表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/181

プロローグ1

始めまして、貴重なお時間をいただいてこのページにお立ち寄りいただきありがとうございます。

皆さんに楽しんでいただけるように頑張って書いているのですが、御見苦しい点も多々あるかと思いますので、ご容赦をお願いいたします。


突然なのですが、皆様は子どもの頃、みんなを守るヒーローに憧れたことはないでしょうか?

悪者を全員やっつけて、みんなを笑顔にするそんなヒーローに憧れて、

でも、普通の人間にはそれが出来るだけの力がないことを大人になるにつれて学んで行ったかと思います。

力といっても人それぞれです。地位であったり純粋な武力であったり……。

でも、仮にもし、それが実現できる力を持ってしまった人間がいたとしたら……果たして人はヒーローとして生き続けられるのか?

そんなことをイメージしながら進んでいくお話です。


ブックマークとかしていただけると、とても作者は喜びます。

一人でも多く、この作品を楽しいなと思ってもらえるように、頑張っていきたいと思います。

では、皆様、雪月花~正義は少女を守り悪に堕ちる~をお楽しみください。

「暗い」


暗い地下世界にて男はそう一言つぶやき。

他の感想を考えようとして、すぐに諦める。


光の一切を拒絶する地下空間。暗い以外の言葉を望めるわけもない。

かろうじて月明かりが真上の穴から差し込んではいるが、一歩その円状の光の外に足を踏み出せばそこはさながら出口も入口もない迷宮である。

閉じ込められていた空気は鉛のように重く、立ち入った者を引きづり込もうとしているのか、一つ呼吸をするたびに重く臓腑に溜り、内側から侵蝕されていく。



東京新宿 元スクランブル交差点。


光が消えることのありえないこの不夜の街は、既にもぬけの殻となり人だけではなく、町でさえも停止をしていた。

いや、停止させられていた


原因はたった一つの大爆発。

いつもと変わらぬ、喧騒にまみれた不夜の街はその一度の爆発によりすべての電気系統、情報系統を略奪された。


それから数分。

街から人は消え失せ……スクランブル交差点だった場所はコンクリートの塊が散乱し、衝突しひしゃげた車が炎上している。

スクランブル交差点に存在していた信号機は爆発に巻き込まれビルに突き刺さっており、そのすさまじさを物語っている。



               東京は現在、テロ攻撃を受けていた。


「こう暗くては先に進めんな」


男はそう顎に生えた無精髭をさすり、目前に広がる通路を見やり、次に高くなってしまった上空に広がる月明かりをまぶしそうに眼を細めて見上げる。

新宿のスクランブル交差点は空爆の目標にでもされたかのようにその中心に巨大な穴をあけ、その穴から地下へ差し込む月明かりだけが、その常闇を照らしている。

そして、その月明かりをスポットライトのようにして呑気に立っているこの男こそが……この大穴を作り上げた張本人だった。


「どれ」

懐中電灯を取り出す動作もなく、代わりに男は左腕をまくり。


「ポース《光りあれ》」

と一言呟く。

同時にその丸太のような太い腕から文字が浮かび上がり輝く。

どのような原理か分からないが、

その光が全身に浸透してゆくのを、彼は満足そうに笑みを零しながら見つめていた。

「ふむ、いい出来だ」

光りが全身に浸透したところで彼はその闇へと一歩踏み出す。

どうやら先ほどの光はこの闇に対処するための技術であったようで、まるで目前に闇が無いように彼はしっかりとした足取りで一歩一歩闇の中を進んでいく。

その巨大な体を悠々と揺らし、王がその権力を誇示するかのよう、威風堂々と。


長く続く灰色の通路は真ん中に水を流すようなくぼみがあるため、見た感じ下水道のようだが、その溝には一滴の水はない。

それどころか、通路から地上までに二十メートもの高さがある。

「……ふぅむ、地図では確かに下水道となっていたが、いやはやこれじゃ核シェルターだな……しかも出口も入口もないと来れば……」


男は一人ぽつりと言葉を漏らし、分厚いコンクリートをノックしながら前進する。


