“神田トンネル”で彷徨う、白い服の少女
「“神田トンネル”って知ってるか?」
学校の昼休みの食堂で友達が突然、俺に話し掛けて来た事で、物語は始まった。
「……突然何だよ。今、食事中だ」
俺は昼食の焼きそばパンを口にしていた。
「“地獄谷”という所にあってね……」
「……“治国谷”じゃね?」
「やはり君は知ってるね?」
ニコニコと笑顔を俺に向ける。
「……それで、そのトンネルについて、俺に何か言いたい事でもあるのか?」
友達にジト目を向ける。しかし、友達はそんな俺の目を気にせず、話す。
「いやぁ、君、よく分かっているじゃないか。そうだよ、行ってみ――」
「断る」
即座に四文字の言葉で打ち消した。
「どうしてだい? 今、課題のテーマで悩んでるじゃないか」
「……確かにそうだが、噂が本当だったとしても、わざわざ自分達の命を投げ捨ててまで、其処へ行きたくもないし、調べたくも無い。他に、何か良いテーマ見つかるだろ……」
友達の次の言葉を耳にしたくない為、俺は焼きそばパンの残りと、最後に牛乳を口に含み、教室へ移動しようと立ち上がった。
「んー……、君が賛同してくれると、課題も早く終わるんだけどねぇ……」
早足で友達から離れる。
しかし、友達は付いて来る。
「ねぇ、本当に行かないの?」
無視。
「宇都宮さんも誘おうかな、と思ってるんだけど……」
「彼女までも危険に晒すな」
「ねぇ、本当に行かないの?」
「行かない」
教室に着く。
「僕だけじゃなく、ミステリー好きの君にとっても興味深い話だと思うんだけどなぁ」
「俺はいつからミステリー好きという事になってた?」
俺はそんなにミステリーは好きじゃない。
「あれ? 赤坂君だ」
教室の扉を開けた先に居た女の子は、ニコリと天使の様な笑顔を俺に向けた。
「宇都宮さん……」
俺はその笑顔に意識を奪われそうになり、少し視線をずらした。
「なーに? 赤坂君?」
ゴメン、友よ。今は、お前の顔は見たくない。
やはり、宇都宮さんの方へ顔を戻す事にした。
「米田君と一緒だったんだね。二人は課題のテーマは決まった?」
米田とは、このお話の冒頭から出て来ている『友達』の名前だ。
宇都宮さんは、女の子の名前。
そして、赤坂は『俺』の名前だ……。
俺達は皆、○×高等学校総合学科に通う二年生だ。
彼女は先程の笑顔を崩さず、話し掛けてくれた。
また彼女の笑顔に、意識を奪われそうになる。此処でノホホンとしてしまったら、カッコ悪いかもしれない。
……でも、それも悪くはないかな。彼女の笑顔は、俺以外にも気を取られる人達も沢山居て、元気の無い人達を元気づけてくれる、皆の太陽なのだから。
うん、今日も良い笑顔だ。
……さて、話の続きに戻ろう。俺は首を横に振り。
「いや、未だだよ。宇都宮さんは決まったの?」
そう返すと、彼女は少し苦笑を浮かべて。
「実は私も未だなの……。どうしようかなぁ……」
悩んでいる彼女の顔も良いな。だからと言って、悩ませ続ける訳にもいかないな……。
俺は彼女を元気づける為に、言葉を選ぶ。
「……なぁ、良かったら、宇都宮さん。俺と一緒に――」
「そうだ! 宇都宮さんも悩んでいるなら、一緒に“神田トンネル”について調べない?」
……こいつ。(怒
「“神田トンネル”?」
首をちょこんと可愛らしく傾げる彼女。
「“地獄谷”という所にあるんだけど……」
「“治国谷”」
友達の言葉で出て来た単語を修正。
「そうそう、此処に詳しい人も居るみたいだから、僕達と一緒に調べようよ~」
……こいつ、さっき間違えたのは態とだな。(怒
「宇都宮さんはミステリーに興味ある?」
「うーん……、怖いものは苦手だけど……。……赤坂君も一緒なら」
……え?
