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第二章 冬月 桜 17

 11月29日

吹雪の止まない雪月花村。どうやらサクちゃんと何か一悶着あったらしく、

友人は俺に見張りを任せて一人森へ行ったきり……。

今日も、俺が行くというのに石田さんと二人で森へと言ってしまった。

彼ら曰く俺がサクちゃんの護衛らしいが、あの二人を越えられる連中でもなかったため、はっきり言って暇なのである。

しかしまぁ、深紅には悪いがこれから見張りは俺には一日一時間が限界だ。

あんな寒いのは一晩で十分だ。

あの寒さでは氷漬けになっちまう。あいつよくあんなところで見張りなんてしてられたな。

どっかの誰かが言っていたが、本当に地球砕いたらかき氷ができそうだぞこりゃ。

さっさと屋上から退散し、俺は扉を閉める。部屋の中の暖かさがしみじみと染み渡り、本当に日本ってのはぬるま湯につかった国なんだなと実感する。

「ん?」

さっさと自分の部屋に戻ろうとすると、深紅の部屋の前にたたずむサクちゃんが目に入った。

「何してるんだ?サクちゃん。そんなところで」

「あ……龍人さん」

白髪を揺らしながらこちらに気が付く桜は、顔をうなだれたままそう言葉を漏らす。

その姿は、雪の女王でさえも虜にしてしまうのではないかと思ってしまうほど脆く美しく映った。

どうやらまだ深紅にいわれたことを引きずっているらしい。

「深紅と何があったんだ?」

「友達になろうって言ったら、断られちゃったんです」

やっぱりな。

「なんて言ってた?」

「お前と俺は、一ヶ月だけの関係。余計な情は仕事に支障をきたすって……」

今にも泣きそうな少女は、それでも必死に俺に笑顔を見せる。その悲しみは決して友達になれなかったからではなく、自分が深紅を傷つけてしまったことを薄々感じ、それを後悔しているのだ。

「やれやれ」

本当に苦笑を交えながら、俺はサクちゃんの頭をなでる。

「龍人君?」

「お前らは本当にそっくりだよ」

理解できないと首をかしげるサクちゃん。だが本当に、他人の心配しかしないところと、いつも自分一人で責任を背負おうとするところが、妙に深紅と重なる。

黒と白、血を見たこともないお嬢様と、戦場の鬼人。そんな対照的な二人が、根っこのところは全く同じなのだと気づくと、これは苦笑をするしかなかった。

「な、なんで笑うの?」

どうやらこの笑いをサクちゃんはまじめに聞いていないととらえたらしく、口をフグがフグ刺しにされる寸前のように控えめに膨らませる。

「あっはは……悪い悪い。でも、たぶん大丈夫だろ。あいつのことだ、仕事が一段落ついたらすぐに態度も変わるさ」

「そういうものなの?」

「そういうものだよ。ただ今は、奴にとってサクちゃんがまぶしいだけで、なれてしまえば簡単に接することができるはずだ。だからもう少し頑張ってくれないか?」

「……うん」

その迷いのない返答は本当に健気な少女のイメージそのまんまで、俺は本気で深紅に小一時間説教してやろうと思った。もちろんできるわけないから想像で、そんなことできる奴は世界最強の生物だけだっての。

「ありがと、龍人君。私、このままでいいのかな?」

「もちろん」

笑顔が少しだけ戻った少女は、やはりまだどこか憂いを残した笑みだ。しょうがない、ここはムードメーカーの俺こと長山龍人の出番か。

「ほらほらサクちゃん、そんなことより今日はさ面白いもんあるから一緒に遊ぼうぜ?」

話を無理やりそらすように、取り出したジェンガ。どうやら彼女は初めて見るものだったらしく、興味津々のようだ

「これどうやって遊ぶの~?」

目を輝かせながらジェンガの箱をあちこちの角度から見るサクちゃんの手を引いて、俺はサクちゃんの部屋の扉を開けて中に入る。

そこから始まったのはいつも通り。

この広い城で独り過ごしてきた少女は人と過ごす時間を精一杯生きて、俺はそれに対し本気で楽しむ。

特殊部隊の人間として育てられてきたため、深紅のような真面目な男から見れば、俺はただの怠け者といわれるかもしれない。[

だけど、俺はまだ十五なのだ、こうして遊んでいても、別に罰はあたらなだろう。

そしてそれと同様に、サクちゃんにも罰は当たらないはずだ。

                      


