第二章 冬月 桜 9
暗い部屋、そこにジューダスキアリーは立っていた。
もちろんそこは先日上司を暗殺した場所ではなく、日本支部とは異なった地下にある施設である。
「ほほぅ、お前の報告もあながちウソばかりってわけでもなかったみたいだな?」
「ふん」
隣には盟友、ジルダ アーミカ。
仮身工場と呼ばれるその場所は、先月不知火深紅によって制圧された場所と内装はほとんど同じだった。
大量の仮身製造所、仮身をボタン一つで十秒間に三体を作り上げることが可能であり、その製造方法は一口に仮身とまとめているが人に似せる仮身とは全く異なる。
「お待ちしておりました、ジューダス様」
中から出てきた白髪の眼鏡をかけた老人が、ジューダスを出迎える。
見た目は八十代の老人でありながらも足取りはしっかりとしており、背筋は伸びきっていた。
「こんなところで、創始者に会うことになるとは……またとない光栄です」
老人は本当に感激といった風にジューダスの手を両手で取る。
「挨拶は良い、ロシア製の仮身製造量はどれほど溜まった?」
しかしジューダスは、相変わらずの仏頂面でその手を解き。一帯の仮身の出来を見ながらそう問う。
「全国の仮身を総動員すれば、一万を超えるかと」
「ふむ、しかし重きを置いていた東京のプラントをゼペットに叩かれるとは、予想外だったな、面目を保つために死帝を送りはしたが、下手をすれば政府に企てが露見していたぞ?」
「ええ、人型の仮身は全てジスバルクに連れて行かれましたが、しかしそのお陰で戦闘用の仮身は秘密裏に回収できましたので、最悪の事態は避けられたかと」
「ふん、仮身で人体実験をするような下種が部下だったという事実だけでも最悪だ」
そうこぼし、ジューダスは老人に導かれるままに奥へと進む。
それに物珍しそうに辺りを見回しながら、ジルダは続く。
進んだ先は一際広い部屋。そこには巨大な兵器がたたずんでいた。
「ほう……完成したのか。最悪の兵器……S級仮身」
足元からその兵器を見上げながらジューダスはそう言葉を漏らし、ジルダは口笛を吹く。
最高傑作と歌われる現在の~核兵器~を示す理事国しか持つことを許されない殺戮兵器。
その中でも、現在の核抑止を根底から覆すとされた二足歩行型兵器……シャドウ。
体長は10メートルを超えており、他の仮身と違い、重厚な白い装甲に身を固められ、両腕には刃ではなくしっかりとした手がついている。
術式保護をされた白き鎧は爛々と輝き、そこから覗くメインカメラはこちらを威圧する。
その威圧は、見上げているせいかそれとも正確にその兵器の凶悪性を表しているのか、二人はしばらくその姿を見つめていると、研究者は少し興奮気味で説明を開始する。
「人工知能により搭載された水陸両用方核兵器。地上戦で敵を殲滅することも可能ですが、基本戦闘は背部ポッドに搭載された対人用仮身を使い地上を掃討し、敵本部を強襲する対国用に作られた仮身です。単独での任務成功は勿論のこと、仮身を指揮先導するライセンスがプログラムの中に与えられており、統率者としての役割を果たします。
体の構造はジューダス様が発案なされた、人型の仮身をベースに作られ、人体に装甲を装備させましたいかがです?これはもはや兵器などではない……この兵器こそが戦争そのものです」
「……なぜ人型にした?単純な運動機能ならば、兵器型の仮身のほうが上のはずだが?」
「はい、この装甲にかけられている術式は変化と形状記憶でして、その扱いを完璧に行うには、少しばかり従来の型ですと知能が足りなくなるためです。コストは倍になりましたが、今までのように人が指示をしなくても、AIが部隊長クラスの指揮を電子情報でポッド内の仮身に送り、今までよりはるかに統率の取れた戦いを可能にしました」
「なるほど、……イラクでの失敗を生かしたか」
ジューダスは納得したように頷き、期待の装甲を二三度叩く。
空間に反響する白鋼。