「よし! よしっ! じゃー、決まりだねっ! 一緒に調べようっ♪」
……あそこで訂正しなければ良かったな。
しかし、宇都宮さん、俺と米田なんかと一緒で良かったのかな……。
……俺は正直、あそこで友の言葉を訂正しなければ良かったのかもしれない。
そう後悔するのは、もう遅過ぎた。
※ ※ ※
「うわぁ……! 凄く綺麗……!」
宇都宮さんは、ガードレールの向こうに見える風景に、目を輝かせていた。
俺は、輝かせている彼女の目も綺麗だな、とか思いながら、彼女と、彼女が見ている風景を眺めていた。
此処までは、俺の望んでた絵だったと思う。……まぁ、余計なモノも居るが。(苦笑
「でしょ? でしょ? でも、僕達は此れを見に来たんじゃないからね! さっさと調査を終わらせたら、時間に余裕が出来たら、また見れるから。……では、諸君。“神田トンネル”の怪談を徹底的に調べようでは無いか!」
……もう、お前一人だけで調べてろよ。
「おー!」
腕を伸ばす宇都宮さん。
米田の行動に色々呆れつつも、俺と宇都宮さんは米田の後を付いて行った。
……では、此処で“神田トンネル”について、簡単に(俺的な見解だが)お浚いしよう。
“神田トンネル”とは、高知県高知市神田(以下、神田)と、高知市春野町治国谷(以下、治国谷)の山々で、その境目付近の県道沿いにある、トンネルの一つである。
因みに、トンネル出入口の治国谷側には、一つの交差点がある。神田側から入ってトンネル出て、左に折れれてまた山奥を登れば、春には綺麗な桜が見える牧場(今は見れるかどうか分からないが)、右に折れれば、更に登りが辛そうな旧県道(道が凄く酷いらしい)になっている。その旧県道は、神田側の出入口付近にある、T字路の小さな交差点へ通じている……らしい(行った事が無い為、分からない)。
彼はよく“治国谷”を“地獄谷”と間違えて言っていたが、強ち間違ってはいない。
“治国谷”は、カーブや急斜面になっている所も多く、電灯も殆ど無く、その特徴をよく知っている人達にとっては、正に“地獄谷”である。
そして、俺達は今、神田側の方から例のトンネルへ向かい、その道路周辺を散策しているところだ。
……正確には、治国谷側の方から向かって、例のトンネルに辿り着いたんだけどな。
つまり、既にトンネルは越えて来たが、反対の神田側からトンネルを散策する形を取っている訳だ。
トンネルの歩道を通る探検組一行。
「……やはり、あの音が聞こえるねぇ」
ニヤニヤしながら歩く米田。
本来の怪談では、トンネル内で女性の呻き声が聞こえるらしい。しかし……
「……あれ? 噂とは何か違ってなくないか……?」
俺の耳に入って来たのは、近くでダンプカーの走る音と、――何かの擦れる高い音だった。
「え? 何? 聞こえないー!」
「噂とは何か違ってなくないかって事!」
「……ゴメン! 全然、聞こえない!」
「だー! かー! らー! 噂とは何か違ってなくないかって言ってるんだけど!!」
もう怒り心頭になりつつも、力の限りの大声を発した。すると……
ドン!
キキィィィィ――――!!!!
