袋のネズミ
まさかのコンクリートが壊れちゃいそうです。実際にありえないとおもいきや、法律がおおらかな時代は作業員の無知、もしくは故意によって耐久値の低いコンクリートが使われていた、または作っていたことがあったそうです。これがいわゆる手抜き工事というものなんでしょうか? わかりませんが……。
では、当事者の行動を追ってみましょう……。
1、チェーンソーに気をつけながら、ドアを閉める
→■2、ベッドでドアをふさぐ■
3、中年の男に相談する
4、部屋を物色する
5、その他
市之原小夜子の絶叫が部屋に撒き散らされていくと同時。
半開きのドアに隣接するコンクリート壁が悲鳴を上げていた。
嘘だろ……!? いくら廃墟だからってコンクリの壁まで脆くなってんのかよぉ!
「誰かっ! ナッ……何か、フサ……ふさぐ物を!」
俺は狂人じみた、上ずり声をノドから出す。それが思ったより奇怪な声だったため、自分自信でさえも初めて聞く音だった。腹の出た中年の男が答える。
「ア……! アレだ……あ……うぅ……あぁ……! これだコレ!!」
まったく要領を得ない発言に怒りを抑え、男を見る。何の事はない、市之原小夜子が拘束されていたベッド。それを荒々しくバンバンと叩いて、――これが自分の言いたかったアレだ! ――といわんばかりの意思表示をしていた。市之原小夜子が砕けていた腰を持ち上げ、部屋の奥……ベッドの方へ後ずさる。
「アァ……。ダメ……! 崩れてる……崩れてるよッ!?」
見ると、けたたましいチェーンソーの振動で、壁にどんどん亀裂が入ってきている。
マジかよマジかよ! ふざけんな……。マジふざけんな……!
「キミ!? 何やってんだ! 手伝ってくれ! ベッドでふさぐんだよっ! このベッド…………ぐっ……なぜか動かないんだ!」
中年の男がベッドを動かそうと、その横腹を懸命に両手で押している。だが、ぐらっとはするものの、支柱は微動だにしない。
おっさん……力無さ過ぎだろ……!!
すぐに中年の男の隣に走り寄る。両手で押すよりも、背中を当てて体全体を使った方が良いと思った俺は、ベッドの横腹に背中を当て、両足をつっぱるようにして地面を押し蹴る。太腿にものすごい負荷がかかり、額の血管は青筋となって顔に現れているようだった。
ぐ……! なんだ!? 動……かない!?
市之原小夜子も、はっとして俺の隣に来る。俺と同じように背中ごしにベッドを押す。
「三、ニ、一でやりましょう! いきますよっ! 三、ニ、一……!」
三人の踏ん張りの声が行き交う。みんな嫌な汗をかき、押す圧力で背中がうっ血するのもいとわずに、ただただベッドを押した。…………………………だが動かない。
なんだ!? おかしいぞ!? いくらなんでも三人だぞ?
かなりの亀裂が壁に入ってきている。人間一人分くらいは入っているんじゃないだろうか。…………ってアレ? 俺の代弁をしたのは市之原小夜子だった。
「ねぇ……。あの音がしないんだけど……?」
チェーンソーの音がしない。
それは安堵にはつながらない。なぜなら、第六感とでもいうのだろうか、壁の向こうにクビナシがいる気配がある。それは他の二人の表情を見れば明らかだった。
「なんか……考えてるみたいですね?」
俺は市之原小夜子の問いかけを飲み込む。彼女のひそめた眉を一瞥。少しの沈黙の後、ベッドを押すのを止めて、巣穴から敵がいなくなったか確認する小動物のように、そぉっと様子を見た。
…………ダンッ! ダンッダンッ!! ダンダンダンッ!
刹那、壁の亀裂の辺りから打撃音がした。
一回ごとにパラッとコンクリート片が砕け落ちる。
おいおいおいおいっ! 誰だよ!? 知能が低いなんていったやつは!? 確かに亀裂の入った壁を壊すならチェーンソーより鈍器って考えるのが普通だろ……!? 全然、知能低くねえぞ!?
ダンッダンッ! ダンッダンッ!
市之原小夜子が俺の右腕をぎゅっと掴んでくる。痛っ……! それで顔を見なくても必死さが伝わってきた。俺は顔をしかめると同時に、ベッドの支柱を見る。頼みの綱のベッド……なぜ動かない!?
「ア……!? マジかよ……支柱が床に埋まってんじゃねえか!?」
暗くて見えなかった。というより、中年の男の言葉をそのまま信じてしまったのが原因か。中年の男だけを責めるのもおかしな話だが、責めずにはいられなかった。
「おじさんっ! これは……無理ですよ……。気づかなかったんですかっ!?」
「ァ……ご、ごめん!」
中年の男は、今気付いたといわんばかり。
二の句を上げようとした時。市之原小夜子の驚愕の咆哮を遮るように…………壁が崩れた。
ダンッダンッ! ダンッダンッ! ダンッ! ………………バコォッ!
定期的な音が、不意に変わった。まるであつらえたように、クビナシの体に合った壁の穴。クビナシが開けた壁の穴と、半開きだったドアの隙間が、ちょうど合わさってクビナシにぴったりな出入口ができた。こんな状況なのに馬鹿みたいな昔の思い出がよぎる。子供の時に公園の砂場で山を作り、穴を掘って、トンネルを開通させる遊び。それとこれとが脳内で重なる。
クビナシが瓦礫をかきわけて侵入してくる。
「ワ……私、ここで死ぬわけには……まだ……死ねないのに……!」
「恋華すまん……! 恋華……恋華ァ……!」
二人の悲鳴にそっくりな思いが口腔から漏れている。俺はそんな最低のBGMを聞きながらも、尻餅を付き、ベッドを挟んで二メートル越しにいるクビナシを見上げていた。酸素を供給しないノドと心臓を恨みながら、まるでクビナシが自分の腹に手をズブリと突き刺し、きっとサファイアみたいに青ざめている小腸を弄んでいるかのような幻視をしていた。
俺はどうすればイインダ……?
1、市之原小夜子を犠牲にする
2、中年の男を犠牲にする
3、自分を犠牲にする
4、市之原小夜子と中年の男を犠牲にする
5、自殺する
とうとうクビナシとの対面? です。
選択肢が絶望的ですね……。
それにクビナシ……以外に頭よかったんだ……。
では、このへんで。さようなら。