プロローグ3
道に点々と続く少女の血痕が、十字路等々が現れても迷わずに真っ直ぐ進めさせてくれる……。
それをたどっていけば、この仮身工場【プラント】を作った動力室へたどり着く。
ゼペットは怒りで大気を震わせながら、一歩一歩その血の跡を踏みしめる。
―――――-
「ここか」
仮身が吊るされた道の奥に存在する巨大な扉。
悪魔による神への反乱が描かれた扉……。
まるで、人と仮身のようだ……ゼペットはそう思い、その扉を強引にこじ開ける。
ギィ
という重苦しい音が響き、同時にゼペットはその光景を凝視する。
「……」
見えるのは紅……臭いは鉄。壁一面に血が塗りたくられたどころのレベルではなく。
浸水したかのように扉を開けると同時にその隙間から赤いものが流れ出る。
正に地獄……言えば地獄に存在する血の風呂の水源というべきか?
おおよそベッドとも呼べないであろう鉄のテーブル。
そこに縛り付けられた人間達からは常に血が流れ続け、全身にチューブのようなものをつけられた少女達は苦悶の声を響かせながら、壊れることも許されずにただただ生まれてきたことを呪い続ける。
中には刃物が全身に突き刺さっている少女がいた。
中には首が半分取れかけているものがいた。
中には薬物で生死の境をさまようものがいた。
「こんな……ものが」
聞こえる叫び声は空間内を埋め尽くし、部屋の中を反射して不協和音を奏でる。
おぞましい……というのが正しい表現だろうか。
ゼペットは嫌悪感に吐き気を覚えながら想像以上だと吐き捨てる。
この場所は、人をベースに作られた仮身を材料とした 巨大な実験場。
そして。
「……貴様が……この工場の主か……?」
ゼペットの侵入になど目もくれずに絶叫を上げる少女を解剖する男。
白衣を赤く濡らしながら叫び声を上げる少女を楽しそうに見つめながら笑うそれは呼びかけられ、鬱陶しそうにゼペットを首だけを向けて見る。
長髪の中年で目の下にはクマ、その白衣は元は白かったであろうに今では紅に染まり 、
手に握られたメスは止まることなく赤いものをかき混ぜている。
「なんだ、なんだ?アポイントメント も無しに私のプライベートルームを邪魔しないで欲しいな?君、新人か?あいつらも教育が成ってないな。しばらく外で待ってなさい。この娘 の体内 に水銀を仕込んだら すぐに行くから」
何かが切れる音がし、ゼペットは血の池に沈んでいた刃を拾い上げ渾身の力でその男へと投げつける。
「ひっ」
小さな悲鳴の後、その男に赤い線が一筋流れ、同時にその先で拘束されていた少女の拘束具が音を立てて砕ける。
「理解したかのぉ?」
「なんだ君、侵入者 だったのかぃ。やれやれ、こんな所に忍び込むなんてとんだ物好きなネズミだね?」
流れた血を人差し指でなぞり、振り返った男は退屈そうに血を舐める。
「ここは仮身工場だな?お前が作ったのか?」
「いや」
目前の男は笑いながら首を振り、両手を挙げる。
「私は唯の雇われ研究員さ。この馬鹿でかい工場を二人だけで管理しろなんてふざけた命令だったんだが、私としては兵器を増やせばそれ以外では好きなことをして良いとの条件は魅力的だった。だから喜んでここでの研究に協力させてもらっているよ……ああ、
自己紹介が遅れたね、私は白井 昭光だ。 アッキーとでもミックンとでも好きな名前で呼んでくれて構わないよ?」
ふざけているのか? 白井と名乗った男はその場で芝居がかった挨拶をし、その行動をゼペットは無視して話を続ける。
「……雇い主は誰だ?」
「さぁね、いきなり現れてココを任せてったらそれ以来音沙汰なしさ。何処の誰だとも、目的さえも何も言わないで消えてしまったよ。まあ私には興味が無いから良いんだけどね。もう話は終わりか?私は何も知らないし、もう何も話すことはない。
さっさと消えてくれ、私は忙しいんだ」
そう言って男は振り返り、さらに少女の解剖を続けようとする。
「忙しいだと?無抵抗の女を縛り上げていたぶるのが仕事とは、随分とふざけたサイコ野朗だのぉ?」
ゼペットは笑いながら男を挑発する。
「なに?私は医学を行っているだけだぞ?新薬の開発、新しい外科治療法……
人を助けるために、この人形達は犠牲になるんだ!?むしろ唯の木偶が私達人間の役に立てるんだ、感謝して欲しい位だよ」
さも当然と言ったように男は笑う。
この男は仮身を人とは見ていない……そんな白井に、ゼペットは問う。
「では問おう、仮身と人は何が違うと言うのだ?」
仮身の構造は人と変わらない。
兵器として生まれてされてさえいなければ、感情もあれば誰かを愛することも出来る。
なのに何故?我らと目前の少女達は違うのか?
