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第二章 冬月 桜

11月 25日 

シベリア空港を降りてから用意されていた車に乗り、移り行くロシアの都会の風景を隣の相棒のくだらない話に適当に相槌を打ちながら進むこと約三時間半。

日本との時差三時間程度の場所にある小さな町の整備されていない雪道を抜ける。

ラジオから流れる時代を感じさせるジャズを聴きながら、その車はさらに都会の風景など忘れさせるほど殺風景な木々生い茂る道に入り、次第に人の存在は摩耗するかのように少しずつ消えて行き。

とうとう全部が真っ白になった。



そこは雪の降りしきる森。


そんな神秘的な空間は比較的温暖な地域でしか行動をしたことの無い俺にとっては珍しい光景でもあり、雪と針葉樹しか見えないそんな静の世界に何か寂しげで悲しいものを覚える。

例えるならそうだ、拾った子供が大人になって今夜自分を殺しに来る。

その事実を知った親の夜までの時間は、きっとこんな悲しくて寂しく、けれども何か心に重く暖かなモノを含ませた世界が広がるのだろう。


そんな事を思いながら俺 不知火深紅は似合いもしない感傷とやらに浸り。


「ん~……さすが、ハットトリックだ~……むにゃ」

同時に自らの不幸を呪う。

「……」

積もり積もった雪の中を、足を取られることもなく悠々と森の住民達の静寂を奪いながら無粋に走り続ける白塗りの巨大な車の後部座席。

どんな夢を見ているのかは知らないが、幸せそうに口元を緩ませながら寝言を撒き散らす隣のつんつん頭、長山 龍人と組まされたことはどう考えても腑に落ちない事態だ。

ジューダスが選んだために、今回の任務で行動を共にすることになった古くからの友人であるが、見てのとおり何もかもがいい加減な奴のため色々と不安が残る。

まぁ、それでも信頼が出来るという点ではまだマシかも知れないが……。

「 ……クレジ~ットカードは連結払いでお願いしりゃす……」

「……部下のほうがマシだった」

一瞬どついてやろうかとも思ったが、俺は無視をして外に向き直る。

似たような道に、似たような木々が生い茂り、似たような雪がしきりに降り注ぐ。

変動するのは雪の落ちる場所と、積もって量を増す地面に落ちた雪のみ。 

どっちにしろ雪である。


そんな世界を見ながら車に揺られることはや六時間。

ロシアの永久凍土の地よりわずか南……、ロシア人が住んでいる集落の最北端よりも遥か北。

おおよそ人間が住むことも出来ず、仮に住めたとしても生活をすることはほぼ不可能な何も無い深い森の中……。

その森の奥に存在する、人口二百人程度の小さな村。不可能を可能にした人々が作り上げたその場所が、俺の今回の任務遂行地~雪月花村~。

村人は、すべてロシアへと渡ってきた日本人だけで構成されているらしく。

そんな不思議な村に、少しばかりの高揚感と脱力感を兼ね備えた何かを抱きながら、俺は金髪の青年が運転する車に揺られながらまた外を見る。

我ながらそれしかすることが無いというのも物悲しいものを覚えるが……

無趣味な俺にとって、この無駄な時間を過ごす苛立ちを押さえるためには

無変動な白いキャンパスを見ているのが一番落ち着く。


そう、俺は苛立っていた。

本来なら今、俺はレバノンの紛争に参加しているはずで、

解放人民戦線総司令部を含む、ハサン率いるヒズボラ勢力とイスラエル勢力との両戦力合わせて四万五千人の総力戦。

その阻止を単独で行うことになっていた。

衝突すれば少なく見積もって死者は二千人を越えるこの戦いで、俺はその被害を一にできたはずだった。

 作戦は単純。

ハサンを暗殺し、幹部級のメンバーを一人も取り残さず拘束。フランスの国連大使に突き出すこと。

既に国連はこの騒ぎの為の停戦案は製作済み、イスラエル政府側も幾度もクラスター爆弾を使用したために、外国からだけでもなく国内からの風当たりも強いため、

国連の案に大方納得をしている。

だからハサンとその周りの主要な人間を排除し、半ば強制的に停戦案を飲ませる。

確かに不満に思い、歯向かうものも現れるだろうが紛争屋率いる圧倒的多数の多国籍軍と国連軍によるDDR【武装解除 動員解除 社会復帰】の前ではそれも諦めざるを得ない。そのための協力も、既に取ってある。


