第三章 死ぬ前にやることリスト
12月3日
先日の三つ巴の戦いから2日が経つ。浅い眠りから覚めた俺はまだ寝たりないと訴える体を無視して椅子から立ち上がる。ふと見ると目前でだらしなく眠っている護衛対象、冬月桜は起きる気配はなく、俺は蹴飛ばされた布団をかけ直してやる。
「……ん~駄目シンくん……破壊神はメイド殺法でしか倒せないの……それがメイドの極意~……むにゃ」
……いったいどんな夢を見ているのか少し気になった。
「ったく、これだけ寝相が悪くてよくベッドから落ちないな」
寝相が良いのか悪いのか分からないやつだと一つため息を漏らし、俺は桜の髪をなでる。
……白い髪は雪のように柔らかく、手が触れたと同時に少しはにかむ桜の寝顔に、俺は何故か鼓動が早くなる。
「……何してんだ俺は」
慌てて手を引っ込めて立ち上がる。別段何かをしようと思ったわけではないが、ただ何となく、この部屋をゆっくり見て回ろうと……そんな気になった。
きっと、昨日の桜の言葉が気になったのだろう。
【君たちが来る前は、一日かけて仕事に忙殺されてたよ】
無駄に広い桜の部屋。しかもその部屋に置いてある大半は、桜とは縁のなさそうな機械工学の文献や、人体の図鑑である。
石田さんの行き届いた掃除の為、塵一つない部屋だが、一冊の本を抜き取ると現れる本棚の色の違い。長い間動かされておらず、本棚のヘリの部分だけが色あせている。もしかしたら桜はここまで来ることさえもないんじゃないか?
そんな疑問さえ生まれるほど、桜の部屋の半分は時間が止まっていた。
「ふむ」
思ってみればここにあるものの何割がいったい桜のものなのだろう。
「………生物学に心理学……サヴァンについての論文に……こっちの棚は術式の教本か」
術式の棚があるということは、昨日術式の事を知ったのだから論外であるし、桜が生物学や心理学の本を読むとも思えない。
「まぁ……このジェンガとかモノポリーとかは桜のだろうが」
桜の部屋を一周し、俺は自然と机の前にやって来ていた。
「あのやろう」
机の前にやってくると、長山の真っ赤なコートが椅子の上にたたまれて置かれていた。
机の中に椅子がしまわれていた為に気付かなかったが……これがここにあるということが
長山は今頃隣の部屋でいびきをかいているのだろう。 後で仕置きをしなくては。
そう、サボり癖の抜けない同僚への懲罰を考えながら、長山が持参し散らかしたものを呆れ混じりに見渡していると……ふと気がつく。
……年頃の少女の部屋にしては、ものがなさすぎる。
考えてみればこの部屋は、桜のものが洋服とゲーム以外何もない。
豪華で物が詰まっているようなこの部屋は本当は何もなく、それは俺の桜のイメージからかけ離れていた。
「……桜」
時間の止まった部屋の半分と、桜が眠るもう半分。 そんな同じ部屋でありながら全く違う世界をまたぐように存在するその執務用の机は……とても寂しく、悲しく俺に何かを訴えかける。
目を下ろして、大量に積まれた資料と、山積みにされた経済学や法律の辞典を見る。
「……この資料、全部桜が」
顔を上げてベッドを見ると、そこには幸せそうに眠る桜の顔。
……唯のお気楽少女かと思っていたが、もしかしたら俺達に気を使わせないために無理をしていたのかもしれない。
各市町村とのトップとの会談資料。村の管理……すべて石田さんに任せていたと思い込んでいた仕事だが、本当にすべて桜一人でやっていたのか。
雪月花村の領主として……そう懇願した桜。
あれを唯の我がままと受け取ってしまったことを、俺は少し反省をする。
彼女は紛れもなく、雪月花村の頭首なのだ。
「ん?」
そんなことを思いながら机を見ていると、重ねられた書類に挟まれる形でくしゃくしゃになっている、小さな紙切れを見つける。
「?」
どうやら中には文字が書いてあるようで、それを拾い上げて広げてみるとそこには。
「…………死ぬ前に……やること」
そこには十二項目が記されたリストがあった。
―――死ぬ前にやることリスト―――
① 同い年の友達を作る。
② 最高の紳士にキスをする。
③ 涙が出るほど笑う。
④ 桜を見る。
⑤ 雪合戦をする。
⑥ 料理をする。
⑦ 食べたことの無いものを食べる。
⑧ 最高の恋をする。
⑨ 一ヶ月以上生きる。
⑩ 銃を撃ってみる。
⑪ 大空を飛ぶ。
⑫ お父さんの後を継ぐ
「…………………」
………………そうか。お前は気づいていたのか、 自分の命が短いことに。
だからあんなに、俺と友人になることにこだわったんだな。
「……敵わないわけだ」
どうして俺はこの少女をか弱そうだなどと思ってしまったのだろうか?
