初恋の君
拍手に置いていた小話です。
ヴィルフリートとユリシアの出会いで、リリアナは出てきません。
初めて彼女を見た時、まるで天使が舞い降りたのかと思った。
友人が恋に落ちたと騒いでは、「彼女は僕の天使なんだ!」なんて言っているのを聞いては話を右から左へと流していた。それなのに、彼女はまさに夜会に舞い降りた天使だった。
ヴィルフリートは父の名代で、フォンディアの第一王女の成人を祝う式典と夜会に出席していた。第一王女とは言え、王位継承者ではない上に側妃の娘だと言う。そのために二人いる兄たちでもなく、第三王子の自分で良いということだった。それは二つの国の力関係を現しているに他ならなかったが、その時のヴィルフリートはそういうものだとすんなりと受け入れていたのだ。
ガルヴァンの王子だと諂う貴族たちに心の中で苛立ちながら、それでも笑顔で返す。心の底から疲れて、さっさと部屋へ戻りたいと考えていた。彼女が会場に現れたのはそんな時だった。
「――見て、ユリシア様がいらっしゃったわ。本当に可愛らしい方ね」
「ええ。見て、あの御髪も滑らかでまるで絹糸のようだわ」
後ろでは貴族の令嬢たちだろうか、口元を扇子で隠しながらユリシアの方を見てうっとりと目を細めていた。
ユリシアは祝いの言葉を言うために集まった大人たちに囲まれて、にこやかに笑みを浮かべている。それはヴィルフリートの作り物の笑みとは違う、柔らかな笑みだった。
「初めまして。私はガルヴァンが第三王子、ヴィルフリート・ガルヴァン。この度ユリシア様のご成人おめでとうございます」
「ユリシア・アナマリア・フォンディアです。ガルヴァンから私のためにお越しいただきありがとうございます。ヴィルフリート様に お祝いいただけてとても嬉しいですわ」
彼女の笑みはまるで砂糖菓子のように甘く、ヴィルフリートの心に溶けていった。
「いえ。この様な良き日に立ち会えたこと、光栄に思う」
「まぁ!そう言っていただけて嬉しいですわ。どうか、楽しんでいって下さいませね」
「はい。お心遣いいただきありがとうございます」
そう言って、他の来客へと挨拶に回るユリシアを見送った。彼女の傍には一人の騎士、恐らくヴィルフリートよりも僅かに年上に見える青年がそっと寄り添っている。差し出がましく口を出したり、手を出したりするわけでもない。ただ寄り添っている。時折確かめるようにユリシアが騎士を見て、騎士は何を言うわけでもなくただ微笑んで返していた。二人の間には確かな絆が見えるが、それは主従のそれだけのようには見えなかった。
「――君、少し良いだろうか」
壁を背にして、会場の警備に当たっている騎士の一人を捕まえて声を掛ける。
「はい」
「ユリシア殿下の傍にいる騎士は?」
「騎士?……ああ、ランベルト様ですね。最年少っで第一騎士団の隊長になった、武勇に優れたお方です。ユリシア様は幼い頃から騎士団の訓練を見学なさっておいででしたから、幾分か気安いのでしょう」
騎士はユリシアの傍にいる男の姿を認めると彼にとっても誇りであるのだろう、にこりと笑って応えた。
「そうか。ありがとう」
「いえ」
騎士に礼を言って、その場を離れる。初めて会った王女だと言うのに、ヴィルフリートの心はうるさくざわついていた。
「――この気持ちは何なんだ……?」
ユリシアと騎士を見るとチクリと胸が痛む。その理由をヴィルフリートはまだ分からなかった。