第三章 平和に取り残された者
のどかな一日。 敵も昨日の今日で襲ってくることはないだろうし、今日は一日敵への対策を立てることに時間を費やせそうだ。
ゼペットには罠が通用していた、となるとあそこに仕掛けてあった罠もまんざらでもないということ。
よし、森に誰も近寄れなくなるが、今日は少しトラップを張り巡らしてみようか。
「本当にこんなに使うんですか?シンク」
武器庫にて必要なもののリストを渡すと、イエーガーは呆れた様な表情をしながらぶつぶつ文句を言いつつ、倉庫をあさり始める。
「意外とブービートラップは効果があることを実感したからな」
「そりゃこんだけ敷き詰めりゃ誰だって消し炭になりますよ、爆弾狂」
軽口を叩きながらもイエーガーはワイヤーと手榴弾ををダンボールから取り出し、机の上に並べていく。
といっても、頼んだ量は4トントラック一台分。 冬月家の倉庫にならまだまだ在庫はあるだろうが、それを二人だけでここに用意するのは当然のように時間がかかる。
なので、俺は気になっていたことを聴いてみることにした。
「村の様子は変わりないか?」
ロシアのトップが桜の命を狙っていることは、村の人間には告げていないが、森への立ち入り禁止に加え、あれだけの大爆発の音が森中に響きわたれば、いくらのんきな人間であろうともこの村に何かが起こっていることは察するはず……そうなった場合村人のパニックは任務に大きな支障をきたす……。
「問題はありませんよ、村の人たちには凶暴な熊が出て、狩人たちがまた騒いでるだけだと伝えたらあっさり信じてくれました……」
「そうか」
爆発音も狩人がやったの一言で丸め込めるのか……カザミネたち、一体いつもどんな狩猟生活を送っているのやら。
「そういうシンクのほうこそ、桜様に怪我とかはないですよね? 昨日、桜様チクシに避難しなかったそうじゃないですか」
「……予想外の客人のおかげで、敵が一点に集中したからな、わざわざチクシに逃がす必要がなくなっただけだ」
「まぁ、こちらに損害が出なくて良かったですよ」
「森は随分と更地になったけどな」
「人の命に比べたら易いものです……戦いの跡を見ましたが、確かにあれは私達の力ではどうしようもなさそうでした」
イエーガーはそう呟く。
「……それでもやはり不服か?」
「少し……ね」
「……戦いたいのか」
「ええ、前は戦わなくて良いなんていいましたけれど、我が主が、桜様が危険に晒されているというのに指を咥えて見ていることしかできないと言うのは、とても歯痒い思いですね」
「随分と桜を大切に思っているんだな。桜の父親に金で雇われただけじゃないのか?」
「……違います。ここにいる者達は皆、桜様に救われた人間なんです」
イエーガーは少し物悲しそうにそう呟くと、ぽつぽつと思い出すように語りだした。
「ここにいるのは皆、戦争で行き場をなくしたもの達ばかり。元傭兵、軍人 少年兵……戦うことしか知らず、戦うことが生きることだった者……そしてその中でも、平和を受け入れることが出来なかった者。それが私達です」
「平和を受け入れることが出来なかった?」
その言葉に俺は引っかかるものを覚え、作業の手を止めて聞き返す。
「私は、生まれたときから人と人の殺し合いを見てきました……殺し合い、生き残ったほうが次の日を生きることが出来る。武器の扱い方、人の殺し方と共に私は子どもと言えなくなる時間までそう教わり続けました。 ですが、どんなに長くても、戦争は終わるものだと言うことは誰も教えてくれなかった。平和が訪れたとき、私には何も残らなかった。今まで~正義~と教わってきたものは全て~悪~になり、私は今まで守るべき者たちから疎まれる存在になった。 そうですよね、平和な世界で、純然たる兵士が必要なわけがありません……勿論、私を更正しようと回りは手を尽くしてくれましたが
壊れた私が元に戻るためには……少しばかり時間が遅かったんです」
戦場のフラッシュバックは勿論、そもそも人としての行き方を学ばなかった者たちが、平和な世界で普通に生活をすることは難しい。
