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第四章 心の傷

「……桜。怪我はないか?」

ジェルバニスの気配が消えたのを確認して、俺は再度桜の安否を確認する。

「う……うん」

硬い表情で桜は笑う。

……頑張って笑おうと無理している彼女だったが。

俺がナイフの柄が当たった首に触れようとすると。

「……」

表情を強張らせて体を震わせる。

「あ……」

「すまん」

「……し、シンくんは悪くないよ。……うん、何かいろいろあって私疲れちゃった。

もう帰ろうか?満足したし」

「……あぁ」

そんなのは嘘だ……。本当はもっと外の世界を見たかったに決まっている。

俺は今すぐにでも桜の手を引いて、無理やりにでも町に繰り出してしまいたかった。

行くところならいくらでもある。 雪月花村にない店なんて、この町にはいくらでもある。

一日かけたってすべて回ることが出来るか分からないんだ……今から何も考えずに走り出したって、どこに行こうか迷うことなんてありえない。

……でも、俺は桜の手を取る資格はなかった。

ジェルバニスの襲撃を許したのは完全に俺のミスだ。

俺の不注意と油断が、桜を深く傷つける結果となってしまった。

「っち」

小さく舌打ちをし、俺はそんな自分の無能さを呪いながら、ジハードに連絡を取る。

【はい?なんでしょうか不知火様】

携帯電話から響く聞きなれた少し高い声。その緊張感のない声に俺は少し安心をする。

どうやら襲われたのは俺達だけのようだ。

「ジハード……敵に襲われた。あぁ……あぁ。無事だとは思うが、至急ボディーガードたちの安否の確認と、迎えを寄越してくれ。あぁ……そうだ。頼んだ」

携帯電話を終い、桜の方に向き直るが、桜は顔を合わせようとしてくれない。

「……ここを離れるぞ桜。 テロリストと間違われても面倒だ」

「……うん」

言葉はなく、ジハードが到着するまで俺達は時計塔の前で待つことにした。


なることのなかった時計台を、桜は見上げて何を思うのか?

そんなこと……今の俺に理解する権利はなく、俺は唯々ロシアの冬の灰色の空を見上げることしかできなかった。

                   ◆

「桜様!!御無事で!!?」

冬月家に戻った俺と桜が車を降りると、石田さんが玄関前で待っていた。

「うん……ごめん石田。 私少し疲れちゃった」

「お怪我は!」

「大丈夫……シンくんが守ってくれたから」

「さ……桜様!」

石田には目もくれず、桜は屋敷へと入り、階段をゆっくりと上がっていく。

「不知火様」

「……すまない。完全に俺のミスだ」

「いえ、桜様をお守りいただき、ありがとうございました」

「……」

石田さんはそう俺を励ますように一度礼を言い。

「桜様に、何があったのですか?

一瞬にして空気が凍ったかのように重く、苦しくなる。

ジェルバニスに聞かされた真実。 桜の父親の事、すべて桜にとって耐えきれない程重い事実であり、俺はしばらく沈黙する。

「……不知火様?」

しかし、俺は諭すような石田さんの声に一瞬迷うも、覚悟を決める。

ここで黙っていても、桜が立ち直るわけじゃない。

「冬月一心が、仮身の発明者だったこと。そして、三年前の事件を起こした張本人だということを桜が知った」

「……」

三年前という単語のみで、石田さんはイラクで起こった事件だと悟ったらしく、さらにこの空間の空気は、鉛を溶かして流し込んだかのような重量を出す。

「……一心がですか?」

「……あぁ。真偽のほどは定かではないが、ジェルバニスは仮身を兵器として実戦登用するまでに仮身を消化させ、現存する仮身を全国に普及させた。

そういっていた。信じたくはないが、仮身が世界中で所有され始めた時期も重なる」

「そう……ですか」

石田さんは口を重くする。やはり、その口ぶりから一心の事を大体は知っていたらしい。

「なぜ黙っていた?石田さん」

「それは」

問い詰められる立場ではないが、俺は一心と言う男を知らなければならない。

そして、何の為に親父は死んだのかを。

「石田さん。答えてくれ、本当のことを」

「……」

冬月家の庭。 一時的に止んでいた雪は再び降り始め、雪に音を吸われてさらに沈黙は重くなっていく。

「確かに、仮身を兵器登用したのは、冬月一心でございます」

「……なぜだ?」

「もとより、一心様は初代当主の養子……。お子様に恵まれなかった源之助さんが、雪月花村の反映と存続のために、村を発展させることを条件に養子になされたのです。現に、仮身の製造により一心様が大量の財産を築き上げたおかげでこの村は存在し続けることができました……」

