむ。おかえり。何か進展はあったか?」
「いえ、いまだにあの黒い仮身についての消息は不明です……ですが」
謝鈴は一度言葉を詰まらせる。
「ですがなんだ?」
「……ジェルバニスラスプーチンと、アナスタシア・ラスプーチンの二名が、不知火深紅長山祐人の両名に倒されました」
そうか、とゼペットは一人ごちて、空のもう一つのグラスにワインを注ぎ、謝鈴に渡す。
「敵に見つからないためとはいえ、深夜の探索ご苦労。まぁ酒でも飲んでゆるりと過ごそうか」
「む……主。私はお酒は」
「別に暴れるわけでもないだろ?」
「まぁ、そうですが」
「ここ十日お前、見張りとか言ってねとらんだろ?ラスプーチンが死んだとなれば、次は我らが赴く番ぞ?うかうかしていたら、冬月家の番犬と黒き仮身も同時に攻め入らねばならなくなるからのぉ」
「……では、黒き仮身はあきらめると?」
「あぁ、恐らく奴の狙いは冬月桜の抹殺である可能性が高い。まぁ、当主を殺せばもうここには用はなくなる筈だ。保険もかねて破壊しておこうとも思ったがの、時間もだいぶ詰まってきた。そろそろ冬月家を……いや、雪月花村を奪うとしようか」
ゼペットは何の悪気もなく、そう謝鈴に告げてワインを口に含む。
ROD。決して人から理解されず、人形として生き、死んでいく運命の者たちを守るため、ゼペットは仮身達の保護区を作ろうとしていた。
他とは隔絶され、交流はあるが、誰もそこに関心を示そうとしない鉄壁の結界を誇る村……雪月花村。
そこにギアの居住地を作り、本当の安息を与え、世界の犠牲者たちを救う拠点にもできる。
だが、そのためには結界のほころびを修正しなければいけない。
雪月花村は、冬月源之助が作り上げた、迫害された者たちが誰にも影響されずにひっそりと暮らすために作り上げた村。
富さえなければ、この村を発見し、赴く理由もなくなることこそが、この村が鉄壁の結界を有するゆえんである。
しかし、現在の雪月花村にはロシアの国家予算十二年分と言う莫大な遺産があり、その金と世界三大富豪の名声が、世界の眼を集める要因となってしまっている。
……だからこそ、あの冬月桜は、正確には彼女が所有する財産が、ゼペットにとっては邪魔なのだ。
ここ最近、この村を見回って理解した主人の考えを整理しながら、謝鈴は一度赤いワインに口をつける……。
「いいワインですね」
「あぁ。我とお前がであった年のワインだ。若くてもうまいだろうよ?」
「もう、主ったら」
本当に小粋な人だと、少し謝鈴は頬を染めて、もう一度グラスに口をつけ。
「あれ?主、それなんですか?」
ゼペットの脇に置いてあった新聞を見つける。
「ん?読むか?」
そういうと、ゼペットは謝鈴に新聞を渡し、謝鈴はそれを広げ。
「なっ……日本の防衛大臣二名が誘拐で行方不明?……主犯は私たち?どういうことです!」
激怒した表情でゼペットを睨みつける。
「さぁな。まぁしかし、この一ヶ月での連続テロで、防衛大臣ということは誘拐されたのは恐らく調律師の最高司令官……。疑われても致し方あるまい?」
「い、いいのですか!?こんな不名誉を書かれて!?主!」
「構わんよ、どちらにせよ我々は大罪人。今更オヒレの一つや二つ」
「言い訳ありませんよ主!!主を口汚くののしるなんて……許せないです!主の存在が、どれだけ多くの命を左右することになるのか知らない癖に……」
「おいおい、怒るならこの記事を書いたやつよりもテロを起こした奴らにきれろよシェイ。
それに……どうやらこの主犯は、もとより我々に罪を着せるつもりもないよ」
「え?それはどういう」
「じきに分かる。それにまだ確定ではないしの」
そういってゼペットは楽しそうに微笑み、謝鈴の持っていた新聞を取り上げて放り投げる。
「仕事の話は終わりだ。ほれ、隣に座らんか」
「え……いや、しかし」
「そんな固い顔した奴に目前に立たれてたら、せっかくのワインが無駄になる」
「あぅ……す、すみません」
しゅんとした顔をして、謝鈴はゼペットの隣にちょこんと座り、ちらちらとゼペットの顔を見ながら、ゆっくりとワインを口に運び始める。
「あ、そうだシェイ」
「は!ひゃい!?ななな……なんでしょうか!?」
謝鈴は小さく飛び上がってワインを机の上に置き、正座をしてゼペットの隣に座り直す。
「……どうした?」
「い……いえ!?ごご、ご用件を!」
「そうか? 確か、冬月桜は無類のコーラ好きだったよなぁ?」
「……は?」
「いや、だからの。冬月桜は、コーラが好きだったよな?」
一瞬、期待していた言葉と違うセリフを理解することが出来ず、再度確認した謝鈴だったが、
もう一度聞いてもやはり理解できず。
「はぁ」
とだけ頷く。
すると、ゼペットはなにやら楽しそうな笑みを浮かべて一度頷き。
「シェイ。明日は町に行くぞ!」
「……はい?」
やはり何を言っているか分からない謝鈴は……ただ首を傾げた。
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