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理想のお姫様たち  作者: 香坂 みや
番外編
1/14

ジゼルの休日

 カーテンを開ける音と同時にメイドが大きな窓を開ける音が聞こえ、まだぼんやりした思考の中でゆるゆると瞼を開けてそちらを見ると、豪華な飾りの付いた窓枠の中には美しく整えられた庭と近くの木々からは鳥の囀りが聞こえる。

 そうしているうちにメイドの一人が窓に背を向け、ベッドの主を向くと頭を下げていた。その光景をぼんやりと眺めながら、そういえば久しぶりに実家に帰って来たことを実感するのだった。

「ジゼルお嬢様、おはようございます」

「おはようございます。今日は何か予定を入れられていますの?お父様は何かおっしゃっていました?」

 ジゼルは上半身を起こし、窓から視線を外すとメイドを見た。いつもは姫様に対してしていることを実家に帰ればされる立場。久しぶりのそれに何だか不思議な感じがする。

「いえ。大旦那様がごゆっくりお過ごしくださいとのことです」

「そう、分かりました。着替えたら食堂へ行くから下がって下さい」

「でも、お手伝い致します」

「一人で着替えられるので大丈夫です。私のことは良いですから他の仕事を手伝ってさしあげて」

「はい。かしこまりました」

 メイドが出て行って部屋には一人きり。ぐっと背筋を伸ばすとベッドから降りて、近くに置かれた洗面器の水で顔を洗う。

 昔、城で姫のお付の侍女になる前は顔を洗うことすらメイドにやってもらうお嬢様だったジゼルも今では身の回りの支度は全て自分で行うようになった。人にやってもらうのは時間がかかり、手間になるのでむしろ早く済ませられるようになって時間の節約になっているくらいだ。一人で出来るようになるまでは大変だったが、今ではあっという間に身支度が終えられるようになった。

 簡単にコルセットを締めるとクローゼットの中から綺麗な緑のワンピースを取り出してさらりと着る。 普段着ている侍女服はジゼルが上級侍女であるために質は良いのだが、形は古く地味なのが残念なところだ。紺色は気に入っているだが、たまに休日に実家へ帰って明るい色の服を着るとそれだけで休日と実感するのだ。

 それが住むとドレッサーの前に座り、いつもの様に纏めようかと一瞬だけ思案したが、ハーフアップで半分下ろすことにした。せっかくの休日なのにいつもと同じきつい纏め髪ではつまらないと思うのが女心というものだ。

 うっすら化粧を施すと、部屋を出て廊下に出る。するとすぐに近くで待機していたメイドがジゼルの後ろに続いた。当たり前だったこの光景も今となると面倒だなんて思ってしまうからおかしいものだ。子どもの頃のジゼルであったら、このようなことを思う日が来るなんて思いもしていなかっただろう。思わずくすりと笑みを浮かべていたらしく、メイドにどうかされましたかと聞かれてにっこり笑って首を振った。


 ジゼルとリリアナの出会いは、ジゼルが15才でリリアナが5才の時だった。ジゼルは貴族の令嬢の伝統に則った、行儀見習いでお城で侍女として働くことになった。しかしそれは期間限定で1年ほど行儀見習いをすると、その後は婚約者と結婚する予定となっていた。ジゼルはそれが当然のことだと思ってたし、何の不満も無かった。さらにその行儀見習いの内容というのも、姫の話し相手という仕事のみ。つまりは侍女として王宮へ上がったのも結婚する前の箔付けというものだった。

 当時のジゼルは5才の子どもというと、うるさくて賑やかなイメージを持っていた。実際、彼女の弟は大変なやんちゃな子どもで姫は女性であるからそのようなことは無いにしてもきっとわがままな子どもだろうと思い込んでいた。しかし、実際に会った姫は私が思っていたような子どもではなかった。

「あなたがあたらしい侍女ですか?わたしはリリアナ。よろしくおねがいします」

「ジゼル・エルランジェです。精一杯頑張らせていただきますのでよろしくお願い致します」

 体の弱い姫はベッドの上で優しく微笑んで挨拶を返した。姫は5才の子どもとは思えないしっかりした方だった。弟と比べることすら大変申し訳ないことだと思うほどに。まだ発音は舌足らずな感じがするが、それでも話している内容はかなりしっかりしたものだ。

 

「――姉さん?」

 その声に顔を上げると、弟が目の前に立っていた。ジゼルはどうやら考え事をしているうちに食堂の前まで辿り着いていたらしい。

「あら。セドリック、久しぶりね」

「あら、じゃないだろ。ぼうっとして考え事か?」

 そういえば弟の顔を見るのは、前に兄の子どもが生まれた時に顔を合わせた以来だ。つまり三ヶ月ほどは顔を合わせていないことになる。ジゼルは王宮に住み込んではいるが休みが少ないわけではない。むしろ、貴族という身分のおかげで他の侍女よりも休みが多いかもしれない。しかしあまり実家に帰って来ないので顔を合わす機会は少ない。

「姫様のこと考えていたの」

「休みの日まで朝から姫様のこと考えてるなんて。そういえば、父さんが待ち構えてたから気を付けた方がいいぞ」

 呆れたようにそう言ってセドリックはウィンクと共にジゼルの肩を軽く叩いて、先に食堂へ入っていった。ジゼルはその後ろに付くと、先にテーブルに座っていた父と目が合った。

 休みの日に家に帰りたくない理由。それはこれだった。

「帰って来たか。ジゼル、こちらへ来て顔を見せておくれ」

「お父様、ご無沙汰して申し訳ありません」

 既に朝食を終えたらしい父はコーヒーを片手に新聞を読んでいた。その新聞を閉じて隅へ寄せると、扉の方へ立つジゼルを呼び寄せた。ジゼルは父の側へ歩み寄るとにこりと笑って久しぶりの父の顔を見た。

「ジゼルが姫様の侍女を辞したら毎日でもお前の顔を見ることができるのに」

「あら、嫌ですわ。私は姫様がご結婚なされるまで辞めませんわよ?」

「……こんなことならば行儀見習いになど行かせなければよかったな」

 父は憎憎しげに言うと大きなため息を吐いてコーヒーを口へと運ぶ。

「お父様には感謝していますわ。おかげでリリアナ様の侍女になれたのですもの」

 にこりと得意の笑みを浮かべたまま、近くの席へ腰を下ろす。すると、それを見計らったメイドたちがジゼルの前へ朝食を並べていく。

「…お前、結婚はどうするつもりだ。貴族の娘にとっては結婚して家を守るのも大事な勤めだぞ」

「それもあるのは分かりますわ。しかし、私は婚期も逃した身ですし今更急いでも大して変わりませんわよ。お兄様もお姉さまもお子が生まれていますし、それで十分ではないですか」

「私はジゼルの子が見たいのだよ。お前の子を見るまで死ねないではないか」

「うふふ。お父様はまだまだお若くていらっしゃいますもの!その調子で長生きをお願いしますわね」

「……ジゼル、いずれはお前の子を見せてくれるつもりはあるのだな?」

「はい。もちろんですわ」

「なら、もう何も言うまい。…好きにしろ」

 ジゼルの父はそれだけ言うと、それきり口を閉じて食堂から出て行ってしまった。ジゼルはその様子を目で追っていなくなると目の前の朝食に手をつける。

「俺も姉さんには敵わない気がする」

「セドリック、何か言った?」

「……何も」

 それまでまるで居ないかのように気配を消していたセドリックが再び口を閉じた。実家へ帰って来る度に起こる恒例のやりとりであった。

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