待合室の穴
クビナシの存在証明であるチェーンソーの音。それが聞こえなくなるなんて気が気でないですね。
当事者はとりあえずの安全を選んだようですね。
では、結果を見てみましょう。
1、待合室のドアを開けて、長椅子を自動ドアの前へ運ぶ
2、待合室のドアを開けず、様子を見る
→■3、待合室のドアを完全に閉じて、壁に開いた穴から自動ドアを見る■
4、とりあえず武器になるようなものが無いか待合室を物色する
5、その他
ギイィッ! バグゥンン………………。
精一杯の勢いでドアを閉めた。血液が枯渇する程にハァハァと息を吐く。壁一枚隔てて居るかもしれない死から逃れようとした。
漆黒の闇。月明かりは当たり前のように遮られ、何も見えなくなった。角膜が光を吸収せず、屈折さえも怠る。視神経は働いていても、役に立つことはなかった。
「これで……ハァ……とりあえずは安心か……ハァハァ……」
餌付くように独りごちると、わざとらしく自分で言ったのに誰か他の人が安心しろと言ってくれているようだった。その安っぽい安堵が脳漿にまで達したのか、沸騰しそうだった血がどろりと下がっていった。
……………………ん? …………ン?
暗い。見えない。なんだ? 何か……おかしい……おかしいわけない……よな? ドアを閉めたら真っ暗になった。その事実にどこも理論的な破綻は無い。…………はず。
なんの根拠も無いことを支えに脚に鞭を打つ。ジャリジャリと床を擦る音がして、自分が脚を引きずっていると気づいた。
なんとか穴のあった方へ行く。どこだったか……。視界が無く、手探りで探す。手の平にコンクリートの感触を確かめながら。こんな時なのに変な虫がいないだろうかと心配する。
「どこだ……どこだ……どこなんだよ……っ!」
変な怒りが込み上げてきた。早くクビナシがどこにいるのか見たいのに……。いや、見たくないが、見ないことには安心できない……よくわからない気持ち……知りたくない、でも知らないと悪寒が止まらない……ような気がする。
手が何かの淵を触る。…………擦る。…………確認するように。あ!? あの穴だと気付いた。引きつりながらも口角が上がり、小さな達成感が込み上げてきた。
グジュゥルゥ……ンン……。
「ヒィッアッ!?」
ァ……ハァ! なんだ!? ゥ……気持ち悪い…………。
手が何かぐじゅぐじゅのものに触れた。虫とかそういうのじゃない……。手をにぎにぎとすると、まるでご飯粒を手で何回も握りつぶしたような粘り気を感じる。
……ァレ? おかしくないか? さっきから脳にひっかかっていた小骨が……ほぐれてきた。
おかしいぞおかしいぞ……? 思いだせ……冷静に……こんな時だから……。さっき玄関に居た時は……月……そうだ! 月明かりだよ! 月明かりがあったからこんな廃病院でもある程度は視界があったんだ。そこに面しているこの壁の穴……おかしいじゃないか!? ここから月明かりが漏れてないとおかしいじゃないかっ!? そうだよ! おかしい、おかしいじゃないか!
手についた粘つくものが凶々しいものに感じる。ブンブンと手を振り、それを飛び散らせながら取り除こうとする。ビチィビチィという粘着物が壁に飛び散る音と、自分の女々しい嗚咽が聞こえてきた。同時に光が漏れていなければならないはずなのに、まったくその素振りを見せない穴を見つめる……。
ブウウウウンンッ! ウウウウゥゥ……ウゥウウウウウンッ! グギゴゴゴゴゴ! グガガガガガガガァ! ゥウウウンッ! ウウウウゥゥ……ウゥウウウウウンッ!
穴から急に光が届いたと思った瞬間、駆動音と共に銀色の鈍い物体が迫ってきた!
「ァツぅ……!?」
額に熱が走る。膝がガクッっとなり尻餅を付いてしまう。追って激痛が歩いてきた。熱のこもった血液が幾筋か垂れてくる。その感触が何層倍も恐怖という物凄さを叩きつけてきた。そこで気付いた。クビナシはチェーンソーを一旦止めて、穴にぴったりと体を押し付けて…………壁の内側……つまり俺の行動を感じようとしていたってことなのかっ!?
グギゴゴゴゴゴ! ブウウウウンンッ! ガガガガガガガァ! ゥウウウンッ!
チェーンソーが石を削りながら死を運んでくる。鉄と石がこすれ合ってキナ臭い。これが死ぬときの臭いなのか。そうなのか。答えの出ない自問自答を刹那に繰り返す。
ブウウウウンンッ! グギゴゴゴゴゴ! ブウウウウンンッ! ガガガガガガガァ! ゥウウウンッ! ガガガガガガガァ! グギゴゴゴゴゴ!
「どっ……どうするっ!? ド……ど……どうしたらいいんだっ!?」
1、待合室のドアを開けて、全速力で逃げる
2、チェーンソーを近くのもので押しやる
3、穴に長椅子を立て掛ける
4、別の部屋に避難できないか調べる
5、その他
ご精読ありがとうございます。
当事者は選択肢の選択に失敗したためか、怪我をしてしまいました。ストレスは測りきれないほどでしょう。
チェーンソーを防いだ所でドアに鍵はかからない。さて……当事者はどうするんでしょうか。私としては、近くのものを投げつけるくらいしか思い付きませんね。みなさんはこんな状況の時、何か思い付きますでしょうか。
ではこのへんで。さようなら。