と。


『……じ……るじ!……主!』

不意に男の所持していた無線に連絡が入り、響く雑音の中でもしっかりと凛とした声が機械を通じて闇の中奥深くへと響き渡る。

「……謝鈴か?どうした?」

何やらバイクの走行音が聞こえるがドライブ中か?と冗談を男が漏らすと。

「そんなわけないでしょうが!勝手な行動は慎むようにと何度言えばわかるんですか、東京のど真ん中に単独でテロ行為だなんて!工場の偵察なんて主自らが足を運ぶようなことではないでしょうに!」

どうやら腹の虫の居所が悪いらしく、その声は怒気を孕んでいる。

しかし、主と呼ばれた男はそれを気にする用もなく。


「しかしのぉ、この程度の事で我が臣下の手を煩わせる必要は無かろうて?」

『なかろうて?じゃないでしょうがこの馬鹿主!アンタねぇ、その程度の空間なんて、うちの諜報部なら昼間でも侵入できますよ!?それなのにあんな馬鹿でかい穴開けるから、テロリストとして私がSATに追われる羽目になっちゃったじゃないですか!』

「はっはっは、不運だのぉ。まさにクロノスの御子ゼウスの所為だな」

『全部あんたの所為だろうがあ!』


男は渾身の叫びを耳を塞いでかわし、能天気にまたカラカラ笑いながら謝鈴をなだめるが、どうやら収まりそうにないと判断し。

「ま、SAT程度なら何とかなるだろう、くれぐれもあれは外に出さないようにの、じゃ、おーばー」


『ちょっ!?こら!ある……』


無線を切り、男は通路を見やる。

「まぁ、一人で来たのには理由があるんだがなぁ」


水のない下水道内、そんな乾いた空間で、水中を這うように響く金属音が……たまった鉛の川を泳ぐように近づき、次第にその通路を埋め尽くしていく。


同時に男は、腹部に冷たい感触が走るのを感じた。

「ぬぅ……」

不意に走った冷たさは前触れもなく、ただ唐突に当たり前のように現れて全身を走り、ゼペットはゆっくりと視線を降ろす。

そこには、黒い人影があった。

「……bんrふぇfj?!?」

意味不明な声にも似た駆動音……これが先の空間を埋め尽くした音の正体であり、人影の腕が冷たい感触の正体。


全身にプロテクターをつけた影の体は、異様なまでの鉄……いや血の臭いで満ち、その関節は人ではありえない咆哮へと曲がりあげられた顔には、ある筈の人としてのパーツは何一つない。


代わりに額に埋め込まれたカメラのレンズのみが、禍々しい色を放ち、笑うように顔を痙攣させる。


腕のつけ根からゆっくりと視線を落としていくと、その腕は途中で消えて鎌のような刃物が腕に埋め込まれている。

冷たい感触はその刃物によるもの。

男は刺されたのだ。

「っち」


ついで冷たい感触はゼペットの胸、頭部、右太もも、脇腹へと走り感情をあらわすことの無い表情で何度も何度も刃物を突き立てる。

鈍い音が地下世界に響き渡り、同時に気味の悪い駆動音が闇の中に反響をする。


人のような体に体温はなく、その黒い人形に男は少しばかりの憐れみを覚えながらゆっくりとその人形の顔へと手を伸ばし。


「退け、人形風情が」

その顔面を掴み、空中へ高く持ち上げる。

その体には傷はなく、深々と刺されていたはずの刃はへし折れている。

「ガッ!?」

鉄のひしゃげる音が鈍くなり、鋼鉄の頭蓋がへこみ、くっきりと指の形にめり込んでゆく。

「が!? ガ……ガッ?」

脳が機能の異常を訴え、全身を痙攣しなら停止し始める。


「ふん」

その取るに足らない目前の兵器にため息を漏らし。


「GRUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

神獣の如き怒号と共に、その人形の頭部を足元のコンクリートへと叩きつけ、鮮血をまき散らす。


通路は叩きつけられた衝撃により、クレーターのようなくぼみを作り、男を刺し貫こうとした人形は粉々に砕け散る。


「やはり、仮身工場プラントであったか」

クレーターのように開いたコンクリートのくぼみと、そこを中心にまかれた金属片の混じった液体を見て。

男はあまりあたってほしくなかった予想の的中に、楽しげに言葉を漏らした。

                      