高く響いたはずの金属の振動音は、空間を伝って次第に重く耳鳴りのように響き渡る。
その音は悲しく遠吠えのようにジューダスへと届き、彼は少しばかり考え事をするように
顔をしかめながら、隣にいた友人に合図を送る。
「動かせるのか?」
その合図にジルダは頷き、白髪の老人に問うと、待っていたように老人は無言で頷き。
「戦ってみますか?」
壊れた人形のように不気味な笑みを老人は浮かべ、挑発するように眼鏡の位置を治す。
「……面白い。壊れることは覚悟しておけ?」
にやりとジルダは心底楽しそうな笑顔を浮かべる。
その笑みは喜びではなく純粋な殺意。
まさに ~快楽者~の名を持つものしか放てない純粋な破壊欲を、ジルダは殺気と同時にかもし出していた。
「まったく、戦闘狂め。せめて修理できるくらいで留められんのか」
ジューダスは呆れたようにそうため息を漏らし、
「大丈夫です。コレは試作型ですので、廃棄する予定だったものです」
老人はそうジューダスに説明し、部屋前のレバーを降ろす。
「む?」
何かが外れる音が広い空間一杯に響き渡り、同時に轟音とと
もに
ジルダと仮身の体は、ゆっくりと地下世界へと運ばれていった。
■
地下に作られた仮身駆動室。 広さはサッカーコート程度で、高さは四十メートルという広大な空間であり、その壁は重厚な鋼鉄によって守られていた。
「ほぉ、中々いいところだな。なんだ?核シェルターか何かなのか?」
ジルダ アーミカが一言呟き、上階にいるジューダスと博士にモニター越しに顔を見せる。
その手には既に愛槍。 蛇恐神 命名ジューダス を握り、その殺気は血を求めて極限にまで高められている。
「ふふ、似たようなものですが、コレは外部からの核爆発を防ぐためではなく、内部からの核爆発を防ぐものなのです」
一見無表情に語る老人であったが、スピーカー越しに聞こえる声は、笑っているかのようにだだっ広い空間に響き渡る。
「……どういう意味だ?」
どうやらその設計はジューダスは聞かされていなかったらしく、
ほのかな殺気と共に隣の老人を横目で射抜く。
「ここのS級仮身には、皆例外なく核兵器が詰まれております。サイズは少しコンパクトですが、それでもロサンゼルス程度なら消し飛ぶ代物です」
「核兵器を越えた兵器が核を持つのか」
その感嘆に似た声はジルダのもので、コツンコツンと装甲を叩く。
「はい、我々のS級仮身はAIにより複雑な思考や演算能力を身に着けております。故に、
破壊される寸前、その場で敵軍にもっとも有効打となるように核兵器を放つように設定されております」
その言葉にジューダスとジルダは眉を顰め。
「……核戦争でも始めるつもりか?」
ジューダスが語気を強めて、老人に問う。
当然だ。
核兵器による攻撃は、核兵器による報復を生む。
泥沼を恐れてどちらかが冷静になるなんて理論は、核兵器並みの被害が及ぶものでは成立することはない。
だからこそ人は仮身を作ったのだ。
「いえいえ、S級仮身は将来全世界の抑止力となる兵器、そのためには百パーセント敵陣に核を打ち込むことの出来る、水陸両用移動型核発射装置が必要なのですよ」
老人はそう笑いながら、冷戦時代の核相互抑止論のような、時代錯誤を語り始めるが、
それは軽い年代の差と判断し、ジューダスは何も言わずに押し黙る。
「御託はいいからさっさとはじめてくれんかのぉ?」
そんな二人の会話を、待ちくたびれたといわんばかりにジルダは槍を構え遮り、S級仮身の起動に備える。
「死んでも恨まないで下さいね?」
そう縁起でもない言葉を残す老人は、その言葉とは裏腹に遠慮なしに起動のパスワードを入力する。
重なり連鎖する駆動音。 巡る血液はその巨体を震わせ、一定間隔でかき鳴らされる鼓動は、一度 また一度全身を痙攣させ、その度に兵器の威圧を増幅させる。
「これはこれは」
ジルダは感心しながら身構え、 同時に一度鼓動が止まり
「!?」
爆ぜる。
「BAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
開かれた口から出るのは、言葉ではなく咆哮。耳を劈き貪るその轟音はもはや、
人の声などではない。
幾度も打ち付けられる金属音に近しいその振動は、耳ではなく全身に襲い掛かり、その空間ごと揺らす。
「ぬぅ!?」
叫びながら、機動を始めた仮身はゆるりと自らの腕を確認するように二三度振り、その度に白鋼が身をこすり重い音をかき鳴らし反響させ、空間が湾曲したような錯覚を起こさせる。
それは、不協和音なんて生易しいものではない。
その音を生み出す一つ一つが、人を殺すためだけの存在から生まれるものであり、そこに正義も悪も倫理も哲学も存在はせず。
~殺す~という行動のみをインプットされた人形は、その記憶と知識にのみ従い。
その塊を一斉に、ジルダ アーミカへと向ける。
対国兵器、S級仮身。
その名に寸分の誇張は無く、その殺意は一瞬にして空間を埋め尽くし、その視線を一点に絞り込む。
「……ん~心地よい殺気だ、だがのぉ」
だが、その殺気を受けながら、ジルダは余裕を残して槍を構える。
「我は神槍の体現者、人形風情が調子に乗るなよ?」
相手が人間であっても恐らく伝わらないだろう挑発をし、S級仮身の初動にジルダは反応をする。
「―――――――‐‐!!」
水中で金属を打ち鳴らすようなそんな鈍く深く響かせ、背後に装着されていた
銃のようなものを取り出す。
形状はAK-47を元にしているが、大きさは通常の約十倍……。
口径も76、2ミリとなっており、大砲並みの弾丸が、一分間に六百発の速度で連射される。
「ふん!」
しかしジルダは、その弾を全て槍で弾き返す。
「ふむ……あれが、術式ですか。初めて見ましたが、恐ろしい技術ですね。脆弱な人間が……あれほどまで」
感心するように髭をさする老人は、未知の方法に目を輝かせるも。
「確かにあれだけの銃弾を打ち返しても槍が折れないのは術式の力だが……、打ち返しているのはあのバカ本人の力だ」
「……あの方、本当に人間ですか?」
「さぁ……俺にも分からん」
割と冗談抜きのため息を漏らし、ジューダスと老人はモニター越しに、笑いながら鉛の塊を打ち返す、快楽者の姿に視線を戻す。
その腕力とは、それだけで最強の生物の実力を示していた。
「……ふむ、流石は大国兵器、自分の攻撃でやられるほど甘くは無いか」
しかしいくら弾丸を撃ち込んでも、白き鎧へのダメージは皆無であった。
銃で殺せないと判断した仮身は、左腕に仕込まれた折りたたみ式ナイフを展開する。
「肉弾戦か、いいだろう」
ナイフというよりはギロチンに近い巨大さと鋭さを放つ刀身は、照明を反射し爛々と輝く。その光にジルダは一瞬眼を細める。
彼自身。その刀身の美しさに心を惹かれたのかもしれない。
それほど、その無駄の無い機能美を追求したナイフは、量産型とは思えないほど強く、美しく鍛えられていた。
「―――――――‐‐!!」
咆哮を上げて仮身はゆるりと体位を変える。
白鋼が金属音をかき鳴らし、鋼鉄の壁を抉りながらそのナイフは振り上げられた。
巨大な体を活かした上段の構え。
もちろん、それは同じ存在同士だからこそ通用するものだが、AIの認識のまま、仮身は敵を壊すのに最適の構えを取った。
互いに一歩も動かずに、互いの一挙手一投足を見守り、ジルダは隙だらけの構えで相手の攻撃を誘い、仮身はその姿に下手に手を出せず手詰まり状態になる。
長い沈黙がその場に停滞する。
その中で、先に動いたのは仮身であった。
綺麗に正中線を捉えたまっすぐな真っ向切り。
小手先などは使用せず、仮身は敢えてその巨躯の体を活かした一撃を放つ。
巨体でありながらも、大気を削りながら振るわれる断頭台のギロチン。
「はっはは!」
しかし、そのタイミングも、速度も達人級に振るわれた刃を、ジルダはさも当然のように、
槍の矛先で受け止める。 しかも片手で。
