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第四章 銀閃融解

「我が刃は、虐げられし者の嘆き」

 ジェルバニスが始動キーを詠唱すると同時に、空気が一気に重くなる。  

【其は怒りによって融解し、其は悲しみによって鍛えられる】

その詠唱は怒り……敵に向けられたものではなく、世界に向けたその怒りの言葉は、力となってジェルバニスへと注がれていく。

【千の形を刻みし銀に、万の弱者の心を刻み】

……氷狼結界とは違う吹雪が吹き荒れ、ジェルバニスの周りの雪がすべて融解する。


【今こそ歌おう、逆襲の歌】


まずい……そう心臓が早鐘を打ち、俺はその空間を見る。

冬の森、いくつもの雪が頬を叩くこの空間で、目前に立つジェルバニスはただ片腕を上げただけ。

それだけでこの場所の空気は融解した。

全てが溶けている。 空気も木々もそして俺も……。

冬の森の中とは思えないほどの熱量が渦巻き、火山の中に雪が降っている、そんな幻想的な風景が脳裏をよぎる。

もちろんそれは全て錯覚だ。 

ジェルバニスが発動した術式が熱を発生させているだけで、その余熱が俺を覆っている。

それだけの事なのに、奴から発せられる威圧感が俺の感覚をマヒさせる。

唯一つだけ分かることは、ジェルバニスが何かをしようとしているということだけ。

「First!!」

全身が警鐘を鳴らす。

【あれを打たせてはいけない】

そのメッセージが脳に焼きつくように叩き込まれ、最速の一撃を無意識下で相手へと打ち込む。

「疾!!」

払われた……。当然だ、金属を使った攻撃は全て無効化される。

それは分かっていたことのはずだ……。

だが俺は、そんなことも分からなくなってしまうほど、あの術式を恐れている。

「シンくん! あれまずいよ! ものすごい量の線が、体の周りに渦巻いてる!」

そんなことは百も承知だ。 あれが危険であることも、あれを発動させてはいけないことも十二分に理解している。

「桜……俺から離れろ」

「え……でも」

「いいから早くしろ!」

「……分かった」


【危険だ……危険だ危険だ危険だ危険だ危険だ危険だ危険だ危険だ】

心臓が語る……脳が語る全身が声を上げて泣き叫ぶ。

自分ではあれを壊せない。 だからこそあれを一刻も早く排除しろ。

そんな意味不明な思考が火花を上げて全命令系統を汚染する。


アレハ マズイ。


【……我が剣は、我に合わせ融解する】

完成した術式。 大量の熱量をもったそれはジェルバニスの左腕に禍々しく宿り。

それは、剣と言うよりは融解した赤いカタマリであった。

【銀閃 融解】

発動した赤い塊は、ジェルバニスの左腕にまとわりついては次々に形状を変形させていく。

それは槍であり狼牙棒であり、銃であり剣であり……そして槌でもある。

まさに変幻自在。 まるで金属の塊でガラス細工を作っているかのように、赤く熱をもった溶けた金属が、ジェルバニスの腕の周りで形状を変化しながら、俺を威嚇する。

「俺は生まれつき、一つの事しかできない人間でな。 故に術式も一つ……至高の術式を築き上げてそれだけで戦ってきた……お前は金属を破壊する能力だと俺の術式を分析していたが、惜しかったな。俺の持つ術式、銀閃融解は、金属を融解する能力。すべての武器は、すべて俺の前に跪き、俺の望みに答えて幾千の形を作る無双の刃……」