                       ■


東京上空


月明かりが支配する眠ってしまった不夜の街。

数え切れないほど久方ぶりの静寂に包まれた東京の町を見下ろしながら、一機のヘリコプターが場違いな羽音が響き渡らせる。

取材用の丸々としたヘリコプターでも、自衛隊の救助用のヘリコプターでもないそれは迷彩柄に塗装されており、月明かりに照らされて側面に刻まれたSATの文字が鈍く輝く。


「……こちら対急襲部隊第四小隊、目的地上空に到着した。目標の位置を教えろ」

【……あー、こちら第二小隊。ダンスパーティーでの求婚は全て断られた。シンデレラは現在首都高速四号新宿線をガラスの靴を脱ぎ棄てて爆走中だ】

「そうか。被害は?」

【新人が腰抜かして気絶。以上だ】

「了解、引き続き追跡を続けろ」

【了解】



「目標は近いようですね、隊長」

「あぁ、ガラスの靴が脱げたってことは、ガソリンタンクを打ち抜いたんだ……そう長くは持たないはずだ」

「はは……しかし案外粋なことを言いますよね、池谷さん」

「まったく、下らないことを考えるくらいならもっと包囲網固めておけってんだよ」

「まぁしかし、的は射ていますよね?」

「お前もくだらないこと言ってないで、狙撃の準備を開始しろ……包囲網を突破されたんじゃもうこれしか手はない。高速道路を抜ける前に殺さないと、あれだけの爆発を都心部でまた起こされたら、今度こそ東京は大打撃だ、自衛隊の到着をまってる時間はない。せめて足だけは止めておかないと」

