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第三章 桜と深紅と朝食と

12月1日

目を覚ましたのは、いつもの屋上。

きっかり四時二十分に仮眠から目を覚ました俺は、周囲に異常がないことを確認したのち、顔を洗いに一度屋上から離れる。

まだ静けさが残る冬月の城の廊下は暗く、足元が軽く見える程度の明かりは設置されてはいるが、昼間とは違い何やら不気味な感も少しばかりする

と。

「わぁ!!」

「……」

不意に目前に、何やら白いものを纏ったものが両手を上げて現れる。

「何してるんだ?桜」

「桜じゃないよ~、お化けだぞ~」

「……」

「がおー」

「ワービックリシター……じゃ」

「ちょっ!?待ってシンくん!?酷い!なんかその反応は酷いよ!?」

「うるさい奴だな、反応してやっただろ」

「だからって、いくらなんでも棒読み過ぎだよ今のは!?」

「いや……だって怖くなかったし」

「鋼鉄の心臓!?」

「だとしたら、世界中の人間の半分以上が心臓がダイヤモンドでできてるだろうな」

「そっか……人体の神秘を感じるね……」

なにやら、会話が噛み合ってない。

「……もしかしてお前って、バカなのか?」

「ふえ!?ななっなんで!?」

慌てて着物の袖を振っているところを見ると、どうやら自覚はあるらしい。

「はぁ……しかし、随分と朝が早いんだな」

「まぁね、私これでも当主だから。今日も仕事山積みだよ~」

「……意外だな。仕事は全て石田さんがやっていると思ってた」

「そんな無責任なことするわけないでしょ! 冬月家当主は私なんだから」

「……そうなのか。しかし、これだけの資産を有してるなら、娘は仕事なんてしなくたって……」

「私が良くても、他は良くないよ!いくら部下が優秀だからって言ったって、幾多の企業を束ねるトップが死んだなんて大事は会社の経営に影響するし、社内の椅子取り合戦なんて醜い争いで会社が傾くなんてことになったらそれこそ眼も当てられないでしょ?みすみすそんな事にはさせないわよ。だから私が父さんだって偽って、さもお父さんが生きているかのように振る舞ってるわけ」

「……」

「?どうしたの?」

「いや、お前の事が良くわからなくなってきた」

馬鹿なのか……それとも天才なのか……。 

まぁしかし、責任感が強い奴という事だけは今の話を聞いて良くわかった。

「ふえ?」

「いや、別にいい。ところで、長山はどこにいる?」

「え!? えと、い……今は私の部屋で……いるよ!!」

「……そうか、じゃあ少し話があるから部屋に失礼させてもらおう」

「え!でもいま龍人君は着替え中で!」

「男同士だから問題ないだろ」

「えと!それはそうなんだけど!」

「入るぞ」

「あー!?」


扉を開けると案の定、ご丁寧に桜の部屋に布団まで敷いて花提灯まで膨らましているバカがいた。


「……えと……これはその……ね?」

「桜……少し部屋から出ていろ」

「ふえ!?」

「目に毒だから」

「ふええええ~~!?」

扉を閉め……俺は目前のアホのこめかみにクローバーを押し当てる。


「おい。起きろアホ」

「ふえ……?ごめん桜ちゃん……もうちょっと寝かして」

「……そうか、だったら永眠していろ」

「へ!?」

「ファースト アク」

「ちょちょちょちょ!!しししししし!深紅ううううう!?」

全身の筋肉を使い、長山は反射的に銃の射線から離れようとするが、その頭をすかさず鷲掴みにして、俺はさらに話を続ける。

「さて、今ここで何をしているのか教えてもらおうか」

「え!えと……これには深いわけが……実は」

「どうせ桜と一緒に遊んでたらだんだん眠くなってきて、そしたらご丁寧に桜が布団用意してくれたから、桜に俺を中に入れないようにって口止めした後夢の中にゴートゥーヘヴン……とかそういう流れだろ?」

