とある護衛によるフォンディア滞在記録その1
本編25話まで読了後推奨です。
アベルニクス暦594年○月×日天気晴れ
フォンディア王国王都へ到着。ガルヴァンとは違い、草木が生い茂っているのが眩しい。ガルヴァンからフォンディアへは峠を越えなければならないために途中険しい道もあったが、ヴィルフリート殿下はお疲れの様子も見せていない。今夜は行事も入れられていないので、ゆっくり休むことができそうだ。ヴィルフリート殿下は早々に部屋に入られ、護衛の我々にも休むようにと仰せつかってくれた。そして休もうと思ったら、どうやら今晩の寝ずの番は私らしい。久しぶりにベッドの上で眠れると思っていたので少しがっかりしたが、これも役目だ。しっかりとヴィルフリート殿下をお守りせねばなるまい……と言い聞かせながら私を置いて浮き足立って歩いていく隊長たちの背中を見る。これも上下関係というやつである。
アベルニクス暦594年○月×日天気曇り
今日はフォンディア王国に到着した殿下を歓迎する会が催されている。こちらの食事はガルヴァンと違い、食材が豊富なので従者の私も大変嬉しい。殿下は心なしか緊張されている様子が見て取れた。珍しいことである。そういえばユリシア王女を遠目に拝顔させていただいたが、天使のように清らかで美しい方であった。でも私は個人的にはルシール王女の方が好みである。あのような強気な美女が妻であれば……(以下、略)。そういえばまだ第三王女もいらっしゃるとのことだが、どのような方だろうか。
アベルニクス暦594年○月×日天気曇りのち晴れ
今朝部屋の中から物音がしてお声をおかけしたら、いつになく殿下は上機嫌な様子。良い夢でも見られていたのであれば幸いだ。
そして今日は夜会の日でもある。ヴィルフリート殿下はいつものように軍服をお召しになられるようだが、シンプルな軍服も殿下がお召しになると他の貴族の派手な服にも負けず劣らずどころか勝っている。従者として誉れ高いことである。
今日一番驚いたのは殿下がいつの間にか第三王女のリリアナ様とお知り合いになられていたことだ。エスコート役をされることになったそうで、リリアナ王女の私室までお迎えに上がった。リリアナ王女は他の王女とは違った控えめな印象の方だった。だが柔らかい笑みの中で、芯の通った印象のある受け答えがさすがは王女であると思わされる。この方はこの方でまた……(以下、略)。
アベルニクス暦594年○月×日天気晴れ
昨日部屋に戻られてから殿下のご様子が少しおかしい。具合が悪いわけではないようだが、少しだけ悩ましげとでも表現すべきなのか。何か思い悩んでいるのであれば心配である。昨日の晩はリリアナ王女を部屋にお送りしてから宛がわれた客室へ戻ってきたのだが、何かあったのだろうか。私も護衛をしているとは言え、あまり傍に寄り過ぎない程度に離れているので殿下たちの間に何かあったのかは分からない。祝いのためだけでなく、外交も兼ねてやって来ているので殿下には予定が詰まっているので心配である。
本日の予定が終わり少しの空き時間ができたので、殿下は王城に備えられた図書室に行かれた。武芸だけでなく、勉学にも熱心な殿下らしいことだ。図書館の入り口で待つように言われたので入り口で待つ。殿下が図書室に入られて少しするとリリアナ王女がいらっしゃった。リリアナ王女も本を読むのがお好きらしく、見張りの憲兵に簡単に話をして中に入られた。
王女様が読まれる本と言うとやはり恋愛ものなのだろうか。近頃、巷の貴族の間ではユリシア王女と婚約者のランベルト様をモデルにした『ユーリア姫と騎士ラベルト~始まりの花園~』が流行していると噂を聞いた。私は断じて読破して寝不足になったりはしていないが、ユーリア姫が可憐で健気で本当に心揺さぶられる話らしい。幼い頃より天使のような容姿を持っていたが、母を亡くし孤独で悲しむ姫にそっと寄り添う騎士のラベルト。出会ったときには一介の騎士でしかないラベルトがユーリア姫のために火山に棲む火を吐くドラゴンを倒し、水を操る魔性のものを説得し水不足を解消し、と功績を上げ着実に姫に相応しい男になっていく手に汗を握り感動する話……らしい。あくまで私は読んだことはないが。
アベルニクス暦594年○月×日天気雨
晩餐会から戻られて、殿下はご機嫌なご様子。こちらの食事はどれも美味しいので、気に入った料理でもあったのだろうか?思い切って「何かお気に召したものでもございましたか?」と聞けば、殿下は「――そうだな。赤か……」と言葉少なに僅かに口元を緩ませていた。何が美味しかったのかは分からないが、殿下が喜ばれているのは幸いである。赤と言うとフォンディアで有名なルージュだろうか。あれは大変美味であると聞くので、私も一口で良いから口にしてみたいものだ。
アベルニクス暦594年○月×日天気曇り