とても単純で、とても安全な、一日で千九百九十九人の人間を救うことが出来るその仕事は誰がどう見ようと正義であり、

暗殺専門部隊長の俺が行かなければ紛争が激化することは目に見えていた。

今現在……世界のどこかで救えた筈の命が消えている。

そう思うだけで吐き気がする。

救える人間を、俺は救えなかったのだ。

そして、代わりに課せられた仕事内容にも同時に苛立ちを覚えている。

「ちっ」

雪月花村頭首の一ヶ月間の護衛、若しくは死亡確認……。

あの後渡された一行だけ書かれたジューダスからの命令文書……。

俺はそれを懐から取り出し、また戻す。

まるで、別に死んでも構わないと言われているような文章は苛立ちを加速させる。


 あれだけの詭弁を並べておいて任務に当たらせたにもかかわらず、正式な指令書は一行。

つまりジューダスにとってその程度の任務の為に、俺は何千人の命を諦めたのだ。

                    

「どうかしましたか?深紅様」

よほど顔をゆがめていたのだろう。運転席に座る男が、心配そうな顔をしてこちらを覗き込む。

「……別に、何でもない」

「そのワリには機嫌が悪そうですが、車酔いなら薬がバックの中に……」

「大丈夫だ……」

「そうですか」

話しかけられて始めて気がつく。

どうやら俺は知らぬ間に外を見ながら舌打ちを何度もしていたらしい。

「はぁ……」

……こんな状態を俺は、一ヶ月も続けなくちゃいけないのか。

想像しただけで内臓の中を黒いものが這いずり回るような感覚で全身が麻痺しそうだ。

何か気を紛らわせることは無いものか……。

「なぁ、あんた名前なんていうんだ?」

気晴らしに、前の座席で運転をしている運転手に話しかけてみる。

「私ですか? 私はジューダス准将率いるアメリカ軍特殊部隊 ~SHIDEN~の諜報部少尉をやらせていただいております。 ジハード・シュトラインベルンといいます」

聖戦(ジハード……アメリカにしては特殊な姓名だな。しかも。

「シュトラインベルン?……何処の生まれだ?」

「さぁ? 物心ついたころから戦場を転々としていましたし。

名前も、一年前に拾ってもらったジューダス様より頂いたもの。この髪の色からして

アメリカか ヨーロッパの生まれだとは思うのですが……」

「そうか……そういやSHIDENと言えば、SATやグリーンベレーと肩を並べる特殊部隊だったな」

「はい、対人ではなく、対大量破壊兵器の排除にのみ重きを置いた部隊。……今の時代は、米ソ冷戦時代に匹敵するほど危うい勢力均衡時代ですからね……今まで核兵器に胡坐をかいていたところに、仮身という新型兵器が誕生したものですから……こちらとしてもそれを考慮した部隊が必要なのですよ……」

「今回の任務、お前も参加するのか?」

「はは、私達は軍の延長みたいな部隊です。 私達が束になっても、あなた方の部隊の一般兵にも敵いませんよ。私は必要なものを森の外から運んだり、命令をお伝えしたりするいわゆるサポート役です。こんな隔離された村ですし、何かと必要なモノもあるでしょう?」


