第二章 冬月 桜 11
11月28日
見張りをしながら一人、俺は雪をかぶるのも気にせずに昨日石田さんから渡された書類を確認する。
森の地図、襲い掛かるであろうラスプーチンの身の回り……そして彼が所持する部隊の主な武装。等々……とてもじゃないが、一晩では確認できないような量の為、結局徹夜をすることになってしまった。
気が付き時計を確認すると、時刻は四時十三分。
せめて敵の所有する術式まで知ることができれば御の字であったが、いかに優秀な密偵であっても、情報を手にすることは難しいらしく、結局何も分からない状態で相手と戦うことになってしまいそうだ。
「はぁ」
分かったことは、ジェルバニスラスプーチンと言う男には、二人の兄弟がいて、常にその三人と行動を共にしていること。過去に一度、大統領であるグラーニン大統領をテロリストの凶弾から身を挺して守ったことから、政治上の発言権を強めて行き、現在では事実上ロシアの軍を束ねる立場へと上り詰めたこと。これぐらいである。
「……そろそろ休憩するか」
書類にかかった雪を一撫でして払う。 日本の雪とは違い、ここの雪は解けないため、粉の様におちていく。
「はぁ……どうしたものか」
今の段階で最も鬼門となっているのは、この広大な森をいかにして監視するか。
そのスタート地点に立たなければ、護衛方針もまとまらない……。
「はぁ」
再度ため息を突いて頭を降り、俺は思考をいったん中断して休憩することにする。
書類を石田さんに渡されたアタッシュケースにしまい、廊下の扉を開ける。
と。
「……うわっ!?」
ぱたぱたと頭上を小鳥が飛び越えて行き、部屋の中へと入る。
「……鳥……か。気づかなかった……ん?」
そこで閃く。
「そうか……そうすればいいのか」
「冬月!いいか?」
「は……はひ!?」
冬月のいる扉を叩き、少しばかり驚いたような冬月の返事を聞いて、勢いよく扉を開ける……と。
「げっ!深紅!?」
そこには、冬月と共にテレビゲームにいそしむ長山がいた。
「ごごご!ごめんなさい深紅!これは別に遊んでるわけじゃなくてちょっと疲れたから休憩と言うか息抜きと言うか!?いや、別にホラあれだよ?サボってたんじゃなくて、英気を養っていたというか!なんというか!」
なにやらサボタージュの言い訳の羅列を無視し、俺は長山の腕を引き冬月の部屋を出る。
「え!?まさかアレするの!?ここで?やめて!ここであれだけは止めて!?本当にあれはもうやだああ!お願いだああああれだけはあれだけは勘弁してくれー!」
「あれってなーに?」
「何を勘違いしている」
「へ?」
「……この森全てを監視する方法を思いついた。お前の力が必要だ」
「……へ?……」
なにを拍子抜けしたような顔をしているんだこいつは?
「な……なーんだそんなことか~!いやーいきなり引っ張られてくから俺!てっきり怒られんのかと……いやむしろあれされんのかと……」
「……まさか、そんなことはしないさ」
「ねーねーあれって……」
「だよねー!で、どんなことを協力すればいいの?」
「この森に、鳥を仕掛ける」
「仕掛けるものなの?」
「?…………!!おい。まさか……」
「あぁ……今から四百……いや、五百。一日で作り上げろ」
長山の表情から血の気が失せていくのが目に見える。
「それ、冗談抜きで死ぬと思うんだけど」
「気合で乗り切れ」
「無理無理無理!ぜーーーったい無理だって!」
「ねぇあれって……」
「拒否権はない。やるか、死ぬかだ」
「なんでお前からの選択肢はいつもデッドオアアライブなんだよ!?命が軽すぎる!命は投げ捨てるもんじゃねーんだぞ―!」
「……あれって………」
なにやら長山はぶーぶー文句を垂れているが、そんなものは関係ないが、俺だって鬼ではない。
「分かった分かった。だったら今から一匹作れ。石田さんに使用の許可をとる」
「くすん……」
「あぁ、まじか。頼む石田さん!認可しないでくれ!」
何をこいつは祈ってるのかは知らないが、恐らくその祈りは神には通じないだろうと心の中で思いつつ、俺は必死で逃げ出そうと先ほどから頑張っている長山を開放する。
「……認可を受けてから五日以内に五百体。村と森全域にそれを放て。ごまかしたら殺す……遅れても殺す」
「報酬は?」
「ない」