「うわぁぁぁぁ!!!!」
「きゃああああああ!!!!」
何かがぶつかる音、急ブレーキの掛かる音、叫び声、悲鳴と、次々の音が耳に入り込んで来た。
少し経った後には、トンネル内の照明が――全て消えた。
「うわぁぁぁぁああああ!!!!」
再び叫び声。俺は直ぐにその場で、背負っていたリュックから、手探りで懐中電灯を探す。
叫び声から数分経った後に漸く、目的のモノを捕まえ、灯りを点けた。
三六〇度辺りを見回し、人影が見えた所で手を止める。
「どうした!!!?」
「ダンプがスリップした!!!!」
「何だって!!!?」
俺は周囲の足元を確認し、照明が消える前に聞こえた、煩い音のした方へ走る。
「おい!!!? 大丈夫か!!!?」
「いたた……」
先ず俺の視界に入ったのは、宇都宮さんだった。
「宇都宮さん……! 」
「赤坂君……、……私は大丈夫」
「そうか……」
安堵の息を漏らす俺と彼女に、三十代くらいの男性が一人、フラフラと近付いて来る。恐らく、ダンプの運転手だ。
「……謝れば済むとは思ってはいないが、申し訳ない……。今、救急車と警察と連絡を取っている。怪我人は居ないか?」
「俺は大丈夫だ」
「私は、右腕と左膝を擦り剥いちゃったけど……、大丈夫」
「……大丈夫か? 応急手当しておこっか」
「うん……」
……
「……あれ?」
俺はこの時やっと彼が居ない事に気が付いた。
「……米田は何処だ? 停電前と、停電後に叫び声は聞こえたんだけど……」
「え?」
「誰か居ないのか?」
「はい、米田君が。友達なんですけど、俺達の他に男の子がもう一人、一緒に居たんです……」
「大変だ、直ぐにでも探さないといけないじゃないか!」
ダンプの運転手――Kさんは「おーい!」と叫びながら、居ない人を探し始める。
俺達も米田を探さないと。
「おーい! 米田!!」
「米田君!」
宇都宮さんも一緒に叫びながら、米田を懸命に探し続ける。
しかし、米田の声は聞こえない。何処に居るのだろうか?
「……あまり良い予感がしないな」
懐中電灯を三六〇度、再び辺りを照らしてみる。
九十度横へ転倒しているダンプ、スマホで連絡取りながら米田を探してくれているKさん、怪我を抱えながらも同じく、俺の近くで米田の名前を叫んで探す彼女、そして、所々トンネルの一部が崩れている、悲惨な光景が、俺の視界に入る。
「……宇都宮さん、俺の傍から離れない様に、気を付けて欲しい。何が起きるか分からないしな……」
こくり、と頷く彼女。そして、宇都宮さんの手を握り、一緒に米田を再び探し始めた。
※ ※ ※
米田は、俺の幼馴染だ。
小学生の時から、ずっと一緒だった。勉強や運動能力は俺より優れてて、尋常じゃない好奇心も持ち合わせて、ミステリー等のオカルト話が好きな、変わった奴ではあるが、悪い奴では無いし、……今回の研究に乗り気じゃなかった俺だったが、仲は悪くなかった。寧ろ、ずっと仲良しだった。
これからもずっと一緒の日々が続くんだろうなと思っていたんだが……、こんな事が起こるのは予想すらしなかった。何回か、彼の好奇心で色々な所に付いて行ったが、こんな事故に遭遇する事は今までに無かった。
「おーい!! 米田!! 居たら、返事してくれ!!!」
米田を懸命に探し続ける俺。すると、俺の背後から、Kさんの声が耳に入った。
「……おい!? 誰か頭から血流して倒れてるぞ!!?」
「!!?」
俺は走った。……その怪我人が米田なのか確かめる為に。
Kさんの背後から、怪我人の姿を覗く。
「米田!!?」
……彼だった。頭から血を流し、彼の右手はその頭を抑えている状態だった。
「彼は、頭から血を流している。今は体を無理に動かさない方が良い。……一応、生きているかどうか確認してみた。……幸い、脈はあった」
一時は、ホッと胸を撫で下ろす俺。……しかし、彼が今、危険な状態である事を頭の中で認識した俺は、他に血を流しているところが無いか、目視で確認。
「救急車は今、此方へ向かっている。後、数分で着くらしい。彼の止血は何とかなるとして、問題は……」
俺は、二回で見慣れた周囲をまた見渡す。
恐らく治国谷側に当たる方向へ目を向ければ、車道のど真ん中でダンプが横に倒れている。そして、その反対側へ向けると――