ゼペットはそう問う。
だが。
「ひっ……愚問だな。そんなの簡単な話だ」
その男は笑い、
「っ!!」
手に持っていたメスを、隣で苦しんでいる少女の腹部にねじ込むように突き立てる。
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?!」
「こんなことをしても死なない!こうやって何も飲まず食わずでも死にゃしない!それだけで人じゃない、いや動物でもない!?じゃあなんだ!?唯の人形だ!そんな唯の人形を壊して誰が俺を責める?誰がこいつらの痛みを、苦しみを、死を悲しむ!」
その楽しそうな声は、少女の絶叫と雑ざって混沌を生む。
「下種が……」
ゼペットは怒号を押し殺して白井をにらむ。
だが白井は関係ないといった感じに少女に被せられたシーツから滲んだ赤いものを舐めてそれを少女の顔へ吐き捨てる。
「っち。木偶は血の味も木偶だな」
止まらない……ゼペットはその男への怒りを止められない。
目の前の男の残虐な仕打ちに苦しみ耐える少女達の何処が木偶であろう?
こんなに悲しそうに涙を流す彼女達の、何処が木偶なのであろうか!?
「……最後に一つだけチャンスをやる……このプラントを我に寄越せ……それで、見逃してやる」
「はぁ?何言ってんだぃ君。侵入者はココで消えるんだよ!」
そう言って白井は指を鳴らし、仮身を起動させる。
「護衛用の仮身だ。雇い主の命令で外の仮身は使えないが、この部屋だけでも二百はいる。
まぁ俺以外は見境なしに殺してしまうだろうけど、いいか、また作ればいい」
揃った仮身は同じ仮面を被り、黒色の装甲を光らせ、刃物を揺らす。
軍隊のような陣形を組んだその仮身達は、第一陣第二陣第三陣それぞれ相手を殲滅するに最も適した構えを取る。
武装した街を一つ、たった二十分で地図から消した兵力が目前に立ち、殲滅の合図を待つ。
「……そうか、分かった」
だが、ゼペットは嬉しそうに口を緩める。素直に明け渡されていたら、この男をぶちのめせなくて困るところだったと……。
「あまりの怖さで頭が可笑しくなっちゃったみたいだね!じゃあもう、死になよ!」
白井は興冷めとばかりに片手を挙げて、殲滅の合図を送る。
同時 に走る殺人人形。
その速度はゼペットと仮身達との数十メートルの距離を一瞬に零にし、その首と胴体を離そうと刃を地面と平行になぎ払う。
だが。
「望み通り……冥府へ叩き落としてやろう!」
「!?」
ボギリ……という音と共に、仮身の刃は地に落ちる。
振るわれた刃はゼペットの手のひらで止まり、握られた五指に文字通り握りつぶされ。
「GRUAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
即座に顔面を握られ 、仮身はそのまま地面に叩きつけられて頭蓋を木端微塵にされる。
巻き上がるコンクリート片……飛び散る血液と混ざり合う仮身のオイルが空中に跳ね、
その飛沫を顔に付けたままゼペットは敵将を見つめる。
「この娘達!我が貰い受ける!!」
◇