表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

①ジェンダ・ジェシカ!

三、四話書き上げたら、単独シリーズ化するかもです。

ジェンダ→ジェンダー/gender=女性、の意味。

ジェンダ・ジェシカ!


▼あらすじ▼

人間の心の内には数多くの限りない欲求が存在する。華の女子大生であり、男勝りな安西三琴あんざいみことは、現在猛烈な「排出欲」に駈られていた。無事に用を足し、満足感を覚えていた三琴は、トイレの便器に吸い込まれてしまう。太ももまでパンツを下げていたまま辿りついた先は、なんと女性を軽視する世界「ジェンダ・ジェシカ」でした。男装を貫き、どうにか元の世界へ戻ろうとする少々口の悪いヒロインと、美形だけれど小心者な準幽霊くん(?)のハチャメチャラブストーリー。

※当作品には女性を軽視する発言が度々出てきますが、作者はそれを推奨したり同意しているわけではありません。ご了承ください。






 人間が抗うことのできない欲求。

 食欲、睡眠欲、性欲、物欲…

 それらは数多(あまた)あれど、数刻まで三琴(みこと)の脳内を占めていたリビドーは、排出欲だ。「廊下は走ってはいけません!」と叫ぶ真面目な委員長がいた高校を卒業して、今在籍しているのは死にもの狂いで合格を手にしたとある大学。眠気を誘うおじいちゃん教授の長ったらしい講義を終えて、三琴が真っ先に向かった場所はただ一つ。


(はああ…スッキリした!)


 W.C.、おトイレ、水洗便所、お手洗い。

 …いろいろな名称で呼ばれるその場所に、ギリギリな思いと下腹部を抱えて三琴は無事に到着し、用を足した。


 退屈な講義が行われたセミナーから、このトイレまでだいたい200メートルくらいある。その距離を一切の妥協なしで全力疾走した三琴は(こんなに真剣に走ったのはいつぶりだろう…良くやった、わたし!)と、言いようのない満足感に浸っている。用を済ませ、流したトイレの便座に座って。


 安西(あんざい)三琴は、今をときめく華の女子大生であり、二回生だ。行儀悪く足を広げながら『あっちぃ…』と手を団扇(うちわ)代わりに使う様子は、とてもじゃないが女性らしいとは言い難い。ガサツで言葉使いも少々乱雑。それが三琴という女なのだ。


 染めたことのない真っ黒な髪や、飾り気のないショートヘアはその性格を表しているようで、しかし手入れはきちんと行き届いている。『スカートなんて柄じゃないんだよな』と、以前学友に零したこともあり、ファッションもボーイッシュだ。細身の三琴によく似合う濃紺のジーパンに、モノクロのシックな七分袖のシャツ。どこか中性的な雰囲気を醸し出している三琴は、便座に座っているお尻に感じる違和感に気付く。


 それは、以前男兄弟に(半ば強引に)見せられた(しかし、もちろん後でそれなりの報復をしてやった)成人向けのDVDで、女性が感じていたアダルトな感覚ではなく、もっと危機感の迫るような違和感だった。例えるなら、掃除機に吸い込まれるような、塵や屑の気分を現在進行形で三琴は味わっている。


 レアな体験をしていると思うのと同時に、焦燥を覚えて立ち上がろうとした三琴だったが、ほんの少し間に合わず、より強く感じられるようになった吸引力に引き寄せられていった。


 ぐぐ、ぐぐぐ…と、徐々に強くなっていく力に抵抗を試みるが、圧倒的な吸引力に成す(すべ)がなくなる。一際強く引かれたかと思った瞬間、地面に足が着地していた感覚が消えた。『あっ』と呟く声も出すことがないまま、三琴は便器の中に吸い込まれてしまった。




*******



 …誰かの指で頬をつつかれる感覚を覚え、三琴はいつの間にか瞑っていた瞳をゆっくりと開けていく。


 誰か、などと表したが、その人を三琴は知っていた。安西家の三兄妹男(さんきょうだい)のうちの次男・七臣(ななおみ)だ。七臣は末っ子だからか、とても甘えたで、そしていつも構ってもらいたがるのだ。普通なら反抗期に突入するであろう高校生になってもなお「姉ちゃん姉ちゃん」と慕ってくれることを、三琴は喜ばしく思っていた。


『……(なな)、夕飯までまだ時間あるから、宿題やってきな…』


 三琴の考えは間違っていない。しかし、それは家の中での話である。


「…っ!眼、開いた!」


『!? 七じゃない…。だ、誰だお前!』


 三琴の頬をつつきながら凝視し、動向を窺っていたのは見知らぬ男だった。

(…男、だよな?)

 深くフードを被っているため、その人物の顔を窺うことができない。そこまで低いわけではないが、声変わりは済んでいるだろう声からして、三琴はその人を男だと認識した。どうやら彼は三琴の回復を喜んでいるらしく、口元が綻んでいる。


「お、俺の名前はマシューです…」


『マ、マシュー……』


 日本人名ではない名前に三琴は、疑問を覚える。この男の素性も気になるが、それ以上に他に知りたいことが見つかった。ビル一つ見当たらない、独特の雰囲気を醸し出すこの地は一体どこなのか。視界に広がる風景を見ても、どうやら三琴の記憶にはない場所のようだった。

 それを尋ねようと起き上がると、三琴が口を開く前に、目の前の男が声を発した。


「えっと…あ、貴方は女性、ですか…?」


 三琴はその問いに少し驚く。男兄弟に埋もれて育ったため、性格は確かに女らしくお淑やかなわけではない。しかし、顔立ちはすっきりしていて、つり目がちな大きな黒い瞳は少しきつい印象を与えるが、三琴の顔は見間違うことなき女性顔だ。身体付きも至って華奢な普通の女性である。それ故に友だちや知り合いに「男勝りな性格だね」と言われることは多々あったが、初対面の人にそんなことを告げられたことは、今まで一度もなかったのだ。


『あ、ああ…。そうだ』


 フードで隠れている顔に向かって、何故そんなことを聞くんだという眼差しで三琴が見やると、彼はそれまで三琴に向けていた顔を慌ててそらし、小さな声で呟いた。

 口をついた言葉は、三琴を彼以上に大慌てさせ、パニックに陥らせることになる。


「…だ、だって、貴方の下着が下げられていて、そ、その、見えてしまったから、」


 三琴の格好は、退屈な講義を終えてすぐにトイレまでダッシュし、用を足したあとのままだったのである。





ーーーーこれが三琴とマシューの出会いだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