四章
桃原が使わない医学書類を預かってくれるという情報は、人づてに広まっていき、一ヶ月もすると、アパートには医学部生からの荷物がどんどん運び込まれるようになっていた。
今や桃原の部屋は、六畳間の三分の一程度が山積みのダンボールで埋まっていた。箱の外側には、誰の物なのか一目で分かるように、シールのタグを付けるようにもなっていた。
「――しかし、威圧感凄いなこれ」
桃原のアパートへ遊びに来た三島は、背丈ほどに積み上げられたダンボールの山を見回して言った。
「そうか? まあ座れよ」
桃原は座布団を用意してやると、二人はテーブルを前にして胡座をかいた。
テーブルの上には三種類のピザと缶ビールが用意されていた。
「ま、とりあえず飲もうぜ」
二人は黄金色の液体をガラスのコップに注ぐと、それを持って乾杯した。
「けど、我ながら良いアイデアだっただろ? 感謝して欲しいぜ、全く」
三島はビールを一気に飲み干すと、泡の髭をつけながら、自慢げに言った。
「分かってるよ。だから今日はピザと酒を奢ってるんじゃねえか。それにお前だって、荷物運びで儲けてるだろ?」
「けっ! お前の利益に比べたら、微々たるもんだ。毎月一定額が入るわけじゃねえしよ」
三島は吐き捨てるように言う。
「そんな愚痴るなよ……」
桃原は機嫌を取ろうと、コップにビールを注いでやった。
三島はピザの箱を開けると、付属のソースを掴んでその口を切る。
「あ、おい。その辛いのかけないでくれよ。俺苦手なんだ」
ピザ全体に回しかけようとした三島の行動を、桃原は慌てて止めた。
「んだよ。じゃあ皿くれ。気がきかねえなあ」
「はいはい……」
桃原は嘆息しながら腰を上げると、キッチンの戸棚を開けた。
「……あれっ?」
そこでふと手が止まる。戸棚の中に、花柄の縁をした見覚えのない小皿が入っていたのだ。
「どうしたあ? カビでも生えてたか?」
様子を見に来た三島が、ピザを咀嚼しながら声を掛けてくる。
「生えるか! いや、こんな皿あったかなと思ってよ……」
「はあ? その年でボケたのか? 自分の家の食器忘れるとか止めてくれよ?」
首を傾げる桃原を見て、三島は呆れたように言う。
「いやでも……うーん……まあ、いいや」
桃原はそれを戻すと、白い皿を二枚持って戻ろうとした。しかし今度は三島が足を止め、何やら後ろにあるシンクの方を気にしていた。
「ていうかさ、さっきも思ったんだが、なんかこの辺り臭くねえか?」
「臭い?」
「ああ。腐った玉葱みてえな臭いがするんだよ」
そう言われても、腐った玉葱を嗅いだことのない桃原はピンと来なかった。不快そうに眉を寄せる三島の傍に行くと、桃原はシンクに顔を近付けた。臭いを確かめるように鼻を動かすが、やはりよく分からない。
「気にしすぎだろ? ピザ喰ってるからそんなふうに感じるんじゃねえの?」
「そうかあ……?」
三島は納得行かないのか、自らの鰓をさすった。
「でも浩太、お前ちゃんと掃除はしてるのか?」
「煩いな。人が出入りするようになったから、ある程度は綺麗にしてるさ。あれで」
三島は、桃原が指差した部屋の角に視線を向ける。
「コロコロとハンディモップかよ……掃除機とかも使えよ」
「掃除機なんて持ってねーよ」
「後、一応換気もしとけよ。湿気で本が傷んだらマズイだろ?」
「分かってるって。そんな話いいから喰おうぜ。冷めちまう」
「……ああ、そうだな」
二人はダンボールに囲まれる居間に戻ると、ピザを平らげていった。
だがこの頃から、桃原の部屋には、徐々に妙な事が起き始めるようになっていたのだ――。




