生存者
当事者は小夜子を助けました。やっと主人公の名前が判明しましたね。さて、だんだんとおかしな事態になっていきます。今回はそれを、すごくわかりやすく書いたつもりです。
では、当事者たちを追ってみましょう。
→■1、手錠をはずす■
2、手錠をはずさない
3、手錠をはずさずに、女の身体検査をする
4、先にドアの施錠ができないか考える
5、その他
「あ……はい……」
喉の奥から這い出そうと必至になりながらも、なかなか飛び出せない。それを無理やり追い出すように出た言葉。そんな気のない返事を口腔から漏れるように呟いた。その言葉に安堵を示し、市之原小夜子はほんの少し肢体を弛緩させたようだった。
しかし……。なんとかしろと言われてもどうしたものか……。手錠は当然ながら金属でできている。素人目にも頑丈そうで、おそらく鉛色からして鉄ではないかと思われる。それをなんとかするには、それより硬いものか、なんだったらクビナシのチェーンソーでもないととてもじゃ無いが無理だろう。せめてヤスリみたいなものがあればなんとか……といったところだろうか。
辺りをキョロキョロと見回すも、廃墟と化したこの部屋にあるのは壊れた事務机や、付随する無残な姿の椅子くらい。あとは市之原小夜子が体を預けている錆びたベッド。
「何か削るもの……あるかな……」
事務机の引き出しを下から開けていく。上からでなく下から開けることによって、いちいち引き出しを閉める必要がなくなる。とはいえ、これはテレビでやっていた空き巣の特集番組で覚えた知識なので、まるで自分が空き巣になったようでいい気持ちはしなかった。
何度探しても無い。言い訳をしながら市之原小夜子の側に立ち、彼女の手錠部分を調べた。両足の手錠はがっちりと嵌められており、鎖部分はベッドの地側にある格子鉄柵に絡められている。両手の手錠も同じように天側にある鉄柵に絡められていた。
これは……もう手錠ではなく、鉄柵の方をなんとかするしかないだろう。幸いにも錆びていて、何かハンマーのようなものか、テコの原理が使えるような鉄パイプのようなものがあれば何とかできるかも知れない……。
「市之原さん、ちょっと待っててもらってもいいですか? 手錠はどうにもなりそうにないので、鉄柵を壊せるような何かを探してきます……」
「エッ?……いや……嫌です…………。たぶん……もっとよく探せばこの部屋に何かあるかも…………」
……? 少し意外だった。女性としては……というか人間として早く手錠を外してもらいたいと思うのが当然ではないのだろうか? それを『イヤ』とは? だがその疑問は市之原小夜子の二の句ですぐに腑に落ちた。
「……もう独りになるのは嫌なんです。それにあなたが……鈴木くんが来る前に手錠を調べたらこの病院の刻印があったんです。だから……」
言っていることは支離滅裂。だが一応、その刻印を確かめてみる。市之原小夜子に覆いかぶさるように、両手に嵌めてある手錠を見る。暗闇で目を凝らさなければならないが、すでに目が慣れているのか、そこまでの労力は必要としなかった。だが刻印が彼女の艶美な黒髪に邪魔されて隠れていた。一言断って、彼女の髪を横に流し、調べる。
「英語で書かれてる…………日本語だと……聖マリエル病院か」
市之原小夜子の弁である『手錠に病院の刻印があったから、この部屋に手錠をどうにかできる道具があるかもしれない』という言葉は論理的ではない。だが、この病院内のどこかに鍵があることは確かだろう。でも、死神が闊歩する広大な病院内をくまなく探すなんてことはしたくないというのが本音だ。歪に深呼吸をする。その音と、時折みじろぎする手錠の音だけが全てだった。それは、チェーンソーの音が聞こえないという安らぎの事実でもある。
部屋の隅にある木や石や使われている文房具などの瓦礫の山を乱暴に選り分ける。使えそうなものは手にとって、逡巡し、開いているスペースに丁寧に置いた。所詮、一介の学生である自分には、物理の知識など無い。だが、市之原小夜子は大学生なのだから、使えそうなものを見せれば、良いアイデアを出してくれるかもしれない。そんな拙い可能性も救いにしたかった。
「えっ!? ……嘘だろ!? マジかよ。ありえないだろ? エッ……」
うっすらと赤い染みのあるガーゼの山を、傍にあった細い木板で掻き分けた時だった。丸い鉄のリングに、申し訳無さそうに人工的な鉄細工がぶら下がっていた。
「カギ……、あった……。あったよ……ハハッ! 奇跡だ」
意識せずに、市之原小夜子の方を見る。しかし、位置的に足の裏しか見えず、さらにその先に視線が向かいそうになり、慌てて視線を外した。両手が砂だらけになるのも気にせずに手を地面に突っ張って姿勢を起こし、彼女のもとへ行く。俺の嬉々とした表情に何か言ってくる彼女の言葉よりも、このカギで本当に手錠が開くのか、それとも開かないのか、その答えの方が俄然興味を引き立てられた。
結果は……開いた!
両手両足の手錠はいとも簡単に役目を終えて、俺の手によって、床に捨てられた。
痛むのか、手首を擦りながらお礼を言ってくる市之原小夜子。ベッド上で女座りをしている。俺の男としての視線に気づいてしまった彼女は、白衣のボタンをきっちりと全部閉めて少しでも露出部分を減らすように裾を下に引っ張っている。もしここがどこかのラブホテルであれば可愛く思えただろう。だが、ほんのちょっとの先に死が待っている状況では、いささか天然なのかと思えなくもなかった。もっと言えば、命の危機に、裸が見られるとかどうでもいいじゃないか……くらいに思っていた。そのイラ立ちをかき消すような事実をひとしきりのお礼の後に彼女は言った。
「実は……鈴木くんが来てくれる前に、もう一人、男の人が来たの。その時も声を張り上げたんだけど、結局、助けてくれなかったわ……」
生存者。まだ俺達以外にもいたのか。
なんだか心強い。二人だけでこれだけ気持ちが楽になるなら、早くその人とも合流したい……。
ふっと魂が抜けるように安堵する。まだ顔色が回復しない市之原小夜子を気遣い軽口を叩いた。
「とりあえず……市之原さんの洋服を探しに行きますか?」
「……ふふっ。お願いします!」
意外にもノリが良く、親しみやすい反応だった。慎重に物音を確認しながら、扉を開ける。部屋内の閉塞感から解放され、まだ薬品臭いものの澄んだ空気が鼻腔を刺激してきた。心なしか、ひんやりとした風が背中を撫でる。それに伴って、市之原小夜子の柑橘系の香水のような匂いも空中を浮遊して拡散していった。
…………ゥゥ……ンン……。ヒィァ……。…………ブゥ……ン……。
その時、遠くの方からチェーンソーの音が聞こえてきた。それと団子状になって男の悲鳴も聞こえてくる。俺と市之原小夜子はお互いに目で会話する。彼女の八の字になった眉尻。長い睫毛が左右を伺う。右手は心臓を守るように添えられ、左手は俺のシャツの裾をギュっと握っていた。最後に俺の目を覗きこんできた。…………どうする?
1、男を助けに行く
2、様子を見る
3、近くの部屋から武器を探す
4、部屋に閉じこもり、市之原小夜子を守る
5、その他
小夜子を確実に守るなら、男を助けにいかないほうが良い。でも見殺しにするのは人道的にどうなのか。そして、やんわりと小夜子は答えを出さずに鈴木に選択させるようです。女性ってこういうところけっこうあったりしませんか? って自分の回りだけでしょうか?
さて、どんな選択をするのか楽しみですね。このへんで、さようなら。