第二章 冬月 桜 16
11月29日
ロシア首都……。
その町の中心に立つ巨大な住居は、すでに家の域を越えて城に近く、その城は雪の白色によって一際光り輝く。
そんな中、ジェルバニスラスプーチンは満足げに笑って目前に建つ雪塊を見る。
「いい出来だ」
目前には雪だるま。町の子供達が遊びに来て作ったのだろう。目には炭が埋め込まれ、頭にはバケツが乗っている。
「あージェルバニスだー!」
それを眺めていると、門の策を乗り越えて子供たちが入ってくる。
「こらこら、ここは立ち入り禁止だって言ってるだろ?」
「いいじゃんかよ~。ここしか遊ぶ場所ねーんだから!」
「ジェルー!一緒に遊ぼーよー!」
「鬼ごっこしよー!」
「やー!おままごと!」
無邪気に笑いながら子供たちは騒ぎ、まるで親に甘えるように引っ付いてはその手を引く。
それに彼は屈託なく笑い。
「ほらほら、ケンカしない。全部付き合ってあげるから、みんな仲良くな?」
子供たちの頭をなでて、広い庭を駆け回る。
庭に響き渡る子供たちの甲高い笑い声。そんな彼等の服装を見ると、皆が皆服は汚れ、靴はボロボロである。
「また兄さんは、子供たちと遊んでいるのですか?」
窓の外で子供の様にはしゃぐ国軍のトップ。
その姿を妹はやや呆れ気味に家の中から覗き込む。
黒いゴシックの衣装を身にまとった金色の髪の少女は、このような家の人間にしては少々奇抜なファッションであったが、それに違和感を感じさせない有無を言わさぬ美しさをひけらかし、この政府要人御用達の屋敷に溶け込んでいる。
「そうみたいだな。 まぁ、子供に好かれるんだからしょうがねーんじゃねーの?アナスタシア姐さん」
そんな姉の質問に、弟であるボリスは適当に相槌をうち、そのつまむようにコーヒーのカップの取っ手を取り、一気に飲み干す。
身長二メートルを超える偉丈夫。
その腕は丸太の様であり、スーツがはちきれんばかりの筋肉を惜しげもなくボタンの弾けたシャツの間から見せつけている。
「まったく……子供の相手なんてしている暇はないはずですのに」
分かりやすくため息を突き、少女はボリスの対面に座り、指を鳴らす。
「お待たせいたしました」
「ありがとう、そこに置いておいて」
待っていない……そう少女は心の中で呟き、湯気の立つ紅茶を手際よくテーブルの上に置くメイドに一言礼を言う。
「もったいないお言葉です……では失礼します」
ぱたんと静かに扉が閉まり、それを見送った後アナスタシアは紅茶のカップを人差し指と中指で取っ手を掴み、口をつける。
「……で、あの子たちはどこの子なんだ?この前の教会の子じゃねーみてーだが」
「……あぁ、あの子たちは駅前の下水道の子たちよ。この寒さでしょ?警察も辺りをつけて動き回ってるというのでこっちで一時的に匿ってるんです」
「ストリートチルドレン狩り……かぁ」
ストリートチルドレンと呼ばれる彼らは、親に捨てられ、もしくは虐待を受けて逃げ出した子供たちだ。
今のロシアは、この子たちを守ってやることは出来ない。法は彼らを家か施設に送り込むだけで、彼らを助けることはしない。
愛を知らずに生きてきた子供たちは、だからこそ優しくしてくれるこの家に集まり、この時だけ全てを忘れる。
「本当はここに住まわせてやりたいんでしょうね……兄さん」
「ったく、こういう時に限って権力ってのは邪魔になんだよなぁ……」
ストリートチルドレン。こんなにもまぶしく輝く彼らが、未来を閉ざされてはいけないのだ。
「仕方ないでしょう……前任の大統領の所為で経済が混乱して、親が子供を養える状況じゃないんです。失業率も、兄さんと現大統領のおかげで回復してはいますが、未だに予断を許せない状況です」
「親のツケを払うのは子供達……か。くそったれ」
この中にはエイズ感染者もいる。それなのに少しでも暖を取るために下水道に入り、朝から物乞いをしては警官から逃げ回る。
捕まれば今よりもひどい目に合うから……。自由とは程遠い連鎖の監獄。
「それを助ける為の、冬月の遺産でしょ?」
「ロシアの国家予算十年分を賄って余りあるとまで言われる莫大な遺産……それだけありゃ十分傾いた国を持ち上げられる……そうなりゃあの子たちも……」
「ジェルつっかまえた~!」
「あっはっは。よっしゃ、次は俺が鬼だー!」
「逃げろー!」
そこで会話は終わる。
子供たちの笑顔は幾日ぶりに見せる本物の笑顔で、その笑顔は二人からそれ以上の言葉を奪い去った。
笑い声が響き、午後を知らせる鐘が鳴るまで、その笑い声は途絶えることはなさそうである。