「……あれ? あっちも塞がってたのか……」
神田側は、大きな瓦礫で出入口が塞がれていた。
「と、言い忘れていたが、信号灯などの、交通事故の時に必要な器材は全て出している。……反対側が気掛かりだが。……今は車の音は聞こえないし、それに此処で思いっ切りスピードを出すと危険な事は、地元の人、いや、車を運転する人なら承知の上だし、大丈夫だとは思うが……」
「……あの、話の途中ですみませんが、他に怪我人は居なかったでしょうか……?」
「あぁ、車は僕が運転していたダンプカー1台だけで、運転している時にサイドミラーに写っていたのは、歩道でグループで固まって歩いていた……君達かな? 三人だけだっただろうか?」
「はい……、俺と、其処で倒れている彼と、俺と一緒に居る女の子含めて、三人だけです。」
「なら、君達だけの筈……だな、……うん」
難しく考え込むKさん。……明らかに何だか様子がおかしそうだ。
「……何か気になる事でも?」
「あ……。……あぁ、……信じられない事かもしれないが……。……実はその時、何処からか何やら奇妙な笑い声が聞こえて来てね……。若い女性の……、そうだ。ダンプの前面窓の向こうで、……白いワンピースを着た女の子が笑って立ってたんだ。」
「怖っ……!」
思わず、俺はその場で身震いした。
「……あ、でも……、その子が立ってた、という事は……、その子も何処かで倒れているかもしれないんじゃ……?」
「あ……! そ、そうだな……! では、未だ怪我人の捜索は終わってないぞ! 急いで探さないと……!」
そう言って、Kさんは未だ見つからない人を探しに再び動いた。
俺は米田の体を動かさない様、出来るだけ彼の為に出来る事を施す。
「……米田見つかって良かったが、こんな事になってるなんて。……やっぱり止めておけば良かったかな、宇都宮さん」
俺は、宇都宮さんが居る筈の方へ顔を向けようとする。
……
「? ……宇都宮さん?」
……
……あれ? 宇都宮さんが居ない。
米田の手当を終えて、周囲に目を向ける。
しかし、彼女の姿は俺の目に映らなかった。
何処へ行ったのだろうか……?
フフ……
……?
何か笑い声が耳に入った。
フフフフ……
……若い女性の笑い声だな。
しかし、気味が悪い。
フフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ
ちょ……、マジで怖い。
また身を震わせる俺はもう一度、周囲に目を向ける。
しかし、その声の主は見つからない。
俺は震える体に落ち着かせる様、鞭を打った。
「おい!! 何処に居るんだよ!!? 笑ってないで出て来いよ!!!」
探す声の主が女性にも関わらず、俺は力強く吠えた。すると……
……わたしはここにいるよ? 赤坂君。
「!!?」
よく聞いたら、聞き覚えのある声だった。
――そう、……宇都宮さん。
……信じられなかった。そう思うのは、次の出来事でもだった。
背後を振り向いた瞬間、……白いワンピースを着た宇都宮さんが宙に浮いて、現れた。
「!!?」
驚きが隠せない俺。しかし、驚いている場合ではない。
「宇都宮さん……?」
「……赤坂君。……米田君、見つかったんだね。良かった。じゃあ……」
ころしてあげないとね。
そう言い、彼女は頭上へ右手を伸ばしていた。
彼女の右手に、紫色のオーラに包まれた、黒い鎌が形成されていく。
「……宇都宮さん? 何を言ってるの……? 俺……、もしかして何処か頭を思いっ切り打っちゃってたのかな……」
頭を抑え、よろめく俺。
「さぁ、早く動かないと。赤坂君。君だけじゃなく、米田君まで死んじゃうよ?」
いつもの笑顔を俺に向ける宇都宮さん。
あぁ……、悪い夢でも見てるのかな。
俺は右手で、自分の頬を引っ張る。
……夢じゃないんだ。
そう改めて認識した俺は、咄嗟に頭を働かせる。
そして。
「……宇都宮さん!」
体は動いた。俺は如何にも真剣な顔付きで、彼女へ向かって走った。
彼女は妖しく笑って、鎌を振ろうと構えていた。……こんな表情もするんだな。
俺は――
※ ※ ※
「おーい!! 大丈夫か!!?」
「……っ」