今日も殿下はお忙しそうである。予定の一つにフォンディアの王太子であるギルバート殿下との会談があった。お二人はどこか気が合うらしく、殿下も楽しそうにしておられて幸いである。ギルバート殿下の妃であるエミリア妃は可憐な印象の小柄な女性であった。一見正反対に見えるお二人でいらっしゃるが、仲睦まじい様子でうらめ……素敵なことであると思われる。あんなに可愛らしい奥さんがいるなんて別にくやしくはない。
アベルニクス暦594年○月×日天気晴れ
本日の殿下の空き時間にリリアナ王女がいらっしゃった。お二人はいつの間にかご友人になられたご様子でヴィルフリート殿下もリリアナ王女に対しては少しだけ気を許されているご様子だ。
実を言うと王子の特技の一つに紅茶を淹れることがあるのだが、これにはリリアナ王女も大変驚かれたようだ。しかし人を選んで披露しねば引かれるかもしれない特技。というか私が女性に紅茶を淹れて差し上げでもしら、「うわっ!気持ち悪い!」と思われそうである。ヴィルフリート殿下であるから許されることなのかもしれないと思う。羨ましい限りである。
それはともあれ、殿下のお淹れになられる紅茶は大変美味であるのでリリアナ王女も驚きながらもお喜ばれになられたようだ。目元を細めてふわりと笑うご様子は大変可愛らしく、うっかり顔が緩みそうになってしまって慌てて顔を引き締める。隊長に冷たい目で見られている気がするが気にしないこととする。
リリアナ王女が退室された後、ヴィルフリート殿下は窓の外に視線を送りながら考え事をなさっているようだ。私のような一介の護衛とは違い、国のことを真剣に考えていらっしゃるのだろう。殿下には本当に頭が下がる思いである。
アベルニクス暦594年○月×日天気曇り
今日は一日、フォンディアの王立学校へ視察に訪れるご予定になっている。なんとフォンディアからはリリアナ王女とあのユリシア王女もいらっしゃるとのこと!お近くでご拝顔できるとは嬉しい限りである。先日休暇の際に城下で購入した『ユーリア王女と騎士ラベルト~試練の塔~』を胸元に忍ばせているのだが、サインなんてしていただけたりなどしないだろうか。しかし、モデルとは言え公式に認められたものではないのでそれは無理な話だろうか。私ではなく、ガルヴァンで待っている妹もきっと喜ぶと思うのだが。
ユリシア王女は今日も大変美しかった。私の命に換えても守りたいと思わせる儚げな様子がまたたまらない。ランベルト様が大変うらやましい。そんなことを考えている間にヴィルフリート殿下はリリアナ王女をお話をされているようだ。近頃ご一緒に会話されているご様子をよくお見かけするが、ヴィルフリート殿下は他の女性に接するよりもいくらかリリアナ王女には気安いようだ。ガルヴァンでは近づく女性をその鋭い視線で遠ざけているのをよくお見かけしたが、リリアナ王女は平気なのだろうか。確かに殿下の周りによくいる女性とは雰囲気が違うようであるが。
さらさらと軽快にペンを走らせていると、スパーン!と小気味良い音と同時に衝撃が走る。
「――痛っ!な、何するんですか。隊長!」
痛む頭を押さえながらすぐに後ろを振り返ると、そこに立っていたのは鬼の形相を浮かべる我らがルイ隊長である。生まれながらの褐色の肌に金に光る短髪は男からみても色気のある男であるが如何せん女っ気がない男である。しかし上背もあり、鍛え抜かれた身体から繰り出される一撃は軽めにしてあるとは言えかなり痛い。
「何するんですか、じゃねぇだろうが!お前は一体何を書いてるんだ。何を」
「何をってフォンディアに滞在している間の護衛記録ですよ」
あっけらかんと話す私にルイ隊長は呆れたように大きくため息を吐いた。
「お前のそれは護衛の記録じゃなくて、ほとんどが女性の観察記録だろうが!まったくそんなものを報告書として俺に出したら許さんぞ」
ルイ隊長はギロリと恐ろしい目で私を一瞥してから去っていった。
「……今からやり直しか……」
はぁと大きなため息を吐いて、『ユーリア姫と騎士ラベルト~秘密の森~』を開いた。
『ユーリア姫と騎士ラベルト~始まりの花園~』作/カリーナ・アダン
幼きユーリア姫は生まれながらにして天使のような可憐な少女であった。だが、穢れなき少女には王宮という場所は耐えられるではなかったのだ。母を亡くし孤独になった姫にとって安らげる場所は王宮の隅にある小さな花園だけ。王妃の花園と違い小さく控えめなものであったが、王である父が亡き母のために作らせたユーリア姫だけの花園でもあった。そこで出会った二人は少しずつ心を通わせ、いつしか身分の差を越えて想い合うようになった。
だが、二人の前に立ちはだかるのは身分という大きな壁である。気持ちは通じても消して結ばれることのない二人。しかし孤独な姫を二度と一人にしないと約束したランベルトが立ち上がる。二人の愛はどこに行くのか。
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※本作はフィクションです。フォンディア王室及び騎士団等関係各所とは一切関係がありません。