「……やれやれ、あの餓鬼ども、多分ここ数日ろくな物食べてないぜ?」
「そうね……お風呂も入れてなさそうね」
子供たちのはしゃぐ姿を見ながら、二人は独り言のように呟き立ち上がる。
なんだかんだ言って。二人も子供たちが好きなのだった。
「おーう餓鬼ども!飯が出来たぜー!」
正午の鐘が鳴り響くと同時に、窓からボリスが叫ぶ。
「筋肉だるまだ~!」
「筋肉筋肉~!おバカな筋肉~」
「うるせえ!さっさと入りやがれバカ野郎!」
「きゃーー!」
楽しそうに笑いながら豪華な城には似合わない子供たちが、まるで託児所に入るかのように自然に吸い込まれていき。
「と……その前にお風呂に入りなさい!家が汚れるわ!」
髪を二つに結んだ少女に玄関で止められる。
「やっべー!!男姉ちゃんだ!?」
「逃げろー!」
「お尻だけは大きいんだよねー!」
「でか尻アナスタシアー!」
「でか尻アナスタシアって!!こらあああああああああああ!」
「きゃあああああああ♪」
完全に子供たちに遊ばれている。
「あっはっは、威厳無いな~アーシャ」
「に!兄さん。ほうっておいてください!きちんとお仕置きも考えてあります!行きなさい!メイド部隊!」
「かしこまりましたお嬢様」
アナスタシアの一言で、どこから現れたのか続々とメイドたちが大浴場へと投入されていき、数秒後にとてつもない叫び声が響き渡る。
「男どもは!これだあ!」
「HAHAHA!かしこまりましたマイマスター!」
何やら三倍増しの怒号と同時にあらわれたボディービルダーたちは、ジェルバニスが言葉を失っていることもお構いなしに男用に大浴場へと走っていき。
「さぁさぁみんな!俺と一緒に筋肉を磨くYO!」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
断末魔よりもすさまじい大人の男の叫び声が響き渡る。
「ふふふ……思い知ったかしら。餓鬼どもめ!」
「……同レベルじゃねえか」
とりあえずジェルバニスは、嘆かわしい妹に突っ込みを入れた。
小汚かった子供たちも、メイドとボディービルダーに隅々まで洗われてきれいになり、豪華な料理にがっついていた。
まともな料理など何ヶ月ぶりだったのだろう。食卓に響く笑い声と騒々しさは、年端のいかない少年から発せられるとは思えないほどの苦痛を滲ませながら、讃美歌のように大食堂のに幸せを響かせている。
しかしながらそこに流れる空気の中には、さながら最後の晩餐のような重苦しくも悲しい空気も流れているのだが。
その空気を悟るにはまだ、彼らは幼過ぎた。
「うわー!筋肉の料理うめえええ!」
こんな満足な料理は久しぶりの為か、幸せそうに子供たちは肉や野菜をほおばる。
「そうかそうか!もっと食え食え」
そんな子供たちの頭をなでながら、満足そうにボリスはその子供たちの感触をその手に染み込ませる。
「もぉ!あなたたちはテーブルマナーってものを!」
「まぁまぁ、アナスタシア、今日ぐらいは大目に見てやれよ」
「むっ……まぁ……兄さんがそういうならいいですけど」
「がっははは!いいかお前ら!男たるもの肉ってのはこうやって骨まで」
「ボリス!あんたはいい加減テーブルマナー覚えなさい!」
「なんだよ姉ちゃん!そんなもん覚えなくたって死にゃしねえよ!」
「そうだそうだー!尻の癖に~」
「関係ないでしょ!!」
「あっはっはっははは……」
子供たちと一緒の騒がしくも温かい食事……ジェルバニスは、この光景があと少しで全国で見られるのだと確信していた。
「ねぇジェル……どっか行っちゃうって本当?メイドさんがこの前話してたよ」
そう、希望ある未来を想像しながら今守るべきものを温かく見守っていると、一人の少女が心配そうな目をこちらに向けて袖を引く。
まだ幼いとたかをくくっていたが……どうやら子供たちは雰囲気を読み取ることは難しくても、自分達が思っていたよりも情報収集能力に長けているようだ。
一瞬三人はどうするべきか困ったように顔を見合わせる。
メイドたちに口止めをしていたわけでもなく、ばれた所で何も問題は無い。
だが、子ども達にはどうしても切り出しにくく、堂説明すればいいかも思いつかない。
そのため、何も思いつかないまま黙って出て行こうと考えていたのだが、思っても見ないところでそのツケを払わされることになったのだ。
「ああ……隠すつもりはなかったんだけど、お兄さんたちはね、明日から少し出かけることになったんだ」
そう小さく言った瞬間。にぎやかだった子供たちが一度に静まり返る。
「筋肉もアナスタシアもどっかいっちゃうの?」
