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第三章 無神の協会

12月2日



古びたとある教会。永久凍土の森の奥。そんな人の近づかない森の奥にひっそりと建つその教会は、今やその存在を知られることなく、雪に埋もれようとしていた。

この教会の主はどこへ行ったのか?どうしてここに建っているのか?その答えは党の昔に雪に埋もれ、主無き協会はひっそりとその息をひそめようとしていた。

だから、その教会にとってゼペットの来訪は運命だったのかもしれない。

「ふん、なかなか良いところではないか。まさかこんな場所を見つけるとはのぉシェイ」

「いえ、大したことではありません」

二人きりだというのに堅苦しい反応をする部下に、ゼペットは苦笑をし、雪のかぶった扉の前へと行く。

これだけの豪雪に吹かれていたにも関わらず、雪を散らして掘り出した扉は傷んだ様子もなく、客人を暖かな礼拝堂へといざなう。

五人掛けの椅子が二列に並ぶ礼拝堂。いったいどんな人間がここに通っていたかなどは想像できないが、その空気は時間が止まっているかのようににぎやかだった。

「主、中を見てまいります。危険があるかもしれないのでしばしお待ちを」

「おい謝鈴」

止める言葉も聞かず、謝鈴は教会の奥へと走っていく。

「まったく、何を緊張しておるのやら」

嘆息し、ゼペットはとりあえず言われた通り謝鈴を待つことにした。

礼拝堂に明かりはないが、その場所は明るく、辺りを容易に見渡せる。

「術式の気配はなし、……ふむ、おかしなところよのぉ」

吹雪の吹き荒れる音は聞こえない。別段防音設計と言うわけでもなさそうなその教会は、誰がどう見ようと異形でありながら、そんなこと誰も気にしない程優しかった

「マヨヒガ……ってもんがあるなら、こんなところかの」

それだけ不思議で優しい空間。キリスト教の造形物で、イスラーム系の建築様式の聖堂でマヨヒガと言うのもおかしな話だが、その言葉がゼペットはなぜか一番しっくりきた。

「うん?」

そんな空間の中で、ゼペットはふと気が付く。

「教会なのに、ここには十字架がないのぉ」

そうだ、この教会、これだけ広い礼拝堂に一つも十字架がない。

「祈る神は自由と言うことかの?」

なかなかに面白い教会だのぉとゼペットは呟き、椅子の一つに腰を下ろす。

しばしの休息もかねて、体の力を抜と。

「主!人影は見当たりません。が、どうやら人が住めるだけの環境は整っているようです」

安全確認を済ませた謝鈴が奥から顔をのぞかせた。

「ふむ、そうか」

「一人暮らしだったのでしょう。個室は一つしかありませんでした」

「ほう……人がどのくらい前まで住んでいたか分かるか?」

「相当昔でしょう。ここに住んでいたものはもうこの辺りにはいない。もしくはなくなっていると思われます、少なくとも十年以上……。以来遭難者の避難所として使われているようです」

