第四章 Third act
ジェルバニスはその聞きなれない発音に、全身を強張らせ思考を巡らせる。
First second の次の弾……Third act。
この状況で出すということで奥の手だということは明白であり、深紅の発言から破壊力のある弾丸だとジェルバニスは推測し、銀閃融解を深紅の銃口に合わせて一点集中させる。
(狙いは破裂による衝撃……)
先ほどの至近距離射撃を超える威力となると、確かに驚異的だが所詮は銃。
直線に進むことしかできない。
ジェルバニスはそう思案し、その一撃を待ち、敵の殺害方法をくみ上げながら、相手の出方をうかがう。
が。
「!?何!」
次の行動でジェルバニスは完全に虚を突かれる。
鳴り響く銃声。それは早くもなく、何かを破壊するわけでもジェルバニスの盾に触れることもなく。
不知火深紅の手を貫いた。
「行くぞ!」
反響する銃弾は見えず、深紅の右腕を貫くと。
雷を手に閉じ込めたかのような音を立てて、右腕を輝かせ始めた。
見れば分かる。あれはとても危険なものだと、触れてはいけないものだと全身が硬直する。
その腕はまるで太陽。
自ら光を発しながら、だんだんとその光を強めていく。
「……!」
そして、黒い死神は疾走を始める。
「っく」
ジェルバニスはここにきて自分の失敗に気付く。 奴は暗殺者なのだ。
だから、破壊するという言葉と、相手の武器が銃ということに惑わされ、まるで近づいてくださいと言わんばかりに盾を作ってしまった。
何を不知火 深紅が用意しているのかは分からないが……、しかし直感でわかる。
あの腕は銀閃融解を破壊する術を持っていると。 近づかれる前に迎撃しろと全身が告げている。
「くっ!うおおおおおおおおおおおおお!」
こうなるともう一度武器を作り上げ、迎撃をせざるをえない。
その間わずか0,7秒。
そのタイムラグは不知火深紅にとって相手の息の根を止める程度なら十分すぎた。
……もちろん。仮に万全だったらの話だが。
「銀閃融解!」
そう、やはり先の傷は、格段に深紅の動きをそぎ落としていた。
ジェルバニスとの距離を半分つめたところで、ジェルバニスは武器の再製錬を終了させる。
「白銀 宴会!」
迎撃をしようと不知火深紅を迎え撃つのは無数の武器。
全てが銀色に光り輝く伝説の武器たちのレプリカは、本物を凌ぐ破壊力を持って一斉に不知火深紅を捉え。
「飛べ!」
主の命令のまま、高い風切り音をかき鳴らし、たけり狂いながら敵を迎撃する。
其はまるで大砲。
一つ一つが森をえぐり取ることのできる破壊力を有するその武装は一斉掃射され、
まるで迫撃砲のように不知火深紅に降り注ぐ。
回避は不可能。
相手を後退させれば勝利は確定。
そう、この状況は将棋やチェスで言うチェックメイトと言う奴だった。
しかし、深紅は避けずただ一直線に走る。
もちろんのこと刃が不知火 深紅の頭上を捉えて降り注ぎ。
「っちぃ!」
その刃を右手で防ぐ。
それはあまりにも無謀な動作であり、ジェルバニスは勝利を確信する……が。
「な……に?」
砕けたのはその刃の方だった。
「バカな!ありえん!俺の銀閃融解が!壊されただと!?」
驚愕のまま銀狼は猛りながらも、その身は冷静に続けて刃を錬成し続け、敵を迎撃する。
無数の銀刃は降りしきる結晶よりも多く、吹き荒ぶ吹雪よりも激しく迫り来る迎撃対象を追撃し。
ことごとく深紅は右腕によってそれを破壊する。
「っく、調子に乗るなよ!番犬があああああああ!」
ジェルバニスはさらに武装を錬成し、濁流のように不知火深紅へと猛攻を仕掛ける。
しかし。
全て黒い死神に触れることかなわずに、破壊されていく。
距離は二十メートルが十メートルになり。 十メートルは五メートルになり。
五メートルは一メートルになった。
「!?」
繰り出される掌底に、ジェルバニスはとっさに赤い塊でそれを防ぐも。