その少女は不安げな表情を残したまま、そう呟く。その眼にはうっすらと涙も浮かんでいる。
「なに、すぐ帰ってくるさ。それまではメイドたちとあそんでくれ」
「本当にすぐ帰ってくる?」
「ああ」
この時ジェルバニスは嘘をついた。本当は帰ってこれないかもしれない。
だけど、彼は子供たちの前でそんなことは言えなかった。
この子たちの存在が、彼らにとって唯一の心残り……しかし。
「気を付けてね……いってらっしゃい」
「……」
その言葉が、彼らの心残りをかき消した。
「絶対帰ってきてね!絶対だよ!」
「……ああ」
小さくうなずき、ジェルバニスは袖を引く少女の頭を優しくなでる。
「大丈夫だ……必ず帰ってくる」
たとえ、死んでも。
「もう。死んでもだなんて不吉なこと言わないでください!主」
指名手配中の身であるにもかかわらず、悠々とロシア便のファーストクラスに乗るゼペットと謝鈴は、談笑を交えながらシベリアにつくのを待っていた。外はまだ雪が見えず、日が差し込んでいる。もっともそれは雲の上だからであるが
「情報によると、冬月家は調律師から護衛に部隊長を二名ほど雇っております。
情けのない話ですが、先月の通り私では死帝、第十三部隊長には太刀打ちできませんでしたゆえ、隊長との戦いでは主の手を煩わせてしまうかと……」
自らの力量不足に、謝鈴はうなだれるが、ゼペットは豪快に笑い。
「がっはっは!気にするなシェイ!逆にお前にばかり出番を取られては我が暇だわい」
楽しそうに謝鈴の肩を叩く。
そんな主人にため息をつき。
「して、村を落とすと申していましたが、主はいかように城攻めを成すおつもりで?二人という少数で来たということはやはり何か策があってのこととお見受けしますが?」
暗殺ならば、主が護衛を引きつけているまに私が領主を叩けば……と謝鈴は考えを巡らせるが。ゼペットはそういうことが嫌いなことを思い出し、慌てて選択肢から取り消す。
「なぁに、我は覇王ぞ?奴らとて何度もちまちました小競り合いは望まんだろうし、なればイスカンダルのごとく力で従える。これに限るであろう?大きく派手な戦でこそアテネもアレスも悠々と舞い踊れるというものよ!」
「なるほど……って無計画ってことじゃないですか!」
「うむ」
「だったら!なんで他の部隊を引き連れてこなかったんですか!相手は調律師ですよ?一筋縄ではいかないのですから!部下は連れてくるべきでしょう!」
個室だからよかったものの、謝鈴は機内であることを忘れて叫ぶ。
しかし、ゼペットはそんなことを気にすることもなく、ワインを口に含みながら
小型ゲーム機をいじくっている。
「この道闘士という格闘ゲーム……なかなか難しいぞ?」
「聞けえぇ!バカ主!」
完全に我を忘れて激昂する謝鈴に、ゼペットは耳をふさぎながら肩をすくめるという器用な芸当を披露する。
「どうした謝鈴?お前は我の母親か?」
その軽口に何やら切れる音が響き、鈍い音とともに個室にあったカウンターが手刀で真っ二つへし折れる。
「真面目に聞きます?」
「……はい」
あまりの迫力に、静かにゼペットは正座をした。
「今なら間に合います。部隊を呼びましょう」
「しかしのぉ。この程度のことで部隊の手を煩わせるまでもない」
「っまた主は!だから何のための……」
そう言いかける謝鈴をゼペットは静止し。
「調律師相手に数は通用せん。無駄な犠牲者を払い、確率は変わらん。それはお前が身を持って体験しているはずだが?」
「うっ……」
完治した腕を抑え、謝鈴はうなだれる。
確かに、部隊をいくら率いても調律師の部隊長が必ず所有する、大軍術式の発動時点で彼女とゼペット以外は全滅する。
元より大量の仮身との戦闘も視野に入れている部隊。部隊長となる者は必ず、二百体以上の仮身を一度に殲滅をすることができる術式を所有していることが条件の一つに挙げられている。
いかに私たちの部隊が、仮身との戦闘を想定した部隊とはいえ、その術式を防ぐ術は無い。
そう考え、自分の思慮の足りなさを謝鈴は恥じる。……それがゼペットの考えた、とっさの屁理屈だったとも知らずに。
「申し訳ありません主。私のようなものが主の考えに異議を申し立てるなど……」
口では冷静に言っているが、内心は自分をバカバカと連呼している中、ゼペットは笑いかけ。
「相変わらず頼もしくかわいい奴よ。今回はお前に背中を預ける。頼むぞ?わが右腕よ主に、大神の加護があらんことを」
頭をなでられ、謝鈴は顔面を真っ赤に染め上げてさらに顔を下げ。
「はい……」
と小さくつぶやいた。
◇