自らに戦力外通告を出し、ジハードは気さくに笑いながら運転を続ける。

その落ち着き払った物腰と、丁寧ながらなにか鋭いものを感じさせるしゃべり方は、俺と見た目五歳も離れていないであろう青年を大人らしく見せるに

は充分であり、それからは貫禄のようなものさえもにじみ出ている。

その所為もあるのか……彼の話し方には違和感を覚えてしまう。

「それは残念だ……」

「ふふ、ご冗談を」

前髪まで到達した金髪は笑うたびに揺れ、耳から見えるピアスはその貫禄が一瞬で消え去るほど今の若者が好みそうなデザインだ。

「いやぁ、しかしここは本当に静かだ……私のいたアメリカは騒音の塊で夜も眠れない。あまりにもうるさいんで警察に訴えでたら、その警察なんていったと思います?」

「……いや?」

「銃で頭打ち抜けばゆっくり眠れるぞだって!あはっはははもう傑作」

「そうか……」

アメリカのブラックジョークは良く分からないが、

気丈に笑うジハードの姿に少し平常心を取り戻し、俺は彼に問う。

「そういや、雪月花村はあとどれくらいでつくんだ?」

「え?ああはい。もう少しです、この森を抜けた先にあるんでそろそろ、あ、見えてきましたよ」

片手運転でフロントガラスの先に移る影のようなものを指差す。

窓を開け、俺も外から顔を出すと、吹雪く雪の森の中に、確かに比較的近代的な建物が見えた。

「……」

雪化粧をした森を抜けた先にある開けた村。

村とはいえ、ロシアの村のようなレンガに包まれた家が点々としているような村ではなく、例えるならば日本の村をそのままここに移したかのような、和風でいて何処か

新鮮さを植えつけるような幻想的な村がそこにはあった。

まぁ洋風のつくりの家があれば和風のつくりの家もあるのだが、比較的和風のものが多いように見える。

コンビニのようなものはなく、日本のような近代さとはいい難いが。

「綺麗な村だな……」

そう知らず知らずに言葉が出るほど幻想的で、冬の村だというのに何故か、

暖かく優しい雰囲気をかもし出している。

「?」


雪月花村に入る手前で、不意にジハードは車を停車させる。

「何か問題でもあったのか?」

「いえ、これ以上は村の敷地内で車の出入りは禁止されています。この道をまっすぐ進んでいただければ雪月花村頭首冬月家の屋敷につきます。依頼内容はおふた方の護衛のため、私は面会を許されておりません故ここでお別れです。ですが暫くはこの町にとどまりますので、用があれば申し付けてください」

「分かった、ご苦労。 ほら、起きやがれ馬鹿」

ごすんという鈍い音がわき腹に響き、長山はこもったうめき声を上げて目を覚ます。

「このやろぅ……何しやがる」

「何度起こしても起きなかったからな」

「ウソつけぇ!絶対起こす努力なんてしなかっただろぉ!」

大声を上げる長山は無視して、俺はドアを開けて外へ出る。

コートにかけられた術式のため寒さは感じないが、ひんやりとした風は体を吹き抜けていく。

雪の町は厳しい自然の猛威を受けながらも堂々とそこにあり、そんな自然の中に在り続けるからこそなのか?街には静かながらも揺らぐことのない確かな活気があった。

冬の森ゆえに商店街の様な表立った賑わいや、江戸の様な火事と喧嘩の騒がしい賑わいでもない。

静かでつつましくそれでも何処か暖かいその村は、紛争の中で死と狂気に身を置き続けた俺にとってはまさに楽園に等しかった。


「スゲー深紅!俺こんな量の雪始めてみたわ!」

「……お前な」

「雪合戦しようぜ!?いや、それとも雪だるま作るか?」

「……もういい」

子供のようにはしゃぎながら落ちてくる雪を追いかける長山にため息をつきながら、俺は荷物を持って村の中へと入る。

雪を追いかけて駆け回るのが犬ならまだ愛着が沸くが、アホが駆け回ってても殺意しか沸かない。


白い雪は踏みしめるたびに乾いた音を立てて沈んで行く。

村に自らを誇示するものはなく、森の一部としてそこにひっそりと佇んでいる。

ポツポツと見える民家は、大通りに面して並んでおり、

村人は晴耕雨読を絵に描いたように仕事をしながら、互いが互いに村人としての役割を果たす。

その村人達にまぎれてチラホラとスーツ姿の外国人が見られるところから、

交流が完全に遮断されているわけではないようだ。

まぁ確かにコレだけ環境的に厳しい村が、他との公益を断って残ることは不可能と言えば不可能か。

村とはいえ、作りはどこにでもある日本の住宅街。雪に囲まれているせいでロシアというイメージが強いが、よくよく見れば積雪量と周りが森に囲まれていることさえ除けばこの町は俺が昔住んでいた里浦の街並みに似ている。

