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第三章 気ままな狩人

雪月花村はいつものようににぎやかで、冬の森の中に存在しているとは思えない程活気があった。

吹き荒れる-40℃の猛吹雪でさえも、彼らの熱気を凍てつかせることは不可能であり、俺でさえもその空気に飲み込まれそうになる。


日本風の街並みはロシアのそれとは違いどこか煩雑ながらも整っており。

看板に張り付いた雪を、長い棒のようなもので落とす人の姿もちらちらとうかがえれば、店の周りに降り積もった雪を、巨大なスコップのようなもので店の裏まで運んでいく姿もちらほらと見える。

流石は雪国の人間、その作業は手慣れており、中には片手で看板の雪を払いながら、客寄せをしているおっさんまでいる。


「……たくましいなぁ……この村の人間は」

彼等の生活には、術式というものは存在しない……。

だというのにこうやって当たり前に生きている……。

その強かさを俺は実感しながら、商店街を人々の進攻方向とは逆走するように歩いていく。

と。

「あっれー?」

聞き覚えのある、どこかふざけた調子の女性の声が聞こえる。

「……この声は」

「寄寓さね、どったのかな?」

「カザミネか……確かに奇遇だなって……うわぁ!?」

「ど~したっさ?狐につままれた挙句、狸に化かされたみたいな顔して」

振り返ると、そこには小さな枝のようなカザミネの体にすっぽり覆いかぶさるように襲い掛かるクマがいた。

「な……なんだそれ」

いや、襲い掛かっているわけではない……ただ、自分の二倍ほどもあるでっかい熊を背負っているから襲い掛かられているように見えるだけだ。

「これかい?ちょいと森の奥で捕まえて来たんさ。 いやぁ、中々手ごわかったねぇ、少し気を抜いたらきっと殺られていたのは私だったねぇ」

「こののどかな村でどれだけ殺伐とした生活を送ってるんだお前は……」

「あっはっは、やるかやられるかのギリギリの一閃で生きる。これだから狩人はやめられないんよ!それに、こんな危ない熊がこの辺りを徘徊してたら、いつかは村人に被害が出るかもしれないっしょ?私はこういったのも仕事の範疇なんさ」

「……だからと言って……あの森は今罠が仕掛けられているからうかつに近づくなと言ったはずだろう」

「あ~んなちんけな罠に引っかかる奴はいないっさ、あの程度で安心してるんだったらシンくんには桜様の護衛は任せられないっすよ?」

「いいんだよ、あれは足止めが目的だ。見つかってくれて正解なんだよ」

「ほほぅ?相手の命にまで気を使うなんて、随分と甘ちゃんさねぇ」

「目的は一か月間桜を守り抜くこと……虐殺は俺の仕事じゃないんでな。同じ結果を生み出せるなら文句はないだろ?」

「ふふっ。本当に優しいねえシンくんは……私はそういうところ、好きっさよ」

「っ……そうかい」

「てれてるぅ?」

「照れてない」

「そんなに恥ずかしがらなくていいっさよ!こんな美少女にこうやって話しかけられてドキドキしない男の子なんていないっさ!」

「なるほど、狩人は鏡を見る習慣と言うのがないのか……ならショウガナイナ」

「どういう意味っさ!?シンくん!!」

「言葉の通りだ……」

「覚えておくといいさシンくん……夜道歩くときは気をつけなよ」

「それは怖い……野獣に襲われないように松明を持っておくことにしよう」

「……私は野獣かああ!?」

カザミネは熊を背負ったまま、両手を振り回して俺に殴り掛かってくる。

その表情はまさに血に飢えた野獣そのものであり、美少女の面影などある筈もなく俺は呆れながらその頭を押さえる。

「うがああああ!!」

しかし、いくら野獣と言えど熊を殺せると言えどその身長は小動物レベルの為、頭を押さえられてくるくると両腕をむなしくからぶらせていく。

「……ところでカザミネ、こんなところでお前は何をしてるんだ?わざわざ熊を売りに来たわけでもないだろう」

「うがああああああああああああぁ!!」

返事がない、唯の猛獣の様だ。

頭に血が上って聞こえていないのか……、本当に猛獣だなこりゃ。

「おい、悪かったよ。後で肉買ってやるからいい加減機嫌治せ」

「ふん!そんなものじゃ許さないよ!イチゴパフェ寄越せや!」

意外と女の子!?