「ふむ、それならゆっくりできそうだ」

「ええ、村からもそう遠くなく、少し西に町もあります。城攻めには最適かと」

謝鈴はそう報告をし、疲れを取るかのように嘆息した後ゼペットの隣に座る。

「ん?どうした」

「先の戦いで少し疲れました。医者ぐらいは連れてくるべきだったかもしれませんね?」

そういいながらも謝鈴の顔はほころんでいる。

「そうか?たまには二人きりも良かろうて」

「え?……そ、それはどういう」

「懐かしいのぉ……お前と初めて会った日」

「あ……ええ、そう……ですね」

「ん?忘れたのか?」

「そ!そんなわけないじゃないですか!」

残念そうに肩を落とす謝鈴に、ゼペットは首をかしげる。

まったくもって鈍いお方だ……そう謝鈴は心の中で漏らしながら、体に残った疲労と一緒に再度ため息をつく。

「そういえば私が主と二人きりにだったころは、よく無茶をしましたよね?」

「はっはっは、お前が術式もなしに砲弾から我をかばおうとしたときはさすがに肝を冷やしたのぉ」

「はい……あの後主にきつく怒られたのを覚えてます」

クスクスと謝鈴は笑いながら、教会のベンチに腰を掛けて隣のゼペットと談笑する。

戦いの後、戦場で助けた兵士や少女たちを囲んでの会話。戦争も何もなく、敵味方など忘れるほど、くだらなく楽しい会話をしたRODが作られる前のあの時間。

「シェイよ」

「はい?」

「いつしか我は、お前とこうやって話すことが少なくなってきていたな」

「……そうですね。つい怒鳴ってしまいますが、主は最近忙しいですから」

「大事なものを忘れてた気がするのぉ。戦いの後のわずかな会話。戦場に舞う風のように優雅で、戦場の花よりも価値がある。我らが望む小さな幸せ」

そう懐かしそうに、ゼペットは目を伏せて。

「わふ……」

くしゃくしゃと謝鈴の頭をなでる。

消え行く命に涙を流し、生まれる命に感涙もした。

助けた人の笑顔を糧に、隣で笑う彼女を支えに。

「これから一ヶ月……よろしく頼むぞ」

「?……はい!」

頬を染めながら、力強く笑って見せた右腕にゼペットは心に久しくぬくもりを覚えた。

                      ◆


12月2日

目が覚めるのはいつものように四時二十分。 隣で眠る桜はまだ寝息を立てており、俺は起こさないようにそっと外に出る。


することといえばほとんどが、サボっている長山を起こすことと、武器の手入れだろうか?おっと、昨日ゼペットに壊された罠の張替えも必要だな。


「おはようございます、深紅様」

「おはよう、石田さん。何か変わったことは?」

廊下を執事の石田さんとすれ違い、挨拶がてら新しい情報がないか確認するが、石田さんは何も、といって首を横に振るう。

「そうか」

「ええ、敵が敵ですゆえ隠密を働かせるのも容易ではなく……申し訳ありません」

「いや、むやみに動かして犠牲者を出されても困る。 索敵は長山に任せればいいし、こっちはいつでも迎撃ができるように万全の体制を強いていれば問題ない。村に異常があったりしたときは教えてくれ」

「かしこま今度はりました」

「ああ、あと」

「はい?」

「次は必ず勝たせてもらうからな」

「おや、存外負けず嫌いなのですねぇ」

「負けてうれしい人間はいないだろう」

「そういう事を言いたいわけではないのですが……まぁ良いでしょう、若いということはそういうことなのですから」

「大人の対応をされてしまったか、だがその強者の余裕いつまでも続けはさせない」

「強者はただ座して挑戦を受けるのみ、そのときを楽しみにしていますよ、深紅様」

「そうさせてもらおう」

そう短い会話を終えると、石田さんは朝の掃除の続きをはじめ、俺はそれを横切って屋上へと向かう。



「すぴーすぴー そこだ! ぐれむりんばしゅたー」


「こいつは……」

寝ていることは予想していたが。こいつ、まさか自分用の布団まで用意しているとは……しかも術式付天幕のおまけ付きとは……反省するどころかさらに悪くなってやがる。


「おきろタコ!」

「あだだだだだだだだだだだだだだぁ!」

脳天を靴で踏みつけ、長山の頭をきしきしと軋ませる。

「お前は何度言ったらそのサボり癖が直るんだ? しかも布団まで用意していいご身分じゃねえか!」

「ごめんなさいごめんなさい!だって寒かったんだもん!?寒かったからあったまろうと思って布団用意してかぶったら眠くなっちゃって」

「言い訳してるつもりなのか?」

「ぎゃああああああああ割れる!割れちゃう!深紅割れちゃう僕の頭卵みたいにパカっと割れちゃう生卵みたいになっちゃうよ!??」

「面白そうだな」

「面白くないからね!?深紅くーん!だめだよ割っちゃ!パカットしても中からぐちゃぐちゃな白味噌しか出てこないよ!味のない味噌しか出てこないよおいしくないよー!」

「せーの」

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ」

                     


「し、死ぬかと思った」

「真面目に仕事をしろ」

「くそーいいじゃねえかよ、ゴーレムいるんだしよ。ってかお前だって見張りしてるとき寝てるじゃねーか夜に」

「お前みたいに鼻提灯はたらさんし、俺のは仮眠だ……何かあればすぐに戦闘態勢に持ち込める」

「俺だってゴーレムと感覚共有してんだから何かあったらすぐに飛び起きれるって!」

「黙れ殺すぞ」

「ひどい!?」

相変わらず、だめな相棒にあきれながらも、その相棒と戯れることに楽しみを感じつつある自分にやれやれとため息をつく。


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