第一章 ~人ならざるものの楽園~
11月 24日
【アメリカ合衆国 ゴートシティ】
ここ、ゴートシティは目立たない町。
ニューヨーク程発展しているわけでもなく、テキサスの様に砂だらけでも、グランドキャニオンがあるわけでもない。
治安はそこそこ、多少他の地域と比べて窃盗などの犯罪が多いが、それ以外は特に取り柄もない小さな町だった。
以前は。
三年前では、道を走る車に寄ってくるのは孤児だけだったのに、今では富裕層の金持ちやいい大人たちが寄ってきている。
走行中、フロントガラスから見えていたのは黒いコンクリートの道路だけだったはずなのに、今ではどこもかしこも人人人……。
「……すっかり変わっちまったなぁ。この町も」
昔を懐かしむように、少し私は嘆息を漏らす。
「……主……いえ、社長」
言い間違えを可愛らしく秘書は言い直し、助手席から大量の書類を渡してくる。
「これが今回の資料です。我がブケファラス社の新作発表兼、次回の大会へ向けての情報公開の内容が収められています」
ぱらぱらとめくる。
発表用のスライドの複製に、完成状況。機体の完成予想図に、カラーバリエーション。
ご丁寧に新型エンジンの構造と、パーツの分解図まで用意してある。
誰もこんなところまでは興味は持たんだろうに……律儀な奴
「ん?新型兵器についての資料はどうした?」
「最後のページです」
「おぉ……あったあった。装甲車に、戦車……これだけか?今回は国からの客が多い、国防長官も来るんだ。その為に形になっている兵器はあるだけ持ってこいとったはずだが」
「えぇ……言われました」
「ならどうして?」
「分からないのですか?社長?」
「?」
「最近、私たちの行動は目立ちすぎています。RODとブケラファス社の関係に感づき始めている人間もいる……これ以上兵器開発の情報を公にさらすのは控えるべきです」
「なぜ?」
「何故って……誇張でもなんでもなく、我々は既に世界の頂点に立つ有名ブランドなのですよ!?その我々のバイク、車、戦車にヘリがすべてテロリストにより扱われている!それだけでも世論では不名誉なことであり、わが社の業績に少なからず打撃を与える結果となっている!今はまだその関係を否定できていますが、世界有数のブケファラス社が、世界的テロリスト集団を全面的バックアップをしているなんて知れたら!ブケファラス社が傾く程度ではすまないでしょう!」
言葉を荒げないように落ち着き払った声を出すが、秘書の声は怒気を孕んでいる。
確かに、彼女のいう事には一理ある。
しかし。
「仕方ない、資料は無しでアドリブで行くとしよう」
「主!」
「……社長の決定だ、私の方針に従ってもらう。今は少しでも業績を上げたいところだ……新入社員もかなり増えた……」
「しかし!このままでは業績を上げるどころか、傾いてしまうと……」
助手席から身を乗り出す秘書は、食って掛かる勢いでこちらに目を向けるが。
「なぁに、安心しろ。上手くやる」
その唇に人差し指を重ねて黙らせる。
「……はぁ。仕方ありませんね何かあったら頭にとび蹴りかましてあげますよ」
「それはまいった、軍用ヘルメットのサンプルを持って来るべきだったよ」
軽口を叩くと同時に、運転手が車を止める。
「着きました、主様」
機械のような淡々とした声は、いつもよりざらついた感触がする。
どうやら外の喧騒がお気に召さないようで、普段の氷のような無表情は変わらないが、殺気めいたものがうっすらと漂っている。
「しばらくここで待てミラ。くれぐれも……」
「車に触れるものを射殺しないように」
「よくできました」
車を降りる前に運転手に割と冗談にならない忠告をし、助手席に座っていた秘書の手を取り、エスコートをしながら大理石でできた階段を上がっていく。
『来た!出て来たぞ!!ギブソン・プライムだ!』
『プライムさん!!先日は女優のミランダ・クロスと御忍びデートだったそうですが!?彼女との関係は!?』
『一週間前の、ダリア・マッカートニーとの熱愛関係は!?』
『一体だれが本命なんですか!?』
切られるシャッターと、執拗に向けられるマイク。
バリケードの様に立ちはだかるゴシップ記事の記者たちは正直うざったい。
まったく、これから会見を開くというのに……無粋な奴らだ。
せめて車の話をしてほしいものだ。
「アリス……」
「了解しました」
ため息交じりに呟いたその命令に、少女は静かに従い、懐に自ら手を入れ。
『あれ?』
『うっそ!?こんな時に故障!?』
『はやく新しいの出せ!早く早く!』
