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第三章 雪合戦

朝食を終え、石田さんが目を覚ます前に食堂に食事を並べた俺は、冷める前に桜を起こし長山も起こして(そせいして)腕によりをかけた朝食を振る舞い、なかなかの高評価を受けた。

たまにはこういうことをするのもいいものだ。

最近の石田さんの疲労は精神的にも肉体的にも限界に近いことが分かる。

こうやって少しでも負担を軽減してやるのも、俺たちの仕事のうちだろう

でないと、あれがサボってる分申し訳がたたん。

そんなこんなしているうちに、外の吹雪はすっかりと自分の故郷を捨てて旅立ってしまったのか、気が付けば雪月花村は、昨日の猛吹雪が嘘のような非常に珍しい雪の降らない快晴の一日となっていた。

本来だったら手放しでこの偶然を喜び、一週間ぶりともなる日の光を仰ぐ所なのだが、今日の俺はどうやら故郷を捨てた低気圧を呪わなければいけないようだ。

「行くったら行くうううううううううう!」

「ですから!危険ですと何度おっしゃれば分かるんですか桜様!」

……物はさすがに飛び交わないが、まるで子供のケンカのように言い合う二人を見ながら、俺はため息を一つつく。

なんでも、雪が止んで晴れの日が来たら、村の外の町まで連れて行ってくれると石田が約束をしていたらしく、連れて行けと桜は駄々をこね、石田さんはそれを必死に止めようとしている。

まるで門限について言い争う親子の様であり、巻き添えを食うのは面倒の為、そそくさと二階に退散した俺と長山は、かれこれ十分近く二階から二人の様子を一緒に眺めていた。

「……なぁ、深紅」

「なんだ?」

「俺のコート知らない?」

「あぁ、桜の部屋に合ったぞ」

術式のかかったコートをよくもまぁあんなにぞんざいに扱えるもだ。

いつかこいつ、うっかりが原因で死ぬんじゃないだろうか。

「マジか!?どうりでトイレも風呂場にもねーわけだ」

「……」

風呂場、という単語に俺は一昨日の事が脳裏をよぎる。

「……!?」

そして、その一瞬の動揺をこのバカが見逃すはずもなかった。

「……どったの?深紅」

「なっ……何が」

「今風呂場って言葉に反応したからよ……何かあったの?」

なんだこの洞察力。

その能力をもっと仕事に生かしてくれ!?

「別に、なんでもない」

「本当か~~?」

「はぁ……それよりもお前」

「うん?」

「桜の身辺警護をしていた時に、どうして桜の部屋に防護術式をかけておかなかったんだ?」

どうせ遊んでいたという返答が来るだろうが、まぁ、今一番大切なことは話題を変えることだ。

「それが~よ~。一応部屋に敵認知に窓ガラスには強化の術式をかけたんだけど、なんか調子悪かったみたいで、朝起きたら全部切れちまっててさ。術式を張った媒体も、おじゃんになってて。もう最悪だぜ?……これって怪奇現象?」

