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空色の魔女  作者: 来栖ゆき
狩りと祭りと幼馴染と
9/22

◆5◆

「ところで、そこに突っ立っているのはティナの知り合い?」

 ジャスティンは、マルティナの後ろに立つヴィンセントに初めて気付いたかのように尋ねた。

「あ、そうそう忘れてたわ。彼はヴィンセント、傭兵なの」

 マルティナはヴィンセントにも同じようにジャスティンを紹介した。

 ヴィンセントは小さな声で、忘れてたのかよ、と愚痴っていたが、マルティナはジャスティンに会えた嬉しさで聞こえていなかった。

「あのね、ヴィンセントは仕事を探しているの。よかったらお城で雇ってくれないかしら? ――ほら、あなたからもお願いしなさいよ」

 ブツブツと文句を言い続けるヴィンセントの腕を引き、ジャスティンの前に押し出す。

「ああ、雇ってくれると助かるんだが」

「ふてぶてしいわね。それが人にモノを頼む態度なの?」

 マルティナが気を取られている間、ジャスティンはヴィンセントに対して鋭い視線を向けていた。

 それに気付いたヴィンセントは気にいらないという表情をするが、即座にマルティナに怒られた。

「ティナ、申し訳ないけど、僕にはそんな権利はまだないんだ。それに雇うとしても、どこの誰かもわからない傭兵を簡単には雇えないよ」

 もしも敵の間者だとすれば、内側から陥落させられることもある。

 ジャスティンはそれを危惧していた。

 この国には統べる王がいても、領主同士の(いさか)いには介入してこない。領主同士が領地を奪い合ったとしても、勝った者が国に賠償金を支払えば簡単に許された。

 決められた税金を王に支払い、王領にさえ手出ししなければいいのだ。

「そ、そうよね。無理なお願いをしてごめんなさい」

「でも、ティナの知り合いなら、僕から父に紹介してみるよ」

 しゅんとしてしまったマルティナにジャスティンは元気づけるように言った。

「そんな、だめよジャスティン! ヴィンセントが悪者だったらどうするの!」

「おい、そんなわけあるか!」

「大丈夫だよ、ティナ」

 ヴィンセントのつっこみを無視しながら、ジャスティンはマルティナに微笑みかける。

「無視かよ……っつーか大丈夫なら最初からそう言えっての!」

「ちょっとヴィンセント、ジャスティンに向かってなんてこと言うのよ!」

 マルティナが怒ればジャスティンは、相変わらず元気だね、と彼女の頭を撫でた。

「ジャスティン、あたしもう子供じゃないんだから、そういうのは止めてって言ったじゃない」

「ごめんね、でもマルティナがかわいくて」

 そう言うとマルティナは頬を膨らませて怒るのを知っていて、ジャスティンはわざとからかった。

 いつもの調子を取り戻したマルティナに、彼は目を細めて愛おしそうに見つめる。

 またもやヴィンセントはひとり取り残される。

「ああそうか、マルティナだからティナね……俺もそう呼ぼうかな」

 自分がここにいる事を主張するかのように、ヴィンセントは関係のないことを呟いた。

「絶対だめ!」

 ジャスティンがヴィンセントに鋭い視線を向けて何かを言う前に、マルティナが大声を出した。

「何でだよ?」

「とにかく、だめなの!」

 マルティナとヴィンセントを交互に見たジャスティンは、ヴィンセントにだけ意地の悪い笑みを浮かべて見せた。先程からずっとマルティナには一切見せていない表情だ。

 それに気付いたヴィンセントは不機嫌になるが、マルティナはそんな態度を見咎めて彼に小言を言うのだった。

「ティナ、今日はもう遅いからまた明日彼を連れておいで、父に紹介しよう。帰り道には気を付けるんだよ」

「ご心配なく、あたしは大丈夫よ。ジャスティンこそ、お供を連れずに遠乗りなんか行ったら危険なんだからね!」

 マルティナは可愛げのない返事を返したけれど、ジャスティンはまるで愛の言葉を囁かれたかのように優しい笑顔を向けた。


 じゃあね、と手を振るマルティナと、不機嫌そうにジャスティンを睨むヴィンセントが丘を下り始める。

「――ライナス、聞いていた?」

 振り返らずに言うジャスティンの背後から、そっとライナスが現れた。

「あいつは何者だ?」

「西の方で傭兵として働いていたんだって。彼は今、ティナの家で世話になっているそうだよ」

 馬の手綱を渡しながらちらりと見ると、ライナスはくやしそうに顔を歪ませている。そんな彼を見てジャスティンは笑みを広げる。

「今までティナは自分に言い寄る男をちゃんと排除してたから安心していたんだけどなぁ……今回のはティナだけじゃ手ごわそうだね。そう思わない?」

「ティナが選んだのなら……いいんじゃないのか?」

 ライナスは暗い声で呟いた。

「まったく、弱気になっちゃだめだよライナス! あいつはどんなことをしてでも城で引き取らないとね。村に置いておいたら危険だ。君もそう思うだろう、クリスティーヌ?」

 ジャスティンはぽんぽんと愛馬の首を叩く。

 遠くのマルティナが振り返り、ライナス! と叫んだ。表情は見えないが、両手を伸ばして大きく手を振っている。

 軽く手を振り返すライナスを横目に、ジャスティンはクスクスと笑いだす。

「へえ、仲直りできたんだ? それは知らなかった」

「……盗み聞きしていたくせに、何を言っているんだ」

「心外だなぁ、偶然通りかかっただけだよ。いい雰囲気だったし、そのまま告白しちゃえば良かったのに」

「そ、そんなこと……」

 顔を赤くしたライナスは、(うまや)へ行くと言ってクリスティーヌを連れ、逃げるようにその場を後にした。

 不器用な彼の愛は、色恋に鈍感なマルティナには、まったく届く気配さえ見えない。

 そんな二人の幼馴染の関係が楽しくもあり微笑ましい。これから先もずっと変わらない関係になるのだろうと思っていた。

「……それなのに、マルティナにあんなにも近づくなんて。ヴィンセントか、僕の一番嫌いなタイプだな」

 小さくなったマルティナの背中を眺めながら、笑顔を消したジャスティンは冷たい声で囁いた。

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