                     ◆

吹雪の舞う森の中。笑いながら組木をする少女の姿を、ナイトヴィジョンスコープを付けたSVDスナイパーライフルが捉える。

最も射撃の腕が高い人間のみが所持を許されるそのライフルは、雪の中でゆっくりと目標を十字に捉える。

距離は約300m。森に仕掛けられたブービートラップはすでに後ろで待機している人間が解除した。あとはこの引き金を引けば任務は完了する。

「ふん、あのトラップの念の入れようは感心できるが、あの程度で安心しているとは。やはり小国程度の援護では話にならないな」

周りで気を失っているボディーガードをロシアの特殊暗殺部隊は鼻で笑い。

引き金に指をかける。

「お休み」

放たれる銃弾は寸分の狂いなく、少女の頭蓋を捉え。

「!?」

弾かれる。

「十六人。なるほど、残りの兵は森の奥か」

吹雪の中、暗視スコープは目前から歩いてくる死神を見る。

手には二本のトンファー。術式を知らない兵士たちは、今起こった現実を理解できずにただ目を丸くしてその死神の存在を直感で危険だと悟る。

「っつ!」

兵士の一人がその直感のままに銃を放つ。銃弾が立て続けに発射される音。

それに続くかのように残りの兵士たちが老人に向けて各々敵をハチの巣にする。

「むだですよ」

しかし、確かに目前にいたはずの老人の声は、いつの間にか背後から響く。

いつの間に?どうやって?そんなことを考える余裕はない。

「ヒ!」

急ぎ振り向き、全員が恐怖のままに銃を放つ。

「はぁ……はぁ……はぁ」

「ですから、無駄ですよ」

しかし、それでもやはり声は背後から聞こえる。

吹雪の風を切る音しか聞こえないはずの森の中、なぜか彼らはオオカミの喉鳴りを聞き。

白しか見えない世界で彼らは背後に黒い冥府を見ていた。

「死神とは常に、相手の背後にいるものです」

背筋を舐めるような悪寒が耳から背中をなぞり、そこで初めて彼らは気が付く。その男は、人ではなく死神なのだと。

断末魔は吹雪に消え、見るも無残な死体たちは、誰にも見られることもなく、雪の下へと埋もれていった。

                     ◆

「……先行した暗殺班は逝ったか」

さも当然のようにロシア支部対大量破壊兵器専門部隊は銃をとる。

「人間用の暗殺部隊程度じゃあ仮身一体の戦力にもなりはしない」

一人の男が術式保護のされた銃を、乾いた音を鳴らしながら構える。

その眼には暗殺班とは異なり暗視ゴーグルはない。スコープなどに頼らなくても、術式を使うことができるものならば、視力を少し強化すればこの吹雪に目をとられることも、身体強化で雪に足を取られることもない。

先行した部隊はなにやら自分達が任務達成のための撒き餌だとも知らずに、自分達の優秀さを自慢げに話していたが、確かにおとりとしてはとても優秀な絶叫を森に響かせてくれている。