周囲三十メートルの電子機器をすべて停止させる。
ゴシップ記者たちは道を塞ぐのを忘れてカメラの点検を始め、瓦解したバリケードの隙間を縫って自らの会社の門をくぐる。
『閉じろ』
『はい』
中に入ってしまえばこっちのもので、速やかに門戸を閉じさせる。
後々から気づいて追いかけてなだれこんでくる記者たちを、防弾ガラスで作られた自動ドアが阻み、外はB級ホラー映画みたいになっている。
当然、中に入ってしまった後に自動ドアもその機能を失わせているため、彼らに門戸を開くことはない。
『技術開発局に小型EMPを作らせておいたのは正解だったな』
エレベーターに乗り込み、会見会場のある四階のボタンを押して、時計を確認する。
ゼンマイ式の銀の懐中時計だが、ずれたことは一度もない。
会見二分前。ギリギリだが何とか間に合いそうだ。
『そうですが、無駄口を叩いている暇はありませんよ。時間はいくらあっても足りません。この記者会見後にも、子会社への視察、町の孤児院への訪問に次ぎ、中国のカイフォン社の社長との会談を……』
『あー分かった分かった!これが終わったら説明してくれ!』
『かしこまりました。では、行ってらっしゃい』
『あぁ、行ってくる』
会場は人だかり。 予定では株主と記者合わせて百人の席を用意しておいたのだが、立ち見も合わせて会場には二百人程度は詰め寄せている。
明らかに招待客ではない人間が混じっている。
まいったな、部下たちには丁重におもてなしをしろ……とはいったが、異端者は排除しろとは言っていなかったか。
まったく、無粋なハイエナが紛れ込んでいないといいが。
そんな不安を覚えながら、私の登場にざわつく会場の前を通り、壇上に上がって私に合わせて建てられたマイクのスイッチをつける。
特に開始の合図は無く、私の登場と同時に開始される。 これが我が社のやり方だ。
右奥の机には資料を持った秘書がこちらを見て頷き、私はそれにうなずき返して会見を開始する。
『お待たせしてしまって申し訳ない。日本の社長に離れたくないと懇願されてね、予定が狂ってしまいました。 あぁもちろん、ベッドの上ではないですよ?』
軽いジョークに会場に笑いがこぼれ、緊張した空気が少し緩む。
『今回は我が社にとっても特別な記念日となる。そんな良き日に皆様に集まっていただけたことをいたく感謝いたします。とまぁ、こんな堅苦しい挨拶はらしくないと自分でも思いますが……本日は少々緊張しています。というのも、今回我がブケファラスカンパニーは今までにないお客様をお招きしているから。カーター国防長官!』
紹介と同時に国防長官は立ち上がり、同時に会場から拍手とシャッターのフラッシュが向けられる。
……国民の点数稼ぎに余念がないな。
『どうもミスターカーター、座っていただいて結構ですよ。今日は楽しんでいってください。我々も最良の情報と朗報を最大限発表していきますので。さてでは!皆さまお待たせいたしました発表していきましょう』
指をならし、合図を送ると。
アリスは会場の部屋の明かりを落とし、スライド用のスクリーンを出す。
『数限りなく、最良の商品をお送りしてきたブケラファス社……もはや世界最速の名を冠す会社として不動の地位を獲得したと言っても過言ではないでしょう』
同時に記者団から拍手が起こり、私の会社をたたえてくれる。
それに一度笑顔を作り、最高のシャッターチャンスを与えた後、記者が満足した所で拍手を静止させる。
『ありがとう。しかし、成長を止めれば、衰退に転ずるのが世の理。わが社は次に目指す道を模索しなければならない時期です。 当然、世界最速という栄光はそのままにね。その為に、私たちは皆さまに三つの新プランをご用意してきました。 このプロジェクトはブケラファス社だけではなく車の世界、そしてアメリカ合衆国を大きく進歩させる結果となるでしょう。早速ですがご紹介させていただきましょう……まずは……、』
『あー、ミスタープライム』
一人の記者が手を上げて、私の言葉を遮って質問をする。
『なんでしょうか……えーと、フロリダタイムスさん?』
会場がざわつき、異様な空気が流れるが、その中でも記者はお構いなしに立ち上がり言葉を続ける。
『先日、日本の新宿でジスバルク・ゼペットによる大規模なテロ行為がありました』
『えぇ知っています。私もその時は丁度日本の会社の社長と一緒でしたからね』
『本当ですか?』
『嘘をつく必要があるかな?』