槍の先端、数ミクロでもずれれば即座にその体が両断されるというにも関わらず、
ジルダ・アーミカはそんなスリルさえもたまらないといわんばかりに、楽しそうに笑いながら刃を受け止めていた。
「ほうら、頑張れ頑張れぇ」
「―――――――‐‐!!」
仮身は動けない。 もし引けば、そのまま槍を一足で叩き込まれると直感が判断している。
たかが鉄の棒にやられる装甲では無いとAIは豪語していても、この男の恐ろしさを、仮身は人間の直感で見抜き、そしてそれは正解だった。
「―――――――‐‐!!」
このまま力で叩き潰すしかないのだが、押しつぶそうとしても、この男は一向にビクともしない。
「どうした?子供を相手にしておるわけではないのだぞ。これでは弟子の深紅のほうがまだ優秀ぞ?」
その一言が原因であるかどうかは分からないが、その言葉の後、仮身がもう片方の腕から、
横薙ぎにジルダを両断しようと刃を走らせる。
「やれやれ」
それしか思いつかないのかと苦笑をジルダは入れた後、槍を始めて両手で持つ。
「混沌なる……」
走るのは線……赤きまっすぐな線は、誰の眼に留まることなく、二本のナイフを指定し。
「絶対的中」
穿つ。
直後、その槍は刃を受け止めたままに両の刃を粉砕させた。
「ふぅん……肩ごと持ってくつもりだったのだが、なるほど 硬いのぉ」
ばらばらと落ちる鋼鉄の刃を見ながら、ジルダは呆然とする仮身に笑みを向ける。
「今、何が起こったのですか?」
「お前、グングニルを知ってるか?」
「……北欧の主神の持つ、絶対的中の槍ですか?」
「あれがそれだ」
「え?」
「正確には、その神話の能力を元に作り上げた術式を付与した槍……といったところか。
あれは少し暴走気味で、自然界の法則を無視した動きをしてはいるが……」
絶対に当たる。単純に聞こえるそれは、つまりはどんな方向にもどんな状態にも、何処にいても、目標が複数でさえも当たる……というかなり矛盾を孕んだ意味であり。
それを無理やり実行するとあのように、~刺し貫いた~という結果のみが現れてしまう。
「本当に、術式とは反則ですね……」
「まぁな」
本当は違うのだが……と口を開こうとしたジューダスは、面倒くさいので視線を戻す。
「―――――――‐‐!!」
武器をなくした仮身は、それでもなお敵に向かって拳を振り下ろす。
策も技術も無い、ただの右腕の一撃。
「やれやれ、ヤケになったら勝負は終わりぞ?」
そうため息を落としたジルダは、その拳を左腕一本でいなし。
「じゃぁの」
持っていた槍を繰り出して仮身の顔面を刺し貫き、視界部分のガラスが一気に赤く染め上げられる。
「―――――――‐‐!!」
刃は装甲を穿ち、肉を裂き、頭蓋を砕いて深く脳を破壊した。
混入した異物に仮身は苦悶の音を漏らし、損傷した脳は活動を急速に停止させていく。
「んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんいいのぉ」
ジルダは手に伝わるそんな感触に身を震わせながら、満足そうに槍を抜き、帰路用のエレベーターへとゆるりと歩く。
死んだものには興味がないと言わんばかりに、崩れ行く巨体に振り返ることもせず。
「八分といったところか?ジルダ」
エレベーター内のモニターで、ジューダスは少し呆れた様子で、S級の強さを聞いてみる。
「いや……余裕をかましておったがのぉ、結局は十割全部を引き出されちまったわい。先の一撃は本当に良かったからのぉ。右腕の感覚が暫くは戻りそうに無い」
「……そうか」
そんなことさえも楽しそうにジルダは笑い、ジューダスはその報告に満足そうに頷く。
「細かいことは知らんがのぉ、これならいけるぞ?ジューダス」
「ああ、そうだな」
始めようか。 我ら最後の戦争を。
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