……まぁ、住んでいたのは十年も前の事だが。

「……?」

と、そんなことを考えていると足元にボールがあたる。

子供用のピンク色のゴムボール、転がって来た先を見ると小さな広場から小さな少女が走ってくる。

「お兄ちゃ~ん!ボール取って~!」

黒い髪の少女は日本で言えば中学生くらいか?あどけない表情を残したまま、警戒心も何もなしにまるで近所のお兄さんと話すかのように駆け寄ってくる。

「……」

それを拾い上げ、無言のままその小さな手にボールを手渡す。

少女の顔を見ると、髪を両側でお団子にした翡翠色をした瞳の少女がボーっとした顔でこちらを見ていた。

「……ほー……」

「?…どうした」

「う……ううん!なんでもない!ありがとう」

一度お辞儀をして元気にかけていく少女は広場で待っている子供達の下へ戻っていき、また甲高い笑い声を上げ始める。その姿はこの極寒の寒さを全く感じさせず、俺はその姿と昔の姿を少しだけ重ねる。

「ボール遊びか……懐かしいな、長山」

「確かに、昔は良くやったよな~。あ~あの頃に戻りてぇ」

「ほう、珍しく気が合ったな」

「よし、遊んでこよう」

「そうだな……ってはい?」

疑問符を浮かべて振り返るとそこには既に長山の姿は無く、広場に向かっていく赤いコートが、生き生きとした足取りで子供達の集団に向かっていく姿だけが映っていた。

「思いつくままかお前!!?」

「おーい!俺も混ぜてくれー♪」

どうやらここに住む子供達が人見知りという言葉を知らないらしい。

初対面にもかかわらず小さな子供達の中に飛び込んでいく十五歳のお兄さんを全く警戒することもせずにすんなりと受け入れて、ものの数十秒でまるで幼馴染のようにきゃっきゃと違和感無く打ち解けている。