自分が死ぬと分かってなお、接点もほとんどなかったであろう村人の為に今でも桜は徒手としての仕事をこなしている。
きっとこのリストは、桜の弱い心なのだろう。
一度はこんなことを書き上げて、結局はあきらめて丸めたのだ。
余命一ヶ月。
雪月花の領首としてこの村に閉じ込められて生きてきた桜には、きっと普通の女の子になりたいと思ったこともあっただろう。
そしてこの紙切れが……今まで望み、思い描いていた人生なのだ。
きっと桜は、自分の余命が短いことを知った時、思ったのだろう。この小さな紙に書きながら考えただろう。残り一ヶ月なら、もう自分の為に生きてもいいんじゃないかと?
きっと石田さんに話せば、彼は即座に彼女の願いをかなえただろう。
しかし、桜はそうしなかった……。
なぜか? 簡単だ。 桜が冬月家当首だからだ。父親が行方をくらました時……いやもっと前だろう……。彼女の覚悟は既に決まっているのだ。
「……本当に、不器用な奴だ」
この机の上に置いてあるのは、石田さんは自分の仕事机だけは掃除しないと知っているからだろう。
だから石田さんも、俺に桜には余命の事は言うなと口止めをしたのだ。
ベッドで寝息を立てる少女を見る。その表情はとても幸せそうで、俺は少しだけ、この少女の願を聞き届けてやりたいと思ってしまう。
神なんてもんを信じる柄ではないが、そう思わないか神様? 残り一ヶ月の命なのだから。少しぐらいハメを外したって罰はあてないよな?
友達を作るとか、雪合戦をするくらいの小さな願い位、まとめて叶えてやったって、一生の願いを使ってもお釣りがくるだろう?
「……よし」
本当に柄にもないことを心の中で独りごちて、机の上のペンをとって、①番に斜線を引く。
①同い年の友人を作る。
一つ目は達成だ。 先日俺が、五日前に長山が友達になったからな。傷の手当てをしてもらった礼もある……。彼女の願の半分くらいはかなえてやろう。
どうせ敵が来るまで俺達は身動きが出来ないのだ。それなら時間を無駄にするよりも有意義なはずだ。
……もちろん今のは軽い冗談で、本当は俺の行動がすべて時間の無駄になることは分かっていた。
だが、それをきちんと理解したうえで、俺はこの少女の小さな願いをかなえてやりたいと思っているらしい。
そんな無駄なこと、今までの俺なら怒りをあらわにしていただろうに……。
なぜかその小さな思いつきに俺は悪い気がしていなかった。
部屋の中を一通り見て回り、俺は紙片をポケットにしまって外に出る。
屋敷の電灯は既についており、下の階層からはほのかに良い香りが漂っている。
どうやら石田さんはもう起きて朝食の準備を進めているらしい。
現在時刻は四時半だというのに、本当にあの人の働きぶりには頭が下がる。
「……石田さんにこのことを報告するべきか……」
そうするか、一応桜にも気を使って隠していたみたいだし、気づいているって知らせれば、もしかしたら桜をもう少し自由になるように説得できるかもしれない。
そう思い、俺は階段を下り、食堂へと入る。
「おや、不知火様、いかがなされました?」
エプロン姿が似合う男性……そんな初めて見る存在に少し驚き、呆けてしまう。
「まぁ、野暮用でな」
「私にでしょうか?でしたらすこしお待ちいただいてもよろしいですかな?」
「ああ、構わない」
そういって俺は、邪魔にならないように端っこの椅子に座り、石田の包丁さばきを見る。
熟練された手の動きは流動するように刃を乱すことも、食材を無駄に正確に適したサイズにジャガイモを切りそろえていく。その無駄の無い動きはプロの料理人顔負けだ。
