第四章 獨響
「ほう、殺害対象をここに連れてくるとはな。よほどの自信か、それともうつけか……」
「どちらでもないな。桜はお前を殺すために必要だからここにいる」
「ふん、まぁお前がそんな感情的な言葉を使うとは予想外だが、なるほど……その気持ち分からんでもない。 守る者があるからこそ、人は強くなる」
「……お前の弟たちの事か?」
「……答える必要はないな。 俺とお前は殺しあうのだから、そこに理由も倫理も必要ない。お前は人の為に戦い、俺は未来を守るために戦う。双方に非はない。ただ、戦うだけ。その方がいいだろ?」
それは、俺と正々堂々と全力で戦えと言っているようで、俺に気を使っているようでもあった。
「そうか、それでは始めるか」
俺はクローバーを引き抜き、ジェルバニスはそれに呼応するかのようにナイフを抜き出す。
「ふん、お前がこれを破らなければ、勝ち目はないぞ!?」
同時にジェルバニスは、氷狼結界を発動する。
荒れる雪はジェルバニスを包み込み、狼の形をした雪は遠吠えをするかのように轟音を鳴らし、ロシアの絶対防御が起動する。
「手加減も慢心もない。 このまま決めさせてもらうぞ、不知火深紅!」
雪の狼は咆哮を上げながら、木々をなぎ倒して俺へとひた走る。
「……切れるか?」
走るジェルバニスを見据え、俺は背後の桜に問う。
「うん……」
桜はその狼を見据えて、ゆっくりとその腕を上げる。
「何を考えているかは知らんが!消え失せろ!」
走るジェルバニスの牙は、俺の喉仏へと喰らいつこうと牙をむく。
速度は高速であり、半径二十メートルに及ぶ凝縮した台風は目標を殲滅すべく出力最大で深紅を飲み込む。
必死確定。
その吹雪は風ではなく刃で、止めることはおろか触れることもままならない
しかし、桜は恐れることもなく俺を追い越して狼の口へと飛び込む。
その動きはまるで舞い。
相手の動きに緩やかに潜り込み……断ち切る。
「獨響……」
まるで水が伝うかのごとく、優美な流れで左手一本を袈裟に振るう。
何が起こったのかは分からない……ただ、桜はロシアの絶対防御の意味を剥奪した。
「なっ!?消えた」
驚愕するジェルバニスよりも早く、深紅は結界を超えてジェルバニスの元へと疾走する。
「!?」
彼の能力、それは限定術式による金属の破壊。
つまり、金属による攻撃以外ならば有効だということ……。
「影撃ち」
「ごっ」
手ごたえあり!防護術式の為一撃で落とすことは出来ないようだが、肋骨をへし折る感覚が俺の手に伝わる。
「っくそが!」
ジェルバニスは間合いを取り、迎撃する形で一閃を振るうも、ナイフギリギリで停止をし、ナイフがかすめると同時にその拳をジェルバニスに叩き込む。
「……影器」
腹部に走らせる掌の一撃。
打撃ではなく波による衝撃で、皮膚ではなく直接臓器を穿つ。
「ぐっ!?」
術式の上からとはいえ、続けざまに致命の一撃を二発くらい、ジェルバニスの体制は崩れる。
「……こっちも、さっさと終わらせてもらおう!」
「っ!なめるなああ!」
ナイフによる高速の一閃……それは体ではなく走る左腕に狙いを定めて俺の腕を両断しにかかるが。
「っ!?フェイク……」
右手に持ったクローバーの銃身でそれを防ぐ。
「もらった」
無防備になったジェルバニスの体に放つ右足の上段蹴り。
対仮身用に考案された暗殺術のその一撃は、術式を粉砕してジェルバニスの脳天を穿つ。
「あぐぁ!?」
脳天を打ち抜かれ、ジェルバニスは雪を巻き上げながら吹き飛び針葉樹に衝突をする。
打撃による渾身の一撃。
常人ならば初撃で息を引き取っているはずだが……。
「ぐっ……」
どうやら紙一重ですべて直撃をそらされていたらしく、ジェルバニスは何事もなかったかのように立ち上がる。
「……っち。固いな」
「いや……十分効いている。 銃技だけだと思って不意を突かれた」
「特技は暗殺なんでね」
「ふふ……氷狼結界を破られるとは思わなかったが……その暗殺術とやら、貴様の体躯では扱いきれないようだな」
「身長が足りなくてな」
「やはりか。 打点が少し低いし、踏み込みが浅い」
ジェルバニスはそう呟くと、スーツの襟を正す。
スーツの中から落ちる銀色の鉄板は、互いに身を擦り合わせて甲高い音を出しながら雪に埋もれていく。
「何が言いたいんだ?扱いきれなくても、お前を殺すには十分だと思うが?」
俺は苦笑しながらも、思考を巡らせる。
先ほどの殴打の際には、鉄板を打つような感触はしなかったはず……。
「いや、安心しただけさ。俺はこれで、貴様の攻撃をすべて抑えられるということだ」
ジェルバニスはそう笑みを零し……ゆっくりと右手を上げ。
「我が刃は、虐げられし者の嘆き」
「!?」
全てを融解させた。