イエーガーは思い出話のように語るが、どれだけの苦痛があったかは計り知れない。
「それで、ここに?」
「始めは頑張ったんですよ、なんとか平和を受け入れようと……でも、やはり戦うことしか出来ない私を受け入れてくれるところなど無く……乞食として飢えて死ぬのを待つばかりだった所を、石田さんに拾われたんです」
「……石田さんが」
「ええ、桜様のボディーガードとして。戦うことしか出来ないならば、やり方はいくらでもあると諭されて、ここにやってきました」
「……そこで桜に出会った」
「始めは会うのが怖かったですね、そのときはまだ桜様は十歳……そんな少女を私が守れるのか……怖がらせて、傷つけてしまうんじゃないかってね……でも、そんなことは杞憂でした」
「大体想像はつく」
「ええ、あのお方はいつまでも変わりません……あの笑顔で、ここにいて良いと言って下さいました……その言葉に、私も他の人間も救われたんです……行き場のない私達に居場所をくれた……だから私達は桜様を守るためならば命も投げ出せる……桜様に出会ったときから私は桜様に忠を尽くすことを誓ったのです……だからこそ、自らの力不足がとても悔しい」
イエーガーは笑みをこぼしながらも、表情は少しばかり硬い。
「……すまない」
「いえ、腹立たしいのは自分にです……それに桜様の大切な宝物を守るのも私達の仕事であり、シンクの言うとおりこれこそ私達にしか出来ないことです……だから今はそれでいいです。 こうすることで、桜様が無事でいられるなら」
イエーガーの言葉はとても優しく、重く圧し掛かる。
もし彼が、桜の寿命のことを知ったらどうなるのか……。
彼等の居場所は?彼等の思いは?
……本当に、救われない。
「……どうしましたシンク?」
「ん……いや、そんな話を聞かされたらなおさらしっかりと護衛の勤めを果たさないとな……」
「ええ、お願いします……と、これで全部のようですねお待たせしました」
「ああ、すまない。助かった」
気がつけば目の前には俺が頼んだブービートラップの材料がそろっており、俺はイエーガーに感謝を告げる。
「いえいえ、気にしないでください。それにしても日本の技術は進んでますね、これだけの量のワイヤーと手榴弾を簡単に持ち運べるんですから」
未だに術式を最新技術と疑わないイエーガー。
「まぁな……とりあえず助かった。これからも戦闘は続くだろうから、くれぐれも村人達には森へ近づかないように言っておいてくれ」
「はい、任せてください。あ、シンク見送りは?」
「森に行くだけだ、必要ない」
「そうですか、ではまた」
「ああ」
見送りはいいと言ったのに、代わりにイエーガーは俺が倉庫からでるまで後ろで手を振ってくれていた。
明るく振舞っている彼があるのは、桜がいるからなのだ……。
当然俺に出来ることは何もない。
この彼の明るさも、雪月花村の美しさも……そして桜も。
最後には全てなくなってしまう。
それでも、彼等の思いを踏みにじることは俺には出来そうになく……。
せめてこの一ヶ月だけでもと決心をし、雪月花の森へと足を運ぶ。
森の中は暖かい倉庫とは大きく異なり、冷たい雪がしんしんと降り続けている。
天気予報によると、今日は一段と冷え込むらしい。
「少し念入りに罠を張るか……」
長丁場になりそうだ。 そんなことを思いながら俺は雪の中、作業を開始するのだった。
「よし」
一息つき、俺は周りを見回す。
一見はただの白い雪の森、しかし一歩でも間違ったルートを歩めば一瞬で粉みじんになるよう罠を仕掛けた。
まぁ術式による保護があれば、致命傷を与えることはできないだろうが、それでも足止め程度なら十分である。
「帰るか」
満足なできに俺は深く息をついて、冬月の城に戻る。
一日中雪の中で作業をしていたためか体は芯から冷え切ってしまっているようで、俺は震えながら急ぐことにして足早に城へと向かう
これだけの労働をした後だ……風呂にでも入ってのんびりさせてもらおう。