「だからって上空200メートルから対人ライフルでバイクを狙撃だなんて……本当に常軌を逸してますね」

「いつの世も第四小隊チームデルタは不可能を可能にするものさ」

「はいはい、しっかりサポートしてくださいよ?」

「俺を誰だと思ってやがる。良いからさっさと用意しろ」

首都高速道路上空。 普段なら逃走する車を夜中に見つけることは至難の業であるが、今回に限っては満月がSATに味方をする。

満月の夜、避難が完了しもぬけの殻となった高速道路の上で、一人逃走するテロリストを確認するのは、そう難しいことではない。

その通りに、第四小隊は時間をかけることなくテロリストを発見した。

黒塗りの二本足の獣は、閉鎖された包囲網を抜け、放置された車の隙間を縫うように疾駆する。

「っち」

バックミラーに映るヘリコプターを見て逃亡者は舌打ちを漏らし、追跡を振り払うためにさらに速度を上げる。

唸る重厚な心臓は一秒間に三十回以上早鐘を打ち鳴らし、黒き鋼鉄の機体は絶えず速度を求め、血液を貪り、咆哮しながらさらに速度を上げる。

「ッはぁ!」

そしてその上にまたがる少女は、それをはるかに上回る技量を持ってしてその獣の暴走を許さず、能力を削ぐこともせずに黒い巨体を乗りこなす。



「ああ!もうあのバカ主」

そんな中で、少女は自分勝手な自らの主への不満を漏らす余裕も残していた。

背後からはヘリの羽音が響き、一瞬振り返るとヘリからライフルのスコープが星の光に反射しその眼を射抜く。

装甲車の追跡は振り切ったが、世界最速記録を誇るブケラファス社が誇る暴れ馬を持ってしても振り切るのは難しい。



「っ!」

バイクの速度は既にバイクと言う物体の限界を超え、風の壁に謝鈴はハンドルを取られる。

さらには。

「まったく、ついてないな」

エンジンタンクから漏れる液体を恨めしそうに謝鈴は眺め、舌打ちをする。



包囲網を突破する際に放たれた銃弾がエンジンタンクを穿ったらしく、小さな穴から

少しずつガソリンが失われていく。

いくら手腕があったとしても、走れなければ意味がなく……流れ出る液体のペースを見定め、謝鈴は20分と判断をする。



包囲網突破から早くも12分。

単純計算で残りのタイムリミットは約8分。

あと8分でこのバイクは停止する。

「はぁ」

謝鈴は苛立ち紛れに何度目ともしれぬため息を漏らすと。

「!!?」

銃弾が謝鈴の頬を擦り、アスファルトを穿つ。

「……馬鹿な」

威嚇射撃か……それとも外したのか。

ただ、その一撃は確実に彼女の疾走の妨げとなった。

「あの距離から……ミラーを打ち抜くとは」

狙撃から放たれた銃弾は少女の肌を打ち抜くことはなかったが、すぐ下のミラーを打ち抜く。

だが、それを確認し謝鈴はその一撃がまぐれではないと確信する。


時速330キロ……。 ヘリの速度をバイクと同じにしたとしても、空気抵抗に揺れるヘリ内部……レクティルなんかでは測りきれないそのズレを修正し、小さな銃弾をこの小さな的に命中させたのだ。

まぐれなんかでは決して当たりえない。

故に、その男の腕が異常なのだ。


「厄日だ」

謝鈴は自らの不運を呪う。

「主の単独行動に気付いて追いかけてみれば、テロリストと間違われて追われるわ……唯の銃弾で防弾加工のなされているバイクのタンクに穴はあくわ……しかも殺しちゃいけないっていう縛りまでかけれた状態で囮になれだなんて!本当に今日は厄日だ」

先ほどまでの状況ならバイクを捨てて逃げれば恐らく逃げ切れただろう。

しかし、それはあくまで背後に銃口を突きつけられていなければの話だ。

今はまだレンジの外であろうが、速度を落とせば確実に狙撃主の一撃でお陀仏。

前門の虎、後門の狼とはまさにこのことであり、謝鈴は苦笑を漏らしてアクセルを握り続ける。

                            

 「っ……はずしたのか?」

「いえ、まずは威嚇です……。頬を掠めてミラーを砕けば、誰だって速度を落とすはずだと思ったんですが……どうやら止まる気はないようですね」

「ふん、相手は自爆目的の狂戦士。 止まることなんてないだろうよ……まさか情けをかけようってんじゃねえだろうな?俺達の目的は、この町を守ることだ情に流されたら、多くの命を失うことになるぞ」

「……分かっています。 だからこれで、終わりです」

                       

                       


「恐らくは、次で決めてくるだろう」

そう謝鈴は判断し。

限界を知らせるエンジンの悲鳴を無視し、その速度を保ったまま。

「一か八かだ!」

上下で十字に高速道路がまじわる橋へと侵入する。



「3」

上空の狙撃主はカウントダウンを始め、肉眼で敵を視認しながら、銃口を謝鈴から全く違う方向へと向け、照準を胸の内で計算する。

「2」

引き金にかけられた指が震え、狙撃主の耳には既に己の心臓の鼓動のみが響き渡る。

「1」

そして。

イメージするのは 1秒後に訪れる 赤いイメージ


「っ!いまだぁ!」


「0」

狙撃主の発音より少し早く、心の内でタイミングを計る声と同時に謝鈴は、背に負った大剣を引き抜き、峰でアスファルトを叩く。


「っな」

放たれた銃弾はギリギリのラインで謝鈴をすり抜け、もう一度アスファルトを穿つ。

「っぐうううううああああああああ!」

走る振動は車体を揺らがせ、同時に砕けるアスファルトの音と共に地面を駆る音が一瞬だけ消え失せる。

「っはあああああああ!」


謝鈴は、浮いていた。


帰宅する人間の放置した車が多く走りにくい東京から各地へと向かう道路ではなく、

車の少ない東京へと向かう道路へとチェイスの場を移動するために、大剣でアスファルトを叩き、その剣を軸に半円を描くように交差して伸びる高架下の道路へと飛び出したのだ。