彼らが敵からばればれの場所で狙撃を行い捕食者達の気を引いてくれたおかげで、この作戦は思ったよりも簡単に終了してしまいそうだ……。

そう、部隊長は思案し部下達に突入の合図を送るため片手を挙げる。

「仲間を囮にしたわけか」

隊員は六十人。その兵力はA級仮身六体とも互角に渡り合える精鋭揃い。

にもかかわらずこの雪と木以外何もない広い森で、誰一人として背後に隠れるわけでも忍ぶわけでもなく立つ男に気が付かなかった。

「撃てぇ!!」

振り上げた手は前方ではなく、迷うことなく標的へと向けられ、敵対するものの撃滅を命令する。

対大量破壊兵器専門部隊は、その程度ではうろたえない。

予想外のことが起ころうとも、確実に作戦は遂行する。

邪魔するものは全て排除。 そこに迷いは必要なく、障害も例外も

すべて打ち下ろされる撃鉄により一掃する。

それが彼等のやり方であり、それがロシア隊大量破壊兵器専門部隊の常識であった。

隊長の命令を耳にいれると同時に誰一人として狂いも遅れることさえなくそのアサルトライフルを標的に向けて掃射する。

いや、掃射する為に引き金に指をかける。

「……遅い」

しかし、そんなまっすぐな強さも判断力も死そのものに対してはまったくの無力である。いかに強くとも、いかに頑強であろうとも、皆平等に……当然に死は訪れるのだから。

「セカンドアクト」

その掃射よりも早く、深紅のクローバーから放たれた銃弾がトラップを打ち抜き、解除された罠を発動させる。


元より不知火深紅は戦場を生きる者。人の心理を突くことは得意中の得意である。

ワイヤーに足を引かれ、手榴弾を爆破させる程度のブービートラップでは、設置距離からして二~三人の命を奪う程度。六十人全員をまとめて殺すのであれば、誰も散らずまとまっているところで手榴弾を起爆させるのが最も有効である。

だからこそ、深紅は引っかかるためではなく解除して誰かが必ず所持しているようにするため、あのトラップを敷いたのだ。

「正義を実行する」

トラップを解除した兵士は誰もが思う。

他にトラップはあるか? そう、その時点でそのトラップへの関心はそがれるのだ。

しかし、その手榴弾に刻まれた魔導術式こそが、本当の罠だと気が付かずに、ロシア兵は何の迷いもなしに自ら罠を懐にしまったのだ。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「ヒベェッツ?」

耳をつんざくような轟音と爆風を響かせ、目印の術式をかけた手榴弾めがけて銃弾が内側から手榴弾を打ち抜く。


その轟音は吹雪よりも巨大であり、どこか獣の咆哮にも似ている。

一つの弾丸が引き起こした手榴弾の爆発は、次々に他の隊員のグレネードに誘爆し、次々に隊員たちを吹き飛ばしていく。

それはもう、戦闘ではなく惨劇に近い。

六十人いた精鋭が、弾丸一発で全滅。


軽傷で済んだ兵士もいるが、今起こった現実と目前の死神の殺気により、かろうじて意識の残っているものの生きる気力は完全に失われた。

「ば……ばけものぉ!」

兵士たちは目前の死に、涙を浮かべながら絶望する。

ぐったりする仲間を見て逃げ出す兵士はまだいいが。

「殺される 殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺されるコゴロザレゴロゴロサソロコロコロコロコロコロコロアーッハハヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」

目前の惨劇に耐えられず発狂し、雪の上を転げまわる者。

「オエエエエエエエエエエエエ!!」

緊張が限界に達して、中身をまき散らす者。彼らはそれだけで兵士であることを拒絶した。

動かず【動ける筈もなく】目前の死神が迫るのを【目を合わせたら死ぬ】ただ音のみで悟り恐怖する。

「ヒッ!」

深紅は一人の兵士の前で立ち止まり、兵士は恐怖のあまり目を開け……その眼を見てしまた。

「ア……」

闇よりも黒い瞳。深く清いその深淵なる黒は、悪を断罪する処刑者のそれでしかなかった。

「アヘ」

それだけで、彼の心は壊れた。急激な精神負担により、その兵士はすべてを閉じようとする。

笑いながら銃をとり、自らのこめかみに押し当てて引き金を引いて脳漿をまき散ら……。

「ガッ!?」

銃声が一つ響き、兵士の手から銃が吹き飛ぶ。

「勝手に死ぬな。帰ってボスに伝えろ。来るなら単体で来い。次からは全員を殺すとな」

戦意をそがれ落とされた兵にそう一言つげ、死帝は戦意を失った兵士たちを背に、ゆるりと森の吹雪の中へと身を消した。



雪の森に残された人間は、なす術もなくしばしそこに呆け正気を取り戻すと逃げるように早々に立ち去った。

                          