紡ぎだされた言葉は静かに、はっきりと俺に響く。

「そうか」

「申し訳ございません。意図的に隠していました」

「……初めてあったときのあの反応はそういうことか……一心が俺の親父の仇だから、そのことが知られたら桜を俺が殺そうとすると思ったのか?」

「いえ、そうではありません」

「じゃあなぜ?」

「ジューダスはこのことを知っていたため、依頼をするのは簡単だったのですが、あなた方は対大量破壊兵器専門部隊の隊員。 一心の事を知れば、桜様の護衛に難色を示すのではないかと思ったからです」

「……そうなのか?」

確かに、俺達が所属する対大量破壊兵器専門部隊、通称 調律師は、色々と出動条件等々面倒くさいものを取り除けば、根源は仮身を駆逐するために作られた部隊だが。

「俺達が動く条件は、核兵器、もしくは仮身が自国が使用しそうになった時だけだ」

「そうなんですか?」

「あぁ、何か勘違いをしているかもしれないが。対大量破壊兵器専門部隊は自国を取り締まるためにある部隊だ。日本の場合は、大量破壊兵器の所有自体を認められていないから発見次第除去をするが、他国の場合は現在の核抑止理論。常任理事国が核兵器を所有することによって、勢力を均衡させる現状を維持することが優先される。

調律師と言う通称は、大量破壊兵器を全廃するのではなく、安定を崩壊させかねない

行動を起こさないために行動するものという部分から付けられた名前だ。

だから、仮身を作っている人間を探し出して殺すなんてことは出来ない」

「ふむ……しかしそうなると、なんであなた方は桜様の護衛を引き受けてくれたのですか?自国の大量破壊兵器の事にしか感知しないのでしたら、異国の少女の護衛など引き受けるなんてことはありえないのでは?」

石田さんのセリフはもっともである。

「まぁ、その疑問はもっともだが、恥ずかしい話俺達が出動する機会なんてほとんどない。アメリカでの事件以来、仮身が戦場に登用されたことはない。そのため、俺達の存在は日本ではあまり重要視されていない。維持費は削減を重ねられ、現在では、日本が仮身を保有し始めた場合、それを食い止められるだけの資金が俺達にはない。だからジューダスは他国のいざこざの仲裁や、仮身の保有量の仲裁などの面倒事を引き受けて、何とか対大量破壊兵器専門部隊を保たせている……そんなときにこの護衛の依頼だ」

「なるほど……。莫大な力を有しながら、それを使う機会もなく衰退していくのは、いささか兵士にとっては厳しいものですねぇ。兵士の事を誰よりも思いやる彼が、ここまでするのも分かった気がします」

石田さんはなにやら満足そうにうなずき、髭をさする。

「俺には理解できないな。力なんて、使わないに越したことなんてない」

「確かに、平和な現在ではそれが主流の考え方でしょう。しかし、ジューダスは知っている。兵士という、悲しき存在を」

「?悲しき存在」

「戦場で生まれたものは、数学の代わりに人の殺し方を教えられる。そうやって大人になった人間が、平和な社会で生きていけるわけがないんですよ」

「……」

「今まで必死に国の為に尽くしても、平和になればお払い箱。 今までは私たちに守られていたはずの民衆が、今度は私たちを悪として駆逐を始める……ジューダスは誰よりもそのことを知っている。だから彼は、必死になって兵士を守っているんです……。

命を懸けて戦って、みんなを守って。最後には守ったものに罵られながら殺されるなんて……悲しすぎるじゃないですか」

石田さんはどこか哀愁を漂わせながら、目を伏せてそう語る。

その姿はどこか痛々しく、俺は何も言葉を発することが出来ず、以前イエーガーが話してくれた話を思い出す。

「おっと……変なことを話してしまいましたね。とりあえず明日、ジェルバニスが攻めてくるのであれば、色々と準備が必要でしょう。何か入用ならば、私に何なりと申し付けてください。できるだけのことはいたしますので。……あと、申し訳ないのですが、桜様をよろしくお願いいたします不知火様」

「……分かった」

「それでは」

石田さんはゆっくりと石段を上がり、冬月の屋敷の扉を開けて中へと入る。

俺はそれを見送り、しばし降りしきる雪を見上げた後、桜の部屋へと向かった。

                  ◆

さくらのへや。と掘り込まれた高級そうな扉。その前に俺は立ち、ノックをする。

「桜……」

声をかけてみるが、返事はない。

まるで中で桜が死んでしまっているのではないかと思うほど、その部屋の中からは音がせず、俺はゆっくりとドアノブを回す。

「……開いてる」

鍵はかかっておらず、扉を軽く押すと、扉は部屋への侵入を許してくれた。

「……桜?」

暗い部屋の中、桜は窓の近くに一人佇んでいる。

この部屋の暗さは明かりが一切ないからだろうか?それとも、外が暗いからだろうか?