これはここの子供達の特性かそれとも長山が同レベルだからだろうか……。

無視だ無視あんなアホ放っておいてさっさと目的地に向かおう。

それにあいつのことだ。唯遊んでいるわけじゃないのだろう。

「行くぜおい!!」

「あー!お兄ちゃんずるーい」

……多分。

そう半分諦め半分信頼した状態のまま、俺は雪の道を道なりに進んでいく。

「あら?お兄さん見ない顔だね?どこから来たんだい?」

「仕事で日本からだ」

「おやおや、わざわざこんな辺鄙なところまでよく来たねぇ。お仕事がんばってください」

「どうも」

……外部から来た人間に、この村の住人でさえも敵対心は無く、

何の躊躇も無しに話しかけてくる。

初めは同じ日本人だからかと思っていたが、この村の人間が争いと人を疑うという言葉を知らないのだと気がつくのにはそう時間はかからなかった。

この極寒の森の中、人が生き抜くためには互いに手と手を取り合うしかなく、そんな村だからこそ、誰とも分け隔てなく接せるのだ。

たとえ俺が黒人だろうと白人だろうと、彼らは同じように接してくるだろう。

そんな事を思いながら、道行く人間に声をかけられては適当に返事をしてあしらい。

村の最南端、入り口から続く一本の大きな道を抜けたところにある森へとたどり着く。

村に着くまでに見た針葉樹林とは少し違うその森は、何処か気品めいたものを振りまき、その道には一切の雪も積もっていない。

外部からの侵入者を受け入れながらもその存在感をひけらかしているそこを直視すると。

同じ風景だというのにどこかまったく違う場所に足を踏み入れたような違和感が全身を巡る。


「術式か」

足元を見るとそこには術式のようなものが描かれているが、術式に詳しくない俺にはそれが何の術式か判別することは出来ないため構わずに中へ入る。


暫く歩くとその術式の正体は簡単に分かった。

外とは全く違う雰囲気の森の中、細い一本道は-三十度のロシアの永久凍土の地とは思えないほど暖かく、コートの術式が不要に思えるほどだ。

だというのに、降りしきる雪は溶けることなく道を避けて森へと積もっていく。

「……なるほど」

大方空調固定の術式といった所だろう。

術式で指定された範囲だけ、指定した空調を保つ冷暖房のような術式。

こんな長い道全体に仕掛けるとなると、一年程度では組み上げられないだろうに、良く作り上げたものだ。


そう、功労者に尊敬の念を抱きながら道を歩いていると。

「!?」

突然背後に気配を感じ振り返る。

「……」

もちろん背後には誰もおらず、一瞬感じた気配も消えている。

「?」

気のせいといってしまえばそこまでなのだが、

確かに突然感じた気配は人の気配だった。


「お~い深紅~」


と、村のほうから長山が手を振ってやってくる。

「いや~この村のガキは本当に元気で参っちまったよ~、……ってどした?

そんな怖い顔して」

「……長山、今そこに何かいなかったか?」

「ん~?別に何も無かったと思うが?」

「そうか、ならいい」

やはり気のせいだったのだと自分で納得し、俺は長山と並んで目的地へと進む。


さわさわと身を揺らす針葉樹。その道は長く、三キロメートルほど進むとようやく

開けたと地へと出る。

森を抜けた広い何も無い雪の積もった場所……そこを見て

「すげぇ」

長山がそう短く簡潔に感想を漏らす。

しかし、長山がそんな言葉しか思い浮かばないのも分かる。

その荘厳さは人の作ったものとは思えないもの美しく、俺もその美しさに飲まれて言葉を失っていた。

そびえたつ城は巨大であり、豪華絢爛な洋館は雪の中で俺たちのことを見下ろしている。

例えるならば神の城だ。 俺たち人間なんかが立ち寄ってはいけない禁断の聖なる城。

それが俺達の目前に聳え立つ~雪月花村当主~の城だった。

「これが冬月家の屋敷」

短く言葉を漏らし、短い石の階段を登り、巨大な獅子の彫刻が加える金属の輪でドアを叩く。

      

乾いた音が空気を振動させ、同時に俺たちの到着が分かっていたかのように扉が開く。

中から現れたのはジューダスと同じ年くらいの初老のスーツ姿の老人一人。

もっと大勢で出迎えるものと思ったが、彼以外に姿を現す人間は誰もいなかった。

「お待ちしておりました」

白髭を蓄え、物腰柔らかな雰囲気で右腕を左胸において、その老人は俺たちの姿を捉えるとゆっくりとお辞儀をする。

その姿はやけに様になっていて、執事というものを想像程度でしかしらない俺のイメージにもピッタリ合致した。

「私は冬月桜の身の回りの世話をさせていただいております、石田と申します。

日本から遠路はるばるロシアの偏狭へお越しいただき、感謝いたします」

「ああ、これから世話になる。対大量破壊兵器専門部隊日本支部、十三番隊隊長 不知火深紅だ。そしてこっちが」

「十番隊隊長、長山龍人でぇっす」

「不知火……」

一瞬、石田さんは俺の名前に表情を変えるも、すぐに一言社交辞令を述べて、石田と名乗る男は顔を上げる。 まぁ確かに、こんな苗字も珍しいから気になる反応ではない。むしろ気になるのは、この執事から流れ出る覇気だ。