もはや芸術に近く、今まで安物のコッペパンと携帯食しか食ったことのない俺にしえ見れば、この空間はもはや異界と言ってもいいだろう。
……そんな大げさな感想を抱いていると、石田さんは食材を切り終えたらしく、大きな鍋を用意する。コンロのしたにある大きな扉を開き、中から鍋を取り出す。
ふむ、食材からして味噌汁でも作るのであろう。水を張った鍋に石田さんは煮干しを入れて、今度は茶碗等の食器を開けて。
「!?」
まるで足の関節が強制的に曲げられたかのように倒れる。
「石田さん?」
「おっとっと、足を滑らせてしまったようですね」
足を滑らせた?そんな転び方ではなかった。
「やはり、桜の事で疲れているんじゃないのか?」
「ふふ、大丈夫ですよ不知火様」
大丈夫と笑顔を見せる石田であるが、どう見ても大丈夫ではない
「石田さん。あんたいつから寝てないんだ?」
「……」
「桜の事が心配なのはわかるが、桜に今一番身近にいるあんたが倒れたら元も子もない。朝食は俺が用意する。少し休め」
「しかし」
石田さんは俺の提案を却下しようと立ち上がるも、ふらついてまた倒れてしまう。
「はぁ……私も、老いましたねぇ」
恨めしそうにつぶやく老人は、しばし目を閉じて。
「至らない執事で申し訳ありません。 お言葉に甘えさせていただきます」
石田さんはそう一度だけ呟いて、静かに座ったまま寝てしまった。よほど疲れていたのだろう。 身じろぎも物音も立てずに、死んでいるかと思うほど固まったまま眠っていた。
「やれやれ、この人は桜の事になると周りが見えなくなるな」
嘆息し、俺は石田さんを起こさないように鍋に火をかける。
プロ顔負けとまではいかないが、なに、桜も納得してくれるだろう。
「と、そのまえに」
あまり時間も取らないし、もう一つの気になったことを片付けてしまおう。
それは、長山がサボっていないかどうかだ
あいつのコートは確か、桜の椅子にかかったままであり、防寒の術式なしの状態で、あいつは空調固定のされていない屋上で見張りをしているということになる。
だが、そんなことをするほどあいつもバカではない……ということは結論は一つ。
「……仕置きの時間だ」
まさか、そこまでいい加減とは思いたくはないが……。
依然椅子には長山のコートがかかったまま……結局とりには来なかった。
「……っつーことは、部屋でいびきでもかいてんだろうな~あいつ」
半分の殺意と半分の呆れが俺を支配して、少しばかりの脱力感を抱いたまま、俺は長山と俺の部屋を開ける。
眼に入ったのは何もないベッドに、散らかり放題のベッド。
ベッドメイクをされたまま何日も放置されたことが丸わかりな殺風景なベッドは俺に割り当てられたベッドであり、隣でゲームやら漫画やらが散らかっているのは長山のベッド。
対照的な二つのベッドだったが、その二つには共通点があった。
「む?いないだと」
そう、双方のベッドには人がいなかった。
「……」
嫌な予感が脳裏をよぎる。
「いやいやいやないないない。だってロシアだぞ?マイナス三十度だぞ?」
誰もいないベッド。時刻はまだ四時と言うことは、あいつならまだ寝ている時間。
「ないないないない……だって寒いんだぜ?凍るんだぜ?いくらなんでもそこまで……」
そう言いながらも、階段を上がって屋上へと向かい、慌て半分でドアを開く自分がいる。
まだ闇が支配をする雪月花村の屋上……白い雪が吹き荒れて、俺の頬を穿つその吹雪は昨日よりも少し強かったが、そんなものお構いなしに辺りを見回してみると。
「長山ああああああああああああああああああああああああ!?」
そこには見事に横たわっている長山がいた。