「長山、それは術式を張った媒体がおじゃんになったから術式が切れたんだ」

「…………そうともいう」

げんこつ。

「いったああああ!?何すんだよてめええ!?」

「あれほど術式媒体の保管は厳重にしろと言われているというのにお前は」

「そーおこんなって、こっちだって被害甚大なんだからさ~術式がおじゃんになって!」

「おじゃんなのはてめえの頭だ!」

「その分俺が守るからよ、安心してーな」

「……不安だ」

隣のノー天気に俺は脱力感を抱きながら、再び下の様子をうかがってみる。

「あー!?こんの分からず屋!?」

「分からず屋ではありません!?執事として桜様の安全を!」

「シンくんがいるから大丈夫でしょ!!そのための護衛なんだから!」

……依然収まる気配はないようだ。 

しかも少々泥沼化しているらしく、どうやらしばらくは止みそうにない。

しかし流石は雪月花頭首。

「……今、俺の名前が出なかったのは意図的かなぁ……」

「……だろうな」

使える奴と使えないやつを見抜く力は高いようだ。


 そんな中。

「ん?」

ふと騒音の中の続く城に、控えめな乾いた音が響き、ひっそりと来客を告げる。

いや、この桜と石田さんの不毛な騒音の中で聞こえるのだ、相当強く叩いたのだろうが。

「も~!!そんな頑固だと禿るぞ!」

「いいえ!!私の家系は代々死ぬまでふさふさでございます!」

「……」

どうやら完璧執事も、目前の桜に気を取られて気づいていないらしく。

仕方なく俺は階段を下り、二人を素通りして音の響いた扉を開ける……と。

「ヤッポーイ!……ておや?お取込み?」

「カザミネ……」

扉を開くと、現れたのは雪の白いキャンパスをバックに明るく片手を上げるカザミネだった。

「……まぁな……何しに来たんだ?お前」

「ん~?何言ってるさ、君だけじゃなくて赤い人も怪我してたって聞いたから慌てて飛んできたっさ、友人の心配をするのはいけない事かにゃ?」

「まぁ、それはそうだが」

開口一番やぽーいで、心配していたと言われてもなぁ……。

「見たところ平気そうさね、良かった良かった。 ところで、後ろで桜様と石田さんは何してるん?」

「あ~、それがな」

「だーかーら!!何度言ったらわかるの石田!一か月後じゃ!メイハードは上映が終わっちゃうの!」

「DVDが出るまで待てばいいでしょうに!?」

「いつ出るか分からないものは待ってなんかいられないわよ!」

「だからと言って!町に出るのは危険すぎます!?」

「あ~いいよシンくん。大体わかったから」

「そうか?」

というか、映画を見るためだけにあんな大喧嘩してたのか?

冬月家の財力があれば、村の中に映画館立てることぐらい造作もなさそうだが。

「ふっふ~ん、これはどうやら私の出番のようさね?」

目を光らせるカザミネ……これは嫌な予感がする。

「カザミネ、待」

「任された!!」

違う!?

しかし、声に出すのも間に合わず、カザミネは二人の間に割って入る。

「!?」

「カザミネ様?」

「えと……あなた誰ですか?」

もっともな桜の問いかけであるが、どうやらカザミネは無視の方針のようだ。

「……このまま口論を続けてもこれじゃあ平行線。時間のむだっさ!」

「……では、どうしようというのですか?カザミネ様」

「ふふん!石田さん。人生、最後は腕づく!力で相手を叩き伏せてこそ、欲しい願望は叶うものっさ!しかし、唯やるんじゃ桜様が圧倒的不利ぃ!ってことで、ゲームで決着をつけるっさ!」