立ち振る舞いは丁寧であるがその姿は決して腰が低いわけではなく、その体から発せられる威圧は、俺たちに一分の隙も見せることなく矛先をこちらに向けている。

あくまで主にしか従わないというその決意が形になった、刃のような男である。

「すげー!執事だってよ深紅!?メイドとかもいるのかな?」

……長山のバカはその威圧感を無視して好奇心のままにはしゃいでいる。

失敗した、せめてこいつに礼節というものを叩き込んでからここの門を叩くべきだった。

「……残念ながらメイドはおりません。執事も私一人。桜様は何かと命を狙われやすい立場にありますゆえ、村のもの以外この城には原則立ち入らせない掟でして、先代より御仕えしておりました私以外、誰も雇っておりません」

……その言葉は何処か冷たく、俺たちのこともまだ信頼はしていないということが読み取れた。

長山もそれに気がついたらしく、石田の笑顔から零れる殺気に向かって笑い返す。

「これから暫く世話になるよ、石田さん♪」

「はい、こちらこそよろしくお願いします。 ささ、上着をお持ちします。中へどうぞ」

「すまない」

コートを預け、俺は荷物を持って中へと入る。

広いエントランスの先の両脇にある巨大な階段が目に入る。どうやらこの巨大なエントランスは本当に入り口であるらしく。唯広い空間だけが広がり、頭上には三階分の高さの屋根から、無数のシャンデリアが吊るされている。

「随分と広いな……ここ」

「ふふ、一応貴族向けの洋館ですからね、舞踏会を開けるだけの空間は必要なのですよ。まぁ、確かに無駄といえば無駄なのですが」

苦笑いをしながら石田はそう笑い、部屋の中心でふと足を止める。

「どったの?石田さん」

「いえ、少し仕事の確認をしようかと思いまして」

「?」

煌々と輝くシャンデリアの真下……。俺達と石田さん以外存在しない空間で、石田さんのつぶやきは反響する。

「あなた方には頭首の護衛を勤めていただきます」

「そんなことは分かってるぜ?」

「しかし失礼ながら、私はあなた方の力量を全く知らない。少々心配なのですよ、あなた方みたいな若い方が、本当に我が主を守ることが出来るのかどうか?その為、その実力を試させていただきます」

