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第二章 冬月 桜 10

とある紛争地域。

照りつける日差しは暑く、空気も砂も人さえも熱を持っている。

横になっているせいか、太陽から熱が降り注ぐのではなく、まるで、鉄板の上で町を焼いてるような錯覚を覚え。

「はぁ」

一つ息をつくと、肺に熱湯を流し込まれたような感触がする。

                   

耳を澄ますと、まだアチコチで爆発音や銃声が聞こえる。

「すぅ」

息を吸うと、鉄の臭いが鼻を突いた。



何処にでもありそうな、最新型でも旧型でもない武器で、多くも少なくも無い犠牲を出しながら、老人でも子供でもない人間達が、誇りからでも恨みからでもない殺し合いを続ける。

原因は確か宗教問題とかだった気がするけれど、子供の頃から銃を握らされていた私には、偉大なる神様とやらのありがたいお言葉は分からないし、そもそも大人たちが争いの理由を覚えているかも分からない。

「まぁ……どうでもいいや」


唐突だが、私は死に掛けている。

たまたま落ちていた死体に蹴躓いて銃弾が胸と腹部を貫いた。

打った奴は殺したけど、そのまま私は仰向けに倒れて動けそうに無い。


・・・・・・捨てられていた私は、気が付けば銃を握っていた。 

友達もいたような気がするが……。

みんな、あっという間に死んじゃった。

自分はそのことを悲しんだ気もするし、何も考えないでその死体を踏み越えてた気もする。

私は運が良かったのか?それとも兵士の才能が元からあったのか?

