第五章 冬月家の大ピンチ
長山の声を頼りに、呼ばれるまま一階に下りていくと、ロビーでカザミネと長山が何やら騒いでいる。
「あれ?アカネもいる。どうしたんだろう」
桜の言葉でふとその背後を見ると、騒いでいた長山たちに目を取られて気がつかなかったが仮面メイドもいる……なんか嫌な予感がする。
「何してんだ?お前達」
「あ!やっと来た」
「さっきから呼んでるのに遅いっさシンくん!」
「こんな広い家で叫ばれても聞こえない物は聞こえない」
例によって桜の部屋には防音障壁も張ってあるわけで、なおのこと外の声は入ってきにくい。
「……ん~そろそろ本気でトランシーバーを投入するかぁ?」
「ほーなんだかすっごいカッコいいさね!?」
「携帯電話があるだろ……」
「そんな文明の利器なんて持ってないよ~」
「お前は矢文で十分だ」
「そこまで原始的なわけあるかああ!」
最近気づいたことだが、カザミネの奴は普段は他人をからかってばかりいるせいか、自分がからかわれると撃たれ弱い。
まぁ、そのギャップが彼女の魅力でもあるというのが長山の意見らしいが。
「うなー!」
あれじゃどう見ても猛獣である。
「どうどう、落ち着けライガー」
「誰がライガーじゃあああ!」
「ぎゃああああああ!?」
不意にカザミネは長山に狙いを定めたライオンの如き勢いでとびかかり、マウントポジションを取って頭に牙を立てる。
何火に油を注いでいるのやら。
「ったく、それで?呼び出しておいて要件はなんだ?」
「あぁ、そうだった……実は」
「ガブ」
「ぎゃああああああああ」
こいつをからかうのも命がけだな……。
「まてまてカザミネちゃん!?し……死ぬ!?マジで頭割れるって!?」
そろそろ助けてやるか。
「カザミネ……カザミネ」
「ガウ?」
呼び声に反応して、カザミネの顔がこちらに向き、金色の瞳が光る。
おぉ、怖い怖い。
「ほれ、飴玉やるからいい加減許してやれ」
「む……私は子供じゃないっさ!そんなもんでつられると思ってるのかい?」
あ……機嫌治った。
「まぁ、もらうけどね!」
そしてすごい勢いで飴を奪っていった。
「お~い、長山。大丈夫か~?」
「……あぁ、太陽系は…真っ赤に燃えて……いる」
「燃えているのは太陽だけだぞ?」
「ガク……」
死んだか。
「じゃあ、お望み通り火葬してやるか……カザミネ、用意できるか?」
「面倒くさいから暖炉に放り込むっさ」
「じゃあ、そういう方向で頼む」
「ちょっとまてええ!?死んでたまるか!?」
「あ……生きてた」
「こんなことで死んでたまるか!?」
そりゃそうだ。
「そんな事より、いい加減話を戻すっさ!」
「それをお前が言うのか?カザミネ」
「えっと……何の話だったかにゃ?覚えてるか?深紅」
「知るか」
その話をきくために俺はここまで来たんだろ。
「もー二人とも忘れっぽすぎっさ!」
……もうこれ以上話が脱線しすぎるから無視しておこう。
どうせいつもの事だし。
「で、何の話だったっけ?」
「だから、石田さんがあんな調子じゃ家事なんて当然無理っしょ?これから誰が炊事洗濯その他もろもろをするかって話っさ!」
「……あぁ……」
思ったよりも深刻な内容だ。 俺はてっきりまた気晴らしに巨大雪だるま作りをするっさー……とかいうセリフを想像していたのに。
「あ~そういやそうだったな。しかし、これからは分担して家事をするようにしなきゃいけないんじゃないか?」
「やっぱり深紅もそう思うか?しっかしよぉ、そーなるとちょっちぃ問題が生まれんだよなぁ」
「……問題?」
「いやいや、家事らしいことが出来る奴が、ここにはボディーガードの皆さんを含めて一人しかいねえだろっての」
「……は」
一瞬そう声を漏らして、俺は長山とカザミネ そしてメイドを見る。
長山。
今まで割と長い間寮でルームシェアをしてきたが……確かに部屋の事は全て俺がやっていた。
当然の事、できるわけがない。
となると今度はカザミネに自然と視線が出来たての味噌汁が入った茶碗の如く移動するわけであるが。
「……なぁカザミネ。お前料理できるのか?」
何やら長山が青ざめているが……まぁいい。
「ふふん、この前の料理の時!君は何を見てたっさ!」