……あ、こいつ今日遊びに来ただけだな。

どうでもいいことが判明した。

「いいわね……石田。勝負よ」

「やれやれ、仕方がありませんねぇ」

二人は互いに一歩も引かずににらみ合い、闘志を燃やす。

そこには、主を思う忠誠心と、映画にかける情熱と言う片方だけよどみだらけの強い思いがぶつかり合い、火花を散らしながらさらに火力を増して辺りを包み込んでいる。

「お互い腹は決まってるようっさね?じゃあ、早速はじめるっさ!」

二人は無言でうなずく。

その姿にカザミネも満足げに首を縦に振り。

「さあ!いざいくっさ!決戦の舞台へ」

屋敷の庭へと一歩踏み出す。

『はい!』

掛け声はほぼ同時に、空間を振るわし、俺はそれに一歩後退する。

二人とも……本気だ。

「あ………ところでカザミネ様…何を競うのでございますか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

「いや、ゲームで戦うなら何するかを教えていただきたい。サッカーとか野球とか」

「!!?」

どうやら考えてなかったようで、滝のように額に汗が伝っている。

「え……えと、それは……し、シンくんが発表するっさ!」

「なっ!?ここにきて俺なのか」

「さっき教えておいたのを言えば良いっさよ!ほら、はやくぅ!」

「お前な……」

完全に俺への無茶ぶりであったが、しかしまあ、慌てることはない。

何故ならちょうど適切な種目を、俺は運よく思い出したからだ。

「……じゃあ、第一回冬月家、雪合戦大会~~~」

                 ◆

凍った世界。 ロシアの秘境、または桃源郷とも謳われるほど荘厳かつ哀愁のただようその庭は、冬月源之助が作り上げた芸術の域に達する庭園。

しかし現在は、庭のいたるところに鉄板が埋まる墓のような場所になっている。

「……いいか?セーフティーを外して、ここをこうスライドさせて……このトリガーを引けば弾が出る。あとは照準を合わせるだけだ」

「へ~、じゃあヘッドショットってどうやればいいの?」

どこでそんな言葉を覚えたんだか。お城の中の御姫様には到底似つかわしくない。

「ヘッドショットは外れやすい。狙うなら体だ」 

「確実に殺すにはヘッドショットの方がいいんだよ?ワンショットワンキル!」

おいおい、本当にこいつは世界三大富豪のご令嬢か? 生まれたときに他のゲーマーの娘とすり替えられたんじゃないか?

「頼むから友達を全力で殺そうとしないでくれ。これはゲームなんだ、当てれば勝ちだ」

「でも……」

「桜、こっちは数的に不利、効率を優先して勝利を収めるべきだ。町に行きたいんだろ?」

「ちぇー……了解」

嬉しそうに黒色の銃身をいじっている桜であるが、この銃は全て本物である。

彼女が持っている銃は俺がサブウエポンとして用意していたドイツ製のハンドガン。

H&K社が開発した MK-23。

命中精度を向上させるため、バレルとスライドが鍛造鋼の塊から切削して作られており、延長されたバレルには、サイレンサーを装備できるように多くの溝が細かに掘り込まれている。まぁ、桜はサイレンサーをつけることを嫌がったため、ついているのはレーザーサイトのみ。 もちろん実弾は入っておらず、使用するのは全て俺が手配したペイント弾。

