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第二章 冬月 桜 2

ロビーの両脇から延びる長い廊下。 赤いカーペットで敷き詰められたその廊下には高級そうな花瓶や剣のレプリカが飾られており、煌々と輝くシャンデリアは、蛍光灯よりも赤みを帯びた光を放つことによって、部屋全体に温かみを帯びさせる。

ジューダスの執務室へと続く威圧的な赤ではなく、極寒の地の厳しい寒さを和らげるための暖かいその赤には、この屋敷を作り上げた人間の心遣いがうかがえる。

「ここです。古びた場所ですが、桜様はここにはあまり近づきませんゆえ、話を聞かれることはないでしょう」

「あれ……石田!お客様?」

「桜様!?」

きょとんとした顔でこちらを階段を下りてくる少女に、石田は慌てた様子で階段を駆け上がり部屋へ戻そうとするが、主従関係の弱みか、ズルズルと階段を一緒になって下りてくる。

「桜様!お部屋でお休みになっていてくださいとあれ程」

「だって、体の調子も悪くないのに寝てるなんて、そっちの方が体に毒でしょ?

石田は心配しすぎなの」

「桜様のお世話をするのが私の!」

「役目?も~、どうせ死ぬときは死ぬんだから大丈夫だよ」

「桜様!?縁起でもない!あまり私を困らせないで下さい!」

ギャーギャーと慌てながら主をなだめる姿は、先ほどの冷徹さを微塵も感じさせないほど優しい苦労性の執事であり、その主人は、体が弱いなんて情報がウソに見えるほど気丈で生き生きとしている。

「美人だなぁ?深紅」

「……ああ」

「……え?」

いつの間にか、呆けたまま彼女を見つめてしまう。

「そんなことよりも石田! 客人が来るなんて聞いてないわよ!」

「申し訳ありません……先日お話しました、護衛の……」

紹介されるよりも早く、長山は彼女の元へと駆け上がり、その手を取る。

「お会いできて光栄です冬月桜さん……あぁ、なんと噂に違わぬ美しさか……おっと失礼……私としたことが宝石のようなあなたの輝きに我を忘れてしまうとは……私、日本から参りました長山 龍人と申します。以後お見知り置きを……」

何だこいつ。

「挨拶が送れて申し訳ありません、雪月花三代目頭首、冬月桜です。お二人のこと石田から聞いていたのですけれど、今日来ると言うことは知らなくて……

一ヶ月間という短い期間ですけれども、よろしくお願いします長山さん」

「あぁ、まるで神話にでてくるハープの音色のような声だ……あぁ、ちなみにあそこでこじんまりしてる真っ黒天パの助が不知火深紅です……」

「よろしくお願いします不知火さん」

「……」

「不知火さん?」

「何ぼうっとしてんだよ。深紅」

「よ……よろしく」


「ハイ♪」

にこやかな笑顔が俺に向き、そんな輝かしい少女の笑みに納得する。

彼女が輝いているように見えたのは、彼女は人を疑うということを知らないからだ。

だからこんなにも強く輝ける。

俺とはまったく真逆の存在。他を拒絶することで得る覚悟とは真逆の、人を信じぬく覚悟が、彼女には天然で備わっているのだ。

人の美しさを誰よりも理解している……彼女はそんな人間だ。

だからこそ、俺にとっても少女にとっても、互いは互いを狂わせるものでしかない。

「えーと、俺達のことはどれくらい知ってるのかな?えーと例えば仕事の内容とか……カシン……とか」

俺達を護衛に雇ったのだから、仮身の存在は理解しているとは思うのだが、一応世界でも非公開とされていることのため、長山は言葉を使えさせながら冬月にそう問う。

「ええ存じております。対大量破壊兵器専門部隊……本物を見たことはありませんが、仮身の存在と脅威、三年前のイラク戦争で起こった事故など基本的な知識は備えています……」

「あっ……そ、そうか。いやーこれ一応一般の人には話しちゃいけないことになっててさ、知らなかったらどうしようかと思って」

「ごめんなさい、冬月家は各国の首相や議員の方々にお会いすることも多くて、そういった裏の事情も嫌でも入ってきちゃうんです」

「……なるほど、ならば自分の命がどれだけ危険に晒されているかも」

「ええ、理解はしているつもりです」

「なら話は早いな……早速」


「ええ、分かっています石田、この城の案内はした?」

「いえ、今しがたご到着なされたばかりでして」

「え……いや、そうじゃ」

「そう、だったら私がこの城を案内するわ。あなたは仕事に戻って良いわよ」

「なりません桜様、主を働かせるなど!?」

「いいのいいの、それとも私は部屋でお人形みたくじっとしてれば良いっていうの?