みんなの倍の年数を生きた。

拾われてから約八年……体は既に大人になり、学は無くても色々と考える力も備わった。

そして、気が付いてしまった。


 ……世界はなんて無意味で無価値なんだろう……と。

作ってきた色んなものが壊れて、人の命が消えても何にも変わらない。

作っても壊しても、この世界は同じことを繰り返す。

何をしても、どんなことをしても、

ただ戦う理由がまた生まれて、最初の理由なんて無く殺しあう。

なんて絶望しかなくて、なんて必要の無い世界。

そんな事を思っていたから、きっとこんなくだらないミスであっけなく私は死んでしまうのだろう。


だけどもう、どうでも良かった。

このまま死ぬならそれでいい。

いずれにせよいつかは死ぬんだし、教えが本当なら先に逝った友達に合える。

それならこんな間抜けな死に方も、土産話には丁度良かったかもしれない。


意味が無い世界なら、そこに生きている私にも意味なんて無いんだから。


必死に動こうとする心臓を私は落ち着け、全身の力を抜いて荒い呼吸を整える。

一度力を抜くともう二度と力は入りそうに無く。

日差しはやっぱり飾り物で、次第に鉄板の上の町は熱を引いていく。

目の前が霞む……そこに少し恐怖はあったけど……まぁ、これぐらいなら我慢できそう。

そう覚悟をして、私は息をさらにゆっくりにする。

落ち着けるのではなくて、止めるために。

          だけど。

         「こりゃ?珍しいのぉ。戦場に花が咲いておる」

不意に私の上に影が出来て、低くも透き通った声に、似合わない言葉使いが降り注ぐ。

「……」

あまりにも馬鹿馬鹿しくて、あまりにも場違いな発言に私は少し怒りを覚えて眼を開ける。


そこには、背の高い男が立っていた。

「……」

「どうした?なんか不機嫌そうだが?」

顔はぼんやりしてよく見えないが、楽しそうな声からして惨めな私を笑っているのだろう。

まったく、死ぬ前にとんだ邪魔が入ったものだ。

「………」

「おいおい、勝手に死のうとするなよ」

本当にうるさい奴だ……眠れないじゃないか。

「そんな睨むなって、別に取って食うわけじゃない。助けに来たのだ」

……なんだこいつは。

「……勝手なこと……するな。 私に……生きる意味……なんて……無い……んだから」

「なんだ、お前死にたいのか?」

「……いや……もう――死んだ」

そうさ……仲間が死んだときから、もしくは生まれたときから。

私は死んでいたんだ。

「なるほど」

何を納得したのかは分からないが、とりあえずこれで私はようやく眠れそうだ。

そう思って瞳を閉じようとすると。

「それならばその命、我が貰い受けよう」

「……え?」

少しの浮遊感と同時に、そんな予想外の言葉が今度は私の近くで聞こえた。

「どうせ捨て行く命なら、我が拾ってやる。生きる意味が無いなら、我がお前の生きる意味になってやる」

力強く、とても暖かい言葉が空っぽの胸を埋めていく……。

いつの間にこんなに近づいていたのか?赤い髪をした精悍な顔つきのその男は、

私の前で今にも泣き出しそうな顔をして笑っている。

そして気付いた。

 あぁ……なんだ。 この人は、私が死にそうなのが楽しかったんじゃない。

私を助けられることが嬉しかったんだ。

私を救えるのが嬉しくて、だから今自分が助けられたような顔をして笑っているんだ。

そう思うと何故だか体が熱くなって、私は自然と涙を流しながら何度も頷いた。

理由は分からないけど、その時初めて私は幸せを知ったんだと思う。

赤い髪を揺らす英雄に、私の心が奪われたのはきっとこの瞬間だった。

                    ■



11月 27日

「ん……」

朝の日差しを浴びて、私は眼を覚ます。

「主と出合った時の夢なんて、何年ぶりだろう」

昨日は疲れていたためか、Yシャツ一枚で眠ってしまったらしい。

まったく、これでは部下達に示しがつかないな。

「ふぁ……」

一度伸びをして、私はYシャツを脱いでシャワールームへと入る。

熱いシャワーで眼を覚まさせてから、朝の弱い主を起こしに行く。

別に頼まれたわけではないが、RODを作ってから何度か繰り返すうちに日課になってしまっていた。

「ふふ……今日はどんな顔をして眠っているのでしょうか?」

細かい水の粒が体を叩く感触に心地よさを感じながら、主の寝顔を想像して心を躍らせる。

これも毎日のこと。一日も絶やしたことが無いということが、自慢にならない自慢である。

「ふ~……」

シャワーから上がり、鼻歌交じりにご自慢の黒い髪をドライヤーで乾かし、仕事着に着替え始める。

主の仕事は九時からなので、八時までに起こしに行けばいいだろう。

朝食は糧食藩が主の部屋に運んでいるだろうし、一時間くらいゆっくり出来そうだ。

スーツに袖を通し、薄く口紅を引く……。

先日つけた首の傷はあとも残らず直ってくれた。それを確認し、私は鏡で自分の顔を確認する。

「今日は可愛く出来たかな?」

そんな 似合わないことを考えて振り返ると、そこにはボストンバックがあった。