「無駄だ」
まるで素通りするかのように、鋼は跡形なく霧散し。
「これがサードアクト……破壊の右手だ」
ジェルバニスラスプーチンの腹部を貫いた。
「が……………………はぁ」
臓器から何まで貫いたのではなく、完全に消え去った。
不知火深紅の手の面積分。まるで初めからそこになかったかのように人の体が消えていた。
「き……さま」
ジェルバニスの眼光は深紅を睨みつけ、深紅はそれを無視して腹部から手を引き抜き、ジェルバニスはその場に崩れ落ちる。
「……恨むなら恨め」
引き抜かれた手には血は付着しておらず、深紅は一言つぶやいて術式を解き、
踵を返す。
「!駄目ぇ!!」
「なっ!」
振り向くと同時に……深紅の首に銀色のナイフの一閃が走った。
◆
貫かれた。
その感覚に痛みはなかったが、確実に戦闘の続行を不可能にした。
「が………………はぁ」
血をふきだして気づく。
俺は、負けたのだ。
「き……さま」
恨みはない。死力をつくして負けたのだから。
「恨むなら恨め」
悲しみはない。もとより俺が守りたかったものは、守れるはずがなかったのだから。
腕が引き抜かれ、俺はその場に倒れる。
動けない。
体はどこまでも動くことを拒否し、心は余計なことのみを復唱する。
【いくら金を積んだって、愛を買うことは出来ない。 金があろうとなかろうと、捨てられた子供は親に愛されることはない】
そんな昔に聞いた言葉。俺はずっと、その言葉を信じられなくて……信じたくなくて、唯やけになっていた。
「ふっ」
今思えばバカな夢だった。
奴の言葉は正しく。俺は夢ばかりを追いかけてこうして死のうとしている。
本当に、お笑い草だ。
「……銀…閃……融解!」
だが。
「っっっ!ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
そんな夢だからこそ、俺は叶えよう!
全身が警鐘を鳴らし、血液が逆流するかのような激痛が全身を巡り、体は何度も意識をシャットダウンしようとする。
しかしその程度だ!
無くなったなら作ればいい!
理想や夢なら自分で創造すればいい。
死を恐れる理由はない。未来が消える方が、俺は万倍恐ろしい!
「駄目ぇ!」
少女の叫びと同時に、死神は条件反射の如く銀色の銃の引き金を引く。
「我が刃は!虐げられし者の嘆き!!」
その一喝とともに、融解した意識は形となる。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
走り寄る弾丸をその身に受けながら、しかし決して速度は落とさずに、確実に俺は死神の喉元へ喰らいつく。
術式で武器を作ることはもうできないが。それでも……。
「!?」
いつだったか、アーシャにもらったナイフを引き抜き、奴の喉に突き立てる。
まるで銀狼の牙のように……。
全てがスローになる……・相手の懐に飛び込み、繰り出されるゼロ距離からの一撃を
体勢を低くして回避する。
「!?」
自分でも驚くほどの超反応であるが、やはり体はついてこれずに鈍い音がして足の自由がなくなる。
このまま倒れてしまえば楽だろうが、こんなチャンスを逃すわけにはいかない。
今倒れれば生きていられる。
そんな誘惑が俺の脳裏によぎるが。
それを振り払い、足が崩れるよりも早く、俺は無防備な相手の喉へ銀閃を走らせる。
二十センチ……十五センチ。
遅い。
この時間はじれったく。俺はさらに力を込める。
十センチ……腕の腱が切れた……五センチ……指の骨が砕け。
二センチ……俺はナイフが入ることを確信する。
全身の骨が快音を鳴らして俺を殺そうとする。
だが構わない。
この一閃があいてを刈り取れればそれで……。
一ミリメートル
ナイフの刃が首に触れた感触が手に走る。
「勝……た」
言葉ではないうめき声。
その瞬間。 俺の意識は断絶した。
◆