『ミスタープライム。先日の日本を含め、イラク、シリア、イスラエル。各地で多くジスバルクゼペットの存在は確認されていて、その目撃情報では、ほぼ百パーセント、ROD隊員及び、ジスバルクゼペットは貴方のブケラファス社の製品を利用している!これが、先日の日本で撮られた写真です』
そういうと記者はわざわざ拡大してきたのか、大きなボードに写された写真を高々と掲げる。
そこには、ヘルメットで高速道路を走る少女の姿がおさめられていた。
『これは、御社が発売した二輪型レーシングマシーン~パラス・アテナイエF12~ですよね?そのほかにも、世界的テロリストは、貴方が発売を開始した新車種を尽く取り揃え、テロ行為に利用している……もしやとは思いますが、御社はテロに加担しているのでは?』
「!?」
奥の席で、秘書が立ち上がろうとするのを片手で制止する。
なるほど、どうりでみない顔だと思ったら、スキャンダル狙いのゴシップ記者か。
まぁ、良い線言っているが。詰めが甘い。
『ふむ、確かにこれはわが社のパラス・アテナイエです。ですが、これが私とテロリストとの関係を示す証拠にはならないでしょうねぇ。テロなんて下らないバカげたことに興味はないし、ましてや、世界にケンカを売る理由がない。ただ私が言えるのはこのRODと言うテロリストは良くわかっているという事だけですかね』
その言葉に、会場がさらにざわめく。
『それはどういう意味ですか? ミスタープライム』
『えぇ、その写真を見る限り辺りには車が散乱している。 一時的な大停電があったと聞きますから、恐らくは乗車していた人間が乗り捨てて行ったのでしょう。道は相当走行困難なデスコースとなっていたでしょう。 さらにこの明かり。これは恐らく、ヘリのサーチライト……この写真から推測するに、この少女はヘリに追跡されていたと考えるのが妥当でしょうね。 みなさん、ヘリに追跡された車の逃走成功確率は何パーセントかご存じで?』
『……』
『……』
『ほぼ零です……映画やドラマでは簡単にやっているが、速度も視野も違うヘリコプターに、車が勝てる確率はほぼ零に近い。 ですがこの少女が捕縛されたという情報は無い……つまり逃げ切った、ということ』
会場がざわつき、この空気を完全に支配する。
『これだけ散乱する車の間を縫いながら、時速三百キロで追跡をするヘリコプターを抜き去るバイク……馬力だけではなく、エンジンのパワー、タイヤの質、コーナリングでの安定性……恐らくどの会社も実現することは不可能でしょう。我がブケファラスカンパニーのパラス・アテナイエ以外はね……そういう点でこのテロリストは称賛に値する、わが社の製品は軍用に作られた兵器よりもすぐれていることを理解していますからね』
『ぐっ』
『さて、どうして今回国防長官が我がブケファラス社に赴いたかを説明するのを忘れていた。別に彼が我が社のファンだから……と言うわけではありません。今回上げた三つの新プロジェクトの一角……それは我がブケファラス社が、軍用兵器の製造に携わることになるという事。今回はスライドを使って我が社と既存の兵器の違いを口で説明し、我が社が勝ることになるであろうことを伝えなければならないので後回しにしていたのですが……もはや説明は不要でしょう。 たかが乗用車が、世界第二位の軍事力を……失礼自衛力を誇る日本の軍用ヘリを追い抜いたのですから』
ざわり……と会場が一度わき。
拍手の音が響き渡る。
が。
『……これが単なる偶然と言うんですか!?噂では、貴方がジスバルク・ゼペットなのではないかという噂もありますが』
苦し紛れの一言にしては、この記者は的確なことを言う……記者なんかよりも探偵の方が向いているなぁ、などと思いつつ、私は自然と手をかざし。
『なんでも、ジスバルク・ゼペットは素手で戦艦を両断したと言うではありませんか。私にはそんなことできない。しかも、そんなことをしているなら恐らく、彼の手はボロボロで太いソーセージみたいになってるはず。そんな手で世界最速を保持する精密な車作りができるとでも?』
ジョークを交えた返しに会場には笑いと拍手が私の完全勝利を告げ、記者はうなだれたまま席に着席をする。
『さて、変な時間を取ってしまいましたが、我がブケファラス社の製品の魅力は十分にご理解いただけたはず。 それでは、新プロジェクトを発表させていただこう』
◆
「ふー疲れたよ」
全ての予定を終え、私はブケファラス社社長室の自分のソファーに座る。
上っ面だけの会話に会話を重ね、どこにもかしこにもいる記者のフラッシュを避けながら、一日中この町を徘徊するのはいささか辛いものがあり、先日の東京襲撃よりも疲労を感じている自分がいる。
