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第二章 冬月 桜 3

「……」

空気が凍り、俺は静かに石田さんに殺気を送る。

もし、一ヵ月後に死ぬ人間を守るために呼ばれたのだとしたら。

俺は冬月 桜を殺さなければいけない。一人の命を看取る為に多くの人間を犠牲にすることは、悪以外の何者でもない。

「不知火様の考えはジューダス様からの言伝から承知の上でございます。あなたの正義の定義から言えば、死んでしまう人間を守るために人を殺すのは悪。しかし、一ヵ月後に死んでしまう桜様が狙われる理由があるのです」

「……理由?」

「冬月家について、どれ位ご存知ですか?」

「……資料で見た程度だ。 前当主が行方不明になってから、娘が継いだことしか知らない」

「ふむ……では、まずコレを御覧になってください」

そういって石田さんは三枚の写真を取り出し、机の上にそっと置く。

「……コレは?」

「現在、事実上ロシア軍のトップに立つ者たちです。左から ジェルバニス=ラスプーチン。ジェミラル=ラスプーチン。アナスタシア=ラスプーチンといいます」

「……これと冬月に、何の関係がある?」

「冬月家の遺産は、頭首のみが扱うことが出来るように、術式と科学の併用によって管理され、正式な相続者意外がその遺産を扱うことは決してできません。

桜様は今、形式上冬月家第三代頭首の名を受け継ぎ、雪月花村を統治しておられますが、

正式にはまだ二代目 冬月 一心様から遺産を相続してはおりません。

つまりこの冬月家の所有する莫大な遺産は、一心様亡き今所有者のいない宙に浮いた遺産と言う事になります」

もちろんこの屋敷にはありませんがねと石田は冗談交じりに微笑み。

「そして、彼らは桜様の血縁者。しかもしっかりと初代当主 冬月 源之助の当主の直接の孫にあたる方々です。コレだけ言えば分かりますか?」

そう静かにティーカップを受け皿に置いた。


その説明だけで充分だった。

「つまり、遺産相続権があるということか……」

「はい、冬月家にある遺産はロシア政府の国家予算の十二倍に相当します。それがもし軍部に渡ればどうなるか?……想像できるでしょう?」

「……最近のロシアは軍部を強化する傾向にある……恐らく遺産は兵器開発に当てられるだろう。それが国家予算の十二年分となればおのずと使い道は絞られる……が、もしそれが唯の兵器開発なら、俺達ではなく軍や上でふんぞり返ってるお偉いさんの管轄だ、俺達はあくまで対大量破壊兵器専門部隊。核兵器開発やそれを超える兵器の製造や使用可能性がある場合でなければ動くことは出来ない……冬月桜の遺産と、大量破壊兵器による危険可能性は一体どこにあるかを説明しろ。そうでなければ俺達はこの仕事を引き受けることは出来ない」

俺達は大量破壊兵器に対する抑止力として各国配属された組織の一翼。つまり、扱いようによっては大量破壊兵器を凌駕する脅威にもなりうる。

そんな部隊が、他国で傭兵の真似事などをしたらどうなるか……。

答えは火を見るよりも明らかに、限りなく不幸な方向にしか働かない。

遊撃に近い行動を強いられ続ける立場だが、決して自由ではない。法により定められた

機関ならば、その法に従った条件がそろわなければ、その力を発動することは出来ない。

そう、石田さんにはっきりと伝えると、老人は少し考えるような顔をして懐から数枚の写真を取り出し、俺に見せる。

「私の送り込んだ密偵からの写真です」

「…… これは」

首を吊った人間を想起させる人形たち。顔が無く、腕が刃物でできている人型の化物。

おおよそ、人間の住む領域を超えた異常な光景が収められた写真は、一目見ただけでも仮身工場であることは明白であった。

しかし。

「……この写真は確かに、俺達の専門だが。核兵器の製造、所有は常任理事国には認められている。……仮身は核兵器と同一扱いをされている。この兵器を実戦投入する……という事が分かってるならば動けるが、この製造過程だけじゃ動く理由にはならない……」

まぁ、本来対立すべきである対大量破壊兵器専門部隊が仮身の製造所有をしているという話は、政治家にとっては核兵器一つ分に匹敵するほどのおいしい情報だろうが。

兵士にとってそんなものはあまり関係は無い。

「……まだ、写真は終わりではありません。この写真を見たらあなたも動かざるを得ないでしょう」

「……なに?」

石田さんは、そういうと懐から写真が数枚入りそうなハードケースを取り出し、暗証番号を入力してから中身をとりだす。

「これを見ていただきたい」

「……これは」

写真に写るのは、一体の仮身。

直立不動のまま、まだ装甲もないそれは、作成途中なのだろう、左腕、右腕、頭部周辺以外の装甲は存在せず、赤々しい筋肉がちらちらと未完成で薄い皮膚から透けて見えており、顎からはむき出しの白い歯と眼球がうっすらと見え、笑いかけてきているかのような錯覚を覚える。