それこそ監禁だよ!イジメよ!」

「う……しかし……お体が」

「その話は終わり、さ、長山さん、不知火さん。まずは一階から案内しますね?」

子供のように幸せそうに顔をほころばせる少女は、そう一言告げると俺と長山の手を取り友人を急かすように引っ張る。

その力は病人とは思えない程力強く、一瞬そのまま流されそうになるが。

「え?」

その手を軽く振り払う。

「深紅?」

「悪いが……俺は少し石田さんに仕事についての話がある。長山だけを連れて行ってくれ」

ある程度は理解していると言ってはいたが、やはり一般人には現状を理解することは難しいらしい。

「……」

何か言いたそうな視線を長山がこちらに向けるが、それに気が付かないふりをして冬月から自然に一歩離れる。


「あ……はい、じゃぁ長山さん行こう」

それを冬月は拒絶と理解したらしく、一瞬不安そうな表情を浮かべるも、すぐに長山の手を引いていく。

「……申し訳ございません、桜様はいまだに自分の置かれている状況をいまいち分かっていないようで……」

「無理もない」

隣からかけられる言葉にそう返し、俺はつかまれた血塗られた手をポケットに突っ込む。

「話というのは今回の敵についてだ」

さっきはアホに邪魔されてしまった話題を持ち出す……。

「……そのような話ならば、場所を変えたほうがよろしいですね?」

石田は依然表情を変えないまま、俺と長山のコートと荷物を持上げ、長山たちが向かった廊下とは反対方向の扉へと案内する。


廊下に入って一番最初にある扉の前で石田さんは立ち止まり、懐から鍵を取り出して扉を開けて、中に案内をする。

「……暗いな」

「今、明かりを」

暗闇の中を石田さんはなれた足取りで進み、ライターでろうそくとランプに明かりをともす。


ランプの明かりは弱く、ランプとろうそくの置いてあるテーブルとイスしか映し出せていないが、うっすらと見える周りの様子から、さして広くない部屋だということだけはうかがえた。

「私はこれから御荷物を御部屋へ運びますので、もうしわけありませんがしばしお待ちください」

「わかった」

石田さんは一度こちらに頭を下げると、音を立てずにゆっくりと扉を閉めた。

「……資料室みたいなもんか?ここは」

暗いため、術式を起動して部屋の中をもう一度見回す。

埃を被り、雲の巣だらけのその狭い部屋は人三人が入れる程度のスペースしかなく、明かりは吊るされたランプと机の上の蝋燭のみ。

椅子は長方形の机に向かい合うように一つずつ用意されており、触れてみると

その椅子と机には埃は被っていない。

「……」

どうやらこの部屋は資料室ではなく、元々密談用の部屋のようだ。

「……ふむ」

唯待つというのも落ち着かず、ふと目に映った書物を引き抜き、埃を払って本を開く。


「…………術式?」

そこに描かれた日本語の書物は、手書きで術式が書かれており、一ページ一ページが

アリの行列が這っているかのように文字が書き込まれている。

「日本語の術式とは……初めてだ」

確か日本語での術式は言葉の意味が多すぎて強力なのだが作り上げるのに多大な

文字量を必要としてしまう為、ほとんど現存していないと聞いているが。

「なんの術式だ?」

本を閉じて題名を見ると、緑のハードカバーに小さく

【2059/3025】

とだけ書かれていた。

「3025……ということは」

大体この部屋に収まっている本全部あわせた数程度……。

どうやら相当でかい術式の本らしい。

何の術式は分からないが……コレだけ大仰な術式なら、魔法に匹敵する奇跡も起こせそうだ。

「お待たせしました」

そんなことを考えていると扉から光が差し込み、石田さんが顔を覗かせる。

「ああ」

本を閉じてもとの位置に戻し、石田さんと向き合うように椅子に腰を掛ける。

「さて、お話をお伺いしましょうか?」

椅子に座ってその笑顔をこちらに向ける石田であったが、ランプの光で影ができ、その笑みが心なしか歪んで見える。

この人もまっとうな人生を歩んできたとはいえないことは、それだけで容易に読み取れた。

「聞きたいことは二つ。 まず一つ目は、この一ヶ月間という限定された護衛期間についてだ」

「と、申しますと?」

「人物の護衛は本来、その対象を危険から守ることだ。それ故、護衛が解除されるのは対象の身の安全が保障されてから……若しくはこれからもその状態が続くであろうと判断されて始めて護衛は解かれる。つまり、一ヶ月間の護衛と言う事は一ヶ月以内に対象を狙うものがいなくなる。若しくは一ヶ月以降ならば対象は死んでも構わないという意味だ」

「なるほど」

石田は瞳を閉じて納得したように頷き、俺はそれを見送ってから話を続ける。

「しかし、あんたの冬月桜への忠誠心は偽りじゃない。と言う事は前者が正解というわけになる。俺が聞きたいのは、一ヵ月後 あるいは一ヶ月以内に何があるのかだ」

例えば、冬月桜を狙うものが一ヶ月以内に不慮の死を遂げるとか……。

「……」

石田は俺の言いたいことを察したのか、何か言葉を捜すように今度は本当に顔を少し歪ませる。眉間に入った皺と固く結ばれた唇を見る限り、よほど言い出しにくいことなのかその手は少し震えている。

「深紅様、桜様を見て、何か感じられましたか?」

と、石田さんの瞳が閉じられ、そんな理解不能の質問が飛び出す。

「……いや、一瞬だけだったから良く分からないが、病弱ではなさそうだな」

誰もが抱きそうな当たり前の感想だったが、石田はなにやら表情を重くし。

「そうですか……」

とだけ呟き、顔を上げる。

その顔は何処か哀愁が漂い、ランプの光によって出来た影によりさらにその雰囲気を際立たせている。

「どうした?」

「……一ヵ月後、桜様を狙うものは、全員狙う理由がなくなります。」

石田さんはなおも応えずに唇を震わせ……しかし最後には決心したように震える唇をゆっくりと開き。


「余命一ヶ月……それが桜様に残された時間なのです」


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