泡沫の話
やめろ。
ーー「アンタがいなければ!!」
やめろ。
ーー「何でアンタみたいなブスが!!」
やめろ。
ーー「彼に近付くビッチがッ!!」
やめろ。
「やめろッッッ!!!!」
ガバッと飛び起きた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ポタリと雫が頰から伝い落ちる。
「っ、久しぶりに見たな…」
昔から、本当に時たま、見る夢。
内容はいつも覚えていない。
ただ、起きると冷や汗がびっしょりで、嫌な感じだけが残っている。
「はぁ……」
窓の外はまだ、暗い。
泡沫の話
王城よりも高く細長い建物、馬を引かない不思議な乗り物、見たことのない文字、ピカピカと光るのに魔術師も魔石も見当たらない看板。
それを誰もが当たり前という顔をして歩いている。
そんな不思議な世界。
その世界で僕は、1人の青年になっている。
僕の世界で言うところの学院に通っていた。
青年のルックスは異性受けするようで、よく異性に囲まれている。
しかし、口々に自分をアピールしてくる異性たちに青年は辟易していた。
そんな中、1人だけ例外がいた。
「ごめん、遅れて。講義が長引いてさ」
明るい茶色に囲まれる中で、現れる純粋な黒。
黒髪を靡かせた茶色の目の女性。
青年の友人だ。
青年は異性に囲まれるせいで幼い頃から同性にも異性にも友人がいなかった。
そして学院に通い始め、自分に何の先入観もなく接してくれた彼女と友人になったのだ。
青年と彼女は仲が良いが、性を感じさせない仲の良さだ。
「おはよう!」
「おはよ。今日も美人だね」
「ありがとう。…今日も小さいね」
「大きなお世話!」
しょっちゅうやっている朝のやり取りの一部だ。
冗談の応酬なんて常で、青年はそれがとても心地良かった。
「ねぇ、明日遊びに行かない?」
「いいけど、どこに?」
「明日新しく出来る和スイーツの店があってさ〜。学校から2つ先の駅の近くなんだけど」
「行く。絶対行く」
「言うと思った。**はホント甘いもの好きだよね」
「**だって食べるじゃん」
「食べるし好きだけど、**ほどじゃない。流石に甘味屋のはしごは僕出来ない」
彼女は甘いものに目がなく、休日はよく青年と甘味屋に出掛けていた。
「いいじゃん。太ったり糖尿にならないように気を付けてるし」
「ホント**って平均だよね。あんなに食べるのに、こんなちっさい体なのに。謎過ぎる」
「ちっさいは関係ないでしょうが!」
「あはははっ」
青年は彼女と心の底から笑い、とても、とても楽しい日々を送っていた。
「和スイーツか〜、楽しみ!」
「僕も。楽しみ」
そして場面は転換する。
「ーーー*、*?」
突然、彼女の腹から現れた切っ先。
そこからどんどん滲む赤。
彼女の背後に、何かを握りしめた、知らない女。
「っ、けふッ」
前のめりになって倒れる彼女。
倒れた彼女に跨って、彼女の背に何度も切っ先を振り下ろす女。
「………ゃ……ろ」
「アンタがいなければ!!」
「……や……ろよ」
「何でアンタみたいなブスが!!」
「……やめろ」
「彼に近付くビッチがッ!!」
「やめろッッッ!!!!」
女は青年に好意を寄せていて。
近くにいる彼女が羨ましくて嫌いで恨めしくて憎くて。
青年が自分に振り向いてくれないのは彼女せいだと、女が語った。
ふざけるな。
親などいないも同然で、友人もおらず、気を許せる存在もいなかった中で、ようやく見つけた心の拠り所。
ああ、そうだ。
青年は彼女に依存していた。
彼女の交友関係が狭いのをいいことに、彼女の時間を独占した。
恋ではない。
そんな可愛らしいような感情ではない。
愛はある。
だが、それはどこか狂っている。