「っひいいいいいい!?だからなんで分かるのおおお!?」

「仮眠ならまだしも!本格的に花提灯垂らして対象より寝る護衛がどこにいる!!」

「いやあああああ!?シンくん!シンくん許してええええええ!」

                    ◆

「……おやおや、どうしたんですか長山様……頭にすごいたんこぶが出来てますよ?」

「気にしないでください……」

深紅に喰らったげんこつで、赤々と腫れ上がった頭頂部を一度さすり、俺は朝食を口に運ぶ。

「あんなに怒る必要ないのにね、シンくんも」

そんな俺の頭を、サクちゃんは慰めるように撫でてくれる。

本当に優しい子だよこの子は。

目前に並んだ朝食は、ごくごく一般的なご飯、味噌汁、そして鮭の切り身を焼いたもの。

全てがすべて石田さんが用意したものであり、味も質も天下一品なのだが。

当然の事、この世界三大富豪の少女の屋敷のテーブルには似つかわしくない事この上ない。

「サクちゃんってさ、前々から思ってたけど、時々金持ちっぽくないな?」

「なんで?」

「いや、普通金持ちって湯水の如く金を使うって言うイメージがあったら」

「……ん~確かにね~……でも私、高級なものも一般的なものも同じくらい好きだよ。ほら、田舎娘体質だから、食べるものもフォアグラもたくあんも同じくらい好きだし」

「流石にそれはフォアグラだと思うんだけど……そういうもんなの?」

「そ、高級な料理がおいしいっていう考え方は三流の考え方だよ。一流のシェフっていうのは、どんな料理でも最高級においしく作れるんだよ。石田のようにね」

「おほめに預かり光栄にございます……桜様」

石田さんは一礼をして、桜のグラスにコーラを注ぎ込む。

「そういうもんなのか?」

「そういうもの。唯高ければいいってもんじゃないの、その品質や使用目的達成能力の高さを兼ね備えた上で高いのならばお金は出すけど、意味のない唯高いだけのものなんて、それこそ金持ちを対象にした詐欺。それに引っかかる金持ちは、三流ってことなの」

サクちゃんはそう金持ちについて語り、グラスの中のコーラを飲み干す。

「……確かに、桜様は高級なものはすぐお壊しになってしまいますからね」

「ちょ!?石田!そういうことは言わなくてもいいでしょ!?」

「ふっふっふ……きちんと言っておかなければ、長山様が誤解されてしまうと思いまして」

「私そんなに狂暴じゃないー!」

「あぁ、そういえばこの間、液晶テレビの映りが悪いと言って、斜め四十五度の角度からストレートを放って壊してましたね」

「ふええええええええ!?なんでそんな余計なこと言うの!!いう必要ないでしょ!」

石田さんは珍しく意地悪そうな顔を浮かべて、桜をからかっている。

本当にこの二人は主従関係というよりも、親子と言った方がしっくりくるなぁ……。

「桜様は怪獣でございますからね」

「桜は怪獣じゃないー!!」

俺は、そんな家族水入らずのほほえましい光景にどこか新鮮味を覚えながら、グラスに注がれたコーラを飲む。


成程、確かにこいつは一本一ドルの飲み物にしてはうますぎる


「ところで龍人君。シンくんは?」

「ん?」

朝食を終え、食後に出された煎茶をサクちゃんとすすっていると、不意にそんな言葉をサクちゃんは言った。

「龍人君がたんこぶを作った後、すぐにどっかに行っちゃったみたいだけど……」

「屋上で見張り続けてるぜ?」

「ふえ!?一人で? ご飯は?」

「食事なら後程運ぶようにおっしゃられております故、私が後程」

「そんな……朝ご飯はみんなで一緒に食べた方がおいしいのに」

「桜様、必ず誰かが一人見張りに立っていなければ、意味がないでしょう?仮にもあなたは命を狙われている身……食事中には襲われないと言う保証などないのですよ?」

「大丈夫よ!食事の時間は相手だってご飯食べてるんだから襲ってこないよ!」

「どこのイタリア兵ですか……それに、それは夜の話です」

呆れるような諭すような石田さんの口調に、サクちゃんはふくれっ面をしながら何かを考えるような素振りを見せて。

「だったら」

                  ◆


「冷えるな……」

暖房の術式に、空調固定の術式により、俺の体感温度は大体零度。

ロシアのブリザードよりはましだが、これだけの術式を用いても気温がプラスにならないという事を考えるといかにこのロシアの自然が、すさまじい力を持っているという事を否が応でも思い知らされる。