                      


                     ◆

「はぁ……はぁ」

流れる水の音は鼓膜を絡み付くようにうざったく振動させ、血の匂いがする手を、血の匂いのする水で洗い流す。

透明で綺麗なはずの水は、俺にはすでに赤色の液体にしか見えず。

血を洗い流している水の感触さえも、なぜだか粘着性を持っているかのように肌にまとわりつきウザったい。


手を見ると赤色。胃の中を悪臭を抑えながら、俺は息を切らす。

「いつになっても……慣れないな」

自嘲気味にそう呟くも、重く肺に沈殿したものは、数グラムも吐き出される気配は無かった。

被害は最小に抑えた、こっちに来た侵入者の死者は出ていない。

考えられる中で、最善の行動を俺達は取った。 

至近距離での爆発だったとはいえ、術式保護をされた重装備ならば手榴弾程度なら命を守れるはず。 

同時に爆発し、重症を負わせたために相手が錯乱しただけで、命に関わるほどの重傷者は一人も出ていない。

「……本当に?」

石田さんに任せた方は隊員半分が両腕をへし折られ、撤退。しかしこちらは、死人こそでていないが、その後の経過如何では死亡する可能性がある人間が二人出た。


果たして敵を分断する必要があったのだろうか? トラップも、もっと火薬の量を調整できたのではないか?


いつもこうだ。

頭では分かっていても、自分の行動が正しかったのかを考えてしまう。

もっと被害を少なくできたんじゃないか……もっとうまくやれたんじゃないか。

そんな後悔と不安が、人を殺した後には怨嗟のように俺にまとわりつく。

こればかりは、何度やっても慣れそうにない。


俺の手にこびりついた血の匂いは日に日に強くなっていき、洗っても洗っても落ちることはない。

もう、この匂いが現実の匂いなのか俺の幻覚なのかも良く分からない。

「大丈夫だ……やれることはやった」

無理矢理自分を納得させて、俺は平静を取り戻す。

いつかはなれるかと思っていたが、殺せば殺すほど中にたまるものは日に日に大きくなっていき、発作のようなこの吐き気も、少しずつしかし確実に長くなってきている。

一瞬でも気を抜けば、きっと自分を保てなくなる。

感覚も曖昧で、目に映るもの全てが俺を攻め立てているようで……自分を突き動かしていたはずの尊かったものも、血で汚れてかすんでしまって。

自分の行動は本当に正しいことなのか……それすらも今では自信が持てずにいる。


もしかしたら、俺はとっくに壊れているのかもしれない……。

俺のやっていることは全て無駄で……本当は誰も救われてなんていなくて……唯々俺は、自己満足で人を殺し続けているだけなのかもしれない。

それに気づくのが怖くて、俺は唯々凶刃を振るっているだけなのではないか?

そう考えると、俺はたまらなく怖い。



一度でも外れれば、俺は自分で自分を殺すことになる。

いくらぼやけていても、霞んでいても俺が歩んでいられるのは、一人でも多くの人間を救うという戦う理由があるから。

一人でも多くの人間を救うために、俺は一人でも多くの人間を殺すのだ。

全てを救うことなんてできるはずが無く、ちっぽけな俺に与えられたのは、ただ効率よく時間をかけずに一人でも多くの死に瀕する人々から障害を取り除くこと……。

その結果……被害が最小限に抑えられるからこそ、俺の行動にも意味があるのだ。

国家も思想も感情も意味は無い……ただ救った命の数だけが俺の行動を正当化する。


裏を返せば、人を救い続けることこそが俺に与えられた最後の逃げ道なのだ。

俺が正義であり続けなければ、俺に殺された人間の死がすべて無意味になる。

誰かが救われるために死んでいった命ならば意味があるだろう……だが、誰も救われずに死んでいった人々は……何のために死んだのだろうか。目的がいかに立派なものであったとしても、実現しなければそれは殺人鬼の気まぐれで殺された不幸な命と何が違うのだろう?