そしてこの極寒の地でこのチョイス!!こいつ超人か!

「わかったわかった。イチゴパフェでもバナナパフェでもなんでも買ってやるから」

「うむ、分かればよろしい」

先ほどの猛獣顔はどこへやら、カザミネは先ほどであった時と同じニコニコ顔で、よだれを垂らしている。

「で?なんでお前はここにいるんだ?」

「ふふーん、実はねぃこれからちょっちぃ村の狩人で集まりがあってね。

来週祭りをするんけど、その準備の手伝いに行くんさ!」

……この村に、カザミネ以外に狩人がいたことの方が驚きだ。

「狩人のお祭りと言うと……やはり狩猟大会か?」

「ちょっとシンくん!それは私たちをバカにしているのかい?」

「む……違うのか?よくあるじゃないか、誰が一番でかい獲物を手に入れられるか~っていう奴」

「それは貴族の遊びの狩りの話っさ!!」

どうやら何か失言だったらしく、カザミネは頬を膨らませて怒り出す。

「私たち狩人を動物虐待至上主義者と勘違いしていないかい!?」

そんな主義を持った人間の存在を俺は今日初めて知ったよ。

「いいかい!私たち狩人っていうのは、自分の命を繋ぎ止めるために他の生命を殺しているんさ……だから私たちは必要最低限の命しか奪わないし、殺した命に常に感謝をしている。そうやって、私たちが殺してきた命に感謝をするためのお祭りさ」

「なるほど」

狩人には狩人のしきたり……というよりも、信念のようなものがあるという事か。

「じゃあ、その熊も祭りで祀るのか?」

「うんにゃ?この熊は小腹がすいたからちょいと狩ったさ」

「狩人の信念どこ行った!!」

「何言ってるっさ!お腹がすいたら食う、これは狩人の基本さよ?」

「……さっき必要最低限とかなんとか言ってたのは幻聴か?」

「そんな抽象的な所は適当テキトー♪狩人の心情その一は、なんたって自由に生きることなんさからね!」

……なるほど、こいつの信念に少しばかりの感動を抱いた俺が完全にバカだったという事か……。

「……はぁ、じゃあお祭り頑張れよ……」

「あー!シンくん行ってしまうのかい?」

「なんだ?何かまだ用事でもあったか?」

「……これからお祭りが開かれるという事は……それはつまり、重いお祭りの道具を運び出したりするってことっさ !?」

「それで?」

「それでって!?こんな小さくか弱い女の子に、そんな重労働をさせようというのかい!?シンくん!!?普通だったら、しょうがない、手伝ってあげるよとかいうシーンでしょうに!?」

「……いや、自分の体の倍以上もあるクマを背負っている女にそう言われてもなぁ」

「ええい!この引きこもり男め!男ポイント-3だよ!今すぐ正真正銘の男にしてやるから覚悟するっさ!というわけでレッツゴー!!」

「あ!?お……おいカザミ……」

カザミネは俺の迷惑とかそういうことは全て考えずに、空の醤油の瓶を片手に持った俺の左手を取り、足早に走り出す。

「君に足りない男気ポイントを取り戻すチャンスだよシンくん!これさえマスターすれば、もしかしたら私みたいな美少女だってものにできるかもよん!?」

「いや!?お前くらいのしかものにできないんだったらむしろ磨きたくもないから!俺は今から醤油を買わなきゃいけないんだよ!? おい、聞いてんのか!カザミネ!おおい!」