気絶してました。そしてその時の記憶が綺麗さっぱり抜け落ちている。
「何を隠そう!私は料理が得意中の得意なんっさ!」
「……そうか、なら参考までに得意料理を言え」
「それも忘れてしまったんかい?しょーがないねぇ、いいかい?耳の穴かっぽじってよーっく聞くがいいっさ!私はねぇ!丸焼き料理が得意中の得意っさ!」
「……」
すごいんだかすごくないんだか分からないが……とりあえずこいつに料理を任せてはいけないことはよ~く分かった。
「一応聞くがカザミネ……ほかの料理ももちろん作れるんだよな?」
「ふっふっふ、愚問さねシンくん!狩人たる者!料理に色っぽい調味料だとかベータだとかアルファだとかをつけたりはしないんさ!!元のものは元の形のままいただくことこそが森への感謝というものっさ!故に!色っぽいものなど!」
「あー……分かった。もういいぞ。カザミネ」
頭が痛い……桜はもちろんの事戦力外通告であるし、仮にカザミネが今世紀最大の奇跡レベルで料理が出来たと仮定しても、当然の事カザミネに片付けるという概念があるとも思えない……まぁ、一人暮らしと言っていたから、洗濯という概念くらいはありそうなものだが。
「ちなみにぃ!狩人たる者森に潜伏することは当然の為!自分の体臭とかは気になんないから安心するっさ!」
あ~。あっさりと打ち砕かれたな~。希望。
「まぁでも、同じ服を何日も着るのは普通だよな?」
「おぉ、分かってるじゃないの赤い人!」
「……はぁ」
どうりで桜以外の奴と風呂場で顔を合わせねぇわけだ。
「アカネは……」
メイドと言うことは、それなりの家事の昨日を持ち合わせているのかもしれないと一縷の希望を持って仮面のメイドのほうを見るが、メイドは悲しそうな表情をして首を横に振る……どうやら力仕事と道案内以外の能力はないようだ。
役割分担はしっかりなされていた……ということか。
「もういい」
「ん?どうした深紅」
「お前らのあほさ加減と不潔さとその他もろもろの常識云々かんぬんが戦場のそれ以下だということは良くわかった」
「……そんなこと」
「ある!」
「は……はひ」
「…………はぁ……俺がやる」
「へ?」
「もうこの際だ。炊事洗濯掃除エトセトラ……俺がまとめてやってやる」
え。
という表情で二人がこちらを覗き込んでくるが、少なくともこの判断は正しいと思う。
確かに俺の疲労は蓄積するだろうが。
ゼペット戦を前にして全員食中毒でお陀仏なんて笑い話になるよりはましだ。
「大丈夫かい?これからゼペットとの戦いも控えているんさよ?」
「お前らの尻拭い(もとい死体処理)をするよりはましだ」
というか桜の安全も危ぶまれかねん。
「だけどよ、そうなると護衛の方はどうなるんだ?ゼペットの奴は四日後って言ってたけどよ、本当にその通りに来るなんて保証はねえわけだし、見張り兼足止めの人間と、桜ちゃんを逃がす兼ボディーガードの人間は必要になるわけだろ?足止めは俺でもいいとしても、桜ちゃんの身辺警護はどうするつもりだ?」
「む」
そこで一瞬言葉に詰まる。
確かに、カザミネに身辺警護なんて危険な仕事を任せるわけにもいかないし……かといって、俺が離れてるときにファントムに攻め込まれたら、それこそ詰みになりかねない。
だからと言って、四六時中桜と一緒に行動するわけにもいかないしなぁ……。
「まったく、誰か忘れてないかしら?」
「?」
「っ!?」
不意に背後の階段から声が響き後ろを振り返ると、長い黒髪を惜しげもなく見せつけながら階段を下りる少女がいた。
「みっみみみ……ミコトちゃん!?どどど……どうしてこんなところに」
「落ち着くっさ~、赤い人……」
「……ミコト、いつからここに?」
「少し前よ、石田さんが大変だってカザミネが言うもんだから、慌てて来たの。気が付かなかったかしら?」
少し不機嫌そうにミコトは頬を膨らまし、階段を降り終わるとわざとらしくその長い髪を二三度揺らしてみせるが、俺はそれを無視する。
「で?見舞いが終わったならさっさと帰ったらどうだ?」
「てめっ!?深紅!ミコトちゃんになんてこと言うんだこん畜生!?」
「……落ち着け赤い人」
「まったく、相変わらずつれない人だわ……せっかくあなたのお手伝いをしようと思ったんだけど……」