「大丈夫だ……大丈夫」

洗面台に自分の頭を打ち付ける。

「揺れるな……!迷うな…」

独り自分を叱咤し、曲がりかけた心を打ち直す。

だが……。もし、この村を消さなければいけなくなった時……。

懐から抜き出した銀色の銃身……。

コノ銃デ……カノジョヲ……。

「最低だな、俺」

どっちが悪役だか分かったもんじゃない。

俺がなりたかった正義は、本当にこんなものだったのだろうか?

ふと老人の言葉が思い出される。

尊いものは既に霞んで、その尊かったものに、自分が準じているのかどうかも分からない。


先日老人は、楽しかったと言った……だがこんなものが……俺は楽しいのか?

「不知火君?」

「!?」

不意に響き渡った声に慌てて銃をしまい、おれは声の主を睨みつける。

そこにいたのは、眼光に身を強張らせて小さくなる和服の少女だった。

「あっ……すまない。今出る」

手でも洗いに来たのだろう。昨日のこともあり、俺は気まずいので冬対の顔を見ることもなくさっさと横をすり抜ける。

残り一ヶ月の命の少女を、俺の血で汚れた手で汚すわけにはいかない。

俺と彼女は白と黒。 一緒にいてはいけないのだ。

「待って!」

しかしそんな俺を、俺のコートを震える手でしかし必死で掴みそういった。

「……なんだ?」

内心では動揺しているが、それでもいつもと変わらずに俺は冬月にそう聞く。

その手は怯えるように震え。

「あ……あの」

その声はとても掠れていた。きっと俺の血の臭いに怯えているんだろう。

誰だって殺人鬼のそばにいるのは辛い。 しかも俺は、何百 何千という人間を手にかけた殺戮者。こんなごく普通の少女と出会ってはいけなかったんだ。

「……無理しなくていい」

俺はその手をそっと振りほどき、そっと彼女の膝の上へと戻す。

今にも壊れそうなガラス細工のような冬月は、触れるだけで壊れるのではないかと思うほど繊細で、その手に触れている自分の手はまるで刃……触れるだけでその手を傷つけてしまうのではないかと怖くなる。

「不知火君……私」

冬月がそれを最後までい届けた後、小さな声で口を開く。

「……分かってる。俺が怖いんだろう?安心しろ、お前が一言消えろと言ってくれれば、俺はもうお前の前に姿は見せない お前と俺は住んでいる世界が違うんだ」

「え……」

桜が一度肩を震わせて、俺を見上げる。

「別に怒ってるわけじゃない。ただでさえ体の弱いお前に、心労を重ねさせては、護衛の意味がないと俺も思っていたところだ。人殺しとお嬢様……この二人が近くにいていいことが起こるとは思えない……だが長山は俺と違っていい奴だ。仲良くしてやってくれ」

