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理想のお姫様たち  作者: 香坂 みや
本編別視点
7/14

14.5話 恋の生まれた日

14話「似合いの色」のルシール視点のお話です。

 母である正妃に呼ばれ部屋に入ってお茶を飲んだことは覚えている。しかしそのお茶の味、香り、一緒に食べたお菓子の種類、母のドレスの色まで記憶に残っていなかった。

 自室へ戻り、侍女に一人にするように告げて寝室に籠もると近くにあったふかふかのクッションへ手を伸ばした。

「――結婚、ね」

 言葉に出すと急に現実感が増すことが分かる。漠然とはそろそろかもしれないと思ってた。20という年齢も民たちに比べたら遅いくらいだが、それは王が早くに娘を嫁に出したくないと言ってくれたおかげだ。おかげで自分はこの年まで自由に城で羽を伸ばすことができている。

 しかしその安息の日々も、限られたものになりそうである。どうやら自分の結婚の話が出始めているらしい。女が王位に就けないこの国では王女の使い道は他国と婚姻を結んで、結束を高めることに使うくらいだ。自分も正妃の王女として生まれた以上は決められたら仕方ないことだと思っていた。いずれは知らない場所へ嫁ぐもの、そう納得していたはずの心はぐらぐらと揺れていた。

 嫁いだ先での生活はどのようなものになるのだろう。まだはっきりと決まったわけでもないので考えても仕方ないし不安は止まらないが、考えずにはいられなかった。

 どうやらかなりの時間を考え事で過ごしていたらしく、寝室をノックする侍女の声で意識を浮上させた。

「ルシール様。そろそろ晩餐会のお支度をお願い致します」

「…分かったわ。今行くから」

 そう告げてもなかなか立ち上がる気にもなれない。それくらい気持ちが沈み込んでいた。いつもであれば着飾るのは楽しいことで、城の中で許される限られた娯楽でもあるから嬉々として着替えるだろう。

 ようやく支度室へ向かうと、色鮮やかなドレスや装飾品に心がぴくりとも動かないことにため息が出そうになって、考えるふりをしながら口に蓋をした。

「ルシール様、お聞きになりました?」

「何のこと?」

 侍女を見ると侍女はよほど面白い噂話を聞きつけてきたのか、目が爛々と輝いている。

「リリアナ様のことですわ!ヴィルフリート様と大変お仲がよろしいとか。今日の晩餐会で何かありましたら教えてくださいませね」

 そう言って侍女は興味心を抑えきれない様子でにこにこと笑っている。

「――リリアナが…。そう、いいわね」

 ぽつりと漏れた言葉の温度が自分が思っていたよりも温かかった。リリアナとヴィルフリートが一緒に居るところはまだ見れてはいないが、いつもは静かな侍女がこんなに楽しそうに話すくらいだ。よほど仲が良いのだろうと思われた。自分はともかく、リリアナは本当に限られた人としか親しくしないし話さない。本来ならば王女としてはいけないことなのだろうが、その辺りはユリシアや自分とでカバーしているので問題無い。

 しかしあまり心を開かない妹姫に仲の良い人、しかもそれが男の人だと聞くとまるで自分のことのように嬉しかった。

「――今日は青のドレスと。そうね、その碧のネックレスにしましょう」

「赤でなくてよろしいのですか?」

「ええ、いいのよ」

 にっこりと侍女も見とれる美しい笑みを浮かべてルシールは笑う。赤は自分を一番美しく魅せる色だとルシールは気付いていた。しかし今日のルシールは赤を着ることを止めた。きっと妹のリリアナはいつもと同じドレスに同じ装飾品をつけるだろうと思い立って、自分の支度を手短に終えるとリリアナの部屋へと急いだ。



 部屋に着いてリリアナの侍女の制止も無視してドアを開けると、リリアナは思っていた通りの姿だった。

「――ルシール様、お待ち下さいませ!」

「やっぱり!」

「姉さま?どういたしましたの?」

 妹であるリリアナはルシールがなぜここにいるのか分からない様子で小首を傾げてルシールを見上げていた。

 リリアナが今身に纏っているのは首元がU字に開き、胸の下で広がるAラインの緑のドレスだ。リリアナ好みの飾りの少ないデザインで肩と胸元に僅かにフリルがついているだけだ。

「リリアナはヴィルフリート様と親しくしているのでしょう?ダメよ。今日は赤のイヤリングとネックレスにしなさい。あなたの栗色の髪によく合うわ」

 ぱっと鏡台の上へ目を走らせると、置いてあった赤の装飾品を手に取ってリリアナへ当てて鏡へ向き合う。赤は今回の主賓であるヴィルフリートの色だ。リリアナが赤を着けずして一体誰が身に付けられるというのか。

 正直リリアナは赤なんて派手な色は持っていないかと思って、自分のものを貸せるように後ろから着いてきた侍女に持たせてはいたが杞憂だったようで安心した。

「赤は姉さまの方が似合います」

「そんなこと無いわよ。あなただって胸を張って身に着けたらちゃんと似合ってる。それに今日はお父様の碧を着けることにしたんだもの」

 赤という色はその派手で強い色味から着ける人を選ぶかもしれない。けれどリリアナが似合わないということは全くないとルシールは思っていた。

 リリアナは目立たないように行動してはいるが、王女たちの中では一番強い心を持っている姫だ。その心はルシールなんかよりもずっと強く、その心の色には赤がきっと似合うことだろう。

