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第三章 父親への思い


長い話を終え、俺は桜を起こさないように布団をかけ、一息つく。

話しつかれたのか?最後の方は何言ってるか分からなくなり、糸が切れた様に眠ってしまった。

「す~……す~」

目前の少女はとてもうれしそうな顔……悪く言えばにやけ顔で寝息を立てていた。

「まったく、こいつは」

人とこんなにも多く話すのは久しぶりだったせいか……俺も肩に積もるようにどっと疲れがのしかかる。

「……」

消えかかった暖炉の火は少し気になったが、空調は良好の為、俺は明かりを消して部屋を出る。

「桜様はもうお休みになられましたか?」

いつから外で待っていたのか、石田さんは静かにそう俺に問いかける。

「あいつはいつもあんなにやけ顔で寝るのか?」

「ふふ……まさか。きっとあなた様とお話が出来てうれしかったのでしょう」

「……うれしい……ねえ」

あの笑顔を見てからでは、その言葉を疑うことは出来ないが……どうにも胸の内にもやもやが突っかかる。

「ほほ……あなた様はあまり人の笑顔を見たことがないから、桜様の純粋さに負い目を感じているのでしょう?」

「……」

図星だった。

「それならば心配いりません」

そんな俺の様子に、石田は何か思うところがあるのだろうか?

何やら不器用な息子を見るような残念そうにかつ温かい微笑みを見せる。

見られているこちらとしてみれば、少しむず痒い。

「桜様は全てわかっておられますよ」

まるで子供を諭すようなその言い方から、石田自身の桜の変化をうれしく思う感情が流れ込んでくる。こんなうれしそうな顔されて、言い訳ができる人間はそういないだろう。

まったく本当に、この人には敵わないな。

そう思い、俺は観念の意を込めた吐息を漏らす。

「わかってるさ。桜が自分のせいで多くの人間が死んでいくかもしれないことを理解していることも。それを知ったうえで、無理して笑っていることも」

そして、俺の事も、と最後に着けたし俺は階段を下ると、石田もとなりで一緒におり始める。

「全部わかっているからこそ、桜は自分を戦場に連れて行けなんて言ったんだろう」

自分が守られるということはどういうことなのか、自分の罪と向き合うために。

そこにどれだけの覚悟が必要なのかは想像すらできないが、何かを守りたいという桜の覚悟と俺の人の命を救いたいという覚悟は、形は違えど、重さに差はないように思える。

「だが、一つ疑問がある」

そう、それは桜がどうしてこの村にこだわるのか?

確かに、自分の育った村を守りたいという気持ちを誰にだってある。

しかし、十五の少女が命をなげうってでも守りたい理由とは?

「……父。一心様ですよ」

その疑問に、石田さんはあっさりとそう答えた。

「……父親?」

「桜様は一心様について何か?」

「いや……あまり深くは覚えていないと言っていた。

あまり良い印象ではなかった気もするが」

「……それは、寂しさの裏返しです」

そう石田は、一点の波紋も並べずにそう言った。

「桜様にとって、肉親の唯一の思い出は、父親のみ。その小さいころの思い出と憧れ、愛情が桜様を突き動かしているのです」

「……」

「一心様が行方不明になった時、桜様は私に決して涙は見せませんでしたが……あの夜……屋敷に響いた啜り泣きは……忘れることができません」

……なぜか俺の中では、声を殺して涙を流す桜の姿が想像できてしまった。

誰にも気づかせないように、きっと必死で声を殺したのだろう……それでも漏れてしまった声が、どのようにこの静かな家に響いたのか?

想像するだけでも重い調べが俺の中に響く。

「……桜様にとって、この村は一心様が残した唯一のものであり、遺言こそ父の唯一の願い。それが桜様をこの家に縛り付けているものです」

「……」

あんな小さい体で、必死に父親の背中を追いかけ、その面影を必死に守っている。

その姿が……少しだけ俺に重なった。

俺を動かしているものも、覚悟を決めさせたのも、ひとえには父親のあの背中だ。

だから、そのことを笑うことは出来ないが。

「まるで、人形だ」

そこに、自分の意思がないことにのみ、俺は重ならないものを覚えた。

「ええ、一心様にしてみれば、桜様はその為に」

「そうじゃない。桜の覚悟は、父親が守っていたから自分も守るという他人の意思を引き継いだだけのもの。そこに自分が作り上げた意志も、理想も、自己さえも欠落している。

……そんな、他人に押し付けられた覚悟を貫く桜が少し……かわいそうに思えただけだ」

何を信じようと、何を守ろうと、すべては自分の意思で決める物。そこに他人の意思の介入は必要なく、誰かの存在が自分に影響することはあれど、それをすべて引き継ぐ必要なんかない。

きっと俺は、桜の一心になろうと必死になっている危うさをすぐに壊れてしまいそうだと感じたのだろう。あのツギハギだらけの覚悟が、自分に触れた途端に壊れてしまいそうだと、勝手に心のどこかで思っていたのだ。

「……やはり、あなた方をお呼びしてよかった」

そんな言葉を聞いて、石田さんは怒るかと思ったが、逆に安心したような声でつぶやく。

「……?」

「不知火様の言う通り、桜様は幻影に取りつかれている。一心様は別に、この村を愛していたわけではありません。遺言も源之助様が作られた掟に従っただけ。本当の一心様は、何よりも桜様が自由に生きることを望んでいた。その事を、本来ならば執事である私が教え導かなければいけないのですが。こればかりは、私にはどうしようもありません。

しかし、あなたならもしくは桜様を救えるかもしれない」

「……俺の仕事は桜の護衛だ。それ以上の事に手を出すつもりはない」

「ふふ……そうでしたね」

まるで俺の内心を見透かしたように優しく目を細め、石田は談話室の扉を開ける。どうやら昨日の再戦をしようということらしく、俺はそれに素直に応じる。

さっき気が付いたことだが、石田さんは何か含むことがあるときに目を細める癖がある。

……今度はなんだか勝てる気がした。


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