唯の、製造途中の仮身の写真……。そう……それだけの写真のはずなのだ。

その大きさ以外は。

「……ふざけてる」

知らず知らずのうち奥の歯を噛みしめる。

仮身製造を行っている作業員の数は十名……それと対比すると、おおよそ仮身の大きさは十五メートル前後であると予測できる。

「シャドウ。確かあなた達の世界ではそう呼ばれる物だそうですね」

「あぁそうだ。存在自体が抑止力の歯車となるのが仮身なら……存在させないことが抑止力につながる存在……S級仮身……まさか本当に作ろうなんて考える奴がいるとはな。石田さん、あんたどれくらいの情報を持ってる?」

「……知識だけです。搭載可能武装は全二十三種。人工知能は重火器及び近接武器の扱いに対応しており、腹部にはおよそ三十体の仮身が収容可能。そして直接指示の無い場合、仮身の統率権限が与えられており、仮身の統率された兵器としての運用が可能になる。

そしてもっとも忌むべき点は高度な人工知能を有する二足歩行型核搭載兵器であるという点。いかなる場所からも、好きな時に、誰にもその場所を特定されることなく……核兵器を投下できる。

この兵器が起動したと同時に、各国主要都市は全て被爆射程距離範囲内となる。

その存在自体が兵器であり、要塞であり、そして自立した核発射装置である……これが本当ならば、まさに表と裏の核兵器を双方搭載した悪魔の兵器……という事になりますね」

「……あってはならない歯車が存在すれば時計は止まる」

「存在自体が、抑止力を瓦解させる兵器……それが今、ロシアでは作られている……国の頂点に立つ者たちによって。密偵が必死になって探してはいますが……場所までは分かりませんでした。しかしこの兵器は存在している、確実にね」

「確かに、俺達が動かざるを得ないようだな。しかし、これだけでは乗り込むにも情報が少ない。情報の正確性も写真だけでは判断できない」

「そうですね。しかし、ここで遺産を渡さなければ、シャドウの完成は遅れます。

そして、頭がつぶれればその分だけ、このシャドウの存在を公にするのが容易になるかと」

「……暗殺目的で来た人間を逆に暗殺しろという事か」

「それはご自由に……私たちの依頼はあくまで護衛です。このような兵器など、興味はありません。ロシア領内にいる間は、この兵器が私たちに牙を剥くことはありませんからね」

含み笑いを零し、石田さんはこちらに視線を向ける。

決断の催促だ。

俺はもう一度写真を見直す。

映し出された映像は、先日見た光景を写真に収めたかのようで、

東京の仮身工場を思い出し、俺は背筋を凍らせる。

「桜様の護衛を頼んだ理由を納得していただけましたか?」

それはもう充分すぎる理由だ。だがもう一つだけ問題がある、それはもし本当に金が敵に渡らなければの話だ。

「だが石田さん、一つだけ問題がある。冬月桜が一ヵ月後に死んでしまうなら、同じなんじゃないか……」

「いえ、冬月家の掟の中では、頭首の子息の十六歳の誕生日を持って、冬月家の遺産を相続する権利を有するとありますゆえ、一ヵ月後の桜様の誕生日を迎えれば、その時点で遺産は全て桜様のもの。奴らに遺産が渡ることはありません」

「そうじゃない。一ヵ月後に頭首が死んだ後ジューダスのことだ、報酬として俺らは雪月花の遺産が俺達の軍資金になることになっているはずだ」

「ええ、それが彼の出した条件でしたが、それがなにか?」

コクリと石田はなんでもないといった感じに頷く。

「アンタはロシアの情勢には興味はないと言った。それならあんたらにとって、遺産が敵に渡るのも同じなんじゃ……」

この戦いは決して遺産を守るわけではない。一ヵ月後に待っているのは、結局誰かに渡ってしまう遺産。その相手が身内か見知らぬ奴らかに代わっただけで、正義として戦う理由があるとしても、この戦いは彼らにとっては何も意味の無いものではないのか?