「でも、ヴィルフリート様とは本当に何もありませんのよ?何度かお話はさせていただいておりますけれど、そういう関係ではありませんわ」

「…本当に?」

「姉さまにそんな嘘を吐いてどうなるのです」

 ルシールが疑うように聞き返すとリリアナはため息をついて答えた。

「…それもそうね。あら、いやね。私の勘違いだったのね。あまり人と親しくしないリリアナが仲良くしているって聞いたものだから、てっきりそうなのかと思ってしまって」

「ヴィルフリート様がお優しい方なだけですよ。そもそも、私たちが気軽に話せる人など限られているから目立つだけですわ」

 それもそうかと頷いておどけて笑うとリリアナはルシールを諭すように続けた。

「…それもそうね。私たちが話せるような身分の貴族の子どももそう多くはないし。ほとんどオジサマばかりでつまらないわ」

 自分は人見知りをしないほうだし、社交界では進んで人と話す。そもそも王女であるルシールに自ら声をかけられる身分の人間はほとんどいないのでそうするしかないこともあるのだが。

 しかし、それでもルシールが話しかけても良い身分の人間にも限界がある。その話しかけても良い人間には若い人は少ないのだ。

「姉さま、そんなこと言って」

「ふふ。冗談よ。ただ、普通の子みたいに友だちが欲しかったなと思うのよ。もっと自由に恋だってしてみたかったわ」

「ルシール姉さま?…ジゼル、少しだけ人払いをして」

 ふいに漏れた本音にリリアナは驚いたように目を見開いて、すぐに近くにいた侍女に声をかけて下がるように告げた。

「…悪いわね。実は私の嫁ぎ先の話が出てるみたいなの。年頃としてもそろそろだし、分かってはいたのだけれど」

 支度室で二人きりになったのを見計らって、リリアナへつい先ほど聞いたことを伝えた。不安そうな顔のリリアナを安心させようと笑おうとするが、うまく笑えていないのが自分でも分かった。

 いつかはどこかの国で妃を務める身としては、仮面を付けてどんな時も笑ってみせるのが妃の務めなのに親しい妹の前でも上手く仮面が付けられないだなんてその事実に呆れるくらいだ。

「まだ、決まりではないのでしょう?」

「いずれにしても変わらないわ。いつかはそうなると生まれた時から決まっていることだもの」

 どう足掻いても変わらない事実だ。リリアナへきっぱりと言い放つと、リリアナは何か言い難そうに口を開いた。

「…姉さま、クロヴィス様をお慕いしているのではないですか?」

「何を言っているの、リリアナ?」

 リリアナの言葉に驚きと困惑が広がった。そのまま何も言い返すことのできないルシールにリリアナはまっすぐ視線を寄越したまま言葉を続けた。

「私には素直になった方が良いなんてこと言えません。それでも、もしその気持ちがあるのならば認めて大事にした方が良いと思います。きっとその気持ちが姉さまを支えてくれる日が来るはずです」

 クロヴィス・オリオール。飄々として本心を示さない彼を思い浮かべると、じわりと心に何かが広がるのが分かる。それは以前からあったものだが、それに目を向けることはしたことがなかった。気付かないふりをしていればいつか無くなるものだろうと思っていたのだ。

「…リリアナと話していると、時々どちらが姉が分からなくなるわ」

 ルシールはくすくすと笑みを零した。聡明な妹は昔から頭が良いとは思っていたが、最近ではそれだけではないような気がしている。リリアナは確かに自分の妹のはずなのに、彼女の器が大きいせいなのか話していると自分が姉と話している様な感覚になっていることが多い。

「姉さま。私はずっとあなたのただ一人の妹です」

「そうね。貴女は私のかわいい妹だわ。その貴女が言うのだから、この気持ちは恋だったのかもしれないわね。私はずっと見ないふりをしていたけれど、私はちゃんと恋が出来ていたのね」

 リリアナの言葉に頷いて、恋という言葉を口に出すと急にその言葉が色付いたように心の中でふんわりと温かいものが生まれているのに気が付いた。先ほどまでの固く閉ざされた心の鎧が解け、優しく温かい春の木漏れ日の中にいるかのようだ。

「ええ」

「まだ今すぐ行くわけじゃないもの。私のこの美貌でクロヴィスを惑わしてみせるわ。彼はどんな子がタイプなのかしら?とりあえず、私の側にいてもなかなか靡かないところを見ると清純な子が良いのかしら?」

 ふっとおどけるようにして考える。時間は少ないが無いわけではない。自分が好きになった人が自分のことを少しでも好きになってくれるなら、そう考えただけでキラキラと景色が光り輝いている。

「姉さまの周りには男性も多いからそれで相手にされていないのかもしれませんわね。大勢の中の一人よりも、ただ一人の方が良いに決まってますし」

「それもそうね。とりあえず、他の人たちを寄せないようにしないといけないわね」

 そう言って笑うと、リリアナも安心したように笑う。晩餐会ではリリアナとヴィルフリートの関係を見極めなければと心に刻んで笑顔を浮かべた。

恋って言葉に出すと急にはっきりとした形になったりしますよね。そんなルシールの気持ちを表現できていたらいいなと思います。

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