第五章 本当の意味で再開をした二人
食事時。
ミコトにより用意された中華料理の数々を若干一名の例外を除いて俺たちは静かに食べる。
今回は珍しく長山が外の見張りをしており、俺は久々にテーブルで暖かい食事に着くことになる。
味は絶品文句なし。
ミコトの料理は石田さんのロシア料理にも負けずとも劣らないそれは筆舌に尽くしがたい独特の味を引き出しており、誰もがそれに満足をしている。
「うめへへへへへー!」
まるで犬のように食事に喰らい着くカザミネは、ミコトの祝いもあってかいつにもまして見るに耐えない醜態をさらし、いつもならチョップを食らわすはずの俺であったが。
今日はミコトが気になって仕方が無かった。
ちらちらとミコトをどうしても覗き込んでしまう。
「……」
まさか、あのときの女の子がミコトだったとは……確かに息吹だかなんだか呼んでいた気もするが。
「……うーむ」
「!っ?」
不意に足の急所に衝撃が走る。
いつもの感覚。
これは桜が俺の脚を踏んだのだ。
「……何をする、桜」
「ふーんだ」
ご機嫌斜め。相当ご機嫌な斜め。
いつものむくれっつらがさらにむくれており、とんでもない顔になっている。
「?」
「くすくす」
疑問符を浮かべる俺に、ミコトは一人全てをわかったように面白そうにくすくすとわらい。
俺は全てを察する。
またこいつか。
まったく、こっちは懐かしい思い出がよみがえってきたから少しやさしくしてやろうとか思った俺がバカだった。
ミコトはミコトだ。
「ミコト……お前」
「あだあ!?」
桜に何を吹き込んだ……という台詞は桜によるセカンドインパクトによりかき消されていった。
■
「おう深紅これからカザミネ流ターザンハンター体操をやるんだが、一緒にやんねーか?」
「いや……いい」
「?」
計四回。 食事が終了するまでに桜に足を踏まれた回数である。
一体全体ミコトはどんなほらを吹き込んだのやら……桜があそこまで怒るなんて相当だぞ……。
というより、その桜の部屋で身辺警護をしなければいけないとは……今のこともあるし、今朝方のこともあるし……俺の精神と脳は次々と変わる戦局についていけず、オーバーヒート寸前までストレスを蓄積していく。
はぁ……。
■。
「ああ!桜ちゃんか?これから略」
「……仕事は?」
「!?もももも、勿論!二十四時間体制で外の見張りにいってきまーーーす!?」
「はぁ」
さっきは、シンクンの足を四回も踏んでしまった。
なぜだろうか、別に好いた惚れたは人の自由だしともと二人がそういう関係で、その開いた溝が埋まるのなら喜んであげるのが正しいのに……。
何でだろう。 すごく嫌なんだ。
私とシンクンは友達だ……自分が友達でいたいとシンクンに言ったのだ。
だというのに自分は、ミコトとシンくんが二人で一緒にいるのが苦しいのだ。
それじゃあ……まるで。
「いやいやいや、ないよ……無いってばそんなこと」
だって……私はもう少しで消えてしまうし、ゼペットがいってたとおり……。
足を止める。
そうだ、彼はきっとミコトと一緒にいたほうが幸せになれるんだ。
「……」
はぁ。
どうしよう。なんだか重い……体も心も、鉛になったみたい。
自分の部屋に戻れば、きっといつものようにシンクンが私の護衛の為に部屋にいる。
ミコトのことを思い出しても、きっと彼は真面目だから我慢して私を守る。
それはだめだ。
せめて今日ぐらいは、ミコトと一緒にいさせてあげないと。
それがシンクンの幸せなんだ。
そう思うと少しだけ気分が楽になった。
よし……うん。じゃあ行こう。
■
ぞくり。と桜の部屋の前で俺は寒気を覚える。
何かとてつもなく面倒くさいことが起こるような起こらないような。
「シンくん!!」
「うおわっ!!」
言ったそばから背後から桜が大声で俺の名を呼ぶ。
……なんだろう、見た目はいつもの桜なんだが、そこはかとなく殺気立っている。
「どうした?桜」
恐る恐る桜に声をかけてみると桜は肩を上下させながら。
「えっとね……ミコトから、全部聞いたよ!」
やっぱりミコトの奴が一枚噛んでるのか、あのやろう。
足を四階踏まれた恨みをどうやって晴らしてくれようか。
「あーそうか。で、なんていってた?」
「……そろそろ全部思い出すころだって」
……あぁ、そうか。ミコトの奴は未来が見えるのだ。俺が今日どうなるかを知っていてもおかしくない。
「そうか、知ってたのかあいつ。思い出したこと」
「!……!?」
なぜかショックを受ける桜。
……なんだ?