「ぐっ!?だあああああああ」

事故防止用に作られたフェンスも時速300キロで真正面から突っ込む鉄の塊のことは想定していなかったようで、鉄の塊は音を立ててフェンスを突き破り、高架からの脱出に成功する。

謝鈴は迷わず空中で体制を整え。

着地する。

「ッツ!?」

伝わる力は自らの体重を何倍にしたほどの重さと、トラックと衝突したような衝撃。

その全てが彼女の細い腕へと走り、謝鈴は苦痛に表情を歪める。

しかし彼女は、機体、エンジン、ホイールがこぞって悲鳴を上げながら狂い始める巨獣機を抑え込み、高架下へ着地することに成功する。

「っコネクト!」

瞬時に機体全身の破損を把握して、走る事には支障はないと判断し。

「行くぞ!」

愛車を鼓舞し、アクセルを最大にまで握りこむ。





「くそったれ」

狙撃主はその光景にその言葉だけを漏らすしかない。

今の高架下への着地によりヘリコプターは急な方向転換を要求され、その分勢いを殺さずにほぼ直角に方向転換をしたバイクに距離を開けられてしまった。


「見失うぞ!」

「分かっていますよ!」

これ以上差をつけられてしまっては狙撃は不可能、完全に射程範囲外に出られる前に、一気に脳天を打ち抜くしかない。


そう判断し、狙撃手は謝鈴を狙い、目算で計算をしライフルを構えて瞬時に計算を組み立てる。


1メートル距離が離れるごとに、必要な計算の桁が4つずつ増える。

「ぐっ」

悲鳴を上げる脳を酷使し、狙撃主は照準を合わせる。

黒い影は衰えることの知らない速度を保ち、あと10秒で射程から消え失せる。


バイクがヘリを超えるなんてありえない話だ。

と狙撃主は内心でため息を漏らし、自らもあり得ない速度で謝鈴をロックオンする。

「射程内なら……2秒あればその頭蓋を打ち抜いてやる!」

聞こえていないことは分かっているが、彼は手向けとして目前の逃亡者に向かい一言つぶやき、引き金を引く。


初速800メートル毎秒で放たれる一撃は、寸分の狂いなくバイクを駆る逃亡者へと伸びて行き……。


 外れる。


「っ!?」

確かに寸分の狂いなく、彼は謝鈴の頭部を狙ったが、運の悪いことに……いやいいことに、謝鈴のバイクは速度を急激に落とし、銃弾はかすめるように謝鈴の頭上を擦り、アスファルトを穿つ。

「っ危なかった」

はらりと落ちる髪と共に、謝鈴は首から流れる液体の感覚に身を震わせ、確認する暇さえなく状況を認識する。


限界などとうに超えて尚酷使したのだ、必要となるガソリンの量は多く、タイムリミットを結果として短くすることとなった。

無理もないかと謝鈴は嘆息し、囮になることを断念する。


「これ以上は無理か。バイクの寿命はあとわずか……ガソリン切れに狙撃主が気づかないわけもない。予定よりも短くなってしまったが、仕方ない。まぁ、捜索隊の注意も十分ひきつけたし……」