「……そろそろ食事が終わるころか……長山に少し見張り代わってら……」

「ばぁ!」

「おわっ!?」

「やった!シンくんびっくりした!」

「あぁ……びっくりした……かなり」

一応、この屋上には誰かが通ったことが分かるように術式を張り巡らせてあるのだが、……まったく気配を感じなかった。

「まさか、この数時間の間に隠密のスキルをラーニングしたというのか?」

「おぉ!なんだかよくわからないけど人体の神秘!?私の体はいつの間にか!影のような不可視の存在になっていたというのかな!?」

「別名 影が薄い」

「ふええええ!?酷いよシンくん!?冗談でも酷いよ~!気にしてるに!」

「あ……すまん、つい」

「もう、せっかくご飯持ってきてあげたのに! 帰っちゃうよ」

「そうだったのか、ありがとう」

「うむ、素直でよろしい。この石田が作った朝食セットを上げよう」

「そりゃどうも……」

桜のノリに一度ため息を突いて、俺はお盆を包んでいるラップを外す……と。


「……桜。今日の朝食は冷凍食品だったのか?」

「そんなわけないじゃない。石田が丹精込めて作り上げた天下一品の朝食よ!」

「なるほど、ではこの凍りついた食事は俺が疲れているが故の幻覚か」

「ふえ!?」

俺の目前にあるのは、そんな天下一品の食材ではなく、どうみても保存用に冷凍庫に入れられ、凍てついた魚と氷になった味噌汁、そしてガッチガチの米の塊だ。

「ふえ!?ふえええええええ!!そっか!?外-40度だから凍っちゃうんだ!?」

「何年ここに住んでるんだよお前は」

「えと……十五年?」

「よく今まで凍死しなかったな……」

「引きこもってたからね!」

「そこは胸を張るところじゃない」

「そうなの?」

「そうだよ」

「へぇ。でも私お父さんにも石田にも、村の外どころか村にもあんまりつれていってくれないから、外の事はよく知らないんだよね。 知識として外の世界は識ってはいるけど、この眼で見たことはないなぁ……」

「……」

そう達観したように屋上から村の方向を眺める少女はとても寂しそうで、俺は何故かその姿に、もったいないという感想をもった。

「だったら、今から知ればいい」

「ふえ?」

「一か月後……お前は自由になれるんだろ?」

「え……あ、うん」

「だったら、全部終わったら世界を見て回れ……お前のちっぽけなイメージなんて到底及ばない程、この世界ってのは美しい」

もちろん……その分、想像も及ばない程汚いものもあるのだが……。

「……ほんとう?」

桜は興味を持ったような表情をして、白き雪の森に向けられていた視線をこちらに向ける。

「何も知らずに、ただこの村にとらわれているんじゃ……人形と変わらない……。人には、見たいものを見て、聞きたいものを聞き、知りたいものを知る権利がある……。それは、たとえ親だろうが奪うことが出来ない。誰一人、何一つ持たずに生まれてくることなんてないんだから」

「……………そっか……じゃあシンくん」

「?なんだ」

「全部終わったら……私を日本に連れてって」

「日本に?」

「桜が見たいんだ……私、自分の名前の花なのに一度もこの眼で見たことがないの……だからお願い」

「…………良いだろう。全て終わったらな」

桜の命はあと一ヶ月……。

だから、この約束は叶うことはなく……俺は罪悪感と共に、そう頷いた。

「どうしたのシンくん?」

「桜の花を見たことがないなんて可哀そうだなと思っただけだ」

「そんなに綺麗なの?」

「あぁ、期待をさせるわけではないが、お前の名前に違わぬ美しさであることは保証しよう」

だが、そんなものにのまれている場合でもない。



桜を護衛するにあたって、任務の範囲では国外逃亡も視野に入れることになっている。

その際、桜のストレスを少しでも軽減させるために行きたい国を聞いてみたが……。

日本であるならば俺も行動がしやすいし、敵も世界最強の兵団が潜む日本にはうかつに手は出せないだろう……。

「へぇ……日本って素敵な場所だね。桃色に、緑色、赤色……季節が変わるごとに、いろんな色が世界に広がっていくなんて……それに比べてここは……白しかない」

「……これからいろいろな世界を見て行けばいい……そうすれば、ここの白の美しさも、分かるときが来るさ」

「……シンくん」

「……少し、外国の話でもしてやろうか?」

「!!本当!?」

「あぁ、仕事上、外国を転々とすることが多いからな……色々と知っているつもりだが……」

「本当!!じゃあ!」

桜はうれしそうな表情をして、俺に詰め寄ってくるが……。


「…ぐううう」

「あ」

「……すまん」

長くなりそうな話に対して、俺の腹が何か栄養を入れろと抗議の音を鳴らした。

「……ううん、ご飯、こんなカチカチじゃ食べられないだろうから、食堂まで一緒に行こう。シンくん」

「……あぁ」

その後、俺は長山に見張りを代わってもらい、一時間ほど朝食を取りながら、桜に旅先であったことなどを話した……                          


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