Kさんの声で目を覚ます俺。……寝ちゃってたのか。
確か、宇都宮さんが――
「宇都宮さん!!?」
俺は飛び起き、周囲に目を走らせ、宇都宮さんを探す。
「ん? 彼女は君の近くで眠っているじゃないか。」
「……へ?」
Kさんの言葉でハッとして、運転手さんの見えた位置から、二七〇度の方向へ目を向ける。
宇都宮さんは、少し苦しそうな顔で寝息をたてて眠っていた。
しかし、白いワンピースでは無かった。
色々気になる事がありつつも、ホッと胸を撫で下ろした俺。
そして、米田も探した。
米田は、口元を酸素マスクで覆われ、そして、担架に乗せられながら、救急隊員に運ばれていた。
全ての状況を呑み込んだ時には、またホッと胸を撫で下ろした。
……何が起こったかは分からないが、結果オーライか。
Kさんに話し掛けてみようと近付くが、警察の人達とのやり取りで忙しそうだった。
俺は宇都宮さんに近付く事にした。
「……宇都宮さん」
「……!」
彼女が目を覚ます。
「良かった……、無事で……」
「……」
彼女はボーっとしてた。
「……宇都宮さん? ……何処か、痛むところがあるの?」
「……」
彼女は未だボーっとしてた。
そっとして置いてあげた方が良いかな……。
そう思い、俺は宇都宮さんの横に並んで座った。
救急隊員の一人が近付いて来る。
「失礼します、それぞれ身体の具合をお聞きしても構いませんでしょうか?」
「あ、はい……」
そう返事するが、彼女はずっと固まったままだった……。
俺は隊員に訊ねてみる。
「あ……、そういえば彼女、先程からこんな状態なんですけど、大丈夫なんでしょうか?」
「ん……、ちょっと失礼しますね……」
彼女の様子を調べる隊員。
そして、それを見守る俺。
……あれ?
彼女の目を見て、何かに気づいた。
先程から、目が暗い様な……。
――そう、アニメや漫画で見る、目に生気が無い様なキャラみたいに。
もしかしてと思い、彼女の視界に入る位置辺りで、俺は右手を振ってみた。
その行動に隊員が驚き、尋ねて来た。
「おや、どうしたんですか?」
「……いや、もしかしてと思ったんです。あの……彼女の目を見て貰っても構いませんでしょうか?」
分かりました、と隊員は首を傾げながらも応じ、彼女の目を色々調べ始めた。
「……!!」
隊員は何かに気付き、直ぐに動き出した。
「おーい!! 至急、こっちに担架を運んで!!!」
仲間の方に大きく手を振っていた。
俺はその様子を眺めていたら、視界が静かに暗転。
俺も救急車に乗せられ、病院へ運ばれた様だった。
※ ※ ※
……覚えている限りでは、こんなところだ。
あの時の、全ての状況を確り覚えているのは、他に居ない。
この事故での負傷者であるダンプの運転手のKさん、俺、宇都宮さん、そして、米田の四人全員、救出された。
米田は重傷だったが、今では凄く元気にしてる。……いや、元気にしてるとは言っても、いつもの様な明るい口調で話したりはしない。クールで真面目な感じ。そういえば、この一件でいつものオカルト話は全然、口にしなくなったな。
Kさんも事故の裁判で危うい状態に陥ってたが、俺達からの弁解で何とかなってはいるみたい。
……しかし。
俺は今、春の暖かい風が吹く公園で車椅子を押していた。
座っているのは、……宇都宮さんだ。
そして、俺の隣には、米田が居た。
「春が来たね……」
そう静かに呟く米田。
「……あぁ、……良い風が吹いてる」
「……ねぇ、僕も車椅子、押させて貰ってもいいかな?」
良いよと返し、俺は米田と立場を代わった。
「……僕にも春が来れば良いんだけど……、……決して、許されないだろうね。」
暗い影を背負いながら、宇都宮さんが座る車椅子を押す米田。
……俺は。彼に、何て言葉を掛けてあげれば良いのだろうか?
宇都宮さんは今、目と、言葉、……そして、足に大きな障害が出来てしまい、不自由な生活を送っている。
……いつもの笑顔はしてくれるのだが、……俺はその姿に何とも言えない。
……思えば、米田がオカルト話をしなくなったのは、これが理由で凄く責任を感じているからなのかもしれない。
宇都宮さんは、そんな米田を慰めるかの様に、春の様に暖かい笑顔を浮かべていた。