第四章 外出許可
我が刃は、虐げられし者の嘆き。
其は怒りによって融解し
其は悲しみによって鍛えられる。
千の形を刻みし銀に
万の弱者の心を刻み。
今こそ歌おう、逆襲の歌。
12月4日
「ふ~」
軽く息を突き、俺は覚悟を決めて部屋をノックする。
あの壮絶な雪合戦と、雪月花村大宴会の後の疲れはまだ残っているが、俺はそれを無視して桜の部屋の前に立っている。
現在この雪月花村には冬にも関わらず低気圧が去りつつあり、晴れこそしないも俺達がやってきたときの肌を貫くような猛吹雪はなりを潜め、静かな朝がここ三日連続で続いている。しかし、それでもこの天気が続いてくれるとは限らない。
善は急げ、思い立ったが吉日。明日やろうはバカ野郎という格言の通り、俺は支度を済ませて桜を起こす。
「起きないな……」
もう一度確認の為にノックをする。今度は少し強めに叩いたため、たとえ枕で桜が耳を塞いでいようとも聞こえないことはないはずだが……。
「……起きない」
どうやら本格的に眠ってしまっているらしく、仕方ないので俺は持久戦へと持ち込むことにした。
この三日桜は連続で寝坊をしている。
遊び疲れただけならいいが……体の調子が悪くなってきているのではないかと時々不安になることがある。 元気に見えても、彼女の寿命はあと三週間しかないのだ。
そんなすこしの不安を覚えながらも桜の部屋のノックを続けていると。
「ふぁーい石田~?もうご飯~?」
十二回目のノックで聞こえるいつもと変わらないトーンの桜の声。
どうやら今日も唯の寝坊のようだ。
「悪いな俺だ……入るぞ」
「いいよ~」
桜の了承を確認して、俺は部屋のドアノブに手をかける。
と。
「ふぇ!?ちょちょ!?待ってやっぱタイム!?」
「んな!?」
① しかし、もう遅い。
② すんでのところで踏みとどまった!
①しかしもう遅い。体重を乗せてしまった体は逆らいようもなく扉を開き。
「!?な」
頭がものすごいことになっている桜が俺の視界に飛び込む。
「っきゃああああああああああああああ!見ないで!この髪だけは駄目ええ!」
その長い髪は全て重力に逆らって逆立ち、どんな整髪剤を用いてもその造形を保つことは不可能で……まさに芸術と言わざるを得ない。
「命名……ナイアガラの滝上り」
「バカアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
「ゴフア!?」
なげられた辞書がちょうどよく顔面に入り、俺は外に放り出される。
「いいって言うまで入ってくんな!バカ!」
桜らしくない大声で怒鳴り散らすのに、少しの新鮮味を覚えながら壁にもたれかかって髪が整えられるまで待つことにした。
もちろん、一時間くらい待たされるのは覚悟の上で。
◆
「お待たせ」
「ん……?」
時計の長針が一周するころ、桜は何事もなかったかのように扉を開けて外に出てくる。
しかし、目前に現れた桜は青いフリルのついた洋服に白いスカート姿であり、いつもの和服姿とは違った可愛らしさと、髪をストレートに伸ばした白い髪に俺は唖然とする。
「どうしたの?」
「あ……あぁすまん、呆けていた。それより桜、今日は和服じゃないのか?着替えを持って来たんだが」
「あ~そうだったんだ!?ほら、この前の雪合戦で汚れちゃった服、まだ洗濯終わってないと思ったから、たまには洋服でも着てみようかななんて思ったんだけど」
「そうか……」
まぁしかし、その方が都合がいいかもしれない。
「……もしかして似合ってない……かなぁ?」
どうやら俺が顔をしかめているように見えたらしく。桜は恥ずかしそうに上目づかいでそう聞いてくる。
その表情は今までの猫のような溌剌としたものではなく、子犬のように可愛らしく、色々な意味で反則だった。
「いや、和服もいいが、洋服も十分似合っている。そうだな、お前の性格からしてそっちの方がイメージに合ってるかもしれんぞ?」
「……ねぇシンくん。それって褒めてる?」
「一応な」
「ふ~ん……まぁいいけど、わざわざ起こしに来たってことは、何か用事?」
「ああ、これから町に出るんだが、桜もついてくるか?」
「……へ?」
思った通り……いや、想像よりも三割増し素っ頓狂な声を上げる桜。
「……本当にいいの?だって私たち、負けちゃったのに……」
「まぁ、あんまり家に籠ってるのも精神的に負担がかかる。たまには気分転換も大事だ」
「でも、石田が」
「大丈夫だ。もう了承は得てる」
その言葉に、桜は先ほどよりも目を丸くしたあと。
「シンくん大好きいいい!!」
「おわっ!?」
まさに犬のごとき跳躍力で俺に抱きついてきた。
予想通りと言えば予想通りの反応であったが、まさかここまで喜んでくれるとは……。
それは素直にこちらもうれしいのだが……。
「さ……桜。 転ぶ!転ぶ!」
そしてさりげなく胸が当たっている
「あ!……ごめん。 つい」
手を離して、桜は俺から離れる。 精神衛生に悪いとかそういうレベルじゃない……。
いつか心拍数上昇しすぎで心臓発作を起こしそうだ。
「まったく。気持ちはわかるがもう少し落ち着け」
「えへへ……だってすっごい嬉しかったんだもん」
「やれやれ……」
本当にうれしかったのだろう。桜の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「よーし!じゃあ早速出発しようぜ!深紅、桜ちゃん♪え?昨日の騒ぎで疲れてんじゃないかって?大丈夫♪昨日はちゃんと寝たから体力は完全回……」