「えと、やっぱり……本当なの?」 (二人はつきあってる)
「ん?あぁ、そうだな」(むかし、会ったことがある)
「そう……なんだ。 思い出せて、良かったね」
「え……あ、ああ。ありがとう」
「今日は、護衛は龍人君に頼むから、良いよ?ミコトのところに行ってあげて」
「は?……いや、そんなわけには」
「だめ!いきなさい。 せっかく久しぶりに会えたんだよ。 それに……謝ることもあるでしょ!?」(長く待たせたこと)
「!?……そそ、そうだな」(むりやり目隠しを奪ったこと)
やはり、ミコトはあのことを怒っていたのか。
「わかった。行って来る」
確かに桜が怒るのも無理は無い。
思い出したなら真っ先に謝るべきだった。
俺のあれのせいで、ミコトは未来を見ることになり眠れなくなったのだ。
「ね……ねえ」
そう己を心の中で戒めていると、今度は桜が俺におそるおそる問いかける。
「ん?」
「……本当に、あんなこと……したの?」
「…………ああ、恥ずかしながら」
「は……激しくしたの?」
「……うっ。やっぱり相当辛かったのか。 悪気は無かったんだが」
「!????? しし、シンクンのばかあああああああ!変態!」
バタンと閉められるドア。
桜の様子を察するに、ミコトはそうとう怒っているらしい。
女の恨みに時効はないとジルダの爺に教わったがなるほど。
今現在俺はそれに直面しているのだ。
「どうすれば」
「DOGEZAしかないだろう」
「うおっ!?」
どこから沸いて出たのか、長山が背後に立っていた。
「……日本人同士、謝意を伝えるならDOGEZAしかあるまい」
「ど……土下座?しかし」
「あ、ちなみに中国方式だと胎凡か抱洛だが」
「今すぐ土下座をしてこよう」
「うむ、がんばれよ少年」
なんだかよく分からないが俺はミコトに土下座をすることになった。
■
「ミコト」
分かっていたかのように、俺が彼女の名前をい終わるより先に扉が開き、ミコトは入ってと俺ににこやかに笑いかける。
よしいまだ!放つなら今! 必謝! スライディングDOGE……。
「ごめんなさいね」
「!」
先に謝られてしまった。
完全に現在俺の頭は謝ることを考えていたため、間が抜けた声を漏らして俺はその場に固まってしまう。
「……桜ちゃんに怒られちゃったわね。ちょっとからかっただけなんだけど、まさかここまでとは思わなくて、後で誤解は解いておくわ」
誤解。
えーとつまり?目隠しをとったことは覚えていない?
「……無理やり目隠しを取られたことは怒っていないから気にしないで?」
覚えてらっしゃった!もそっそい鮮明に覚えてらっしゃった!?
そんなに気にしないでって言葉が逆に怖い!?
「す……すまん!」
「ちょっと、別に他意は本当に無いわよ?むしろ、あなたが目隠しを取ってくれたことに感謝してるの」
「え?そうなのか?」
「ええ」
ミコトはうなずくと俺にいすに座るように促し、それに従う。
「……そういえば、もう一度聞いたかも知れないが……どうしてミコトは、目隠しをしていたんだ?」
ふと思いついたことを俺は口に出すと、ミコトは少しだけ考えるそぶりをして。
「……あの時はまだ、私は自分の能力を使いこなせていなかった。 見ると、相手の死に際の姿が見えるだけで……私は自分の能力が人の死ぬ瞬間を写す能力なんだと思ってた」
「……」
人の顔を見ると同時にその人の死の瞬間を垣間見てしまう……確かに、幼子にとっては相当な重荷だ。
「……そうか」
「ええ、でもあなたがいなければきっと。私はこの眼を自分でつぶしていたわ……ふふ、きちんとコントロールすれば何も問題の無い力なのにね……危なかったわ」
「……そ、そうか。 それなら良かった……」
「ええ……」
それに続けてもっとミコトが話すのかと俺は思ったが……意外にもミコトはそのまま押し黙ってしまい……俺はどうしたらいいかわからず沈黙がその部屋を支配するようになってしまった。
……正直気まずい。
戦場にいたころはこんな空気なんて気にならなかったはずなのに……。
今はこの沈黙が痛々しくてしょうがない。
ふと隣のミコトを横目で見てみるとどうやら彼女も同じなようで、こちらをちらちらと伺っては、困ったような表情をしている。
……こういう時は共通の会話を提供すればよいと、コミュニケーション学の講師に教わったが、隣にいるのは占い師で俺は兵士……どう転んだって共通の話題が提供できるわけがなく。
「……しかし、よく見るといい部屋だな……ここ」
仕方なくふと頭に浮かんだどうでもいいセリフが口を突いて出る。
ミコトの方は少しばかり驚いたような表情を浮かべてはいたが、こちらの意図をくみ取ったのか。
「そうね……もしかしたら私の家よりも居心地がいいかもしれないわ」
穏やかなトーンでそう返してきてくれた。
その姿はどこか謎めいていて不思議……という言葉がこれ以上はないのではないかと思えるほど良く似合う。
そうだ、どうせ会話がなくて気まずいならミコトについて少し聞いてみよう。
「そういやミコト……お前の両親ってどこにいるんだ?」
「私に両親ははいないわ」
「あ……すまん」
「何謝ってるのかしら?別に死んじゃったわけじゃないわよ」
「……そうなのか?」
「えぇ……私のお父さんもお母さんも、きちんと日本に住んでいるわ」
「日本に?」
それは初耳だ……しかし、だとしたらなぜこんな偏狭の地で一人で暮らしているんだ?