この手を引かれる感触には覚えがある。

どっかの姫様も同じように拒否権も抵抗権もなく俺を引きずり回すのだ。

「はぁ」

デジャブのような感覚に俺はため息を漏らし。

俺は頼まれた醤油の事を考えながらどう考えても面倒事が押し寄せてくる予感しかしない場所へと強制連行されていくのであった。

                       ◆

「……っだぁ……はぁ……はぁ……くそったれ」

「ほらほらシンくん!そんなことくらいで音を上げていちゃ情けないよい!」

「う……るさい……お前……1トンがどれだけの重さか……お前が持ってみろ……」

引き連れられた場所は意外にもカザミネの家であり、なんで狩人なんてしているんだろうと疑問に思うほど巨大な家と蔵から持ち出された酒樽の束を、俺は現在荷車に乗せて一人で運んでいる。

「か弱い女の子にそんな重たい物を持たせるなんて、シンくんも随分Sっ気が強いんだねぇ」

「……この野郎……」

悪態を突きながら、俺は荷車をのろのろと引き続ける。

これが舗装された道路ならばまだスムーズに酒を運び出せるのだろうが、何分ここはロシアの雪道、もちろんのこと降り積もる積雪は荷車の車輪を取り、移動速度を落とさせる。

「ほらほら、早くしないと酒が凍っちまうよ!?」

カザミネはと言うと、片手に俺の持っていた醤油瓶を持ち、何やら軽快なダンスを俺の目の前で踊っている。

恐らく、俺にやる気を出させるためのダンスなのだろうが……。

正直うざい。

「はぁ……くそ……はぁ……はぁ」

息は切れ切れであり、これだけ寒い場所に居るのに俺の体からは自然と汗がにじみ出してくる。


これならまだ、戦場で機関銃を銃座なしでぶっ放す方がましだ……。

そんな冗談を頭の中で俺は呟き、さらに一歩足を進める。


「ほらほら……こっちだよシンくん」

「あぁ……分かってるよ」

変な踊りを踊るカザミネに苛立ちを覚えながら、俺は言われた通り雪月花村の内部を進んでいく。

細い通路の入り組んだ住宅街を抜け、商店街を遠回りするように荷車を運んでいるため、当然のように商店街や冬月家までの道のように雪が完全にどけられているわけではなく、足を取られることは無くても、踏ん張りの利かない雪を踏みしめながら、どこまで歩けばいいのか分からないという感覚は、少しばかりの絶望と脱力感を感じる。

「……はぁ……はぁ……どこまで行くんだよ……」

「ん~、あと少しっさ。 この先を抜けた広場……。そうさね、この前赤い人がサッカーをしていたとこっさ」

「……あぁ……あそこか」

俺はそう言われて、記憶の中にある広場を思い浮かべる。 

ここにきて日が浅いという事と、道がやけに入り組んでいるという事もあいまって、上手く思い出せなかったが、カザミネの言葉により、俺の中に広場の位置が正確にインプットされる。