「何というブラック企業……」
「文句あるのか?」
「いえいえ滅相もございませんよ。マイナス四十度の世界で朝を迎えるよりもよーっぽどましだもーんな」
嫌味を分かりやすい不機嫌な顔をしてもらし、長山は俺に舌を出しながら冬月の部屋へと戻って行く。
本当にガキみたいなやつだな。
「……やれやれ……」
俺は一つため息を突く。
と。
携帯電話が音を立ててなる。
確認をするとそれは、ジハードから頼んでいたものが届いたという内容だった。
雪の止むことの無い村、雪月花村。
第二次大戦中に作られたロシア領にありながら日本人のみで構成された村は、深い針葉樹林の奥にひっそりと佇んでいる。
この村はまるで中国の桃源郷を思わせるほどのどかであった。
「……なぁんかさ、ジューダスのおっちゃん、気ぃ利かせて休みくれただけに感じてくるよなぁ、こんなヒマだと……どっかの誰かさんの無茶ぶりさえなければの話だけど」
そんな風景を見ながら、長山は隣の俺に嫌味を込めてそんなことを垂らしてくるが、其れを軽く無視し、サクサクという音を立てながら雪の道を二人で並んで歩いていく。
「しっかしどんな子なのかなぁ!?カザミネちゃんって!なぁなぁ深紅!俺好みのボンキュッボン?」
「しいて言うならマナイタだ」
「なぁんだ……まぁしかし、それはそれでありかも……いやでもなぁ……」
あからさまな意気消沈と、脳内会議を同時に行うバカ一名に俺は嘆息する。
手に持ったアタッシュケースは金属の為か側面がいい具合に凍りついており、ひんやりとゴム製の持ち手の部分にまで冷気が伝わってくる。
これで殴ればいい具合にこのバカも目が覚めるのではないだろうか?
割と本気でそんなことを考えながら歩いていくと、そこで長山の脚が止まる。
長山撲殺会議を一時中断し、視線を上にあげると、すでに少女と待ち合わせをした広場に到着をしていた。
「なぁなぁ深紅」
「なんだ?」
「正直、何カップだった?」
「……気を抜くな」
あほな質問を叱るでもなく、今回は幼馴染に軽く忠告をするだけで収める。
口ではふざけたり怠けたりしているが、手を抜いたりミスをしたりする人間ではない。
それが分かっているため、俺は時には突っ込みをしたりするが、ふざけた調子を治させようとはしない。
まぁ、その言動が少なからず俺を不快にするのは変わらないため、苦言もついついと出てしまうのだが。
「やぁやぁシンくん?呼ばれて飛び出てカザミネっすが、今日はどういった用件さ?」
もう少し普通に声をかける方法は無い物だろうか。
振り返るとそこには、先日知り合った小柄な胡散臭い狩人が、なにが楽しいんだかニヤニヤしながら俺達を見上げている。
餌をねだる犬みたいだ。
「……俺はこれから森に用があるだけだが、こっちの赤いのはお姫様のお使いだ」
「ははぁ、赤い人っさね?」
「どうも、俺長山 龍人♪カザミネちゃん、よろしくね」
「もちろんさ、よろしく頼むよ、赤い人」
「え……あ、だから俺長山」
「大丈夫♪わかってるっさ、赤い人!」
「……」
「諦めろ、こういう奴だ」
どうやらこいつは、最初に紹介された名称をそのまま呼び続けるらしく、俺は少しばかりの謝罪も込めて二・三度長山の肩を叩く。
「まぁいいか。ところでカザミネ、サクちゃんのお使いって言えば分かるって石田さんに聞いたんだけど?」
「あぁ、それならすぐに渡せるから付いて来るっさ♪」
「あ、ちょっ!?」
珍しく振り回されているアホに少しばかり新鮮なものを覚えながら、俺は手を引かれる長山を見送る。
「じゃあ、俺は森に用があるから。またな、カザミネ」
「あいさ、シンくんも頑張って!」
手に持ったアタッシュケースを肩に乗せ、昨日通った道を歩きながら、俺は中立の森を歩く。
放浪の森は唯一の浸入ルートのため、一般人も出入りする。
そのため監視体制もボディーガードたちにより厳しくなされていた。
今は撤退をさせたが、聞くところによると例えボディーガードたちを全滅させたとしても、彼らは数分ごとに経過を石田に報告をすることが義務付けられているため、その報告が途切れたときはその場所に敵がいるということらしい。
「……石田さん、元軍人か何かだろうか?」
