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第四章 銀狼と孤児

暗い。

 俺は死んだのだろうか?

全身は硬直したように動くことはなく、目を見開こうとしてもびくともしない。

ただ暗い闇の中で、俺は一人落下していた。


水の中とも空とも分からない。もしかしたら無重力かもしれない。

何もない場所。

しばらくその闇を凝視して、気が付く。


あぁ、俺。 死んだのか。

どうやら天使が辺りにいないところを見ると、俺は地獄行きらしい。

子供たちの為に自己犠牲……とか御託を並べておきながら、俺は結局、自分の罪滅ぼしの為だけに子供たちを救おうとしていた偽善者だ。

偉大なる主は、そんな打算的な俺の人生には同情の余地はないと判断したのだろう。

当たり前か……人殺しに神が微笑まないなら、兵士に神が慈悲を下さるわけがない。

俺は堕天使の嘲笑を浴びながら、地獄の業火でその欲深き人生を呪うしかないのだろう。

これが俺の罪ならば受け入れよう……。

……ただ……一つだけ心残りがある。

「あー……シャ」

全身が動くことを忘れていたが、その名前だけははっきりと言葉にできた。

もう一人にしないと約束したはずの少女……。

虐げられた末に、記憶をなくした彼女との約束を……俺は結局果たせなかった。

心残りがあるとしたらそれは一つ。

「……アーシャ……愛してる……」

兄妹としてではない。純粋に、俺はお前に初めてであった時から……。

お前に焦がれて狂っていた。

聖書も投げ捨てて、人生を湾曲させるほどに……。俺は、お前に恋焦がれていた。

 

それを伝えられなかったことが……心残りでならない。

俺がいなくなった後……お前が泣き明かしている姿を想像すると……耐えられない。

「……死ねない」

死ぬわけにはいかない……。

「俺は……まだ死ねない!」

言葉がでる……体が動く。

こんなところで、彼女を悲しませるわけにはいかないんだ。

だって約束したから。 もう一人にはしないって……。

だから……。

眼を見開き、俺は闇の中であがく。

全身が悲鳴を上げて、俺をさらに深く引きずり込もうとするが、それでも俺はひたすらに手を伸ばす。

と。

「……アーシャ」

白く細い腕が、一筋の光とともに闇の中から現れ……ゆっくりと俺を闇から引き上げた。


                    ◆

「……さん!」

まず感じたのは痛み。全身が壊れるかと思うほどの痛みが全身を支配して、

俺の意識は覚醒する。

「……いさん!!」

次にやってきたのが吐き気。

体が波に乗っているかのように揺さぶられ、戻しそうになるのを必死に我慢する。

「兄さん!」

そして最後にやってきたのが、ボロボロと涙を流しながら俺を揺さぶるアーシャの姿だった。

「アーシャ……痛いぞ」

「兄さん……!よかった……よかったぁ!」

泣きじゃくるアーシャは俺の半身を思いっきり抱きしめる。

「わたし……兄さんが死んじゃったらどうすればいいんですか。あなたがいなかったら……私……私生きてる理由がなんてないんですよ。もう一人にしないって、ずっと一緒にいるって約束したのに。嘘つき!兄さんの嘘つき!バカ!」

「……お前、記憶が!?」

「そんなの!何年も前に戻ってますよ。でもね、血がつながってなくたって、身分が違ったって。私は何かに理由をつけて兄さんと一緒に居たかったんですよ。兄妹じゃなくなったらもういられないと思うと怖かったから……ずっと言い出せなかったけど……振り向いてくれなくてもいい。ただ、そばに居たかったんです」

泣きじゃくるアーシャは気持ちの波を抑えきれないのか。今までたまっていた胸の内をすべてさらけ出す。

その姿はまるで子供みたいで、俺は、鉛のように重い腕を持ち上げて、そっとアーシャを抱きしめる。

「ごめんアーシャ……」

「兄さん。もうこんなことしないで、約束して」

「あぁ……約束するよ」

温かい熱が体に伝わり……ゆっくりと染み渡っていく。

「……アーシャ。ずっとそばに……いてくれないかな」

「……」

アーシャは一度驚いたような顔をして……。

「はい」

小さくそう呟いて、俺の胸に顔をうずめた。

そんな彼女の暖かさを確認しながら……アーシャを抱きしめたままそっと瞳を閉じる。

その睡眠は停止するためではなく、アーシャとともに生きるため……。


白い白い雪の中。 まるで粉雪のようにはかない思い出を思い返しながら……。

銀色の狼は、大切なものを手に入れた。

                     ◆


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