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第三章 彼女の願い

ボーっとした頭は再起動を始めるように、記憶の海に沈んでいた俺の意識をもそもそと引き上げてゆき、どうしたらこういうことになるのか、馬鹿騒ぎをしている一同の光景に少々現実と夢の区別がつかなくなる。

「……あー。俺はまだ夢を見てんのか? 石田さんが酔っ払ってる……しかも酒癖悪い」


「残念、夢じゃねーよ……」

……隣を見やると、精も根も尽き果てた表情でぐったりとする長山。

「どうした?」

「ふ……ふふふふふふ、ミコトちゃんだけならまだよかったんだよなー……可愛いし、色気たっぷりだし……おれもちょーっとエロハプニングとか~男の子の妄想が膨らんでいろんなプランを立てたりしてたんだけどねー。まさかミコトちゃん石田さんにウオッカ飲ませるとなるとねぇ……相手するのが爺さんと野獣となるとねー。ははは……はは……みんな酒癖悪いねぇ」

眼が死んでいる……一体何があったというのだ……。



目前には、ギャーギャーと騒ぎながら大乱闘を繰り広げるカザミネと石田さん。

「じゃあから!私が取ってきたシカの方がおっきいさ!角の長さ入れればどう見たって私の勝ちでしょうに!?」

「そんな食べられないところ、勝負の内に入らんわ!?見てみなさいこのトナカイを!丸々太って食べごたえ満点じゃああ!」

「きゃっはっはっはっは、もうどっちでもいいじゃなーーい」

「どうでも良いとは何ですかミコト様!」

「そうさね!これはもう白黒付けなきゃ私の腹の虫は納まらんよ!」

「それは私も同じことです!こうなったら、飲み比べで勝負を付けようじゃありませんか!」

「望む所さね!その白髪真っ赤に染まるほど潰して土下座させてやるっさ!」


……見たところ二人は狩り勝負で盛り上がっているらしく、お次は飲み比べのようだ。

あーあ、完全に世界のテロリストとこの国の軍部に侵略されかかってるってことを忘れてるよ三人とも。

……そして何で泥酔した石田さんのテンションにコーラしか飲んでいないカザミネが付いていけてるんだ?酒でも入ってんじゃないかこのコーラ。


そんなことを考えながら俺はふらつく頭を二三回振って立ち上がり、乱痴気騒ぎを遠目に見ながらある人影を探すが見つからず、結局隣で軟体動物の様になっている長山に話かける。

「桜は?」

「あー、あれ?さっきまでここにいたんだけど……わりぃ……お前と同じく死んでたから」

役立たず……といつもなら罵るところだが、この状況ではそうは言うまい……。

よくよく長山の周りを見てみると、色々やらされたのだろう……。

やっても絶対すべるだろう宴会の小道具が散らばっており、長山が何をやらされ、いかにしてあんな軟体生物へと進化を遂げたのかの進化の軌跡が描かれていた。


南無三……お前の犠牲は無駄にしないぞ長山。



外に出ると外は猛吹雪であり、こんな中で石田さんとカザミネは狩り勝負を行ったのかと思うと少々呆れる。

はてさて、桜はどこに言ったのだろうか。


術式を起動して吹雪に当たり、あたりを見回すと。

「む?」

上空。

俺がいつも見張りをしている見張り台に明かりがついている。

「やれやれ」


とりあえず、何をしているのか気になったのでいってみよう。

                 ■


飛んで行こうと思ったが、石田さんにいわれたことを思い出し、とりあえず階段をあがって見張り台の扉を開ける。

「何をしてる、桜」

「あ……シンくん」


驚くそぶりもなく、桜は朝挨拶をするような感じで俺の名前を呼ぶ。

「冷えるだろ?」

「ううん。ここはなんだかあったかいから」

「そうか」

桜は下の階に降りるつもりは無いようで、俺は仕方なく隣に座る。


何を話すでもなく、二人行儀よく並んで空を見る。

見えるのは闇と雪。

星も見えず、見ていても何も面白い物のない極寒の地の空。


言葉もなく、唯二人で空を仰いでいる。


どれくらいの時間が過ぎたのかは分からないが、暇なのは慣れているので

俺は何をするでもなく桜の隣で座っていた。


「知ってるんでしょ。シンくん」

と、桜は不意に口を開く。

「……何が?」

桜の言葉からある程度の意味は察することが出来たが、俺はあえてとぼけて見せた。

「ふふふっ。雪合戦だなんて、あんな君らしくない提案されたら誰だって気付くよ」


確かにそうだ。

「……」

「見たんだね。私のリスト」

「あぁ」

桜の問いに静かに答える。

別段隠すつもりはなかった。気付かれなくてもいいと思ってもいたが、しかし、できるなら願いは自覚のある上でかなった方が感動がある。

「じゃあ、私の寿命の話も知ってるんだ?」

桜はそう一言つぶやき、俺の顔を覗き込む。

その瞳は己の人生を憂うことも、悲観することもなく。

唯々口元に微笑を浮かべて俺を見つめる。

「あぁ。すまない」

「ううん。私の願いを叶えてくれてありがとう」

「別に……ただ、長山の作ったゴーレムのおかげで暇な時間が増えたからな」

「そう……」

「それに」

「?」

「どちらにしても、俺にお前を救うことは出来ない」

そうだ。

この願いをすべてかなえたとしても……結局。

「出来てるよ……だって今日だって」

「お前の本当の願いは……生きることだ」

やることリストに埋もれるように書かれた生きたいという意志。

それが桜の本心だ……だが。

「……ううん 私の願いは、雪月花村当主になることだよ。お父様の跡をついで、立派にこの村を守る当主になること、お父様よりもこの村を住みやすい村にすること、それが私の夢」

精一杯の強がりか……桜は出来るだけ遠まわしに言い換えた。

きっと、生きていたいと言ってしまえば、今までの自分が壊れてしまうから。

だから桜は、願いの代わりに理想を語った。

この少女を見ていると……俺は己の無力を思い知る。

多くの人間を救ってきたと言っても。

今俺は、この少女の運命を変えることも出来ない。

だから……。

「ならば、この一ヶ月でなればいい……最高の当主に。全部の願いをこの一ヶ月で叶えればいい」

「え?」

生きることを許されない少女。

ならば一日でも長く……一秒でも長く。

生きているすべての瞬間は躍動的に。

最後まで人生は驚愕的に。


この一月を、彼女の一生にする事。

少女を守るのではなく、少女の人生を飾る。

それが、俺が決めたミッション。


飾るだけなら……悪ではない。

詭弁だろうがなんだろうが……俺はそう決めた。

「……うん」

俺の意図が伝わったのか。それとも唯々うれしかっただけなのか?

桜は一つそう頷いて、それからは言葉は無く。

二人は寄り添うようで寄り添わない。触れあいそうで触れ合わない微妙な距離感を保ちながら。


何もない闇を唯々見つめていた。

説得や言いくるめは下手だが、どういった言い訳を考えようか……。

なんてことを俺は考えながら。

             

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