イエーガーの話からの推測だが、ボディーガードの配置、通信手段にボディーガード間の暗号の徹底化どれをとっても少しかじった程度の人間でできるものではない。
この村に正面から攻め入るのは、俺でも骨が折れただろう。
まぁ、被害を出さないために全て撤退をさせてしまったのは俺のため、これからそれらを上回る見張りと警戒網を敷かなければならないのだが……
先日も話したとおり、正面ではなく奇襲を仕掛けるのであれば道とつながりのある中立の森。
もしくは神の森を直進してくる手段の二つのだけになるだろうため、中立の森から罠を仕掛けに来ている。
「……ここら辺だな」
中立の森の北部、どうってことないただの木々の間に立ち止まり、俺はアタッシュケースを開く。
「……」
中に入っているのはワイヤーと手榴弾。そして大量のナイフ。
相手は軍隊なのだから、数は戦う前に減らしておくのが定石。
トラップにて敵の数を減らすのは基本的な戦略だろう。
また、基本的故に引っかかる可能性は低いが、少なくとも相手の足止めは可能だ。
今回の任務は冬月の護衛で、逃げ道もきちんと用意されているのだから、この戦法は相手を制すまではいかずとも、足止めとしては有効だろう。
「っし……」
木々の間にワイヤーを張り、ワイヤーの端を手榴弾のピンにくくりつける。
その上から雪を被せてナイフを仕込んで、完成だ。
固定したワイヤーに触れるだけでピンが飛ぶようにしたただそれだけのトラップだが、効果はそれなりに期待は出来る。
ナイフは通常のナイフではなく、両刃柄なしの手裏剣のような形状をしており、爆発に乗って拡散し、広範囲の人間に突き刺さる。
しかも、罠の配置はギリギリ手榴弾の爆発範囲にかかるように設置したため、一つが爆発すれば、同時に全ての罠が作動する。
イラクで使ったブービートラップだが、単純かつ稚拙な分警戒されることもあまりなく、引っかかり易い。 エリートとか呼ばれてる部類の兵士は特にな。
「こんなものか」
サクサクとあるいて、次は神聖の森へと向かう。
神の森は神聖視されているため、少しばかり罠を仕掛けるのがためらわれたが、冬月によると、この森が神聖視されている理由は上質の松が取れるからであり、この村の発展の契機となったのはそのマツの取引だったためらしい。
そのため、村の人間はこの森をここまで成長させてくれた森と崇めているだけで、無駄に破壊したりしなければ反感は買わないといわれた
が……それでも少しばかり抵抗はあった。
「……これで最後か。結局長山の奴、来なかったな」
とりあえず神の森と中立の森に罠を仕掛け終え、俺はアタッシュケースを拾い肩に担ぐ。
その刹那、一瞬茂みがその葉を互いにこすり合わせる。
「……」
白銀の銃を抜き、即座に向ける。
敵か……それとも。
一匹の茶毛のうさぎが顔を出す。
「っと、済まない、気を悪くしてくれるな?」
銃をしまい、跳ねているうさぎを抱き上げて罠の無い場所へと離す。
一応、動物が近寄らないように獣の血を罠に塗ってはいるが念のためだ。
「……こんな姿、長山に見られてたら絶対に馬鹿にされたな」
そう、長山がいないことに少しホッとし、俺はそのまま踵を返した。
■
(危なかった……)
気配の消えていく、化け物のような殺気を身にまとう男をやり過ごしたことに、安堵のため息をつく。
数メートル内に近づかれただけでも呼吸が止まりそうになった。
あれはもうただの護衛なんてモンじゃない。 我ながら陳腐な表現だが死神だ……。
「はぁ……はぁ」
ただ護衛を見張るだけの簡単な仕事とか行ってやがった癖に……くそ、こんなことやってたら命がいくらあっても足りやしない。さっさとこんなところ逃げて……。
「はぁ」
時が止まる。 今のため息は自分のものではない、あの化け物のものだ。
「ひっ!?」
振り返るよりも、恐怖の叫び声よりも先に、その死神の腕が俺の顔面を鷲掴みにして、木の幹に叩きつける。
ぐしゃり。
鈍い音を立てて後頭部を打ち付けられ、一瞬白くなった思考は、全身に直接伝わる殺気によって強制的に取り戻される。
「まさか気付いていないとでも思っていたか?」
殺される……。もはやそれしか考えられないほど、自分よりも背の低い死神は気が遠くなるほどの殺気を放つ。
「助けてくれ……た……たすけ」
「駄目だ」
その一言で、俺の意識は闇へと消えた。