「……ん?」

ここに来て彼女は、どうして今日は疲れていたのかを思い出す。

                     ■

昨日。

「旅行ですか?」

ここ最近、主がなにやら外国の辺境地を調べていると思ったら、不意にそんなことを口にして、思わずコーヒーをこぼしそうになる。

「ああ、あんまり大所帯で行くと対大量破壊兵器専門部隊に気付かれるしの。かといって我一人で行ってもつまらんだろう?だからシェイよ、一緒に来てはくれんか?」

「はあ、私でよろしければ何処にでも着いてゆきますが。ここの経営はその間いかがいたしましょう?」

かたんと、入れたてのコーヒーをデスクにおいてそう返すと。

「はっはっは、何を、我の女達は皆例外なく優秀だろう?一月くらいどうってことなかろうて」

「……そうでしたね」

我の女達……という言葉に多少嫉妬を覚えるが、あくまで凛としたまま、私はかけていた眼鏡を外す。

「ふふん、どうした?嫉妬か?」

見抜かれていた。

「べ……別にそんなんじゃありませんよ!?私はただその通りだなと思っただけで……」

「くっくっく、お前は人をうらやんだりするときに、必ず眼鏡のフレームをいじくる癖がある」

手元を見てみると、いつの間にか手には眼鏡が握られていた。

「!?ん!もう、バカ主!で?いつ行くんですか?」

照れ隠しにさっさと切り返すと。

「ん?明日だ。六時に出発するから今から用意しろ?」

                      ■

……なんていってきたので、昨日は確かウキウキ気分と慌て気分をあわせて旅行の用意をしていたから疲れてたんだっけ……。

ギリギリと首を動かして、ベッドの上においてある時計を見る。

……只今時刻は、六時 二十分。

「ノッッ!きゃあああああああああああああああ!!」

ボストンバックを取って私はダッシュで部屋を飛び出す。

待ち合わせは確か地下駐車場。 主を待たせるなど、臣下にあってはならないこと!

ましてや!二人っきりの旅行の時に!まるで、プライベートが駄目駄目な干物女みたいじゃないかああああ!?

「あれ?隊長?どうしたんですかそんなに慌て……てありゃ?」

部下の挨拶を無視し、できる限り全力疾走でビルの階段を半ば落下するように駆け下りていく。

ああもう、どうして自分は自分の部屋を二十三階なんてところに作ってしまったんだろう。

今この瞬間、今までの自分の行動すべてが恨めしい!?


地下へと到達し、私は駐車場でヒマそうに私を待っている主を見つける。

走る音が地下駐車場に反響したため、主はこちらを向いて笑いながら手を振ってくる。

「おお、シェイ。思ったよりも遅かったな?」

 その言葉が耳に入ると同時に、私は飛び上がり足を折りたたみ、スライドするように正座をする。


             スライディング土下座!

「すみません!すみませんすみません!主をお待たせするなんて私右腕失格です!?

きっと浮かれてたんです私!久し振りの旅行なんで!きっと遠足前の小学生気分だったんですうぅぅぅぅ」

情けないぐらいに頭を下げている私であったが、主はそんな私に苦笑をもらして。

「なぁに、我も今来たところよ。まったくお前は何年経ってもその生真面目な性格は変わらんのぉ」

笑いながら私を立ち上がらせる。

顔を上げると、そこには茶色のコートを身にまとい、背に大刀を背負う主の姿。

「……あれ?主、どうして旅行に大刀を?」

「そりゃ戦うことになるかもしれんからな……」

さも当然のことを言うように主はきょとんとし、そこで初めて気が付く。

「主、ところで何処に何をしにいくんでしょうか?」

これはもしかして、もしかしなくても、二人きりのプライベート旅行ではないのかもしれない。

「ん?この前行ったであろう?ロシアの小さな村を一つ奪い取って、仮身の保護区を作り上げる。 なに、小さな村ゆえ部隊の手を煩わせるわけにはいかんのでのぉ」

……その台詞に完全に私は唖然とする。

「また部下を傷つけないために、一人で戦うつもりだったんですか?」

「うむ」

主を見てみると、既に耳栓の準備はOKらしく、怒号に備えて身構えている。

そんなに怒鳴ってばかりと思われてるとは心外だ。

「……はぁ、しょうがありませんね。どこまでもお供しますよ」

ため息をついて呆れた素振りをしたまま、ちらりと主を見てみると。

あ……驚いてる驚いてる。

「いつものように馬鹿といわれると思ったのだがのぉ、どういう風の吹き回しだ?」

「別に?特別なことはありませ~んよ♪」

「?まったく、変なやつよのぉ?」

狐に摘まれたような顔をしながら、主は頭をぼりぼりと掻く。

そんな主を見ながら、私はちゃっちゃと助手席に乗り込む。


まったく本当に鈍いお人だ。 そんな大切な戦いに私を選んでくれたのに、怒れるわけ無いじゃないですか。

そんなことを思いながら、私は主の運転する車で、しばしばの二人きりドライブ気分を楽しむことにした。


                   ■


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