まさか……。
「ふふ、あなた今私が親に捨てられたとか思ったでしょ」
図星であった。
「あのね、私みたいな可愛い子を捨てる親がいると思うのかしら?」
「いや……しかし」
十五歳の少女が一人ロシアの辺境に留学なんてこともないだろうし……見た感じ仕送りも何もされていない。そうなると、ある程度考えられることは限られてくるのだが。
「……私が、逃げて来たのよ」
ふとミコトは、そんな意外な言葉を口にした。
「逃げてきた?」
俺が首を傾げると、ミコトは一度小さくうなずいてこちらに寂しそうな表情を向ける。
「あなたも知ってる通り、私は人に触れると未来が見える。……物心がついているついていない関係なくね」
……それはつまり。
「昔から見えていたのよ……私と言う異常者を抱えた両親が、私の為に人生を無駄にしていく姿が……感覚がない私なんかの為に、必死になっている両親の姿を、物心がつく前から見せつけられていた……。だから、一人で生きていける年齢になったら、すぐにあの人達の前から消えたの……娘の為に親が人生を投げ出すなんて間違ってると思ったから、留学って言って、一人で逃げて来たのよ。あなたも分かるでしょ?親は子供の為にすべてを投げ打たなきゃいけないなんて変だわ。だから私にはもう両親はいないの。そうね、親を捨てたのは私のほうなの」
ミコトはどこか諦めたような表情をして、黒い髪を手でとかすような仕草をするが。
「………それは違うんじゃないか?ミコト」
「え?」
「……お前の親は、お前を育てることが幸せだったんじゃないか?」
「……どういうこと?」
ミコトは驚いた表情をしてこちらを見ている。
「……俺の両親は小さいころに死んだから、お前の気持ちを知ることは出来ないが……でも、お前の親は多分……お前の為に自分を犠牲にするなんて微塵も感じてないと思ってないと思うぞ?」
「……そう……かしら」
ミコトは珍しく困ったような表情を浮かべ、胸にかけてあったペンダントを開く。
……中には両親と思しき人が映っており、ミコトはどこか悲しそうな表情を浮かべてそのペンダントを握る。
「……ねぇ……守護者さん。一つ聞いてもいいかしら?」
「なんだ?」
「もし私が帰っても……両親は私を迎え入れてくれるかしら?」
「あぁ……多分な」
「……きっと怒られるわね」
「いや、むしろ褒めてくれるさ……ずっと一人で頑張ったことを……」
「ふふ……優しいのね、守護者さん……」
「うっ……べ、別にそんなことはない」
「あなたがそういうのなら……取り戻してみようかしら……昔の生活を」
「!!」
その優しい微笑みは、どこか救われたような表情をしていて、俺は一瞬だけドキッとしてしまい急いでコーラを飲み干しベッドから立ち上がる。
「ふふ……どうしたの?」
「別に……休憩は終わりだ。桜の護衛に戻らせてもらう」
出来るだけ平常心を保ったままそうミコトに言ったつもりだったが、ミコトは理解したように口元を吊り上げて。
「うん……そうね。当主さんに怒られちゃうかしら?」
なんて俺をからかいながらひらひらと片手を振る。
「これからよろしくな……ミコト」
「……うん。じゃあね、真紅」
扉を開けて、俺はミコトの部屋から出て。
「……あ」
そして気が付く。
その日初めて……ミコトは俺の名前を呼んだということを。
◆