一人納得したように謝鈴は呟き。


背に負った大剣を、少女は刃を返さずに引き抜く。


「……?」

両脇はコンクリートに囲まれた場所で、先の手はつかえない。

だというのに未だなお暴れる暴走車にまたがりながらなぜ片手を離したのかを疑問に思いながらも、狙撃主は油断なく頭部を狙う。


減速する車体の誤差は修正され、そのライフルの銃口は今度こそぶれることなく銃弾を放つ。



「後はあれを落とすだけ……!」

其れよりも早く少女はバイクから飛び上がり、無人のバイクが銃弾に撃たれた後に横転し、コンクリートの上を転がる。


「なん……だとぉ!?」

狙撃主の声に、パイロットは初めてその少女を見やり、絶望する。

その少女は、異常だった。


少女はバイクを飛び降りたのではなく、バイクを踏み台に一直線にこちらへ向かっていのだ。

滑空や飛行ではない。ただの跳躍。

しかしその跳躍は間違いなく上空二百メートルへと到達する……それを理解させるには十分の速度と勢いを持っている。


「ひっ!」

狙撃主は反射的にライフルを迫る少女に向けて発砲するも。

「甘い」

正面からの銃弾など意にも解さないと言った風にその大剣にて鉛の玉は粉砕され。

「ヘプタ……トリア!」

大剣に施された術式により、謝鈴は赤い陣のような足場を作りそれを蹴ってさらに加速する。

「い……一体お前は!なんなんだああああ!」

照準も何もなく、苦し紛れに放たれた一撃は謝鈴の頭を穿ち、かけていたヘルメットが吹き飛ぶ。

それと同時に現れたのは、化け物でも狂戦士でもない、月夜に照らされた黒髪の少女。


「あ」


狙撃主は、ホルスターに刺さったハンドガンを抜くのも忘れてほうけ、その姿に見ほれる。



例えるならば、戦衣装に身を包んだアテナイエ……。

なるほど、それならばアポロン程度では相手にならないのは当然の事……。

そんな感想を脳裏によぎらせ。


「すまないな、帰りは仲間にでも拾ってもらってくれ」


狙撃主に謝鈴は凛々しい微笑を零した後、振り上げた大剣を振り下ろす。

金属と金属がぶつかり合い、こすれ合う甲高い音が響き、ヘリコプターのプロペラごと大剣は両断をする。


パイロットと狙撃主は驚愕よりも早く、反射的に高さ80メートルから飛び降りた。





大破するヘリコプターは爆炎を上げて高速道路に落ち、二人はアスファルトに叩きつけられて意識を失っている。

「……あれ?」

先に着地をすませ、遠目から3人の姿を確認していた謝鈴は、動かない3人に冷や汗を垂らす。

「衝撃吸収の術式……失敗したかな」

術式によって、彼らが叩きつけられても大丈夫なようにした筈だったのだが二人は動かず、謝鈴は半ば冗談にならない事態に戸惑いながらも3人の心音を確認する。

「……」

心臓の音が聞こえる。

生きていた。

「なんだ……伸びているだけか、脅かすな」

主からは相当離れてしまってはいたが、逃げる際中人の影を見ることはなかった。

……警察が本腰を入れて動き、私たちを追い込むために本格的な東京封鎖を開始しているのだろうと謝鈴は状況を予測し、同時にそちらに人数を相当数裂かれることになり主の元へと誰も向かわせないという当初の目的を達成したと確信をする。

「良し、主の元へ急ごう」

そう一人ガッツポーズをとり、橋の上へと飛び乗る。

幸い、乗り捨てられた自動車は腐るほどあり、謝鈴はたまたま見つけたブケラファス社の乗用車の扉を開けて中へと入る。


「……ふむ、車には初めて乗りますが……なかなかいい乗り心地です」

流石は主が作った車だと少しゼペットを称賛し、謝鈴はバックミラーを確認し。

「……ぁ」

ふと気づく。

ミラーを打ち抜かれた時に掠ったのだろう……破けたスーツの下の肌に、浅い傷がついているのを見つける。


「……傷、増えちゃった」

一瞬だけ少女は悲しそうに目を伏せ、その腕にできた切り傷をなでてその指についた赤を鬱陶しそうに舐める。

「……行かなくては」

気を取り直すようにため息を突きながら慣れた手つきで強制的ににエンジンを駆け、アクセルを全開にして謝鈴はその場を後にする。

……空の色は黒く、窓を開けるとどこか不吉な風が謝鈴の頬を冷たく叩き、彼女の主人によって全機能を停止させられた東京周辺の風は、何かの訪れを予感するように謝鈴の胸をざわつかせる。

「……奴らが動くとは思えないが……」

そう謝鈴は呟き、心を落ち着かせようとするも、その不安はより一層心中にのしかかるだけであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