どこまでもおかしい、青年の行き過ぎた執着。
「**! **ってば! 目を開けてよ!」
横たわる彼女に縋り付く。
彼女はふ、と目を薄らと開けて、笑った。
「不細工な面…。男前が……、台無し…だよ」
そう言って、彼女は目を閉じた。
彼女の、陽の光に当たると蜂蜜色に透ける瞳が、もう一度青年を見ることはなかった。
心の拠り所を亡くした青年は、空虚な人形のよう。
周りの声など聞こえない。
青年の名前を呼んでくれた彼女は。
青年と一緒に過ごした彼女は。
青年と笑いあった彼女は。
この世でたった1人、とてもとても大切だった子は。
もう居ない。
ーーーーイマ、イクヨーーーー
「ーーは、や、く、起きろ!」
「ゲフッ?!」
急な圧迫感に目を覚ます。
「もう、やっと起きた」
「な、何でここに!? ここ、僕の部屋だよね!?」
「実は私、侵入が得意なんです」
「嫌な得意だね!!」
「なんてね。得意なのは本当だけど、友人の部屋に不法侵入なんてしないよ」
「ん? 得意なの?」
「ちゃんと寮長さんを脅して貰った鍵で入って来たよ」
「立派な不法侵入だよ!! 何、脅してって!」
「間違えた。笑顔で仲良くお話の末、くれたんだよ」
「そんな訳ないでしょうが!!」
「分かったよ、本当のこと話すよ。本当は、じーさまのエクレアで取り引きしたんだ」
「バカ!! どのみち不法侵入には変わらないよ!!」
真面目な顔でボケる友人に朝からツッコミ疲れる。
「…はぁ、おはよう」
「おはよ。今日も美人だね」
「ありがとう。…今日も小さいね」
「大きなお世話!」
身長を気にしている友人がガウッと突っかかってくる。
「……あはっ」
「ん?」
「いや、なんか……懐かしいなぁ、って」
悲しいような、寂しいような、泣きそうな、優しい表情で友人は言った。
「…うん。なんでだろ、僕もだよ」
僕がそう言えば、友人はヘラリと情けなく笑った。
友人の透き通った蜂蜜色の瞳が、笑った僕を映していた。
終
「ところで、なんか魘されてたけど大丈夫?」
「え? あー、うん。たまに見るんだ、嫌な夢。内容はいつも覚えてないんだけどね」
「ふーん?」
「起きたら嫌な感じだけ残ってるんだけど、今日はそんなの気にしてる暇なかったよ。お腹圧迫されて息苦し過ぎて」
「どういたしまして」
「おかげさまで」
悪びれもせず、しれっとした顔で言ってくる友人に呆れしか感じない。
全くもう。
友人だからって、いくら僕の性対象外だからって、男の部屋に入ってくるとかどうなの?
危ないったらないよ。
婚約者さんの気苦労が分かる気がする。
「それで、どうしたの?今日何か約束してたっけ?」
「してないよ。今日はおつかい」
「おつかい?」
「貴方の彼氏様が、明日の朝に一時帰国するけど一緒に来ないか、ってさ」
「何それ!何で急に!? てか、どうして直接言わないの!?」
「だって教師と生徒がそんな会話してたらおかしいし、帰国が決まったの、ついさっきだもん」
「何で?」
「それはまぁ、彼氏様の我が君が『報告しに来なさい、報告内容は主に君の恋人のことで』って言ってきたからじゃない?」
「我が君って……、何であの国の王太子様が僕らのこと知ってるの!? ちゃんと学園を卒業してから挨拶しに行くから言わないでって言ったのに!」
「あそこの特産、糖度があり得ないくらい高い苺1年分は誰だって食いつくと思うの」
「犯人ここにいた!そんなのに釣られちゃったの!? 言ったら君のお父さんだって、僕だって、それこそ陛下や殿下たちが用意出来るでしょ!?」
「私の友人だからある程度は信用するけど、自分の配下を任せるなら自分で見極めるって聞かないんだもん」
「それ早く言って!?」
朝日が眩しく照らす、とある日のこと。