プロローグ5
―――血に濡れた日常の中で、私達は英雄の進軍を見た。
実験用に作られた私達は、本来いてはいけない存在。
生まれたときから痛いのは当たり前で、生まれたときから殺されることが決まっていた。
楽しいなんて感情も分からないし、言葉は喋れるように作られているけど。
絶叫以外は出したことはない。
だけどそれが普通なんだって思ってた。
機械のボタン一つで、子供のお小遣いでも買えてしまうような私達の安い命を
尊重するなんていうのは無理な話で。
痛いのは嫌だけど、それでも自分達はそういうイキモノなんだって……理解しているつもりだった。
そう、これが私達なんだって。
所詮人形は人形だから……私達で遊ぶ人間の言葉は正しいと思っていた。
だけど。
「この娘達!我が貰い受ける!!」
この人は違った。
もう意識も無いすれすれの命だけど……掠れて顔が見えないけど。
その声だけはしっかりと届いた。
私達の為に……こんな私達の為に涙を流してくれる人がいるなんて……。
どうして?
私達は人形なのに……人形の為にどうして彼はあんなに必死なんだろう?
英雄は少女達を襲おうとする仮身を駆逐し 、進軍をする。
私には分からない……だって、人形だから。
本当はこんな感情だって、人間によってプログラミングされた行動……。
つまり偽者なんだ。
それなのにどうして、彼はこんな偽者の為にあんなに怒っているんだろう……。
その背後には歴戦の戦友たちが集い、覇王の進軍に続き、敵を殲滅する。
分からない……どうして彼は、人形のためにあんなに……
泣いているんだろう―――
「GRUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
仮身たちを殲滅しながらゼペットは叫ぶ……。
覇王の姿を体現するため、自らのあり方を知らしめるため。
肉を抉り、刃をへし折り、砕き、潰し、貫きながら覇王は侵略を進める。
撒き散らされる血液は全て仮身のもので、振り下ろされる刃はゼペットに触れる前に全て砕け散る。
その進軍は正に、かつて大陸を闊歩した侵略王の如く。
その勢いは正に、一つの巨大な軍隊の如く。
ジスバルク=ゼペットは少女達を守りながら仮身を蹂躙する。
「覇王の道に準ずるは、気高き誇りを掲げた戦!」
少女達は、唯生きているだけ……。
たったそれだけのことさえも許されず、
光も知らないこの闇の中で、必死に苦しみに耐えている。
「覇王の道に背きしは! 戦で散り行く少女の涙!」
違うのはほんの少しだけ。
人の手で作られたのか人の腹で作られたかという一点。
それなのに。
「戦で消えるは誇りの運命!己に掛けた野望の為に!!」
それなのにどうしてここまで違うのか!?
どうして彼女達に幸せが訪れてはいけないのか!?
「故に!涙ある死はあってはならぬ!
あるのは戦友との戦いの歌!戦友を称える笑顔の別れ!」
そんなのは間違っている。だからこそゼペットは戦っている。
彼女達を……虐げられる仮身たちを守るため。
「故に、我等が行き着くは! 唯一覇王が成し遂げた!敗者も交えた戦後の宴!」
だから彼は彼女達のため、人に、反旗を翻す。
「我覇王 也!」
怒号とともに貫かれた最後の仮身は、その巨大な拳による衝撃で跡形も無く粉砕 し。
「ひっ!?なななな!?」
ゼペットは驚き呆けている白井の下まで歩み寄る。
「……待たせたのぉ」
「ああああ!?ありえない!!あれだけの仮身をたった一人で!?」
驚きの声をゼペットは聞かない。
こんな情けない人間に、彼女達は傷つけられていたのだと思うと、ゼペットの怒りは
留まることを知らず、胸倉を掴む。
「ひいいいいいいいいいいいいい助けてくれえ!?」
怯える声に、ゼペットはイラつきを覚える。
この男は、少女達の叫びを聞いたことも無いくせに ……今自分の命が惜しいといっているのだ。
ああ、なんて屑だ。
「その魂、ハデスの劫火にて滅却されるがよい!!」
慈悲は無い。
「ひぎゃっぴ!?」
その怒号により、白井はコンクリートの壁に叩きつけられ文字通り潰れて死ぬ。
壊された人形は数知れず、しかし死人は白井一人……。
そう、ゼペットはたった一人で彼女達全員を救ったのだ。
この救済劇が、全ての始まりであるとも知らずに……。
プロローグ end