命中精度に技術のすべてを注いだこの一品……通常のハンドガンの大体三倍という値段もあいまって、いろんな意味で桜にピッタリの銃であることは明白である。

装弾数はクローバーと同じ十二発。 重さは1.2キロ……女性に持たせるには少々重いかもしれないが。

「ふっふふ~ん♪」

どうやら彼女は気にしてもいないようだ。

前言撤回。こいつはきっとゲーマーなボディービルダーの娘とすり替えられたんだな。

「開始まであと二分だ、いいか桜。良し……というまで絶対に頭を上げるな?」

「うん……。始まるんだね、雪合戦が」

 さて、なぜこんなことになったかというと。それは一つの勘違いだった。

つい数時間前、桜が町に行く条件として、雪合戦で石田に勝つことを提案した。

もちろん俺が考えていたのは、雪が降った町の公園で子供たちがやってる唯の雪玉のぶつけ合い。

しかし桜は、雪合戦を雪上戦と勘違いをしていたらしく、グリーンベレーのサバイバル演習並みに厳しい天候の中、世界で最も過酷な雪合戦が始まろうとしていた。

「そろそろ時間だ、準備はいいか?桜」

「うん」

「わかった」

構え方を見るに、桜は恐らく使い物にならない。俺一人で長山、石田さん、カザミネを相手にしなければいけないというなんともふざけた話ではあるが。

もはやどうにでもなれ、って奴だ。

「スタートだ」

懐にあった閃光手榴弾を取り出し、俺は上空へと放る。

放たれた閃光は花火よりも明るく上空を照らし。

「!?」

開幕と同時にペイント弾が俺の髪をかすめる。

「伏せろ!」

「きゃっ!?」

危なかった……運よく反応が出来たおかげで直撃は免れたが。

「油断していたな……ルールをもっと深く設定しとくべきだったな」

「ど……どういうこと?」

また一発ペイント弾が俺達が伏せているカバーポイントに命中し、俺は桜の頭を下げさせる。

「開戦と同時に索敵を始める集団演習だと思っていたからフェアプレイをしたが……思い返せばそんなルールはどこにもない」

「つまり、ずっとつけられてたってこと?」

「ああ………相当遠くからずっと俺達の事を狙っていたはずだ…」

「いったい誰が……」

飛来したペイント弾の着弾地点から、銃弾が放たれた場所を俺は視認する……。

                    ◆

「ふふふ、狐につままれたような顔さねシンくん。お察しの通りこゲームは敵にペイント弾を当てれば勝利!すなわち開戦前から敵の事を狙っていてもルール違反でもないし、別に庭で戦う必要もない!狩人である私を敵に回したのが運のつきっさね!しかもハンドガンで、この六百メートル離れた場所を打ち抜くことは不可能!さぁ、恐怖するっさ!逃げ惑うがいいっさ!一 二発目はサービスで外してあげたけど、三発目は私のOSV-96超高性能スナイパーライフルが君をリタイアさせ!」

タン!

「ぷぎゅっ!?」

                    ◆

銃口から薬莢が一つ落下し、雪の上に音も立てずに埋もれて冷やされていく。

放った弾丸は一発……距離にして約六百と言った所だったが……。

流石は仮身と肩を並べる大戦兵器……。 飛距離も破壊力も並ではない作りのようだ。

改めてこの銃が試作段階で製作中止になって本当に良かったと心から思う。

「え?何したの?シンくん」

「カザミネがリタイアだ」

「どこどこ?」

「六百メートル先……ほら、木の上でスコープが反射してるだろ?」

「普通の人間は六百メートル先の光の反射なんて見えません」

「……そうか?意外と簡単なんだが……まぁ。これで数的不利がなくなったわけだが、相手の能力を見ればこちらが若干不利だ。恐らく片方は銃を持ったこともない人間だろうが、双方とも戦闘のプロ。お前が相手をするのは難しい」

「ム」

桜は不満そうな顔をして抗議の眼をこちらに向けるが無視だ無視

「しかし、それも時と場合によっては変化するがな」

「?」

「お前に作戦を伝える」


「長山をおびき出して背後から撃て」

「龍人君を?」

桜は不思議そうな顔をして首を傾げて俺を見る。

「あぁ、あいつは万物と呼ばれるほどの強者だ。銃器の扱いにも当然長けているはず。

さらに石田さんも、あれだけのボディーガードをあそこまで完璧に扱えるということは、ただ単に知識だけということはないだろう」

「つまり?」

「もし二人同時に相手する結果になれば、敗北は必至ということだ」

「……私だって結構戦えるんだよ」

「あぁ、分かってる」

「あ~!またバカにして!」

「別にバカになんてしていない」

「してるよ!見てなよシンくん。私の舞を舞うようなすばらしい銃技に惚れさせてやるんだから!」

「そうか、まぁ期待してる」

まぁ、本人が楽しそうなのだから余計な横槍を入れるのも良くないか……。

「まっかせなさ~い!」

長山のマネなのか、親指を立てて桜は舌を少しだけ出して笑う。

やる奴が変わるだけでここまで変わるのか。不思議と長山のそれと違って全然イラつかない……品がないのは変わらないが。

「はぁ……作戦を伝えるぞ?」

「はっ!どうやって敵をやっつければいいでありますか隊長!!」

桜は俺の描いた作戦指示図を身を寄せて覗き込む。

「……」

「?どうしたの」

「あ……いや……いいか、俺がまず……」


                     ◆

雪の森の中、一人俺は佇んでいる。 

森と同化し、雪と同化し……そして全神経を索敵にのみ集中させる。

これはいわゆる我慢比べと言う奴さ、歴戦のスナイパー達が互いが互いをつぶし合う時、先に動いた方が死ぬように……、俺は今。 深紅と桜ちゃんの気配を探るために森の中で息を殺してすべての現象一つ一つに全神経を集中させている。


理由は、そっちの方が面白そうだから。

獅子は兎を狩るのにも全力疾走するように【あれ?なんか違う気がする】俺は例え遊びでも全力で敵を討つ。

そうさ……それが俺、長山龍人の戦いか……。

瞬間爆発音が響き渡り、俺の視界はぐるぐると回る。 

「どわっふぅ!?」

ななな……なんだぁ!?こちとらいい気になって敵の気配を探ってたら、いきなり大爆発が俺の真横で起こりやがった!?