腕をつかみ流れるような動作でコブラツイスト。
「ゴルッフャア!?」
人間とは思えない悲鳴を上げながら、長山は悶絶をする。
「お前は留守番だ」
「な……なんで?」
「桜がいない間に奴らが攻めてきたとき、誰が村を守るんだ」
「う……納得の説明だけど、お前少し前までそういうのは俺の役目だとか言ってなかったっけ?」
「む……」
……確かに、長山の言うことも一理あるな。どれ、ここはひとつ平等に桜にジャッジをしてもらうとしよう。
「桜、確かにこれじゃあ少し理不尽すぎる。 どちらかが残らなきゃいけないみたいだが……どっちと行きたい?」
「ん♪シンくん!」
即答である……。
「!?なぜだぁ!深紅てめぇ一体どんな手を使いやがった!?」
「そういうわけだ。見張りは今夜代わってやるから、今日一日頑張ってくれ」
「くっそおおおお!せめて少しぐらい悩んでほしかったっぁあああ」
悔しそうにする長山を無視し、俺は桜を連れて表へと出る。
外にはすでに石田さんが待っており、やはり外へ連れて行くのは心配なのか、目に見えて表情が歪んでいる。
「じゃ、言ってくるわ石田」
「桜様……くれぐれも不知火様のそばを離れぬように」
「私は子供か!?」
「しかし……森で迷子になられたこともありますし……」
「それはまだ九歳のころでしょうに!」
「はっ!もしかしたら町で誘拐されたり……暴漢に襲われたり!?ストリートチルドレンにスカート捲りをされるかもしれません!」
「されるか!」
……この執事、俺の存在を完全に忘れている。どこまで心配性なんだこの人。町に映画見に行って帰ってくるだけなのに、どれだけの死亡フラグを想定してるんだ……。
逆にその想像力に驚愕だ。
それに、桜には内緒で、巡るルートには森の見張りをしていたボディーガードをすでに向かわせて、安全の確保は出来ている。
ってかその厳戒態勢を敷いたのはあんただろうに。
町の警察とも連絡は取れており、そんな状況下で騒ぎを起こせる奴は今動ける敵の中には存在しない。
「あの~……そろそろ出発しますが?」
そんなほほえましい光景の中、手配した車の中から金髪の男が顔をのぞかせる。
そこには嬉しそうに笑うジハードの姿があった。
「悪いな、タクシー代わりに使ってしまって」
「いえいえ、私も久しぶりの外出ですので。そんなことより早くお乗りください。映画の上映時間に間に合わなくなってしまいますよ」
「そうか……桜、行こう」
「うん」
桜を後部座席に乗せて、俺はジハードの隣、助手席に座る。
「あなたがジハードさん?今日は一日よろしくお願いします」
「おやおや、これはまた可愛らしい御姫様をお連れで……不知火様も隅に置けないですねぇ」
口元を歪ませながら、どこかで見たことのあるようなセリフをジハードは吐く。
「こいつもバカと同類か」
「はい?あの、何か言いました?」
「いや、なんでもない。さっさと出してくれ」
「はいはい~」
機嫌良さそうにジハードはアクセルを踏み、ゆっくりとと森へ入っていく。
「ところでシンくん。町のどこを回るの?」
「まずはお前が見たがっていた映画を見る。そのあとは夕刻までならぶらぶらしていいと石田さんから許しが出ているから、それまでは中央街道にそって店を回って行く」
「すっご~い。そんな条件でよく石田がOK出したね」
「まぁな」
百メートルおきにボディーガードを一人配置するという条件付きだがな。
「町っていえば、ここから向かう町はそこそこ開けた街ですよね?
最近センタービルっていうのが出来て、一気に都市化に進むんじゃないかってもっぱらの噂ですよ?」
「うん、見に行ったことはないだけど、お父さんがそのビルを建てて、そこから雪月花村を発展させるって言ってたんだって。今は日本の企業に買収されちゃって冬月家は何にもかかわってないんだけど……。確か買い取った人の名前は……石島 大輔だったと思う」
「石島大輔って……あの石島商会の?」
「うん。昔からお父さんと一緒に仕事してる仲なんだって。時々息子さんの翔項君を連れて家に来ることもあったんだよ」
近所のおじさんを紹介するように話す桜だが、石島商会とは世界的に有名な企業で、その社長 石島 大輔は世界三大富豪とも謳われる資産家だ。
まさかその石島とつながりがあるとは……流石同じ世界三大富豪の冬月家と言った所か。
「毎日十二時に時計塔広場の鐘が鳴り響いてね、とってもきれいな音が町を覆うんだ。今日も聞けるといいな~……あ!私、本屋にも行ってみたいかも!」
「桜、落ち着け」
その調子だと到着前に体力を使い果たしそうだぞ。
「だって、今日一日しかいけないんだよね?」
慌てるような表情をしながら、桜は身を乗り出してくる。
「……」
そうか、こいつにとっては一生で最後の外出になるかもしれないのか……。
「ジハード。速度上げられるか?」
「え?いいんですか?」
「構わん。事故らないギリギリで頼む」
「わかりました!……ふふ、優しい人ですね。不知火さん」
「うん。シンくんは優しいんだよ!」
「茶化すな」
自分でもわかるほどに俺は頬を赤らめてそっぽを向き、同時に車のエンジンが咆哮を上げながら速度を吊り上げていく。
「あれれ?もしかしてシンくん照れてる?」
「照れてない」
だがどうしてだろうか……こんなにも調子を狂わされているというのに、不思議とそれに悪い気はしないのだ。