そうか……その説明で分かった。

あいつは服の下に一定量の金属を隠し持っていて、俺が打撃を打ち込んだと同時にその部分を融解させて、溶けた金属をクッションの代わりにしていたのだ。

「雪月花村の番犬よ、お前の玩具では少し荷が重いんじゃないか?」

「……さぁ、どうだろうな」

不敵に笑うその黒い塊にそう溢し、全神経をその動作に集中させる。

一瞬でも気を抜いたら……死ぬ。

「さらばだ」

形を作っていくのは斧。 

その巨大かつ純粋な破壊の塊は。

「シンくん!右!」

桜の声とともに一瞬で視界から抹消される。

「!?」

直感による左方向への回避。

「……」

同時に森が言葉通り抉られ、雪が粉塵のように舞い散り視界を奪う。

桜には攻撃は届くことはなかったが、ジェルバニスの赤い塊から発せられた斧は、俺の視界を外すようにして半円を描いて、俺へと走って来たのだ。

神速かつ必殺の一撃は、まるで北欧神話の雷神を連想させる。

だが、これで奴の戦い方は理解した。

奴の戦闘スタイルは、あの赤い塊を変形させて状況にあった武器を文字通り柔軟に対応して生み出す、長山とは形態を異にする万物の能力。

「どこを見ている!」

「!?」

正面の一撃は鋼鉄の弓矢。

絶対的中を謳う鋼鉄の弓矢は、迷いも狂うこともなく俺の心臓を狙い走る。

「そんなものでも作れるのか……だが」

走る直線の弓矢は神速。 ……なるほど、近づかずに俺を殺そうって魂胆か。

だがその判断は相手の決定的なミスだ。

「………見えた!」

立ち止まっているなら……十分狙いを絞ることが出来る。

「アルテミス!!」

「second act!」

指が矢から離れる寸前。 クローバーの一撃により高速で打ち出された弾丸は、

ジェルバニスの目前から撃ち落される形に弓を射抜き、弾き飛ばす。

思った通りだ……。 形成した後の武器であるなら、時間さえ与えなければ弾き飛ばせる。

「!っつ貴様!」

弓はジェルバニスの手を離れて弾き飛ばされ、ジェルバニスは新しい武器を創造し始めるが……。

「終わりだ!」

そんな暇は与えない!

ジェルバニスの懐に飛び込む一足。 

速度は最高速を以てして、ジェルバニスとの離れた距離約二十メートルをゼロにする。

「な……!」

驚愕し、今の行動を後悔する間も与えない。

速度は威力……絞った拳は貫通力……。

潜り込んだ速度を落とすことなく、衝撃を与えるのではなく、今度はジェルバニスの腹部を貫くために、斜め四十五度に沈めた体を持ち上げてジェルバニスを貫く。

「影晴らし!」

打ち上げられた拳は、確実にジェルバニスの胸を穿ち。

「ぐっ……」

俺の全身を刺し貫く。

「形成しきった後に、再融解をするまでに時間がかかるというのは中々いい着眼点だが……その弱点を補えずにこれを奥義とするわけがないだろう?死帝よ」

勝ち誇ったかのように微笑むジェルバニス。

見れば、足元から剣山のように刃が伸びて俺の全身に刺さっている。

「がっふ!?」

傷が熱を持ち、全身が中に入った異物に対しての危険信号が、回路を通る電流のように全身を駆け巡る。

「ぐっ……なるほど、自らの手を離れていても、一度触れていれば思い描くものに何だって形を変えるのか」

恐らくこの足元から伸びている刃は、先ほどスーツから落とした鉄板。

っく、ここまでは御見通しってことか。

全身が必死に訴えていたことは、この武器の破壊力ではなく、応用性の高さだったのか。

「ほう、まだしゃべれるのか。 あの一瞬で速度を落としてなけりゃ、心臓を一刺しだったな」

「そうかもな……」

まずい。なんとか急所は避けたが、左肩と右太ももを犠牲にした……。

「だがこの串刺し状態では逃げられまい!」

走る針は動けない俺の心臓を狙い穿つ。

「First!」

「っぐぅ!?」

至近距離でのFirst act 。 

敵の限定術式のせいでジェルバニスを殺すことは出来ず、その代わりに衝撃で俺は全身に嫌な音が響き渡らせるが、その爆風を利用して吹き飛ばされて、間合いを取る。

「ちっく……しょう!」

無様に放り出されて雪の中を転がり、雪まみれになりながらもかろうじて立ち上がりジェルバニスへとクローバーを構える。

「シンくん!!血が!」

「大丈夫だ」

駆け寄ろうとする桜を片手で静止して、嫌な音がした個所を確認する。

「……二本か」

「串刺しを避けるためとはいえ、あれだけの爆発を至近距離で起こすとは、イカレテルぞお前」

どうやら被害は同程度。 銃弾を融解させても、爆発の衝撃は抑えきれなかったらしく、

ジェルバニスは脇腹を抑えて俺を睨む。

「っつ。 どうする」

まさに死角なし。 中距離の突進には術式が対応し、近距離ではナイフが走る。

ジクリ……と血液が音を立てて雪へと落ちる。

……長くはもたないか。

勝ち目がないわけではないが、生死の確率は五分と五分……。

願わくば使いたくはなかったが。

「シンくん!?」

……いや、迷う必要はないはずだ。背後の少女を守ることは正義。ならば自分の命など必要ない。

「桜」

「何?」

相手はこちらの様子をうかがっているのか、銀閃融解を背後に携えたまま、自分のダメージを確認している。

その隙に、後ろの少女に言葉を贈る。

「この森から出て、村に逃げろ」

「やだ」

「……そうか」

期待通りの答えに俺は苦笑をして。

「怪我をしても後悔するなよ」

クローバーの葉の三枚目を取り出す。

「ジェルバニス」

吹き荒れる森の中、相対する狼に声をかける。

「……何だ?」

「これで終わりにする」

「……ふん。強がりにしか聞こえないな。この銀閃融解を破れない限り、お前に勝ち目はない。  全力で走ることもできない餓鬼にならなおさらな!」

ジェルバニスはそう軽口を叩きながらも、警戒して鋼を自らの周りに集め始める。

……かかった。

「Third act!!」


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