少しでも彼女の言葉を引き出させやすいように、そのまま俺は黙り込む。

「……そうですか、深紅さんが私を避けてたのって、私のためだったんだね?」

「……」

無言で俺はうなずく……誰がどう考えても、俺と桜は互いに悪影響しか与えないだろう。

「だったら」

しかしそう一言冬月は言葉をためると、同時に乾いた音が響く。

「っつ?」

「見くびらないで!」

初めて飛ぶ冬月の怒号は、ただでさえ予想外だったにも関わらず

俺の聞いた台詞は、それ以上に到底予想だにできないものであった。

「え……?」

不意を突かれて桜を見ると、呆ける間もなく腕を掴まれる。

冷たいと思っていたその手は熱く。俺は壊れそうで脆いと思っていたその白い腕を、今ではただただ見つめることしかできなかった。

「怖くなんかないよ。……血の臭いなんてしないよ!!だって、不知火君は正義の味方でしょう!なんで怖がる必要があるの?」

震えが消えた冬月の手。怖いほど俺をまっすぐ見つめる。その眼は俺をしっかり見つめ、その透き通った眼は宝石のように蒼い輝きを灯している

「……」

俺は動くことも、言葉を発することもできない。

正義……多くの人を救うためと、多くの人間を殺してきた俺を……彼女は怖がらないといったのだ。

「不知火君はとっても優しくて、真面目で、何でも一生懸命で!」

彼女は、俺の知らない俺を並べる。人間としての感覚がマヒしているせいで、俺はもはや自分自身の事さえもよくわからない。ただ言えることは、争っている人間の一人でも数が少ないほうをいかに早く消すか。 いかに早く殺し、いかに早く次の戦場へ行けるか

そんな機械のような俺の、人間を見つけ出し、口に出して嬉しそうに微笑む少女の言葉を、俺はみっともなく否定する。

「なんで、そんなことがお前にわかる」

それは絞り出すように放たれた拒絶の言葉。抜身の刃が、その鞘によって他人をむやみに傷つけぬように、俺は他人を近づけないようにすることで他人を自分から守ると同時に、他人から自分を守ろうとしている。

どんなに仲が良くても、どれだけ愛していても、結局それを壊すのは正義を抱えている自分だから。それが悲しすぎるから、俺は極力他人との接点を消して生き続けるはずだった。

「わかるよ」

しかし彼女の言葉は。そんな俺を否定した。

「え?」

まるでその刃ごと包み込むかのように、少女の言葉は俺をしっかりと正面から受け止めてくれていて……俺は、どこかでその言葉を望んでいたように、反論も否定の言葉も思い浮かばなくて。

