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第三章 運び屋の最後の記録

同時刻


 ~日本~ 東京。

先日のテロリストにより、スクランブル交差点を失った日本最大の都市は、混乱際立った嵐のような一週間を終え、政府の迅速な処置により、すでにテロの傷後は薄れ、過去に戻ったかのように今まで通りの人混みがそこには流れていた。

スクランブル交差点だった場所に空いた巨大な穴は未だ残ってはいたが、仕事に忙殺される東京の人間は、依然と変わらずに無視をして通り過ぎていく。人の数も相変わらず深夜だというのに減る気配は無い。

彼らにとってはテロなどは、その身に降りかからなければどうでもいいと言った感じである。想像していたよりも意気消沈気味で囃し立てないマスコミに、一時は政府の秘密兵器開発による事故……などとゴシップ記事が囃し立ててはいたが、やはりそんなものは風に吹かれる火の粉の如く、一週間を待たずに消えていった。

人の記憶など、そんなものマスコミに掘り返されなければ、よほどの事でなければ記憶に残ったりはしない。

そういった点では、ペンは剣よりも強しと言うのはぴったりの表現だ。

「ふ……」

そんな言葉を思案し、俺はそう苦笑を漏らす。人の流れに逆らうことなく、誰にも気づかれないように歩いたつもりだったが、今の苦笑で小さな少女と目があってしまった。

やれやれ、子供と言うのは恐ろしいな。

「CODE…813」

こんなくだらないことで任務を失敗するわけにもいかず、、気配を消して歩くのをやめ、もらった紙切れにより、自らの存在を消す。クライアントからもらった変な紙切れの束。

魔導術式……とかいうものらしく、こんな紙切れを信じるわけにもいかず、使ってなどいなかったが……なるほど、試しに気配を消すのをやめてみても、誰かが気づく気配はない。

こちとら気配を消すのを会得するのに何十年と時間を費やしたというのに、この紙切れはたった数秒でその何十年を上回りやがった。

その事に、俺は多少の敗北感と脱力感を覚えるも、そんな事よりもこんな未知のテクノロジーを使ってまで届けなきゃいけないこの人一人なら簡単に入りそうな糞重いバックがとてつもなく危ないものだということを知らせる。

「まさか本当に……」

一瞬浮かんだ想像を振り払い、俺は目的地である新宿の中心にそびえたつ高層ビル。

どこの誰が作ったのか、何をしている会社なのかは知らない。元々そういうのに疎いというのと、自分の仕事柄そういった情報は知らない方が楽なことが多い。唯一つだけわかることは、このビルを建てている奴は、相当危ない奴だということだけ

「ついた」

見上げても頂上の見えないビルを見上げ、俺はもう一度確認する。

「……ここに入るのか」

取引場所はビルの十五階。

運び屋として名をはせて十五年。世界全土を回っても俺を超える運び屋は五人もいないだろうと自負もする。殺し屋の武器だろうと政治家の違法な金だろうと売り飛ばされる人間だろうと、金さえ出ればなんだって運んできた。

だが、そのどれをとっても、こんな目立つ場所で受け取る奴はいなかった。

こんな極東の島国なんぞに呼ばれたかと思えば、わけのわからない技術に常識外れの依頼……。なんだって四日もホテルで待たされなければいかないのか?

長い経験からしても例がないこの依頼に、俺の身は逃げ出せと無意識に叫びたてる。

だが。

「逃げるわけにはいかない」

俺にもプロの誇りがある。恐怖に負けるわけにはいかない。それがビジネスであり、運び屋である。一応は護身用の武器はあるし、仮に死んだとしても、それが運び屋の運命なら受け入れるだけの覚悟はある。

そう決心し、術式のかかったまま俺はビルの中へと入る。自動ドアの開く音は重く、半透明なドアが開き切ったのを俺は直視し。

「なんだ……これ」

愕然とする。

その部屋には誰もいなかった。いや、誰もいないところではない。何もなかった。

人もデスクも照明でさえ、あるのは正面に置かれた受付と。

「オーーーーーーーーーーーーーーーーン」

無人なのにひとりでに開いたエレベーターのみ。

心臓がはねあがる。 悪い冗談だ。そのエレベーターはまるで口。

人が何も操作していないのにエレベーターが開くということは、誰かしらはいたのだろうが

その中は赤く染まっている。

「うそだろ」

逃げなくては……。

あの自らを捕食しようと大口を開けているあれから。あれは動けない!ならば今引き返せば助かる。自ら口の中に入るなんて唯の愚か者だ。

「否」

しかし、俺はそんな体の危険信号を無視して歩を進める。

自らのポリシー。誇りだけは曲げられない。

「オオオオオオオン」

紅い色に祖またエレベーターの中は、別段変わったところはない。

動作も、少し音がする事を除けば至って正常。なんてことはない唯のエレベーター。

俺はなぜ、このエレベータを見た瞬間に、死を予感などしたのだろう?このビルだって、工事中だと言っても工事が休みだって考えれば、誰もいなくても別段おかしいところはない。

「……いったいどうしたっていうんだ?」

この荷物のせいか?それともこのビルのせいか?

とにかく、俺の中の何かがこの仕事を嫌がっている。それだけは分かった。

「指定はこのビルの最上階か」

まださらに上の階を作っているってのに最上階。と言うことは鉄骨の上まで行くのか?

そんなのは無理だ。俺は運び屋であって芸人ではない。もしそんなところを取引場所にしたら金はもらってるんだ、そこらへんに放っぽり投げてさっさととんずらしてしまおう。

「ふ」

また自分の想像に苦笑を漏らし、心を落ち着かせる。本当にそうできたらいいのにと心の奥で笑いながら。

「キイイ……い」

甲高い音があり響き、エレベーターが最上階へ到達したことを告げる。

……百二十六階……小さなマンションだったら、二十個位は並べられそうだ。

昔の神様は、たった五十メートルで人に天罰を下したのに、今ここに建っている建物はその二倍以上の高さを誇っている。

神様も気が長くなったものだ。

「がが……」

小さな音とともに開くエレベーターのドア。

死の予感はドアが開くにつれて水のように流れ込み、俺は覚悟を決めてその部屋を見る

「あ……れ?」

だが、開き切ったドアから見える光景は真っ白。

「最上階……だよな?」

契約ではここで荷物を渡せばいいとの事だったので、ほかの部屋へ入ることもなく、ただこの場所に荷物を置いたら踵を返せば仕事は終わりでいいはずだ……。

本当にここは、誰もいなくて何もない

「はっ」

漏れる笑い声、本当に笑い話だ。何もない部屋にびくびくして、何もない部屋に死ぬ覚悟まで決めたのだ。

「ははは……ははははははは!」

本当にお笑い草だ。さぁ、これをここに投げ捨ててさっさと気味の悪いバベルの塔からはおさらばしちまおう。

そう、一歩を踏み出した瞬間。

                  

俺の意識はそこで終了した。


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