悪戯っぽくミコトは笑い、俺に顔を近づけてくる。
「手伝い?」
「そうよ、石田さんの代わりにあなたがやるって言っていた、炊事洗濯エトセトラ……。私が代わりにやってあげる……そういってるの」
「まままま!?マジでか?ここ……これから毎日ミコトちゃんの料理が食べられるのか?」
「だ~から落ち着けって言ってるさうに頭!」
「どういう風の吹き回しだ?戦場には来ないんじゃなかったのか?」
「別に……特に理由なんてないわ……この前の借りを返しに来ただけよ」
「借りって……この前の夜の話か?」
「そうよ。あなたは私に一晩の安眠をくれた……その借りを返しに来たのよ。別に構わないでしょう、料理の腕はあなたも知ってのとおりだし、石田さん程とは言わないけれども、一応今からお嫁に行けるくらいにはできるつもりよ?」
瞬間……、その場の空気が凍りつく。
「え?」
肌をピリピリと焼くような冷たい感覚は俺を獲物を前にした狼のような空気が包み込み、俺は本能的に身を震わせる。
「?」
感覚のないミコトは動じずにこちらを立ち続けている……こんな時だけあいつの能力がうらやましい……。
「どういうことっさ……シンくん?」
「ひ……一晩!?お……おまっ!ミコトちゃんの家にとまったのか!?さらには新婚生活さながらのあんなことやこんなことまで!?」
「どうしてそうなる!?」
「あらごめんなさい?これ、言っちゃダメだったかしら?」
前言撤回……こいつ、絶対に確信犯だ。
こうなることが分かっていてあえて言いやがったな……。
「どういうことっさシンくん!桜ちゃんというものがありながら!?」
「まて!待て待て!!確かにこいつの家で一晩過ごしたことは認める!?だが、それは一晩見張りを受け持っただけだ!」
「桜ちゃんよりも、その子の護衛の方が大事だってことかい?」
しかもなんでカザミネの奴まで食い下がってくるんだ?
「確かに、見張りを離れてミコトの家にいたことは認める。だが、敵が森をうろついているなら、排除を優先した方がいい……そう判断しただけだ」
「えぇ、彼はあくまで桜ちゃんを守るために私を守っただけよ……だから安心して大丈夫よ、狩人さん」
「ふなっ!?わ……私は別に関係ないっしょ!?ただ桜ちゃんの為に!」
「ふふっ……傍若無人の性格を装っているみたいだけど、あなたは随分と友達思いなのね。でも、もう少し正直になった方が後悔をしないでいいわよ?」
「ななななな!?何を言ってるっさ!女一匹狩人カザミネ!己の心に嘘をついたことなど一度もないっさ!」
「あらそう?ごめんなさい……。じゃあもう理由は分かったのだから、彼の事を責めるのは止めてもらっても構わないわよね?」
「あぅ……ううぅぅぅ……しょうが……ないっさね」
「ありがとう」
ミコトはそうカザミネに相変わらずの営業スマイルを見せた後、こっちに振り返って親指を立ててくる。
いつも通りの悪戯っぽい微笑みだったが、なぜか俺は初めてミコトの笑顔を見たような気がした……。
もしかしたらこいつは、寂しかったのかもしれない。
感覚がないというハンデと、他人の未来が見えてしまうという異常を抱えてしまったがために……誰も信じられず、ああやって森の奥深くで静かに過ごしていた先天性異常を持つ少女が初めて持った……信じられる人間。
……火の暖かさを知った人間は、自らの身を焦がす危険があると知っていながらも、離れることが出来なくなる……と。
だからあいつも……危険があると知りながら、温かさを求めたのだろうか……。
だとしたら俺は、そんなミコトを応援するべきなのかもしれない。
あぁやっていつも通りを気取っちゃいるが、ここに来たのだって……あいつにとっては相当勇気の必要だった筈だ。
「やれやれ……」
しかし……あのカザミネをこうもあっさり黙らせるとは……俺が諭そうとしてもああだこうだ屁理屈をこねて食い下がってくるのに。
「英雄さんも、あんまり彼の事を責めないであげてね?」
「はーい!」
もしかしたら、一番たちが悪い奴なのかもしれないな。
「どや♪」
……親指を立てるなっての。
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