転がってくる金属音と散らばる破片……。これは訓練生時代に見慣れたもんだ……。

おいおい……いや、確かに銃器は全てペイント弾にするようにってルールはあったけど……。それ以外のもんは使っちゃいけないってルールは無かったけど!!

深紅の野郎、 手榴弾を投入してくるとは!? 俺達を吹き飛ばすつもりかよ!


「のぎゃああ!?」

痛い……吹き飛ばされた時に腰を打ったか……ぎっくり腰になったらどうしてくれる。

というかまずい、これは非常にまずい。

現在俺は、気配を少しでも遮断するために防寒以外の術式は全て排除したいわば丸腰状態。

そんな状態で手榴弾なんて殺傷力抜群兵器の一撃なんてもらった日にゃ……。

「死ぬ……冗談抜きで死ぬ!?」

木端微塵っていう文字で書くと痛快なのに現実で見ると大変なことになってる言葉の通りになって死ぬ!?

おいおい、俺は遊びを全力でやるとは言ったが、遊びで本気で殺し合う気はねぇっての!?

あの堅物はそんなルールの垣根も棒高跳び選手並みに軽々と飛び越えちまうのか、それともこれがあいつなりの遊びなのか? どちらにしても笑えねえよ本当に。


爆発し、粉塵が上がる森の中をひたすらに走り回り、手榴弾から離れるように森の中を逃げ回る。

幸い、深紅は俺の事に気がついていないらしく。数分間走り続けると次第に手榴弾の音は遠ざかって行った。

「ふぅ……助かった」

まったく……あの堅物は何考えてんだか分からねえよ……。

「こんなので死んだら、死亡報告書に~雪合戦中に爆死……とか書かれちまう。そうなりゃ隊の笑い話として永遠に名を残すことになっちまうよ」

「へ~、そっちの方が本望だったかな?龍人君」

「バカ言うなよ、そこまで体張って笑いを取りになんて……ん?」

「チェックメイト!」


銃声に似た音と聞きなれた可愛らしい声とともに、俺の顔面になにやらねっとりとしたものが弾けた。


そのペイント弾のインクは……とってもみじめな香りがした。


                   ◆

「長山は逝ったか」

小さな銃声が森の奥から響き、俺は桜が作戦を成功させたことを悟る。

あいつの事だからどうせスナイパーの真似事でもして草陰に隠れているだろうと踏んでめぼしいところに手榴弾を投げ込んで、出口を絞ってみたが、どうやら思ったよりも簡単に引っかかってくれたようだ。