石田さんはそう呟くと、わざとらしく一礼をして指を鳴らす。

「!!」

同時に、俺達以外人のいなかった空間に、隠されていた殺気が一斉に立ち込める。

「なるほどねぇ、こそこそ隠れてた人たちはそういうわけですか」

「隠れてたつもりだったのか……」


立ち込める殺気は本物。 あちらは本気でこちらを殺そうとしているらしい。

「それでは、御武運を」

ぱちんと石田が指を鳴らすと同時に、黒いスーツ姿の男達が一斉に俺たちを取り囲む。

手にはオートマチックハンドガン。

……最近ロシア軍で投入された新型拳銃MP-443……グラッチと……その兄弟銃ヴァイキング。

極寒の地での使用を想定しているため、分厚い防寒具の中から取り出しても、ハンマーが引っかからないようにスライドの両サイドが後方部に伸びてハンマーを覆っている。

……何よりもまず、堅実性に重きを置いた扱いやすいいい銃だ。

体格を見るからに素人ではないな、統率された動きで俺を取り囲む姿に無駄が無い。

「……長山、一般人だ。殺すなよ」

「分かってるよ」

銃口が一斉にこちらを向き、俺と長山を引き離す。

ふむ、どうやら互いに互いを撃たないように考えて角度を調整して俺を取り囲んでいる。戦闘のプロかもしくは元軍人の集まりだろう。

「なお、彼らには本気で殺すよう伝えております。お気をつけて」

挑発のつもりか忠告のつもりか分からないが、長山はその言葉に眉を潜めて両手の平を広げる。

「では……始めてください」

そう石田は優しくも冷たく開始の合図を送り、構えられるハンドガンのトリガーに一斉に指がかけられる。

「シッ!」

引き金が引かれるよりも早く、俺を取り囲んだ十人に回転する形で足払いを食らわせる。

「!?」

皆が皆音を立てて転倒をし、比較的うまく受身を取った男が一人すかさず立ち上がって銃を構えようとするが。

「あれ?……銃は?」

握っていたはずの銃を探して指が二三度空を切る。

「探し物はコレか?」

「えっ?」

呆けているスーツ姿の男達十人に、それを全て分解して相手に投げ返す。

マガジンから銃弾がこぼれ、甲高い音を立てて大理石の床に散らばり、男は驚愕に声を漏らす。

「いつのま……にぃ!?」

そんな言葉を待たず、俺は呆ける男達の首の後ろに手刀を叩き込んで意識を落とす。

「……」

倒れていくスーツ姿の兵士の胸ポケットからナイフを抜き取り、即座に石田の足元へと投げつける。

「!?」

「そんな武器出されたら殺し合いになる。しまえ」

隠し持っていたトンファーを捨てると、石田は満足そうに笑い。

「ふふ、流石は調律師ですね……」

すぐに殺気を解く。

こいつ……気付くか試したな。

「お~い、こいつらどうすりゃいい?」

相変わらずのトーンのまま長山がこちらを呼び、振り返るとスーツ姿の男達が鎖で吊るされて長山に回されたりして玩具にされていた。

……えげつねぇ。

「……さて、試験は終了か?石田さん」

「はい、無礼をお詫びし、あらためて歓迎いたします。死帝様、万物様」

殺気と威圧が消え、優しい執事となった石田は頭を下げる。

「ん?もう終わり?」

長山が鎖を解くと、スーツ姿の男達は何事も無かったように立ち上がり、俺が気絶させた男達を担ぎ上げる。

「気絶した人間は寝かしておいて、残った皆さんで町の警備をお願いします」

「ハッ!」

スーツ姿の男達が退出するのを確認し、石田は扉を施錠してこちらに向き直る。

「……あれも執事なのか?」

「いえ、彼らは私が雇ったボディーガードです。本来は村付近の警備に当たっていますので、ここにはもう来ません」

ボディーガードというより、傭兵といった感じだな……。

そんなどうでもいいことをふと思うと、石田は小さく手を合わせ、静かに言う。

「さて、早速ですがあなた方の任務をお伝えします。あなた達の任務は我が主、冬月桜の一ヶ月間の護衛です。二人お呼びしたのは一名は桜様の近辺の護衛を、もう一人は屋敷周りでの見張りを兼ねて、敵の強襲を食い止める役をお願いします。なお、この城が落とされた際、桜様を連れてこの村を脱出することも想定しておりますゆえ、後に脱出経路を案内いたします、何か問題は?」

「異論はない、それより」

「それより桜ちゃんってのに合わせてくれ!可愛いんだろ!?」

……しまった一瞬回し蹴りか裏拳のどちらかを打ち込むか悩んでしまったせいでタイミングを逸した!

「それなんですが……その」

流石の石田さんもも困ったのか、言葉を濁すように慌て始める。そりゃそうだ、護衛に選んだ人間が発情期のオスチンパンジーなのだから。

言葉に明らかに先ほどまでの余裕がなく、目線も少し上を向いている。

「ご存知の通り桜様はお体が弱く、まだ寝室にてお休みに……」

自らの主を守る精一杯のそう、苦し紛れの言葉を発すると……。

「石田~、今何かスゴイ音がしたけれど大丈夫~?」

洋館入り口、エントランス先に見える大階段の奥。長い廊下からパタパタと元気な声を出しながら走ってくる少女の声が聞こえ、すぐにその姿を現した。

「………………」

 一瞬呼吸さえも忘れてしまう。


白銀の髪を揺らしながら現れた、同い年位の少女……。

 銀色の服に身を包み、笑顔のままこちらを見降ろす彼女の瞳は……儚くも強き、 上に立つものの瞳。

その姿はまるで桜のように……。

弱く、脆い存在でありながら。威風堂々として咲き誇る。


誰にも彼女を穢すことは出来ない……永遠の純粋を保つ桜。

だが、そんな言葉さえも陳腐な形容に聞こえるほど……彼女は輝いている。


そう……彼女は唯々美しかった。


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