「だって、そんなに綺麗で真っ直ぐな目をしてるんだもん」

ただただ少女の言葉に、俺は救われ続けていた。


人を助けるために人を殺すのは正義の味方。

だから俺は、蔑まれながらこの身を削って人を救い続けてきた。

だから、俺には恨みしかなく、かけられる言葉は罵声のみ……。

それを俺は覚悟して生きてきた。

だが。

「ねぇ不知火君。だから自分が汚いなんて言わないで?」

そんな俺の血に濡れた手を、冬月は何でもなしに握り俺に顔を近づける。

「!?」

初めてまともに冬月の顔を見た。

「深紅くん」

もう一度その名を呼ばれ、俺は心臓が異常なまでに脈打っていることに気付く。

「もう一度お願いします。私とお友達になってください」

真っ直ぐな言葉に迷いはなく。

その瞳に恐怖は無く。

その思いに、偽りはない。

そしてその言葉に敵う拒絶を、俺は持ち合わせてはいなかった。

                       ◆

「お?ずいぶん長かったなサクちゃん……って深紅?」

「えへへ、お友達になっちゃった♪」

手を引かれ冬月の部屋に戻ると、そこには長山がいた。

現在俺と冬月は手をつないでいる状態……もちろんのこと。

「は~なるほど……」

なんて長山は意味深長なセリフを吐いて口元をいやらしく吊り上げる。

「何を考えてる?長山」

「別に?俺が思うよりも、お前手が早いな~って思って」

「悪いがお前の期待には応えられないぞ……俺はただ桜と友達になっただけだ」

「ほう、もう呼び捨てですか。うらやましい限りですね~?」

つい口を滑らせてしまった自分に後悔をして、俺は慌てて口元を塞ぐがもう遅い。

「わ~、ちょっとうれしいな。なんか名前で呼ばれると、距離感が縮まった感じするよね?」

当の桜は気に入ってしまったらしく、瞳を輝かせてこちらを見ている。

どうやらこのまま桜と呼び続けることになりそうだ。

「う~ん……でもそうなると、こっちも深紅くんじゃ他人行儀だよね?もう少しフレンドリーな呼び方あるかな?たとえばダンクシュートとか」

「桜、頼むからそれだけはやめてくれ」

そもそもそれはあだ名でさえない。

「サクちゃん。深紅のあだ名だったら、いい呼び名があるぜ?」

背後から忍び寄る恐ろしい声に、俺は背筋に悪寒を走らせる。

こいつが考案しそうなあだ名は一つしかない……。

「ちょ!待て長山!そのあだ名ってまさか!」

その昔、ランから付けられそうになった曰くありのあだ名。

色々と俺の不名誉が詰まったあだ名の為、長山に絶対に呼ぶなと念を押していたのだが……。

「何々?いいあだ名あるの?」

「桜もそんなもんを気にするな!?」

「シンってあだ名はどうだ?」

「シン?……」

「お前……そのあだ名は!」

「いいあだ名だろ?格好いいしさ♪」

「そうだね!シンくんって言いやすいし、すごい仲良くなった感じがする」

なにやら二人とも勝手に話がまとまってしまったようで、俺が静止をするよりも早く採用されてしまっていた。

「だから!」

「じゃぁ、君は私のことを桜って呼んで、私は君のことをシンくんって呼ぶってことで♪よろしくね?シンくん」

「……もういい……どうにでもなれ」

もう溜息しか出ない。

この表情から見るに、桜はこの呼び方を定着させるつもりだろうし……そうなれば俺は、今の桜を納得させられるようないいあだ名を考え付く自信もない。

どうやらこの恥ずかしいあだ名を受け入れるしかなさそうだ。

「よーし!さっそく三人で遊ぼう!」

子供のようにはしゃぎながら長山と俺の手を引く桜。

「はいはい」

それに少しばかりの不満と脱力感を抱えながらも、俺は桜の声に従ってジェンガの前に座る。

「あ、でもその前に友達になったことを祝して乾杯しないと!」

「乾杯?」

組まれた木のどの部分を引き抜けばよいかを早速吟味し始めると、桜は唐突に思い出したかのようにそう声を上げる。

「うん、龍人君のときもやったんだけど」

そういうと桜は一人立ち上がり、ベッドの隣に置いてある冷蔵庫らしきものを開く。


中から取り出されたのは黒い液体の入ったビン……コップを持ってこなかった所を見ると大金持ちのお嬢様がその液体をラッパ飲みするつもりらしく、長山はもう慣れたとばかりにまったく動じていない。