「さて……あとは石田さんだけだが」

両手にクローバーを構えて、全神経をとがらせて石田さんの気配を探る。

これだけ白い雪の中、真っ黒な執事服を着ている石田さんはとても目立つはず。

だというのに彼は姿どころか気配さえも全く感じなかった。

まったくもってどこにいるのか見当がつかない。


反対にあれだけの手榴弾をまき散らしていたこちらの居場所は丸見え。


多少は動揺して居場所ぐらいはつかめると踏んでいたが……どうやらそれは取らぬ狸の皮算用となったらしく、現在危機的状況……と言う奴に陥っている。


息を殺し、いつでも銃弾に反応できる体制を整える。

敵の気配を悟るのはあきらめる。 

頼りになるのは敵が攻めに転じたときの一瞬に生じる銃声と、弾丸の空気を切り裂く音。

その一瞬で、勝負は決まる。


回避しきれなかったら俺の敗北。


回避して位置が特定できれば俺の勝利……。

……。


全身を駆け巡る緊張感が、心臓の脈拍を上げる。

血液が脳を巡っていき、少しでも性能を上げようと呼吸器官は酸素を次々に要求してくる。

自信の感覚器官は単純化し、体を最も敵を迎撃しやすいように作り変える。


音がしたら狙い撃つ。

それだけの動作を淡々とこなすだけの機械に……ひたすらに練度を上げていく。


くそ……心臓の音が邪魔だ……。今は少しでも音のするものを遠ざけたい。


感覚は何も訴えないが、戦場にいたときの経験が告げる。

石田さんは近くに潜んでいる……そしてすでに狙いを定めている……と。


彼が唯の執事だとたかをくくっていた自分を少し後悔する。

彼は戦闘のプロだ……術式を付与されていない状態なら間違いなく俺達をはるかに凌駕する……実績と経験を積んだ戦闘のプロフェッショナル。


この森を覆う気配のない緊張感こそが、その証。


その存在感は気配を消すのではなく飲み込む。

居場所は分からないが、それでもこの付近にいることがわかるのは、ここの辺り一帯の気配が消えたから。

何も感じない……。先ほどまで感じていた森のざわめきも、雪が頬に触れる感触も、自分の気配さえもが飲み込まれている。

完全な気配遮断。 

「……どうやら、これは先に動いた方が負けのようだな」

しかしそれは彼も同じこと。

単純な銃技ならこちらの方が数段上。

そして使用できる武器は全て発射されてからでも対応ができる弾丸。

……つまり、この戦いは必殺の間合いに入り込まれる前に石田さんを認識したら俺の勝利。

気付けなかったら俺の敗北……。

条件はイーブン。


だが、すでに俺は相手に飲み込まれている……。


これが、陰に潜む者同士の戦い。


そう実感すると、全身から汗が噴き出す。

何も感じないことがこんなにも恐ろしいとは思わなかった。

敵の視線はすでに俺を捉え、俺は立ち止まったまま敵の動きを黙って見守ることしかできない。

狙われた俺がどこから狙われているか全くわからず逃げ惑うネズミなら、彼は狙いを定め降下するタイミングを計っている鷹


息をのみ、全身の神経を気配を感じることに費やす。


勝負は一瞬。


【気配を読むのではない】


敵は、気配も存在もないゴースト


【読むのは変化】


しかし、そこに【居る】のなら……。


「静から動に動く瞬間……そこに変化が必ず生まれる」

一つ呟いた瞬間に。俺の肌はその変化を視る。

背後……。空気の流れが微細に変化する。

「そこっ!!」

背後は振り向かず、クローバーを引き抜くと同時に見て取った空気の流れから計算をし、照準を定める。

「!?」

放たれた弾丸の狙いは心臓部、距離は二メートル………。

だが、その銃弾は弾かれ、ペイントのインクはむなしく空中で霧散した。


しかし、銃声が森に響き渡り、同時に飲み込まれていた気配が一気に吐き出される。


木々はまたざわめきだし、雪は思い出したかのように俺の頬をなで始める。

「捉えたぞ……石田 扇弦」

「ふふ……あなどれませんな、若き息吹は」

そこに居なかったはずの影は、一発の銃弾により眠りから覚めて具現化し、俺の目前に文字通り浮かび上がる。

「……空間移動の上位術式か。それはもはや魔法の領域だぞ、石田さん」

「私は術式とは無縁ですよ……それに、空間移動ならばあなたさまの銃弾も同じなはずでしょうに」