「深紅様」

石田はその問いかけを理解したのか、そっと眼を閉じてそう小さく呟き。

「私は冬月桜様の執事でございます」

優しく、そして誇りを持って石田さんはそう一言俺に告げる。

その意味は深く理解でき、一瞬でもこの執事は冬月家の遺産を狙っていたのではないかと思ってしまった自分を恥じる。


彼は、執事であり、何よりも誇り高き騎士なのだ。

そこにあるのは、誰かの手に渡ってしまう結果ではなく。

例え一秒にも満たない時間であったとしても、彼女が雪月花村三代目当主 冬月桜であったという事実を望んでいるのだ。

だからこそ、誰かに遺産を奪われるのではなく、彼女の意思で遺産を譲りたい。

遺産を譲ることは当主にしか出来ないこと。だからこそ全てを投げ打ってまでして、この執事は彼女を守ることに固執しているのだ。

「理解した。……この依頼は引き受けよう。だがこれだけは理解して欲しい」

しかし、そのことを理解したうえでも譲れない覚悟が俺にもある。

「なんですか?」

「俺はどんな理由があろうと、冬月桜が悪になると判断したら、迷わず桜を切り捨てる」

互いに走る一瞬の沈黙は確かに空気を張り詰めさせ、すぐに解ける。

「心に刻んでおきます」

そう一言だけ石田さんは呟き、俺は席を立ち、思い出す。

「そうだ石田さん……この辺りに仮身工場があるという噂を耳にしたんだが……知っているか?」

「この辺りに仮身工場?……さぁ、知りませんね?」

言う気はない……か。

「……そうか、護衛に戻る。時間を取らせてしまってすまなかった」

「いえ」

石田は立つ素振りを見せずに、二杯目の紅茶を入れながら俺を見送った。


扉を閉め、明るく赤い廊下に眼を細める。

一ヵ月後に死ぬ少女の護衛……例え最後まで守ることが出来ても、この戦いで誰かが助かる姿を見ることは出来ない。


この戦いで……救える人間なんていないじゃないか。


ただ争いを未然に防ぐだけ。防がなければ大勢の人間が死ぬのならば、それは確かに正義だろうが……。

「……なんて救われない」

ため息を吐き、俺は出口へと向かう。明確な敵がいるのなら、外での見張りは必要だろう。

「お~深紅。話は終わったのか?」

「お話は終わりました?」

不意に背後から声が響き、振り返るとそこには長山の手を引きながら走ってくる冬月の姿があった。

「お前の猫かぶりも終わったようだな」

「のんのん。始めは紳士に、なれたらフレンドリーに、これイタリア仕込みのナンパテクね」

「一生使わない無駄な知識をどうもありがとう」

相変わらずのへらへら顔にそう返事をし、俺は長山の隣にいる少女を見る。

「?」

余命一ヶ月の少女……白い髪をしたその儚く清純な少女の残された物語のラストに、

血に濡れた殺人者が現れるのは気が引ける。救えないならば、せめて最後の物語は静かに綺麗に終わらせてやるのが、俺に出来る手向けなのではないだろうか?

「長山」

「なんだ?」

「……石田さんと相談して、冬月の身辺警護と外の見張りを分担することになった。俺は外の見張りをやってお前は彼女の傍で護衛に当たってくれ」

長山はどうやら仲良くなったようだし、人との付き合いに関してはこいつに任せておけば問題は無いだろう。

だったら外で見張りを引き受ければ、冬月と必要以上に顔を合わすことも無いだろう。

「……おい、深紅?」

長山はきょとんとした声を上げるが、俺はそれを無視してその場を立ち去ろうとするが。

「……!」

そのコートの袖が積もった雪のような柔らかい弱い力で引っ張られる。

「……あの」

その正体は、上目遣いで俺を見る冬月の小さな手。

「私は、不知火さんも一緒に居てくれると嬉しいですよ?それとも……私のことが嫌いですか?」

小さく、少女は控えめにそう俺に聞く。

「……」

そんな顔をするのは反則だ。コレじゃまるで俺がこいつをいじめてるみたいじゃないか……。

困り果てて長山に視線を送るも、諦めろ。とウインクを飛ばしてくる。少し

少し様になっているところがムカついたが。その判断は悔しいぐらいに正しかった。

「はぁ……分かったよ」

クライアントの願いを断る良い理由も見つからず、俺はため息と共に彼女の願いを聞き入れると。

「じゃあ約束どおり屋敷の案内しますね!」

明るさを取り戻した少女は強引に俺の手を取り、屋敷の奥へと俺を引っ張る。

「ちょっ!?」

静止の言葉を待つ気は無いらしく、さっきまでのか弱い印象は何処へやら、いつの間にか俺は連行されるように廊下を歩いて行く。

「おい、そんなに引っ張るなって!?」

足をもつれさせながら、ようやくそんな言葉を漏らすと、冬月は振り返る。

「あっ……」

 一ヶ月後に散るとは思えないほど優雅に満面の笑みを浮かべる少女は何処までも幸せそうで。 そしてようやく俺は気が付く。

今自分は本当に久し振りに、人の幸せそうな笑顔を見たということに。

                     ■


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