まぁ、確かにお嬢様とはいえ年齢もまだ十五の少女なのだから、ジュースをラッパ飲みしてもおかしくはないのだが。

俺にとっての問題はどちらかと言うとそのまがまがしい黒い液体だった。

「……どうした?シンク」

長山が俺の表情がくぐもってきたのを察したらしく、俺の顔を覗きこむ。

「……いや、その黒い液体はもしかして」

「もしかしても何も、世界で最も愛されている清涼飲料 コーラだよ」


瞬間、条件反射的に不知火深紅の体は爆ぜ、扉から逃走を開始した。

「ふええええ!?何でえええ!」

突然の逃走に冬月桜は困惑した表情を見せ、長山龍人に答えを求めるが。

「あいつ、コーラ嫌いだったのか」

状況から判断して長山は困惑する桜に答えを提供しながらも、友人の意外な弱点に苦笑を漏らす。

「むうううう!コーラが嫌いですって!?いくらシンクンでもこの素晴らしい人類の英知の結晶を嫌うだなんて許せない! 龍人君!追いかけるよ!」

しかし、長山の返答を深紅の逃走をコーラへの侮辱と桜は受け取ったのか、頬を膨らませながら立ち上がり、長山の手を引きコーラを片手に不知火深紅の追走を開始する。

「石田!今すぐこの家の扉を内側から開かないようにしなさい!シンくんを家から絶対に逃がしちゃ駄目よ!!」

「仰せの通りに桜様!」

石田扇弦の返答の瞬間、不知火深紅が脱走を図った扉に鉄格子が降りる。

深紅は瞬時に隣の窓へと体を向けるが、それよりも早く次々に冬月の城の扉 窓に鉄格子がおり、脱出不可能の密室が完成する。

「そこまでするの桜ちゃん!?」

「ぜええったいに飲ませてやるんだから!!観念しなさいシンくん!」

「そんな飲み物!飲めるわけないだろうが!」

深紅と桜はそうお互い譲れないものをぶつけながら逃走と追走を繰り返し、長山はそんな相容れない二人に苦笑を漏らしながらも、あとをついていく。

あれだけ距離が離れていたように見えた二人であったが、逃げる深紅も追う桜もどちらも必死な形相をしてはいたものの、どこと無く楽しそうであった。


冬の森の中での物語は……多分ここから歯車をかみ合わせたのだろう。

組まれた木が崩れるように……少しずつ 少しずつ。



ちなみに、不知火深紅の逃走と冬月桜の追走はその後一時間ほど続き、この逃走劇の決着は深紅の腕をつかんで追い詰めた桜が、うっかりコーラのビンを落として割ってしまうと言うなんとも間抜けな結末を迎えた。




                 ◆

雪月花村……そこにある小さな城は、今や難攻不落の要塞となっている。

そこに座するのは戦場でその名を知らないものはいない、

伝説の兵士~死帝~

その実力はもちろん、奴の行動には一貫性がなく狂人とも誉れ高い危険人物。

そしてもう一人は全世界の英雄を集める天才学者。~万物~その宝具の数はその名に負けず万を超え、そのすべてを使いこなすことのできる達人。

「手強いな」

ボリス・ラスプーチンは眉間にしわを寄せてつぶやく。

「あぁ……だが勝たなくてはいけないんだ」

そんな弟の肩をたたき、ジェルバニスは真っ直ぐに目標の写真を見据えて笑う。祖国……ロシアの未来を守るため……そうすでに口癖になった言葉をつぶやき、それを聞いて隣にいた少女は呆れたように肩をすくめる。

「兄さん……まだ一ヶ月あります。無理は禁物ですよ?」

冷静な長男 血気盛んな次男……そして融通の利かない長女。

そのバラバラな三人をまとめ上げる目的こそが、彼らの誇りであり、強さでもある。

「我等が刃は、力なき者たちの盾」

「はい」「おう」

未来ある命を一人でも多く救っていくこと。それが彼らが信じる正義の形。

その白銀の刃を光らせ、彼らは目を閉じる。

 





         この戦いで……すべてが決まるのだ。

                  

「のぉ謝鈴?」

隣の女性に笑いかけ、ゼペットはそう高見から眼下の村を見る。彼が立つのは森の木の頂点。

一本一本が五メートルを優に超すその木の中でも一皮高い木の上から、これから落とす城をまじまじと見つめている。

戦力も不明であれば、相手の策の下見すらしない。そんな彼を多くの人間は無謀とあざ笑うだろうが、彼にはそんなものは必要ないのだ。

その圧倒的な力を持って正面から敵を蹴散らす。

そのため、下見や戦力把握は全て無駄になってしまう。

だから彼は城攻めには策を用いない。

正面からぶつかり蹴散らし……策はすべて打ち砕く。

その信念のもと、一度も揺るがずに一直線に走り続けるゼペット。そんな真っ直ぐな彼を、覇王と呼ばずしてなんと呼ぼう。

「どこまでも……共に」

静かに謝鈴は瞳を閉じ、最愛の主の盾になることを自分に言い聞かせるように放つ。

人形……虐げられしものを救い、彼らに安息を与えること……その道こそ彼が信じる覇道であり正義でもある。

その道の先がきっと、笑顔に満ち溢れるものだと信じて……。


                 ◆

「……用意された駒は四つ。


            正義を数で定める抑止力。


            正義を心で定める王道。


            正義を国の未来と定める愛国心。

    

            そして、それを嫌う吸血鬼」

雪月花の森の中、不敵な笑みを漏らして男は笑い 赤い液体を飲み干した。

「くひ……さぁ……ゲームの始まりだ」

血をまき散らし、一人の吸血鬼は……戦争の狼煙を上げたのだった。


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