どちらかは分からないが。酷くこの部屋は暗く感じた。

「桜?」

もう一度声をかけるが返事はなく、その表情は暗い。 

まるで、すべてに裏切られた後のような……。

俺が初めて彼女を見たときのような脆く、壊れやすそうな桜がそこにはいた。

「大丈夫か?」

「……シンくん」

三度目の呼び声でようやく気が付いたのか、桜は壊れてしまいそうな笑顔をこちらに向ける。

「……ジェルバニスに言われたことを気にしてるのか?」

「……」

静かに桜はうなずく。

「気にする必要はない。あの話が本当だという確証は……」

「本当の話だよ……」

俺の気休めの言葉を遮るように、桜は一度言葉を漏らす。

「……え?」

「本当の話だよ。 私ずっと疑問だった。これだけの遺産をどうやって作ったのか、私が今こなしている事業じゃ、とてもじゃないけどこれだけの資産は生み出せない。

そう思ってね、お父さんの仕事について調べたことがあったの。その中に、お父さんが行方不明になる二か月前に石島商会に権利を売却していた仕事があった」

「……それは?」

「分からない……ただ、そのプロジェクトが開始されたのは三年前……そして、一緒に人体構造のデータと人工知能の設計図が出てきたよ……初めは、ロボットでも作ろうとしていたのかなって思った。……でも違ったんだね」

それはジェルバニスが言っていた、仮身が各国に売りさばかれた時期に重なり、人体構造と人工知能と言う点では、仮身の製造に関係することを否定出来ない。

「……お父さん、本当は人殺しだったんだね……」

その声は本当に枯れてしまいそうで、絞り出すように桜はそう俺に向かって呟く。

「……ぁ」

本当に自分に腹が立つ……こんな時くらい、何か気の利く嘘をつければいいのに。

彼女の不安を取り除けるような……そんな方法が思いつけばいいのに。

俺は、ただただ泣きそうな表情を必死にこらえる彼女から、目をそむけないでいることが精いっぱいだった。

「……私の、私のお父さんが、君のお父さんを殺したんだよ。ごめんなさい……シンくん……ごめんなさい……」

桜は崩れ落ちて、ただただ俺に謝り続ける。 

許せなかった……。

当然桜ではない。 

こんなにも信じていた桜を裏切った……彼女の父親を、俺は許せないと思った。

彼女の父親に対する尊敬や愛情……それを冬月一心は裏切ったのだ。

もちろん、そこには何か事情があるのかもしれない。俺が立ち入ることが許されない何かがそこにはあったのかもしれない……。

しかし、そうだとしても。

誰よりも一心を慕い、その背中を追いかけ続けていた彼女への裏切りを……俺は、間違っていると分かっていながらどうしても許すことが出来なかった。

「桜……」

俺は、膝をついて桜の両肩に両手を添えると、びくんと小さく撥ねる。

小刻みに震える肩の振動が手に伝わり、一層彼女の悲しみと懺悔の気持ちが伝わってくる。

桜から言葉はない……ただ震えながら、必死に耐えている。

そんな彼女に俺は、できるだけ伝わるように、言葉を添える。

「……」

「顔は上げなくていい……返事もしなくていい。ただ、聞いてくれ」

返事はなく……その代わりに一度だけ、桜の頭が縦に揺れ、俺はそれを確認して桜に語りかける。

「俺の事を気にしてるんだったら……それは俺と一心の問題だ。お前が気にすることはない。だから……悲しむのは自分の事だけにしろ」

「……でも。私は……その娘だよ?」

本当に小さな声で、怯えたような声で桜はそう呟く。

「……言っただろ?俺は冬月 桜を守っている。お前が冬月 桜であること……。

 お前を守る理由は、それ以上にはない」

もちろん、そこには、父親を殺された恨みが少しは介入しているのかもしれない。

だけどこの気持ちにはなんの濁りもない。

俺は、この少女を守っている……。

正義の味方でありながら、俺は一人の少女を、心から守りたいと思っていしまっている。

それは、本当に矛盾していること。

分かっているが、それでも俺は、彼女のこんな顔を見たくないと、心から思ってしまっていた。

「…………………………………………………ありがとう」

長い沈黙の後、桜は小さくうなずく。

「落ち着いたか?」

桜は、その問いに一度だけ頷くと、ゆっくりと立ち上がり。

「ごめん……すこし一人にして」

そういった。

「わかった。またあとで来る」

「……うん」

俺は踵を返し、一度振り返って桜の様子を確認して桜の部屋の扉を開けて廊下に出た。


「……桜」

俺はさくらのへや……と書かれた傷跡にそっと額を預ける。

ほんのりとした木の香りと同時に伝わる、彼女の父親への思い。

そんな彼女の追った傷が、俺なんかの言葉でどうにかなるとは到底思えない……。

本当に自分のこの無能さが憎い。

きっと長山だったら、もっとましなことが言えただろうに。

はぁ……。

俺は一度ため息をついて、額を離して桜の部屋から離れる。

ここからはもう、俺には何もできない。

後でまた来て、様子を見る。 

俺にできることは、もうそれしか残されていなかった。


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