子供たちの遊び場となっていた、そこそこ大きな公園……なるほど、あそこで祭りを開くとなれば、当然村人もよってくるだろうし、これだけの酒は必要になってくるか……。

「ほら……ついたっさ」

「やっと……ついたか」

呆れ半分、疲れ半分のまま俺はゆっくりと荷車を広場の中に入れていく。


先日長山と共にはしゃいでいた子供たちの姿は今日は見当たらなく、広場にはただ一つ大きな太鼓のみがぽつんと置いてあった。


ただ静かに……白い世界が広がる広場はどこか寂しく神秘的で、何か感想の一つや二つ思いついても不思議ではないのだが。

「はぁ……」

疲れた体は正直であり、俺は大きく息を突き、荷車を降ろして雪の上に倒れこむ。

本来なら自殺行為だが……今は火照った体が冷えて気持ちがいい。

「お疲れ様~シンくん」

そんな俺を、カザミネはまたもや変な踊りを踊りながら見下ろして声をかける。

くそったれ、結局手伝う素振りも見せなかったなこいつ……。

「……そういえばカザミネ、他の狩人はいないのか?」

「他の面々はお祭りで用意する食料の調達と、お酒の買い出しで手いっぱいだそうでして、なんかしらないけど。祭りの準備は若輩者の私の役目なんさ」

「なるほどね……つまりは雑用押し付けられたってわけか」

「そうともいう」

楽しそうにカザミネは笑顔でブイサインを作り、俺は巻き込まれた不幸にため息を漏らす。

「やれやれ」

「まぁまぁ、そんなに不幸そうな顔しなさんなって、こうして一番の難所は潜り抜けたんだからねぃ」

「やったのは俺だがな……」

「あっはは、いやぁそこのところは感謝しているよんシンくん」

「……どうだかな」

俺は雪の上から立ち上がり、雪を払って近くのベンチに腰を下ろす。

と、カザミネもそれに続くように隣にちょこんと座ってきた。

「なんだよ?」

「んー?ちょいちぃ休憩っさ」

「何もしてないのにか?」

「君を応援する舞を舞ってあげたじゃないかい!?通称狩人 ザ ファイヤー。これを私みたいな女性が躍れば、男の子は色々なところがヒートアップ!アドレナリンとかそういう色々なサムシングがもりもり分泌されて、疲れも取れるという事っさ!」

「……どちらかというとファイアーじゃなくてフィアーだったな。恐怖と気持ちの悪さで疲れが三倍増しだった」

「がぼん!?ひ、酷いっさ!いくらなんでもそれは言い過ぎというもんだよん!」

「そうか?こちらとしてみては苦言を三倍増しにしたとしても許されると思っているんだが」

「うにゅぅ……なんだか君といると、女として自信がなくなってくるっさ」

「そりゃいい。ついでに口数も減らしてくれるとありがたいんだが……」

「存在全否定!?」

「うるさい声は疲れに響くから、今ぐらい大人しくしてりゃ、年相応の女に見えるからな……その容姿に正当な評価ができる」

「それはつまり?」

「黙っていれば……まぁ容姿はいい方だな」

むしろレベルが高い部類に入るだろう。

「ふ……ふぁい!?なななななな!?いきなり何をいいだすんさシンくんは!?」

あ、褒めるとこういう反応するのか……案外面白いな。

「わわっ私の素晴らしいトークが理解できないなんて!?君が低俗な証拠っさ!だから私は容姿も言葉もあいまってサイキョ―なわけでありましてからに!?」

「大丈夫かカザミネ、いつも以上に言っていることがわけわからなくなってるぞ」

「う!うるさーーーい!そういうお前はお父さんだ!」

「どういう意味!?」

「も、もう君は!!あんまり人をからかうもんじゃないさ!」

「むぅ、ごもっともな意見だがお前にだけは言われたくはない」

「黙るっさ!まったく!祭りの準備も飾り付けも私がやっておくから!君はもう帰るっさ!」

「……それまで俺にやらせるつもりだったのか。まぁ、そろそろ時間だからな帰らせてもらおう……あんまり無理するなよ、カザミネ」

「……わ……私は狩人っさよ!こんなことで疲れたりなんかするわけないっさ」

「そうか……それは悪かった。 じゃあな」

「…………うん……分かったっさ」

カザミネはそう一度うつむいた後そう呟き、俺はそのまま荷物をもって、広場を抜ける。

「やれやれ、よくわからない手伝いをさせられてしまったもんだな……」

買い物もまだ終わっていないし……時間も時間だ、いい加減戻らなくては。


そう、俺は思案しながら、荷物の中にある醤油の瓶を確認すると……。

「あれ?」

空だったはずの醤油の瓶には、なみなみと醤油が揺蕩っており。

同時に……。

「……これは、チョコレートか?」

買った覚えのないお菓子のようなものが入っていた。

「……いつの間に……」

感謝の気持ち……のつもりであいつがいれたのだろうが……。

「……不器用な奴」

恥ずかしがり屋な狩人に俺は苦笑をもらしながら、俺はそのまま帰路につくのであった。

                       ◆


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