「発射場所を強制的に変更することと、好きな場所に好きな時に移動できることは違う……」

「そうなのですか?まぁ、私には関係ありませんがね」

石田さんはさも当然のようにそう笑い、手に持っているアサルトライフルを構える。

SIG SG552……。

頑丈で耐久性と拡張性が高いアメリカ製のアサルトライフル。

近年の特殊部隊は都市部での活動が多いために、交戦距離が非常に短くなってきている。

そのニーズにこたえ、頑丈かつコンパクトになった至近距離専用のアサルトライフル……。

性能はFBIのお墨付きであり、ついでに行ってしまえば拡散するためこの距離ならば素人でも充てやすい。

流石は石田さん。

自分の銃技と能力の特性をしっかりと把握した……ベストな銃の選択だ。

「では……まいりましょうか」

「あぁ」

向けられる銃口は正確に俺を狙い、拡散するように銃弾が走る。

「っふ」

しかし、それよりも早く右に飛び、円を描くように銃弾を回避する。

「逃がしませんよ!不知火様!」

着弾と同時に小さく撥ねる雪が、見えない小人が追いかけてくるかのように走る。

だが、この程度の銃弾の追撃ならば、回避するのはたやすい。

やはり石田さん……銃に関しては知識のみの素人だ。

「っ疾ッ!」

息を少し抜き、左手のクローバーで石田さんを射抜く。

「甘いですな!」

しかし、彼はそれを紙一重で回避し。

「っ!?」

弾切れとなったアサルトライフルを投擲する。

「っちぃ!」

不意を突かれた一撃は、見事に俺を狙い撃ち、右手でそのアサルトライフルを弾く。

金属と金属がぶつかり合う音が響き、ライフル雪に埋もれ、白で塗りつぶされている。

「隙ありにございます」

だが、それが石田さんの狙い。 

「嵌められたか」

銃を弾いて体制が少し崩れたところに、石田さんは懐に忍ばせていたスコーピオンを掃射する。

確かに彼は銃に関しては素人である……。

「その体制では回避はできますまい?不知火様!」

しかしこと戦闘に関してはその経験はトップクラス。

そう、彼はただ単に戦い慣れている……それだけで俺と互角に渡り合っているのだ。

「お別れです!不知火様!」

勝利宣言と言わんばかりに大声を出す石田さんは、銃声に合わせて楽しそうに引き金を引く。

が。

「ふん」

「!?」

指切り撃ちで放たれた五発の弾丸を、右手のクローバーですべて打ち落とし、残りのスコーピオンの弾丸を飛んで回避する。

「この程度でやられていては……対大量破壊兵器専門部隊の隊長は務まらない」

「やれやれ……老いとは怖いですね」

石田さんはそう笑い、空中に飛んだ俺にスコーピオンの銃口を合わせて引き金を引くが。

「弾切れ?」

弾は出ず、むなしい乾いた音だけが雪の森に響き渡る。

「二つの異なる銃を、慣れないうちに所有したのが間違いだったな!」

「っく」

遠距離からでは回避されてリロードの暇を与えてしまう……。

そう判断を下し、空中で体を反転させて一本の木を蹴る。

「……む……」

跳躍の速度は殺さずに、勢いを倍に跳ね上がらせる。

「速い……」

眼ではとらえさせない。

出来うる限りの最高速度で……石田さんの懐に潜り込む!

「ぬ……ぬぅ!?」

うめき声が上がり、石田さんのハンドガンが俺を狙って放たれるが、コートを掠めるのみで、そのまま俺は懐に侵入し、眉間に銃口を突きつける。

「俺の勝ちだ、石田さん……」

「えぇ……そうですね。この状況では、反撃の余地がありません」

石田さんは素直に負けを認めて、両手を上げる。

……勝った。

そう確信し、俺は引き金に指をかけ。

ばん

「あ……」

その頭に、ペイント弾を付着させられる。

生暖かい感触と、溶けたビニールのような臭いが、なんともむなしく鼻を突く。

「……桜」

石田さんの後ろに立つのは、白銀の着物を着て銃を構える桜。

……ようするに俺は、桜に撃たれたのだ……。

よりにもよって当たりにくいからやめろと言ったヘッドショットで……。

「ご……ごめんなさい」

フレンドリーファイアである。

……………………………

なんともむなしい風が、俺達三人の間に吹き、そんなむなしさに追い打ちをかけるかのように、雪月花の森にはまた、雪が降り始めた。


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