本当に、これからはこちらの仕事の時でも術式を起動しようか本気で悩んでしまう。
「っくあー……」
隣でがみがみとうるさい秘書もいないため、だらしなく大きな欠伸と伸びをし。
「ん?」
いつの間にか置かれていた資料を手に取る。
アリス……謝鈴が置いたのか? そこに移っていたのは、先日救助した少女たちの名簿であった。
といっても、あの男が少女たちに名前を付けているはずもなく、名簿には顔写真の隣に製造番号のみが記されており、その隣に名前を入れる空欄があった。
「これ全部に名前をつけろと……かなりハードワークだな」
ざっと千の名前を彼女たちが社会に復帰するまでにつけるのか。
こりゃ世界中の人命辞典をネットで注文するしかないだろう。
思い立ったが吉日。
パソコンを起動しパスワードを入力して、立ち上がるまでの間外の様子を見る。
「やれやれ」
並び立つ高層ビルの中、東京都までは行かずとも、夜の闇を消し去るその町の明かりを見下ろし、町の騒音の届かないこのROD本部の最上階、社長室と銘打たれた部屋の中でため息をつく。
部屋は一面の紅色で、壁には敷き詰められるように飾られた歴戦の英雄達が所有した剣の模造品。
ガラス張りの部屋から見渡す光景はまるでミニチュアの模型都市を見ているような感覚を植え付け、この光景を美しいと感じられる人間の感性に首を捻る。
「ふぅ」
手にした書類を机に置いて、今度は空へ視界を移す。
本来ならばこの季節は星が瞬いているはずなのに、アメリカという国はどうにも風情を忘れている。
「主」
聞きなれた秘書の凛とした鈴のような声に振り向き、ああ、と短く返事をする。
「失礼します」
扉が開き、スーツ姿に身を包んだ謝鈴が律儀に一礼をしてから中に入り、重々しい顔をして書類を渡す。
「どうした?」
「主、報告します……先日救出した少女達は全員一命を取りとめ、本日より私の部隊が預かることになりました」
「そうか、医療藩には苦労かけたな」
「ええ、今は全員疲れて眠っています。 しかし、全員精神が疲弊しており、部隊に組み込むにはそれなりの時間を要するかと」
謝鈴は淡々と語りながら少女達のカルテをデスクの上に置き、それを受け取って目を通す。
フラッシュバックに失語症。目を覚まさない者までいるとは、一体何をあの施設で行っていたのやら。
「どうやらあそこの施設、肉体よりも精神的に追い詰める手法をとっていたらしく、
彼女達の復帰は難しいかと思われます……」
悲しそうな顔をして、謝鈴はくぐもった顔のまま報告を終了し、そんな彼女を見ながら我は椅子から立ち上がり、ガラスの元まで歩いて行く。
「主?」
「今回のことで、我は一つだけ決めたことがある」
「それは」
「我は、これより国を作る」
その言葉に謝鈴は驚いた様子でこちらを見つめている。
「これからも今回のようなことが起こり続けるだろう。世界は更なる進歩と安全を求め、難しい医療の実験や薬物実験に仮身は利用される。
もちろんそれも、何十年も断てば非人道的と後ろ指差されることによって廃れるか、仮身の中で英雄が現れて人形の人権を確立するであろう。
しかし、それではいかん。 結果が分かっているならば、その間に積まれる死を黙ってみていることは許されん。
仮身とは人だ、感情があり、愛があり痛みがある。そんな彼らが生まれ落ちた瞬間に死ぬ日を告げられる絶望はない。 祝福されずに生まれた子供は、何処にも希望を見出せず死んでいく。
たかが何十年というかもしれないが、たかが何十年で、人は一体どれだけの死体を積み上げ、手のひらを返す?彼らは一体その怒りを何処にぶつければよい?
故に、我が希望となる。 全ての人形達の誕生を祝福しよう。
人の作ったモラルも秩序も制度も倫理も正義もない。
人形達が生き、人形達の安住できる唯一無二の人形国家……。【人ならざるものの楽園】を我は作る」
熱弁をふるう我に、謝鈴は始め驚いたような顔をしていたが、最終的にはため息をついて。
「まったく、相変わらず主はとんでもないことを突拍子もなく言いますね?」
首を左右に振る。
「呆れたか?」
「まさか……私は主の右腕です。主が望むことは私の望むこと……第一、主に長年振り回されてますからね、世界を崩壊させるくらいのこと言い出さなきゃ、そうそう呆れるなんてできませんよ」
「ふふははっ!まったく、頼もしいのぉ、シェイ」
冗談交じりに皮肉をかましてくる右腕よりも重い部下に笑い飛ばしながら、
少女の頭を撫でて、我は部屋を後にした。