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理想のお姫様たち  作者: 香坂 みや
番外編
3/14

いずれ獅子と呼ばれる少年と幼き一の姫の出会い

ランベルトとユリシアの出会い編

 初めて彼女に出会った時、まだランベルトは騎士学校を出たばかりの見習い騎士だった。彼がいくら優秀な成績で卒業したと言っても、学校を出たばかりの新米に重要な仕事は任されない。その日もいつか受けるだろう任務のための訓練に精を出していた。しかしいつもと同じ訓練をいつものようにしていたのに、その日はいつもとは違ったのだ。厳しい訓練の中、束の間の休憩が上官によって言い渡された。水を飲みたいが、近場の水飲み場はランベルトと同じ見習いの騎士たちで溢れている。ランベルトは初めから訓練場から少し離れた水飲み場まで歩いていくと、薄桃色のドレスに身を包んだ少女が目に飛び込んで来た。

「……このような所でいかがされましたか?」

 ランベルトが訓練場のことをこんな言い方をしてしまうのにも無理はない。訓練場を綺麗に保つことも見習いの仕事なので、隅々まできちんと掃除が行き届いている。しかし訓練が行われている最中はどうしても埃っぽく、さらに男臭くて汗の匂いしかしないので、淑女にとってはどう考えても似つかわしくない場所なのである。

 少女から見たら逞しい身体の男は恐ろしいだろうと考え、できるだけ怖がらせないようにと細心の注意を払いながら恐る恐る声を掛けた。この訓練場は王城の敷地内にある。そのことから考えても、王城に入れる身分ということは少なくとも貴族だ。彼らによって雇用されていると言っても過言ではないランベルトが念には念を入れて声を掛ける必要があることは考えずしても分かることだった。

「――すみません。邪魔になってしまいましたか?」

 その少女は瞳を拭っているように見えてどきりと動揺する。男の汗は見慣れていても、女の涙は見慣れていない。城下の下町で生まれ育ったランベルトにとって女子どもは身近な存在だと言えるが、このように静かにしとしとと泣く女性には縁がないのだ。泣いてる少女になんて声をかけたら良いのだろうと考えあぐねていると、ぱっと少女が顔を上げた。

 顔を上げた少女は街では見たことがないほど可憐で、綺麗な言葉を使っていた。彼女から見れば目下の者であるはずの自分にも丁寧な言葉遣いであることに驚いた。

「こ、こちらこそすみません!貴女に渡すハンカチでも持っていればよかったのですが、生憎この姿で」

「ふふっ。確かに泥だらけですね。あなたの方がハンカチが必要そうですわ」

 先ほどまで泣いていただろうと思われる少女はランベルトの姿を見ておかしそうにくすくすと笑った。ランベルトの姿は先ほど上官によって地面に投げられたおかげで泥だらけだ。いつもであればその汚れた姿を恥じるところではあったが、その姿のおかげでこの少女を笑顔にできたのであれば幸いだと思った。

「騎士さまでいらっしゃるのね?」

「はい。……とは言ってもまだ学校を卒業したばかりの見習いですが。ランベルトと申します」

「ランベルトさまとおっしゃるのね。あなたのような思いやりのある騎士さまがいらっしゃって心づよいわ。私はユリシアです」

 ユリシアと名乗った少女はふわりと花のような笑みを浮かべた。どう見てもランベルトより5才は下だと思われるのだが、その雰囲気や身に纏うものはランベルトとそう変わらないように見える。今年15になったランベルトから見ても、まだ子どもの彼女の笑顔にどきりと胸が鳴って慌てて心を静めた。騎士見習いであるだけで、女性には困らない。上流の貴族たちには相手にされないが、騎士と職業は下流貴族や商人、一般市民には人気のある婿候補なのである。それなのにランベルトは彼女の笑顔に魅了されてしまっていた。

「――ランベルトさま?」

 その身長差からおのずとユリシアはランベルトを見上げる格好になる。ぼうっと見惚れていたらしく、はっと気付くと上目遣いでランベルトを見つめるユリシアと目が合った。

「い、いや!何でもございません。ユリシア様はこの様な場所で何を?道に迷われたのであればご案内致しますが……」

「そう、ね。少しみちに迷ってしまったみたいですわ」

「私でよろしければご親族がいらっしゃる場所までご案内致します」

 ランベルトが慌てて首を振って今まで考えていたことを否定すると、案内を申し出る。きっと道に迷って泣いていたに違いないと思ったのだ。決してもう少し一緒に居たいと思ったわけではないと自分に言い訳をして。

「……それでは大ホールまで。そこまでお願いしてもよいですか?」

「ええ。もちろん。ではお嬢様、お手を――あ、少し待って下さい」

 ランベルトは小さなレディの目線に合わせて腰を屈めると、手を差し出そうとした。だが先ほどまで訓練をしていた手は汚れているような気がして慌てて穿いていた訓練服のきれいな場所でごしごしと拭いた。

「ふふっ!ランベルトさまの手はきれいですわよ」

「いえ、すみません。それでは、こちらへ」

 楽しそうに笑うユリシアにランベルトは照れたように顔を赤らめ、少女の手を取った。街の子を連れて歩く際は手を取ることが多いので同じようにそうした。しかし大人びた少女には子ども扱いしすぎただろうかと不安になって、ちらりと少女の顔を盗み見たが少女は不快そうにしている様子は見えなかったのでほっと胸を撫で下ろした。

「――あの、ランベルトさま」

「はい?何でしょうか。もしかして速すぎましたか?」

 歩き始めて少しすると、ユリシアが歩みを止める。年下のユリシアとランベルトの足の長さも違う上に、貴族の少女には歩みが速すぎたがだろうかと考えが過ぎる。できるかぎりゆっくり歩いていたつもりでも、この幼き少女にはそうではなかったのかもしれない。

「いいえ、そうではなくって。ランベルトさまはいつもお城にいらっしゃるの?」

「そうですね。宿舎も王宮の敷地内にありますので」

「……またお会いすることができますか?」

 そう訪ねる少女の瞳は不安そうに揺らいでいる。

「はい、もちろん。私はいつでも王宮におりますので」

「そう。わかりました」

 ランベルトの言葉に少女は嬉しそうに顔を綻ばせて笑った。

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